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《第18章》 ― どうするつもりもない。ただ愛しているだけだ ―
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しおりを挟む― エスプレッソ・マシンを2台 ―
リナは亮にただそうリクエストをした。
それを贈れば、桂に逢えるのかどうかも分からず、かといってしつこくその場で問いただすことも出来ずに亮は落ち着かない気持ちで、リナの為に最高級のイタリア製エスプレッソ・マシンを用意した。
開店前のリナの店に、エスプレッソ・マシンを自ら持って行く。ホステスも、店の従業員達も出勤前らしくひっそりとした店でリナが亮を待っていた。
「コーヒーでよろしいかしら?」
あぁと亮は低い声で答えると、勧められた椅子に腰をおろした。
亮の前にコーヒーを置くとリナも亮の向かいに座って、まっすぐに亮を見詰めた。
「素敵なエスプレッソ・マシンをありがとうございます」
感情を見せない口調でリナが礼の言葉を口にする。
「あぁ」
亮はコーヒーを啜りながら、また低い声で返事をした。
おかしな事に桂のことを訊きたくても、なかなか言い出しのきっかけが掴めない。ここでの用なんて桂の事以外ありえないのに。
ひとしきり亮の表情を観察していた、リナがそんな亮の様子にくすっと笑みを漏らした。
「何だよ?」
敏感に亮がリナの態度に反応した。リナは亮を無視してクスクス笑い続けてから、ふっと息を軽く吐き出した。
「かっちゃんに逢いたいの?」
単刀直入に話を切り出されて
「…っ!!」
一瞬亮が返事に詰まる。
「どうなの?」
リナが少しきつい口調で続けた。
「…逢いたい…逢わせてくれ」
亮もまっすぐにリナを見返すと、自分の望みを口にした。
桂に逢いたくて、抱きしめたくて、許しを乞いたくて…初めからやり直したくて……。それ以外の望みなどありはしなかった。
桂に逢えるのであれば、リナに頭を下げることなど何でもない。
「どうして、かっちゃん相手に『恋人ごっこ』など始めたの?」
深く首を垂れて亮は、軽い気持ちだった…と初めて本音を見せた。
「最初は遊びのつもりだった」
亮の言葉に、分かりきっていたこととは言えリナが怒りで頬を朱に染めた。その顔に自分は苦しげな表情を浮かべて、亮が言葉を継いだ。
「でも…違う…違うんだ」
どう、違うというの?リナが当然の問いを口にする。リナは亮の本音をどうしても聞きだすつもりでいた。
「貴方には恋人がいるのでしょ?」
リナは桂がいつか冗談めかして話した言葉を思い出していた。
― 山本の恋人はすごい垢抜けた素敵な男性なんだ… —
自分のことを貶めるように、そう言った桂。
リナは我慢できなかった。自分の大事な親友にそんな事を口にさせるこの男が。
リナの思惑に気づきもせず、亮は言葉を選ぶように逡巡した。
「…俺の恋人は…桂だ。桂だけなんだ…」
亮の言葉にリナが眉根を寄せた。4日前、店で亮は桂を愛していると言い、そして今も恋人は桂だと言う。それなのに、亮が桂と恋人ごっこをしているという矛盾した事実にリナは不機嫌に問いを繰り返した。
「かっちゃんは、そう思っていないけど」
リナのその言葉に今度は亮が顔を赤くした。神経質に膝の上で組んだ手を揺すっている。
「桂には・・・言っていない…」
どうして?というリナの言葉に、亮が高ぶる感情を爆発させるように声を荒げた。
「言えるわけないだろう?!! 健志と別れられていないなんだ!桂を愛人にしろと言うのか?!」
亮の感情の高ぶりにリナが一瞬びっくりしたように瞳を見開いた。亮は懸命に感情を押し沈めると、ゆっくりと言葉を継いだ。
「これ以上…桂を傷つけはしない…。…頼む…桂に逢わせてくれ…」
亮は必死でリナに願った。プライドをかなぐり捨ててリナに頼み込む。リナはしばらくその姿を見つめると、立ち上がった。
店の奥に一瞬消えると、すぐに戻ってくる。まだ、頭を下げたままの亮にリナが声を掛けた。
「明日、かっちゃんのマンションに行って様子を見てあげて」
その言葉に亮がぱっと顔を上げる。不安そうに揺れる亮の瞳にリナはうっすらと笑みを見せると亮に鍵を差し出した。
「かっちゃん、まだあまり動けないの。だから、勝手に部屋に入って。私は明日かっちゃんの部屋を出るから」
亮は恐る恐るその鍵に手を伸ばす。
自分の手のひらに乗せられたそれを、じっと見つめてからぎゅっと握り締める。
祈るように額にその拳を押し当てると、食いしばった唇からたった一言言葉を絞り出した。
告げられた、ありがとう…その言葉にリナが亮と出会ってから初めて優しい微笑を見せた。
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