〜Addicted to U〜 キスまでの距離

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
64 / 101
《第18章》 ― どうするつもりもない。ただ愛しているだけだ ―

2

しおりを挟む

― エスプレッソ・マシンを2台 ―

 リナは亮にただそうリクエストをした。
それを贈れば、桂に逢えるのかどうかも分からず、かといってしつこくその場で問いただすことも出来ずに亮は落ち着かない気持ちで、リナの為に最高級のイタリア製エスプレッソ・マシンを用意した。

 開店前のリナの店に、エスプレッソ・マシンを自ら持って行く。ホステスも、店の従業員達も出勤前らしくひっそりとした店でリナが亮を待っていた。

「コーヒーでよろしいかしら?」

 あぁと亮は低い声で答えると、勧められた椅子に腰をおろした。
亮の前にコーヒーを置くとリナも亮の向かいに座って、まっすぐに亮を見詰めた。

「素敵なエスプレッソ・マシンをありがとうございます」

 感情を見せない口調でリナが礼の言葉を口にする。

「あぁ」

 亮はコーヒーを啜りながら、また低い声で返事をした。
おかしな事に桂のことを訊きたくても、なかなか言い出しのきっかけが掴めない。ここでの用なんて桂の事以外ありえないのに。

 ひとしきり亮の表情を観察していた、リナがそんな亮の様子にくすっと笑みを漏らした。

「何だよ?」

 敏感に亮がリナの態度に反応した。リナは亮を無視してクスクス笑い続けてから、ふっと息を軽く吐き出した。

「かっちゃんに逢いたいの?」

 単刀直入に話を切り出されて

「…っ!!」

 一瞬亮が返事に詰まる。

「どうなの?」

 リナが少しきつい口調で続けた。

「…逢いたい…逢わせてくれ」

 亮もまっすぐにリナを見返すと、自分の望みを口にした。

 桂に逢いたくて、抱きしめたくて、許しを乞いたくて…初めからやり直したくて……。それ以外の望みなどありはしなかった。

 桂に逢えるのであれば、リナに頭を下げることなど何でもない。

「どうして、かっちゃん相手に『恋人ごっこ』など始めたの?」

 深く首を垂れて亮は、軽い気持ちだった…と初めて本音を見せた。

「最初は遊びのつもりだった」

 亮の言葉に、分かりきっていたこととは言えリナが怒りで頬を朱に染めた。その顔に自分は苦しげな表情を浮かべて、亮が言葉を継いだ。

「でも…違う…違うんだ」

 どう、違うというの?リナが当然の問いを口にする。リナは亮の本音をどうしても聞きだすつもりでいた。

「貴方には恋人がいるのでしょ?」

 リナは桂がいつか冗談めかして話した言葉を思い出していた。

― 山本の恋人はすごい垢抜けた素敵な男性なんだ… —

 自分のことを貶めるように、そう言った桂。
リナは我慢できなかった。自分の大事な親友にそんな事を口にさせるこの男が。

 リナの思惑に気づきもせず、亮は言葉を選ぶように逡巡した。

「…俺の恋人は…桂だ。桂だけなんだ…」

 亮の言葉にリナが眉根を寄せた。4日前、店で亮は桂を愛していると言い、そして今も恋人は桂だと言う。それなのに、亮が桂と恋人ごっこをしているという矛盾した事実にリナは不機嫌に問いを繰り返した。

「かっちゃんは、そう思っていないけど」

 リナのその言葉に今度は亮が顔を赤くした。神経質に膝の上で組んだ手を揺すっている。

「桂には・・・言っていない…」

 どうして?というリナの言葉に、亮が高ぶる感情を爆発させるように声を荒げた。

「言えるわけないだろう?!! 健志と別れられていないなんだ!桂を愛人にしろと言うのか?!」

 亮の感情の高ぶりにリナが一瞬びっくりしたように瞳を見開いた。亮は懸命に感情を押し沈めると、ゆっくりと言葉を継いだ。

「これ以上…桂を傷つけはしない…。…頼む…桂に逢わせてくれ…」

 亮は必死でリナに願った。プライドをかなぐり捨ててリナに頼み込む。リナはしばらくその姿を見つめると、立ち上がった。
店の奥に一瞬消えると、すぐに戻ってくる。まだ、頭を下げたままの亮にリナが声を掛けた。

「明日、かっちゃんのマンションに行って様子を見てあげて」

 その言葉に亮がぱっと顔を上げる。不安そうに揺れる亮の瞳にリナはうっすらと笑みを見せると亮に鍵を差し出した。

「かっちゃん、まだあまり動けないの。だから、勝手に部屋に入って。私は明日かっちゃんの部屋を出るから」

 亮は恐る恐るその鍵に手を伸ばす。
自分の手のひらに乗せられたそれを、じっと見つめてからぎゅっと握り締める。

 祈るように額にその拳を押し当てると、食いしばった唇からたった一言言葉を絞り出した。

 告げられた、ありがとう…その言葉にリナが亮と出会ってから初めて優しい微笑を見せた。
 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...