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《第18章》 ― どうするつもりもない。ただ愛しているだけだ ―
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華やかで洗練された店だった。
…さすが六本木でナンバー1の地位をほしいままにしているだけの事はあると…亮は店を眺めながら思った。
インテリアにうるさい亮の目から見ても、この店は申し分ない雰囲気を醸し出している。
一緒に連れてきた、亮の若手の部下たちは東京で一番ホットなスポットに興奮した面持ちで誰もが顔を紅潮させていた。
これでは、この店を貸しきりにするのにあれだけの大金を積まなきゃいけないはずだ、と亮は皮肉に頬を緩ませながら、マネージャーに案内されてVIPシートに腰を落ち着かせた。
部下たちはホステスに案内されてそれぞれの席に腰をおろしたようだった。
「今日は無礼講だから、じゃんじゃん騒げよ」
久しぶりの夜遊びに色めきたつ社員たちに、亮はそう許していた。一緒に連れてきていたジュリオも物珍しげにキョロキョロと店内を見渡している。
「リョー、ここで何をするんですか?」
ジュリオが訝しげな表情で亮に尋ねた。
「お前は楽しめよ。東京で一番美味い酒に料理、それに極上のもてなしが受けられる」
亮は席に着いたホステスから水割りを受け取りながら、ジュリオに言った。その答えにジュリオが目を白黒させる。ジュリオに亮の行動の真意が図りかねていた。
「わかりました。私は楽しめばよいのですね。それじゃリョーは?」
ジュリオの問いに亮は少し苛々したような視線を向けた。
「俺か?俺だって楽しむさ…」
告げた途端に、脇に座って居たホステス達がはしゃいだ様な笑い声を立てた。それが合図だったかのように、店内の灯りが落ち、中央に配されたステージにスポットライトが照らされる。ジュリオは口を噤むとショーの始まったステージをまた、物珍しげな視線で眺め始めていた。
「いらっしゃいませ。この度は私の店をご利用頂きましてありがとうございます」
ショーの喧騒の中、頭上から降った凛とした声に亮はゆっくりと声の主を仰ぎ見た。
― 東京1の夜の女王 —
確か彼女の特集でそんなコピーがついていた気がする。
―さすがだな—
シンプルな黒のドレスを纏って、紅を丁寧に施した唇をきつく引き結びながらリナが亮に視線をあてていた。
桂の部屋で会った時とは、まったく別の貫禄すら漂わせる雰囲気にさすがの亮も驚嘆の念を感じずにはいられない。
「いや…」
緊張の為かこころなしか声が掠れてしまうのに、ジュリオがびっくりしたような視線を向けた。
「こちらこそ、無理を聞いてくれて感謝する。おかげで部下たちも楽しそうだ」
ジュリオの興味津々と言った視線を無視して亮は言葉を継いだ。
「一体全体どういう風の吹き回し?」
それまで、店のオーナーとしての顔を見せていたリナは、彼女もまた苛々したような表情を見せると亮の向かい側のシートに腰をおろした。
目線で合図を送って、亮とジュリオの脇に座っていたホステス達を下がらせる。
優雅な手つきで亮の空のグラスを取り上げると、2杯目の酒を亮の前に置いた。
亮は憮然とした表情のままグラスに口をつける。
「どうして、ここへ来たの?馬鹿にしていたくせに」
リナは4日前の桂のマンションでの出来事を思い出しているのだろう。不機嫌に顔を顰めながら、鋭く亮を睨み付けた。
冷ややかなリナの口調を無視すると、亮がやっと口を開いた。
「この店に足りないものはあるか?」
「…は?」
思いもかけない亮の言葉に今度はリナが驚いたような顔をした。
「おっしゃる意味が分からないんですけど…?」
キョトンとしたままリナが訊ね返した。
亮は苦虫を噛み潰したような表情のまま、食いしばった唇から搾り出すように、再度質問を繰り返した。
「俺はインテリアを扱っている。だから、この店に足りないものはあるか?」
リナはますます混乱したような表情でまた、たずね返す。
「だから…おっしゃっている意味が分かりかねるのですが?」
それまで、二人の奇妙なやり取りを興味深げに聞き入っていたジュリオが初めて口を挟んだ。
「失礼…よろしいでしょうか?お嬢さん、多分彼は…リョーは一応謝っているのだと思います」
ジュリオの言葉に亮がぱっと顔を赤く染めた。
「ジュリオ!余計なこと…!!」
亮の制止など無視してジュリオが続けた。
「彼はプライドが高くて傲慢で、人に謝罪をしたことがありません。日本人のくせに、謝罪の語彙は私より少ないはずです」
ジュリオの言葉にリナがプッと吹き出した。亮は憮然としたまま、それでもリナから笑顔が零れた事で幾分ほっとしながらジュリオに話を続けることを許していた。
ジュリオには今回の亮の奇異な行動がすべて理解でき始めていた。
ここしばらく桂に夢中で、夜遊びなどしない亮がどうして急にこんなところに来る気になったのか?
すべてが桂のためだったということが目の前の女性の登場ではっきりしていた。
亮を冷ややかに見つめる女性が、以前自分が見た桂の連れだということは一目瞭然で、4日前の夜大荒れだった亮からやっと聞きだした、桂と亮のいざこざもこの女性が原因だということは理解できた。
そして、それ以来亮が桂と会えない障害もこの女性だということがジュリオには分かったのだ。
「リョーは謝り方を知りません。これで精一杯なのです。どうか、お嬢さん彼を許してくれませんか?」
ジュリオは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべるとリナに笑いかけた。
ジュリオの笑顔にリナもそれまで硬かった表情を緩める。
しばらくの間二人で見つめあって笑みを交わすと、今度は心持厳しい顔でジュリオの隣の亮に視線を向けた。
「かっちゃんは私の大事な親友なの」
リナの硬い声に亮が分かっている、と答えた。
「かっちゃんをこれ以上傷つけてほしくないの」
苦い表情で亮が分かっている、とまた答えた。
「あなたはかっちゃんの事どうするつもりなの?」
リナは真剣な面持ちで亮に問いかけた。その問いに今度は亮が真剣な瞳でリナを見つめ返した。
「どうするつもりもない」
呟くように答える。
「どういう…?」
亮の曖昧な答えに腹が立ったようにリナが問い詰めようとした瞬間、亮が言葉を継いだ。
「どうするつもりもない。ただ…愛しているだけだ」
…さすが六本木でナンバー1の地位をほしいままにしているだけの事はあると…亮は店を眺めながら思った。
インテリアにうるさい亮の目から見ても、この店は申し分ない雰囲気を醸し出している。
一緒に連れてきた、亮の若手の部下たちは東京で一番ホットなスポットに興奮した面持ちで誰もが顔を紅潮させていた。
これでは、この店を貸しきりにするのにあれだけの大金を積まなきゃいけないはずだ、と亮は皮肉に頬を緩ませながら、マネージャーに案内されてVIPシートに腰を落ち着かせた。
部下たちはホステスに案内されてそれぞれの席に腰をおろしたようだった。
「今日は無礼講だから、じゃんじゃん騒げよ」
久しぶりの夜遊びに色めきたつ社員たちに、亮はそう許していた。一緒に連れてきていたジュリオも物珍しげにキョロキョロと店内を見渡している。
「リョー、ここで何をするんですか?」
ジュリオが訝しげな表情で亮に尋ねた。
「お前は楽しめよ。東京で一番美味い酒に料理、それに極上のもてなしが受けられる」
亮は席に着いたホステスから水割りを受け取りながら、ジュリオに言った。その答えにジュリオが目を白黒させる。ジュリオに亮の行動の真意が図りかねていた。
「わかりました。私は楽しめばよいのですね。それじゃリョーは?」
ジュリオの問いに亮は少し苛々したような視線を向けた。
「俺か?俺だって楽しむさ…」
告げた途端に、脇に座って居たホステス達がはしゃいだ様な笑い声を立てた。それが合図だったかのように、店内の灯りが落ち、中央に配されたステージにスポットライトが照らされる。ジュリオは口を噤むとショーの始まったステージをまた、物珍しげな視線で眺め始めていた。
「いらっしゃいませ。この度は私の店をご利用頂きましてありがとうございます」
ショーの喧騒の中、頭上から降った凛とした声に亮はゆっくりと声の主を仰ぎ見た。
― 東京1の夜の女王 —
確か彼女の特集でそんなコピーがついていた気がする。
―さすがだな—
シンプルな黒のドレスを纏って、紅を丁寧に施した唇をきつく引き結びながらリナが亮に視線をあてていた。
桂の部屋で会った時とは、まったく別の貫禄すら漂わせる雰囲気にさすがの亮も驚嘆の念を感じずにはいられない。
「いや…」
緊張の為かこころなしか声が掠れてしまうのに、ジュリオがびっくりしたような視線を向けた。
「こちらこそ、無理を聞いてくれて感謝する。おかげで部下たちも楽しそうだ」
ジュリオの興味津々と言った視線を無視して亮は言葉を継いだ。
「一体全体どういう風の吹き回し?」
それまで、店のオーナーとしての顔を見せていたリナは、彼女もまた苛々したような表情を見せると亮の向かい側のシートに腰をおろした。
目線で合図を送って、亮とジュリオの脇に座っていたホステス達を下がらせる。
優雅な手つきで亮の空のグラスを取り上げると、2杯目の酒を亮の前に置いた。
亮は憮然とした表情のままグラスに口をつける。
「どうして、ここへ来たの?馬鹿にしていたくせに」
リナは4日前の桂のマンションでの出来事を思い出しているのだろう。不機嫌に顔を顰めながら、鋭く亮を睨み付けた。
冷ややかなリナの口調を無視すると、亮がやっと口を開いた。
「この店に足りないものはあるか?」
「…は?」
思いもかけない亮の言葉に今度はリナが驚いたような顔をした。
「おっしゃる意味が分からないんですけど…?」
キョトンとしたままリナが訊ね返した。
亮は苦虫を噛み潰したような表情のまま、食いしばった唇から搾り出すように、再度質問を繰り返した。
「俺はインテリアを扱っている。だから、この店に足りないものはあるか?」
リナはますます混乱したような表情でまた、たずね返す。
「だから…おっしゃっている意味が分かりかねるのですが?」
それまで、二人の奇妙なやり取りを興味深げに聞き入っていたジュリオが初めて口を挟んだ。
「失礼…よろしいでしょうか?お嬢さん、多分彼は…リョーは一応謝っているのだと思います」
ジュリオの言葉に亮がぱっと顔を赤く染めた。
「ジュリオ!余計なこと…!!」
亮の制止など無視してジュリオが続けた。
「彼はプライドが高くて傲慢で、人に謝罪をしたことがありません。日本人のくせに、謝罪の語彙は私より少ないはずです」
ジュリオの言葉にリナがプッと吹き出した。亮は憮然としたまま、それでもリナから笑顔が零れた事で幾分ほっとしながらジュリオに話を続けることを許していた。
ジュリオには今回の亮の奇異な行動がすべて理解でき始めていた。
ここしばらく桂に夢中で、夜遊びなどしない亮がどうして急にこんなところに来る気になったのか?
すべてが桂のためだったということが目の前の女性の登場ではっきりしていた。
亮を冷ややかに見つめる女性が、以前自分が見た桂の連れだということは一目瞭然で、4日前の夜大荒れだった亮からやっと聞きだした、桂と亮のいざこざもこの女性が原因だということは理解できた。
そして、それ以来亮が桂と会えない障害もこの女性だということがジュリオには分かったのだ。
「リョーは謝り方を知りません。これで精一杯なのです。どうか、お嬢さん彼を許してくれませんか?」
ジュリオは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべるとリナに笑いかけた。
ジュリオの笑顔にリナもそれまで硬かった表情を緩める。
しばらくの間二人で見つめあって笑みを交わすと、今度は心持厳しい顔でジュリオの隣の亮に視線を向けた。
「かっちゃんは私の大事な親友なの」
リナの硬い声に亮が分かっている、と答えた。
「かっちゃんをこれ以上傷つけてほしくないの」
苦い表情で亮が分かっている、とまた答えた。
「あなたはかっちゃんの事どうするつもりなの?」
リナは真剣な面持ちで亮に問いかけた。その問いに今度は亮が真剣な瞳でリナを見つめ返した。
「どうするつもりもない」
呟くように答える。
「どういう…?」
亮の曖昧な答えに腹が立ったようにリナが問い詰めようとした瞬間、亮が言葉を継いだ。
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