54 / 101
《第16章》― 俺だけが、お前の「特別」でいたいんだ…。他の奴がお前の特別なんて嫌だ…―
1
しおりを挟む健志からは相変わらず返事が来ない。亮は今日もメールをチェックすると重い溜息を吐いた。
「やっぱり、もう一度ニューヨークに行かないとダメか…」
やり切れない思いで頭を振りつつ、亮は健志の姿を思い浮かべた。会社に電話をしてもなんのかんのと理由をつけられ取り次いでもらえず、自宅の電話はいつも留守電だった。
もう一度話し合いを…と思っても亮自身が忙しくて休みも満足に取れない今、ニューヨークに行くなんて問題外だった。
桂とも逢えない日が続いるというのに。
「くそっ…」
苛立ちを自分にぶつけると、亮はタブレットを傍に追いやった。
健志との別れ話が出来ない、桂と逢えない、そしてもう一つ亮を苛々させる出来事があった。
桂のガラケーが原因だった。
桂は携帯電話には無頓着だ。
亮の掛ける電話にも出ることが少ないし、留守電のチェックもまめにしていない。
つい最近になって、亮はその事を盾にして桂から自宅の電話番号をやっと聞き出していた。自宅に電話すれば、きちんと出るのだ。
お陰で、なにかの約束をするのにすれ違うという、はなはだ不愉快な事態は避けられるようになっていた。
先日…思い出すのも忌々しい出来事があって、それは亮を不安にさせていた。
その日は、久し振りに桂の部屋での夕食になっていた。亮の部屋に土鍋が無い事に気付いた桂が、自分の部屋でチゲ鍋をしようと提案したのだ。
桂の部屋で過ごせる事に、胸を喜びで膨らませつつ亮は桂の部屋で食事の支度を手伝っていた…といってもガスコンロにカセットをセットしただけだったが…。
和やかな雰囲気を邪魔する様に、それは鳴り響いた。
「…あ…桂…携帯が鳴っている」
亮は自分のスマートフォンかと思って慌てて確認すると桂を呼んだ。
自分では無かったからだ。
桂はその時ちょうど浴室に何かを取りに行ってしまっており、仕方なく亮はテーブルの上に放り出された桂の携帯を取り上げた。大学関係からの電話だったら困るだろうと思ったのだ。
何気なく着信を知らせ続ける桂の携帯の液晶を見た瞬間、亮の顔からさっと血の気が引いた。
― リナ ―ただそれだけが表示されている…。
リナ…その文字を目にした途端、亮の脳裏に以前桂と電話で言い争いをした時の事が鮮やかに甦ってきた。
自分が掛けた電話に、桂は「リナ…?リナか…?」と真っ先に言った…。
あの時は、リナが誰なのか怖くて聞けなかった…そして、それ以来「リナ」と言う存在は記憶の深淵に無理やりしまい込まれていた。
それが、今…また亮に存在を知らせるように現われる…。
亮はしつこく鳴り続ける携帯を呆然と見つめていたが、桂が浴室から出てくる音にハッと我を取り戻すと、「リナ」の存在を絶ち切るように桂の携帯の電源を切った。そして、何食わぬ顔で携帯をテーブルに戻したのだ。
「…山本、何か呼んだ?」
浴室から出てきた桂が、微笑みながら亮に訊ねる。亮は、胸に刺さった棘のようなシクシクする痛みを堪えると桂を抱き寄せた。
桂が「リナ」に浚われてしまいそうで、不安で堪らなかった。
「いや…別に…」
桂の髪の毛に顔を埋め、内心の動揺を気取られないように答えた自分…。
亮はあの時の自分の情けない態度を思い出して、いまさら自嘲の笑いを浮かべた。
どうして…あの時聞いてしまわなかったのだろう…。
「リナって誰なんだ?」
そう一言軽く聞けば済む話かもしれない…。でも亮にはどうしてもその一言が口に出来なかった。訊いて、もし聞きたくない答えが返ってきたら…。そしたら、桂と終りになってしまう…そんなのは嫌だった…。
桂の周りに女の影がちらつくのも我慢できない…。くだらない嫉妬だと分かっていても、嫉妬してしまう。
そんな資格…今の自分には無いのに…。
「くそっ!」
亮はガツッと腹立ちまぎれに机を拳で叩いた。最近の自分に良くある行為だった。
「…桂…リナって…女…お前の何なんだよ」
憤懣やるかたない思いばかりが胸を渦巻いていく。何もかも自分の思うとおりに運んでいかない苛立ちが募っていくばかり…。
桂の気持が欲しくて…知りたくて…桂にとっての特別が、自分一人だけであって欲しい…亮はむしの良い願いをしてしまう自分を自嘲しながらも、それでも願っていた。
胸が騒いで仕方がなかった。自分の中の感が訴えていた…。
― リナは桂の特別な存在だと…—
亮は「リナ」と言う、まだ会った事のない存在に脅かされ、そして怯えていた。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
嘘の日の言葉を信じてはいけない
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる