上 下
51 / 101
≪第15章≫ —身体の中がお前を求めて熱くさざめく。それが恋なんだ…って俺はやっと気付いた…—

4

しおりを挟む
 ジュリオに取って亮の行動は理解し難いものだった。何度も二人の間で繰り返した押し問答。最後には言い争いに疲れてとうとうジュリオが折れた格好になっていた。

 それでも、日本への帰国の際にチェックインカウンターでスーツケースを預けなかった亮を、ジュリオは苛ただしげに見た。

「どうして手荷物にするんだ?」

 返ってくる答えはどうせ同じだろうと思いつつも訊ねずにはいられない。普段合理性を追求する亮の姿からは信じられない行動だったからだ。

「決まっているだろ。割れると困るからだ」

 亮はウェイトオーバーギリギリの、持込用の小型スーツケースを愛しそうに眺めながら、飄々と答えていた。

「空輸で送れば良いだろう…いつも通りに」
「やだ」

 にべも無くジュリオの提案を刎ね付ける亮。空輸なんて真っ平だった。
空輸は帰国してから数日しないと荷物は到着しない。そんなのは意味が無い。

「お前に文句言われる筋合いは無い。それに他の荷物は全部送っただろ」

 そりゃそうだけど…。というジュリオの言葉が亮の耳に入る事は無かった。搭乗アナウンスが流れると亮はさっさとスーツケースを引っ張ってゲートに向かってしまったからだ。

 シートに腰を落ち着けて、スチュワードに預けたスーツケースが安全な所に格納されるのを目で確認すると、亮はホッと安堵の息を吐いた。

 スーツケースを預けたスチュワードが、見た目からは想像がつかないスーツケースの重さに仰天したような表情を浮かべていたのを思い出して、自然口元が笑ってしまう。

 日本に到着までの時間がひどく待ち遠しかった。早く桂に逢って、そして桂を喜ばせてやりたい…亮にはその思いしかなかった。

 帰国の時間にあわせて、桂にマンションに来るように言ってあった。
恐らくマンションの前で桂は自分を待ってくれているだろう…。
そう考えるだけで、嬉しさで胸がはちきれそうになってしまう。

 隣でニヤニヤ笑みを浮かべている親友をジュリオは信じられない面持ちで眺めていた。
どうにも今回の亮の行動は理解出来なかった。まぁ、それでもカツラ絡みでしょう…という事は想像ついたので、帰国の途についた今は敢えて何も言う事をしないではいたのだが…。

 それでも、子供のように嬉しそうな顔で、1時間おきにスーツケースを確認しに行っている亮を見るのは、ジュリオに取っては少々不気味な出来事ではあった。

「カツラとはどうなっているんだ?」

 ジュリオは相変わらずソワソワとスーツケースと腕時計を見比べている亮に以前から気になっていた「それ」を切り出した。

 途端に亮が少し眉根を寄せた。
一瞬亮の顔が赤らむのに気付いてジュリオは驚く。
こんな風に亮がシャイな表情を覗かせた事など無かったからだ。

「お前…まだ、桂のことが好きなのかよ?」

 少し弱気な口調で亮はジュリオに訊ね返した。その質問にジュリオはもちろん、と返す。それを聞いて亮が今度は別の意味で顔を赤くした。

「誤解するな。恋愛対象じゃない。カツラの人間性が好きなんだ。それに先生としても尊敬している」

 ジュリオは亮が桂の事となるとすぐに嫉妬することに気づいて慌てて言葉を足した。
こんな狭い機内で殴られるのだけは勘弁だった。

 それに…出会った頃こそ自分が桂の恋人に…と思ってはいたが、亮の桂に対する執着振りや不器用さを見るにつけ、いつのまにか桂を諦めている自分に気付いてもいた。

「…そうか…」

 亮がジュリオの返答にあからさまにホッとしたように呟くのを聞いてジュリオは苦笑すると、最前の質問をもう1度繰り返した。
授業で桂に会ってはいたが、どうも熱愛中と言った明るさが見られないのがジュリオには気がかりだったのだ。

 ジュリオの問いに一瞬亮が押し黙った。言葉を選ぶようにしばらく飛行機の天井を睨んだ後、ポツッと言った。

「抱いてない…」
「…は…?」

 亮の言葉にジュリオはビックリしたような視線を向けた。亮もジュリオを見返すと、苦笑いを見せて続けた。

「健志と拗れてしまって…まだきちんと別れていないんだ…。だから…桂を抱かない事にした」

 真剣な面持ちで話す亮をジュリオは唖然として見つめていた。たっぷり1分は亮を見つめ続けた後、やっとジュリオが口を開いた。混乱したように額を抑えつつ

「じゃ…なんだ…。セックス無しってことか…?」

 ジュリオの言葉に亮が不機嫌そうな顔になる。

「下品な言い方するな。ただ、抱いていないって事だ」

 同じだろう…とジュリオは内心突っ込みつつも驚いていた。亮のどこにそんな純粋な部分があったと言うのか…?

「どうして…そんな事しているんだ?」

 亮の今までの行いを考えてみれば、肉体関係を求めないなんて事ありえないはずだった。
出会ったその日にベッドにいるなんて、ざらだったからだ。

「…桂…に俺の気持…を分かってもらうためさ…」 

 ますます、顔を赤くしながら亮が答えた。

「リョーの気持を…?でも、そんな事口にしなきゃ伝わらないだろ?」

 現にカツラは絶対にリョーの気持を理解できていない…そう言おうとしたジュリオを亮が鬱陶しいとばかりに手で遮った。

「言われなくたって分かっているさ。でも、今はそれしか方法がないんだ…。お前につべこべ言われたくない」

 言って亮は、この話しは打ち切りとばかりに、腕を組むと目を閉じてしまう。
ふて腐れたような亮の横顔を眺めつつ、ジュリオは二人の気持のすれ違いを憂いはじめていた。

 今、完全に二人の気持はすれ違ってしまっている。求め合っている筈なのに…。一体どうすれば良いのか…。

「………」

 ジュリオが何気なく呟いた言葉に、亮が目を開けてジュリオを睨んだ。
しばらくジュリオを睨んだ後

「ジュリオ、ここはもう日本領空だ。言いたい事があるなら、日本語で言えよ」

 完璧に機嫌を損ねた様子で亮はわざとそう言った。

 ジュリオも亮の不機嫌が分かったので、火に油を注ぐように、わざと先ほど呟いたイタリア語をもう一度日本語で言った。

 もちろん亮がさらに機嫌を悪くするだろうと思いながら…「泥沼ですね」と。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

パン屋の僕の勘違い【完】

おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。

愛欲の炎に抱かれて

藤波蕚
BL
ベータの夫と政略結婚したオメガの理人。しかし夫には昔からの恋人が居て、ほとんど家に帰って来ない。 とある日、夫や理人の父の経営する会社の業界のパーティーに、パートナーとして参加する。そこで出会ったのは、ハーフリムの眼鏡をかけた怜悧な背の高い青年だった ▽追記 2023/09/15 感想にてご指摘頂いたので、登場人物の名前にふりがなをふりました

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

処理中です...