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≪第15章≫ —身体の中がお前を求めて熱くさざめく。それが恋なんだ…って俺はやっと気付いた…—
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ジュリオに取って亮の行動は理解し難いものだった。何度も二人の間で繰り返した押し問答。最後には言い争いに疲れてとうとうジュリオが折れた格好になっていた。
それでも、日本への帰国の際にチェックインカウンターでスーツケースを預けなかった亮を、ジュリオは苛ただしげに見た。
「どうして手荷物にするんだ?」
返ってくる答えはどうせ同じだろうと思いつつも訊ねずにはいられない。普段合理性を追求する亮の姿からは信じられない行動だったからだ。
「決まっているだろ。割れると困るからだ」
亮はウェイトオーバーギリギリの、持込用の小型スーツケースを愛しそうに眺めながら、飄々と答えていた。
「空輸で送れば良いだろう…いつも通りに」
「やだ」
にべも無くジュリオの提案を刎ね付ける亮。空輸なんて真っ平だった。
空輸は帰国してから数日しないと荷物は到着しない。そんなのは意味が無い。
「お前に文句言われる筋合いは無い。それに他の荷物は全部送っただろ」
そりゃそうだけど…。というジュリオの言葉が亮の耳に入る事は無かった。搭乗アナウンスが流れると亮はさっさとスーツケースを引っ張ってゲートに向かってしまったからだ。
シートに腰を落ち着けて、スチュワードに預けたスーツケースが安全な所に格納されるのを目で確認すると、亮はホッと安堵の息を吐いた。
スーツケースを預けたスチュワードが、見た目からは想像がつかないスーツケースの重さに仰天したような表情を浮かべていたのを思い出して、自然口元が笑ってしまう。
日本に到着までの時間がひどく待ち遠しかった。早く桂に逢って、そして桂を喜ばせてやりたい…亮にはその思いしかなかった。
帰国の時間にあわせて、桂にマンションに来るように言ってあった。
恐らくマンションの前で桂は自分を待ってくれているだろう…。
そう考えるだけで、嬉しさで胸がはちきれそうになってしまう。
隣でニヤニヤ笑みを浮かべている親友をジュリオは信じられない面持ちで眺めていた。
どうにも今回の亮の行動は理解出来なかった。まぁ、それでもカツラ絡みでしょう…という事は想像ついたので、帰国の途についた今は敢えて何も言う事をしないではいたのだが…。
それでも、子供のように嬉しそうな顔で、1時間おきにスーツケースを確認しに行っている亮を見るのは、ジュリオに取っては少々不気味な出来事ではあった。
「カツラとはどうなっているんだ?」
ジュリオは相変わらずソワソワとスーツケースと腕時計を見比べている亮に以前から気になっていた「それ」を切り出した。
途端に亮が少し眉根を寄せた。
一瞬亮の顔が赤らむのに気付いてジュリオは驚く。
こんな風に亮がシャイな表情を覗かせた事など無かったからだ。
「お前…まだ、桂のことが好きなのかよ?」
少し弱気な口調で亮はジュリオに訊ね返した。その質問にジュリオはもちろん、と返す。それを聞いて亮が今度は別の意味で顔を赤くした。
「誤解するな。恋愛対象じゃない。カツラの人間性が好きなんだ。それに先生としても尊敬している」
ジュリオは亮が桂の事となるとすぐに嫉妬することに気づいて慌てて言葉を足した。
こんな狭い機内で殴られるのだけは勘弁だった。
それに…出会った頃こそ自分が桂の恋人に…と思ってはいたが、亮の桂に対する執着振りや不器用さを見るにつけ、いつのまにか桂を諦めている自分に気付いてもいた。
「…そうか…」
亮がジュリオの返答にあからさまにホッとしたように呟くのを聞いてジュリオは苦笑すると、最前の質問をもう1度繰り返した。
授業で桂に会ってはいたが、どうも熱愛中と言った明るさが見られないのがジュリオには気がかりだったのだ。
ジュリオの問いに一瞬亮が押し黙った。言葉を選ぶようにしばらく飛行機の天井を睨んだ後、ポツッと言った。
「抱いてない…」
「…は…?」
亮の言葉にジュリオはビックリしたような視線を向けた。亮もジュリオを見返すと、苦笑いを見せて続けた。
「健志と拗れてしまって…まだきちんと別れていないんだ…。だから…桂を抱かない事にした」
真剣な面持ちで話す亮をジュリオは唖然として見つめていた。たっぷり1分は亮を見つめ続けた後、やっとジュリオが口を開いた。混乱したように額を抑えつつ
「じゃ…なんだ…。セックス無しってことか…?」
ジュリオの言葉に亮が不機嫌そうな顔になる。
「下品な言い方するな。ただ、抱いていないって事だ」
同じだろう…とジュリオは内心突っ込みつつも驚いていた。亮のどこにそんな純粋な部分があったと言うのか…?
「どうして…そんな事しているんだ?」
亮の今までの行いを考えてみれば、肉体関係を求めないなんて事ありえないはずだった。
出会ったその日にベッドにいるなんて、ざらだったからだ。
「…桂…に俺の気持…を分かってもらうためさ…」
ますます、顔を赤くしながら亮が答えた。
「リョーの気持を…?でも、そんな事口にしなきゃ伝わらないだろ?」
現にカツラは絶対にリョーの気持を理解できていない…そう言おうとしたジュリオを亮が鬱陶しいとばかりに手で遮った。
「言われなくたって分かっているさ。でも、今はそれしか方法がないんだ…。お前につべこべ言われたくない」
言って亮は、この話しは打ち切りとばかりに、腕を組むと目を閉じてしまう。
ふて腐れたような亮の横顔を眺めつつ、ジュリオは二人の気持のすれ違いを憂いはじめていた。
今、完全に二人の気持はすれ違ってしまっている。求め合っている筈なのに…。一体どうすれば良いのか…。
「………」
ジュリオが何気なく呟いた言葉に、亮が目を開けてジュリオを睨んだ。
しばらくジュリオを睨んだ後
「ジュリオ、ここはもう日本領空だ。言いたい事があるなら、日本語で言えよ」
完璧に機嫌を損ねた様子で亮はわざとそう言った。
ジュリオも亮の不機嫌が分かったので、火に油を注ぐように、わざと先ほど呟いたイタリア語をもう一度日本語で言った。
もちろん亮がさらに機嫌を悪くするだろうと思いながら…「泥沼ですね」と。
それでも、日本への帰国の際にチェックインカウンターでスーツケースを預けなかった亮を、ジュリオは苛ただしげに見た。
「どうして手荷物にするんだ?」
返ってくる答えはどうせ同じだろうと思いつつも訊ねずにはいられない。普段合理性を追求する亮の姿からは信じられない行動だったからだ。
「決まっているだろ。割れると困るからだ」
亮はウェイトオーバーギリギリの、持込用の小型スーツケースを愛しそうに眺めながら、飄々と答えていた。
「空輸で送れば良いだろう…いつも通りに」
「やだ」
にべも無くジュリオの提案を刎ね付ける亮。空輸なんて真っ平だった。
空輸は帰国してから数日しないと荷物は到着しない。そんなのは意味が無い。
「お前に文句言われる筋合いは無い。それに他の荷物は全部送っただろ」
そりゃそうだけど…。というジュリオの言葉が亮の耳に入る事は無かった。搭乗アナウンスが流れると亮はさっさとスーツケースを引っ張ってゲートに向かってしまったからだ。
シートに腰を落ち着けて、スチュワードに預けたスーツケースが安全な所に格納されるのを目で確認すると、亮はホッと安堵の息を吐いた。
スーツケースを預けたスチュワードが、見た目からは想像がつかないスーツケースの重さに仰天したような表情を浮かべていたのを思い出して、自然口元が笑ってしまう。
日本に到着までの時間がひどく待ち遠しかった。早く桂に逢って、そして桂を喜ばせてやりたい…亮にはその思いしかなかった。
帰国の時間にあわせて、桂にマンションに来るように言ってあった。
恐らくマンションの前で桂は自分を待ってくれているだろう…。
そう考えるだけで、嬉しさで胸がはちきれそうになってしまう。
隣でニヤニヤ笑みを浮かべている親友をジュリオは信じられない面持ちで眺めていた。
どうにも今回の亮の行動は理解出来なかった。まぁ、それでもカツラ絡みでしょう…という事は想像ついたので、帰国の途についた今は敢えて何も言う事をしないではいたのだが…。
それでも、子供のように嬉しそうな顔で、1時間おきにスーツケースを確認しに行っている亮を見るのは、ジュリオに取っては少々不気味な出来事ではあった。
「カツラとはどうなっているんだ?」
ジュリオは相変わらずソワソワとスーツケースと腕時計を見比べている亮に以前から気になっていた「それ」を切り出した。
途端に亮が少し眉根を寄せた。
一瞬亮の顔が赤らむのに気付いてジュリオは驚く。
こんな風に亮がシャイな表情を覗かせた事など無かったからだ。
「お前…まだ、桂のことが好きなのかよ?」
少し弱気な口調で亮はジュリオに訊ね返した。その質問にジュリオはもちろん、と返す。それを聞いて亮が今度は別の意味で顔を赤くした。
「誤解するな。恋愛対象じゃない。カツラの人間性が好きなんだ。それに先生としても尊敬している」
ジュリオは亮が桂の事となるとすぐに嫉妬することに気づいて慌てて言葉を足した。
こんな狭い機内で殴られるのだけは勘弁だった。
それに…出会った頃こそ自分が桂の恋人に…と思ってはいたが、亮の桂に対する執着振りや不器用さを見るにつけ、いつのまにか桂を諦めている自分に気付いてもいた。
「…そうか…」
亮がジュリオの返答にあからさまにホッとしたように呟くのを聞いてジュリオは苦笑すると、最前の質問をもう1度繰り返した。
授業で桂に会ってはいたが、どうも熱愛中と言った明るさが見られないのがジュリオには気がかりだったのだ。
ジュリオの問いに一瞬亮が押し黙った。言葉を選ぶようにしばらく飛行機の天井を睨んだ後、ポツッと言った。
「抱いてない…」
「…は…?」
亮の言葉にジュリオはビックリしたような視線を向けた。亮もジュリオを見返すと、苦笑いを見せて続けた。
「健志と拗れてしまって…まだきちんと別れていないんだ…。だから…桂を抱かない事にした」
真剣な面持ちで話す亮をジュリオは唖然として見つめていた。たっぷり1分は亮を見つめ続けた後、やっとジュリオが口を開いた。混乱したように額を抑えつつ
「じゃ…なんだ…。セックス無しってことか…?」
ジュリオの言葉に亮が不機嫌そうな顔になる。
「下品な言い方するな。ただ、抱いていないって事だ」
同じだろう…とジュリオは内心突っ込みつつも驚いていた。亮のどこにそんな純粋な部分があったと言うのか…?
「どうして…そんな事しているんだ?」
亮の今までの行いを考えてみれば、肉体関係を求めないなんて事ありえないはずだった。
出会ったその日にベッドにいるなんて、ざらだったからだ。
「…桂…に俺の気持…を分かってもらうためさ…」
ますます、顔を赤くしながら亮が答えた。
「リョーの気持を…?でも、そんな事口にしなきゃ伝わらないだろ?」
現にカツラは絶対にリョーの気持を理解できていない…そう言おうとしたジュリオを亮が鬱陶しいとばかりに手で遮った。
「言われなくたって分かっているさ。でも、今はそれしか方法がないんだ…。お前につべこべ言われたくない」
言って亮は、この話しは打ち切りとばかりに、腕を組むと目を閉じてしまう。
ふて腐れたような亮の横顔を眺めつつ、ジュリオは二人の気持のすれ違いを憂いはじめていた。
今、完全に二人の気持はすれ違ってしまっている。求め合っている筈なのに…。一体どうすれば良いのか…。
「………」
ジュリオが何気なく呟いた言葉に、亮が目を開けてジュリオを睨んだ。
しばらくジュリオを睨んだ後
「ジュリオ、ここはもう日本領空だ。言いたい事があるなら、日本語で言えよ」
完璧に機嫌を損ねた様子で亮はわざとそう言った。
ジュリオも亮の不機嫌が分かったので、火に油を注ぐように、わざと先ほど呟いたイタリア語をもう一度日本語で言った。
もちろん亮がさらに機嫌を悪くするだろうと思いながら…「泥沼ですね」と。
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