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《第11章》―自分の気持、お前の気持、そして…恋人の気持…全てに疎かった…愚かな俺…―
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しおりを挟むバサッと音を立ててそれはテーブルに投げ出された。おびただしい枚数のファックスだった。
「なんだ?それは…?」
部屋に入るなり健志はソファに座ると、ビジネス用のブリーフケースからその束を放り出した。
亮は眉を顰めてテーブルに乱雑に散らばったその書類を見つめる。何かびっしりと活字が埋まっていて、何かの書類だと言う事は遠目でも理解できた。
「ああ…良いものだよ」
ソファに腰を据えた健志が妖艶な笑みを零しながら、自分のためにアルコールを作る亮を見つめた。
嫌な不安を覚えながら、亮は一応健志にワインを注いでやる。注いだグラスを手渡しながら、亮は自分も健志の正面に座った。
優雅な手付きで健志はワインを口に楽しむように含むと、見たら…と亮にその書類を見る事を許した。
訝しんだ表情のまま亮はその書類を手に取った。表紙と思しき一枚を目にした途端亮の顔色がさっと青褪めた。
「お前…っ!…なんだよ…これ!」
怒りで顔を赤くしながら亮は立ちあがると、健志の胸元を乱暴に掴んだ。亮の乱暴な行為をモノともせずに平然とした態度で亮を見つめると、わざと亮の神経を逆撫でするように口を開いた。
「今時の調査会社は優秀だね。一昨日依頼したらすぐに調査記録をメールしてくれたよ。もっともかなりの額を払ったけどね」
くくっと喉の奥で耳障りな笑い声を立てると、健志は冷たい表情で亮を眺めた。
「桂の事…調べてどうしようっていうんだよ…」
桂のプライバシーが記述された…興信所の調査報告書。
背筋が凍るような思いで、亮はそれを握り締めたまま健志を睨んだ。
こんなもの…穢わらしくて、おぞましくて…触りたくも、ましてや見たいとも思わなかった。健志に対して憎悪すら感じながら亮は、調査報告書をびりびりと引き裂いた。
「別にどうもしないさ。ただ…お前が本気で惚れたっていう相手がどんな奴か知りたかっただけ。お前に聞いたって、ほだされて盲目状態のお前からじゃ何も聞けないだろうと思ってね」
俺の当然の権利だと思うけど…亮の怒りに満ちた表情を意地悪く見返しながら、健志はそう言葉を継いだ。
怒りの余り、破った報告書の残骸を握り締めながら亮は呼吸が止まってしまいそうになっていた。
まさか、健志がこんな事をするとは思わなかった。なぜ…ここまでするのか…?
「想像通り、大した男じゃなかったな。うだつの上がらない冴えない日本語教師だ。お前、あいつにだまされてるんじゃないか?あいつの年収見たかよ。信じられないぐらい貧乏人だぜ。あの男、お前の金が目当てなんじゃないのかよ?」
かつては夢中で貪った唇から、次々と桂を蔑む言葉を発していく健志。亮はその整った面差しを怒りで肩を振るわせながら、黙って見つめた。
「たったの2日間じゃ、過去の男関係まではわからなかったけどな。まぁ…良いお坊ちゃんって事は分かったよ。かなりの人気者らしいな」
健志は亮の手の中から引き裂かれた書類の残骸を取り上げると、それを括りながら亮をいたぶるように言葉を継いでいった。
「勤務先における人間関係は良好の模様。誰に聞いても、真面目で優しくて人を思いやる好青年との評判…か。ふん…偽善者ぶっていて反吐が出るね。こんな奴」
健志はぽいっとその書類を放り捨てると、意地悪い笑みを浮かべながら亮を眺めた。
「…どうして…どうして…こんな事するんだ…?」
健志はこんな事をするような男ではなかった筈だった…。
恋愛でも、それこそ健志の方がはるかにドライな関係を望んでいた。束縛されるのを嫌い、自由気ままに自分が逢いたい時だけ逢えればそれで満足…な奴だった。
「どうして?そんな事を亮は俺に聞くのか?お前が一番分かっているはずだろ?」
分からない…亮は力なく答えると、それまで俯き加減だった顔を真っ直ぐに上げて健志を見つめた。
まるで、知らない男のようだった。こんな男を1度は本気で愛していたのかと思うと、情けなくて仕方がなかった。
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