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《第10章》—何もかもが思惑とはずれていく、それも自分が犯した罪のせいか—
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「どう言う事だ…?」
亮の中に有る感情を読もうとするように健志は、瞳を細めて亮を見つめ返した。その視線を真っ直ぐに受けとめると亮は答えた。
「好きな奴が出来た…」
桂の顔が脳裏を過ぎって、また愛しさに胸が震えそうになる。
「………誰……?」
長い沈黙の後、健志が問いかけた。
「今…付き合っている…人だ…」
「あの遊び相手の日本語教師?」
以前に…まだ自分の気持に気付くずっと前…健志にお遊びの相手を見つけたと報告していた…。
そもそも「遊び」を提案したのは健志で、自分も桂に本気になるなんて思わなかったから最初の頃は逐一健志に桂との事を報告していた。
健志の言い方は気に入らなかったが、事実は正しかったから亮は不承不承、そうだ…と返事をした。
桂が好きな事が真実だから…。
亮の答えに健志がまた沈黙した。たっぷり3分は黙った後健志がハァっと軽い息を吐き出すと肩を竦めて言葉を継いだ。
「お遊びのはずだったろ?ミイラとりがミイラになった?お前らしくないよ、亮」
嘲りを含んだ冷ややかな口調。
亮は膝の上で手を握り合わせたまま、黙って健志の鋭い瞳を見返した。
「そうだろ?俺が居ない間、寂しさを埋める為に遊び相手を探せよって確かに俺は言ったけど、本気になれとは言ってない。しかも、うだつの上がらない冴えない日本語教師なんて。お前に似合わないよ」
桂を傷つける言葉を健志が連ねていくのを亮は、遮りたい衝動を我慢しながら耳を傾ける。
「初めてなんだ…。こんな気持になったのは…」
何とか自分の気持をわかってもらいたくて、亮はやっと口を開いた。俯き加減だった顔を上げると、強い視線で健志を見据える。
「お前には悪いと思っている。約束を破ったのも申し訳ないとも…。それでも…別れてくれ…。俺はお前を愛していない…。俺は……」
言いかけて亮はフッと口を噤んだ。
桂の優しい笑顔が脳裏を過ぎる。途端、胸の中にいいようのない愛しさばかりが溢れていった。
「…俺は、桂を愛しているんだ…。他の誰にもこんな感情…持ったことがない…」
溢れる想いが口から零れ落ちて行く。
…頼む…別れて欲しい…。
亮は頭を深く垂れると、健志に願った。
プライドの高い亮の初めて見せる姿に、一瞬健志が息を呑む音が静かな部屋に響いた。
たっぷり10分近い沈黙が部屋を支配した。健志の身じろぎする気配がして、亮は顔を上げて青褪めて、きつい瞳のままの健志を見つめた。
亮の視線を冷たく見つめたまま、健志がゆっくり口を開いた。
「嫌だ…。俺はお前と別れたりしない。絶対に嫌だ」
「健志!」
健志の答えに亮がとうとう乱暴に声を荒げた。それを合図に健志は立ちあがると、部屋を出て行こうとする。
「おい!待てよ!健志!話しを聞けよ!」
自分を引きとめようとする亮の腕を健志は激しく振り払うと、亮の顔に平手を張った。
ガシっという渇いた音と強烈な痛みが亮の頬と脳に伝わる。咄嗟に顔を抑えた亮を健志は冷ややかに見つめると
「話しは終りだ。亮。お前…頭を冷やせ!俺は絶対お前と別れたりしない。絶対別れたりしないからな。勝手な事言うな!」
痛みで焼けつくような頬を押さえたまま、亮は恋人を見つめた。
不思議に殴られた怒りは湧いてこず、返って冷え切った寒々とした感情だけが胸の中を支配していく。
「頭を冷やして俺は言っているんだ。お前が何を言っても…気持は変わらない。俺が愛しているのは桂だけだ。そして…お前の事など…愛してなんかいなかったんだ…」
亮の言葉に健志は怒りで顔を赤くする。もう一度拳を上げかけたが、震えたそれはゆっくりと下ろされた。
胸の中で荒れ狂う感情を押し殺したかのように、健志は静かな声音で言葉を継いだ。
「とにかく…もう1度…話し合おう…。俺だって…時間が少し欲しい」
健志の言葉に亮が、あぁと答えた。
桂の事を想う余り、急ぎすぎた事は亮にも分かった。健志にも時間をやらないと…亮は取り敢えず、今日は話しを終りにする事に決めた。
「次…いつ会える?」
自分の気持はもう桂の為だけだから、亮は残酷に次の話し合いの日時を急かした。
健志は怒りで面差しを歪めながら、亮を睨みつけると忌々しげに「明後日」と告げた。
「明後日。夜の7時ごろ。俺がこの部屋に来る」
健志は外へ通じるドアに向かいながら続けて、そう言った。
―明後日…—
明後日になれば全て終りになって、そして桂の所に帰れるんだ…。
帰ろうとしている健志を一応見送りに出ながら、亮は健志の言葉にホッと安堵の息を密やかに漏らすと「分かった」と答えた。
亮の中に有る感情を読もうとするように健志は、瞳を細めて亮を見つめ返した。その視線を真っ直ぐに受けとめると亮は答えた。
「好きな奴が出来た…」
桂の顔が脳裏を過ぎって、また愛しさに胸が震えそうになる。
「………誰……?」
長い沈黙の後、健志が問いかけた。
「今…付き合っている…人だ…」
「あの遊び相手の日本語教師?」
以前に…まだ自分の気持に気付くずっと前…健志にお遊びの相手を見つけたと報告していた…。
そもそも「遊び」を提案したのは健志で、自分も桂に本気になるなんて思わなかったから最初の頃は逐一健志に桂との事を報告していた。
健志の言い方は気に入らなかったが、事実は正しかったから亮は不承不承、そうだ…と返事をした。
桂が好きな事が真実だから…。
亮の答えに健志がまた沈黙した。たっぷり3分は黙った後健志がハァっと軽い息を吐き出すと肩を竦めて言葉を継いだ。
「お遊びのはずだったろ?ミイラとりがミイラになった?お前らしくないよ、亮」
嘲りを含んだ冷ややかな口調。
亮は膝の上で手を握り合わせたまま、黙って健志の鋭い瞳を見返した。
「そうだろ?俺が居ない間、寂しさを埋める為に遊び相手を探せよって確かに俺は言ったけど、本気になれとは言ってない。しかも、うだつの上がらない冴えない日本語教師なんて。お前に似合わないよ」
桂を傷つける言葉を健志が連ねていくのを亮は、遮りたい衝動を我慢しながら耳を傾ける。
「初めてなんだ…。こんな気持になったのは…」
何とか自分の気持をわかってもらいたくて、亮はやっと口を開いた。俯き加減だった顔を上げると、強い視線で健志を見据える。
「お前には悪いと思っている。約束を破ったのも申し訳ないとも…。それでも…別れてくれ…。俺はお前を愛していない…。俺は……」
言いかけて亮はフッと口を噤んだ。
桂の優しい笑顔が脳裏を過ぎる。途端、胸の中にいいようのない愛しさばかりが溢れていった。
「…俺は、桂を愛しているんだ…。他の誰にもこんな感情…持ったことがない…」
溢れる想いが口から零れ落ちて行く。
…頼む…別れて欲しい…。
亮は頭を深く垂れると、健志に願った。
プライドの高い亮の初めて見せる姿に、一瞬健志が息を呑む音が静かな部屋に響いた。
たっぷり10分近い沈黙が部屋を支配した。健志の身じろぎする気配がして、亮は顔を上げて青褪めて、きつい瞳のままの健志を見つめた。
亮の視線を冷たく見つめたまま、健志がゆっくり口を開いた。
「嫌だ…。俺はお前と別れたりしない。絶対に嫌だ」
「健志!」
健志の答えに亮がとうとう乱暴に声を荒げた。それを合図に健志は立ちあがると、部屋を出て行こうとする。
「おい!待てよ!健志!話しを聞けよ!」
自分を引きとめようとする亮の腕を健志は激しく振り払うと、亮の顔に平手を張った。
ガシっという渇いた音と強烈な痛みが亮の頬と脳に伝わる。咄嗟に顔を抑えた亮を健志は冷ややかに見つめると
「話しは終りだ。亮。お前…頭を冷やせ!俺は絶対お前と別れたりしない。絶対別れたりしないからな。勝手な事言うな!」
痛みで焼けつくような頬を押さえたまま、亮は恋人を見つめた。
不思議に殴られた怒りは湧いてこず、返って冷え切った寒々とした感情だけが胸の中を支配していく。
「頭を冷やして俺は言っているんだ。お前が何を言っても…気持は変わらない。俺が愛しているのは桂だけだ。そして…お前の事など…愛してなんかいなかったんだ…」
亮の言葉に健志は怒りで顔を赤くする。もう一度拳を上げかけたが、震えたそれはゆっくりと下ろされた。
胸の中で荒れ狂う感情を押し殺したかのように、健志は静かな声音で言葉を継いだ。
「とにかく…もう1度…話し合おう…。俺だって…時間が少し欲しい」
健志の言葉に亮が、あぁと答えた。
桂の事を想う余り、急ぎすぎた事は亮にも分かった。健志にも時間をやらないと…亮は取り敢えず、今日は話しを終りにする事に決めた。
「次…いつ会える?」
自分の気持はもう桂の為だけだから、亮は残酷に次の話し合いの日時を急かした。
健志は怒りで面差しを歪めながら、亮を睨みつけると忌々しげに「明後日」と告げた。
「明後日。夜の7時ごろ。俺がこの部屋に来る」
健志は外へ通じるドアに向かいながら続けて、そう言った。
―明後日…—
明後日になれば全て終りになって、そして桂の所に帰れるんだ…。
帰ろうとしている健志を一応見送りに出ながら、亮は健志の言葉にホッと安堵の息を密やかに漏らすと「分かった」と答えた。
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