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《第8章》―お前の唇が欲しい…なんて遠い距離なんだろう… ―

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 亮が企画と経営を一手に引き受けるイタリアン雑貨を扱うショップは、女性客のみならず男性にも人気がある。

 それは上質なファブリックを使った部屋着など、中々男性が手に入れ難い商品を多数取り扱っている所為だった。

 柔らかい上質なコットンを使ったパジャマや肌触りが心地よいローブは、あっという間に売り切れてしまうほどの人気商品で、しばしばホテルから依頼を受けて、業務用に納品する事も多かった。
 
 今日も亮は都内に新しくオープンする外資系ホテルから、客室用のバスローブとタオルなどのリネン類の受注の契約を取り付けた。

 商品の売り込み、商品説明のプレゼン、そして入札。
練りに練った計画のお陰で、この大きな契約を取り付ける事が出来た。客室数570室…大きい仕事に亮はホソク笑みながら社に戻った。

 秘書が留守中の報告をしていくのを聞きながら、そう言えば、今日はジュリオの日本語授業の日だな…と思い出した。

「ジュリオは今授業中か?」

 亮は秘書に訊ねた。秘書が、「はい、今日は8時30分まで日本語の授業を受ける予定ですね」と答える。

 秘書の答えに亮はチラッと時計に視線を走らせた。時間は8時になったところだった。
今日の仕事はもう終るし、それに今夜は桂と逢う約束をしていた。

 いつも通り亮のマンションで落ち合う約束をしていたが、このまま桂を連れて帰っても良いな、と亮は考える。

 桂の手料理も食べたいが、たまには外食するかな…と思った。時間も遅いし、桂も疲れているだろうから、今夜は外でゆっくり食事して、のんびり夜を過ごすのも良い…そう計画を巡らす。

 秘書を帰らせると、亮は残務処理をさっさと終わらせた。そして、桂を迎えに行こうと、スーツを羽織ると大きなビジネスの成功で昂揚する気持そのままにウキウキした気分で、ジュリオと桂が授業をしている会議室へ向かった。
 
 社員達はとっくに帰宅しており、フロアは暗く静まり返っていた。ジュリオが授業を受けている会議室だけが、灯りが煌煌と点いていて、まだ授業が終っていない事を亮に知らせる。

 ジュリオの大きな声と、桂の明るい笑い声が響いてきて亮はドキッとした。
どうしても桂の声を聞いてしまうと気持が波打ってしまうのを止める事が出来ない。

 それにジュリオと桂が仲良く笑い合うのを聞くのは…なんとなく不愉快だった。

 亮はそっと会議室のドアに手を掛けながら、ドアに張ってあるガラス窓の隙間から会議室の中を窺がった。
桂の楽しそうな弾けんばかりの笑顔が視界に飛び込んできて、亮の心拍数が一気に上がる。

 活き活きと楽しそうに、ジュリオに向かって漢字を見せている桂。
桂の身体がしなやかな動きで、ホワイト・ボードと座っているジュリオの間を行き来する。

 ジュリオが何かを話すたびに、視線を合わせ真剣な眼差しで話しを聞く姿。
はつらつとした桂の姿を目の当たりにして、亮の気持が激しくかき乱された。

 どの姿も…亮が目にした事の無い桂の姿だった…。

 ジュリオと何かを笑いながら話す桂の表情に、亮はショックを受けていて…そしてショックを受けている自分に気付いて、また愕然とした。

 ジュリオと出会ってから、桂はまだ2週間足らず。それなのに、普段の自分と接するよりも、はるかに親しみの篭った和やかな桂の姿に亮はたまらず呻いた。

「…なんでだよ…。桂…」

 まるで、自分一人が桂の世界から締め出され、ジュリオが桂の世界に迎えられている…そんな気がして仕方がなかった。

 自分の中で噴いて止まらない、どす黒い感情が何なのか分からずに亮はきつくドアノブを握り締めた。指先が真っ白になるのにも構わず、呆然と桂とジュリオの姿を見つめ続ける。

 二人の仲睦まじい姿に、怒りと憤りを感じながらも、亮はその黒い感情を押し殺すと二人の世界を邪魔するべく、ドアを激しくノックしていた。
 
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