〜Addicted to U〜 キスまでの距離

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
14 / 101
《第5章》―お前の世界を知りたい…。それすらも「ごっこ」の関係では許されないのか…?―

3

しおりを挟む

  不眠症になってしまっている自分に亮は苦笑する。
でも仕方が無い。眠れないものは眠れないのだから…。

 亮はホテルの部屋でタイを緩めると、ジャケットを放り出してベッドに倒れ込んだ。

 イタリアーフィレンツェ―街自体が世界遺産と言う壮麗な都市の、ホテルの一室に亮はいた。

 やっと全ての仕事が終わって、明日は日本へ帰国の予定だった。

 亮は着替える事も出来ず、グッタリとベッドに体を沈める。

 疲れている…体調も良くない…頭も痛い…。それなのに眠りは訪れてはくれない…。

……桂……

 亮はホテルの天井を眺めながら桂の顔を思い出す。
いつもの無邪気な笑顔ではなく、最後に逢った夜に見た、車のミラーに写った今にも泣きそうな歪んだ表情だった。

 フィレンツェに来てから2週間余り。ろくに眠れはしなかった。

 目を瞑っても瞼の裏に桂の泣き顔がちらついて…。やるせない後悔ばかりが胸の中で渦を巻いていた。

 あの諍いの夜、行き場のない感情を…怒りを持て余して、一晩中バーボンを呷り続けた。

 桂とどうしたら良いのか…自分がどうしたいのか…桂とどうなりたいのか…何も答えが出ないまま夜が明けてしまっていた。

 二日酔いで痛む頭を抱えて出社した自分に待っていたのは、急な出張命令。珍しい事ではなく、有りがちな事ではあるが、その時ばかりは亮はすんなりと行くとは言えなかった。

 桂との関係が修復できていないのに…日本を離れる事なんてしたくなかった…。

 いくら経営陣の一人…専務と言えど…ただのリーマン。
会長の命令には逆らえず、その日の夕方には機上の人となっていた。

 溝を作ったまま、桂と離れたくなかった…。
何とか事情だけでもと思い、飛行機に乗る直前まで桂に電話をし続けた。桂の携帯は電源が切られたままらしく…そこから桂の声が聞こえてくる事は無かった…。

 留守電にメッセージをと思っても、メッセージが一杯で亮が伝言を残す事は出来なかった。

 桂が不安がるかも…寂しがるかもしれない…。
桂の泣き顔ばかりが思い出されて、亮の胸が疼いた。

 結局、運命は亮に優しい采配を振ってはくれず、亮は桂と連絡の取れない苛立ちと、桂を切りつけるような事を言ってしまった自己嫌悪を抱えてイタリアに降り立っていた。

 イタリア支社で山のように溜まっていた問題を片付け、経営状況をチェックする。

 新しい商品のデザインや雑貨を物色し、デザイナー達と次の商品のコンセプトを打ち合わせる。その合間に取引先の重役達との会議や折衝を繰り返し、生産工場を視察する。

 クタクタに疲れ果てて…眠りたい…でも桂の顔ばかりが思い出されて…辛くて…。

 何度も連絡しようと、ホテルの部屋でスマートフォンを見つめる。その度に、自分は桂の自宅の電話番号を知らないと言う事実を思い知った…。

 バカみたいに何度もメッセージを打ちかけては、消してしまう。桂が返事をくれないことが怖かった。

 電源が切られっぱなしの桂の携帯を思い出す。もしかしたら…桂は自分の電話を取りたくないのかもしれない…自分と話をしたくないのかもしれない…。

 桂は自分と終りにしようと思っているのかもしれない…。
その事を考える度に、胸が引き絞られるような痛みが走った…。

 こんな胸の痛み感じたことが無かった…。こんな不安なんて…知らなかった…。

 亮はゴロッと寝返りを打った。体が寒くて背中をブルッと震わすと、両腕で体を抱きしめる。

 桂に逢いたい。

桂を抱きしめて…桂の体の温かさを感じたくて…桂の胸で眠りたかった…。

「…桂…逢いてぇ…」

 ボソッと呟く。
 眠れないまま、亮は早く夜が明ければいいと願う。そうすれば日本に…桂の所に戻れる…。それだけが今の亮の心の拠所になっていた…。
 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

パン屋の僕の勘違い【完】

おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる

すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。 かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。 2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。

処理中です...