127 / 130
最終章 きみを死なせない
11
しおりを挟む
王子は真理の問いに「内緒だ」といたずらっ子のような顔をして答えた。
公務がひと段落したある日、アレックスから少し遠出しよう、と誘われた。
真理の仕事は基本、取材以外は外出が必要ない。
マダム・ウエストの一件が終わってからは写真発表のための作業も詰まっていたり、パパラッチもたくさんいたりで、何となく引き篭もり気味だった。
真理の変化に敏感な王子は、そういう時、すぐに二人で出かけたがる。
だから今回も気分転換のデート、遠出と言ってもせいぜいノートフォークの離宮程度、と思っていたのだ。
だが・・・。
ここで冒頭のやり取りに戻る。
「アレク、どこ行くの?」
「内緒だ、真理、大丈夫だからリラックスして。ほら、このチョコレートケーキ食べたら」
何が大丈夫なのか分からない。
真理は落ち着かないソワソワした気持ちで、隣で悠然とワインを飲んでいる彼に尋ねるが、望む回答は出ない。
王室専任のスチュワードが出してくれたチョコレートケーキを口元に差し出されて、途方にくれた顔すると、王子はフッと笑って頬に軽いキスをした。
真理がこんな風になるのも仕方がない。
遠出は遠出でも、なぜかあれよあれよという間にヘルストン空港に連れてこられ、なぜか飛行機に乗せられた。
しかも・・・王族専用機だ・・・。
確かに10日ほど前に、テッドからパスポートやドルトン王国民のIDカードを手続きに必要だから預からせてくれと言われて渡していたが、その時には深い意味を考えていなかった。
まさか、こんな事になるとは・・・テッドの物腰に騙されてちゃんと確認しなかった自分を呪っても後の祭りなわけで。
ニュースでしか見たことのない王族専用機、グレート・ドルトン王国の王室らしい瀟洒で洗練された室内で、真理は緊張しっぱなしだ。
だって、自分達二人しかいないのだ!!
護衛とテッド達側近は別室にいる・・・飛行機なのに、別室なんてあり得ない・・・エコノミーしか乗ったことの無い真理にしてみれば、アレックスとの付き合いで色々慣れたつもりでいても、この飛行機は想像をはるかに超えていて、気を失いそうだ。
しかも行き先が分からない。
「真理、飛行機が怖いなら。抱きしめてあげようか」
この雰囲気が常識の王子はニヤニヤしながら、言う。あからさまに挙動不審な恋人の姿を楽しんでいる。
真理はもうっ!!とムクれた。
「王室専用機なんて聞いてない!心臓に悪すぎるわ」
その言葉に、彼はさすがにごめんごめんと謝った。
「目的地は、ドルトンからは直行便が無いんだ、トランジット面倒だろ。だから我慢して」
トランジットが面倒で専用機・・・そんな理屈は聞いたことがなくて、真理の常識のはるか彼方だ。
まったくもって王族らしい考えに開いた口が塞がらない。
いや、そもそもプライベートで専用機って使って良いのだろうか?
色々考え過ぎて、ポカンと開いた真理の唇に王子はチュッと軽いキスをすると、よくぞここまでと言うほどのご機嫌な笑みを浮かべて続けた。
「真理にどうしても見せたいものがある。楽しみにしていて」
その笑顔に、真理はもう文句を言うことも出来なかった。
連れてこられたのは、大きな湖とそれをとりまく広大な草原を眼下に望む、優美な作りの邸宅だった。
どこの国に到着したのかも分からず、乗った車も目隠しされた状態でここまで連れてこられ、今はそのテラスでアレックスと、この屋敷のメイドだろう女性に出された夜食を食べていた。
何を見せたいのか、いまだに分からず混乱するばかりだが、突然、部屋のドアが開いて賑やかな声がしてハッと息を飲んだ。
思いがけない人物の登場に声も出ない。
「まぁまぁ、アレックス!!やっと来たわね。顔を見せてちょうだい!!」
アレックスは立ち上がると、その夫人の大仰なハグに答えるように抱きしめ返した。
「やぁ、スピー、久しぶり。今日も感謝するよ」
アレックスの上機嫌な笑顔を、今回も母親のような顔つきで見返しながら、王子の頭を一撫ですると、彼女はあの時と全く同じ質問をした。
「まあ、そんな丁寧な大人の挨拶ができるなんて!!感謝できるあなたにびっくりだわ!やんちゃ坊主がどうした変化なの?
そちらの可愛らしい方のおかげ?紹介してちょうだい」
真理は自分をニコニコしながら見つめる、天体写真家のマダム・スピルナ・ホワイトを信じられない思いで見つめた。
まさか、彼女が居るとは思わなかったのだ。
初めてアレックスとデートしたあの日以来だ。
アレックスは嬉しそうな顔で真理の手を取り立ち上がらせると、腰を抱き寄せマダム・ホワイトの前に連れて行く。
「スピー、ミス・アメリア・ジョーンズは知っているだろ」
茶目っ気たっぷりの顔でアレックスとマダム・ホワイトは笑い合う。
王子はそのまま真理のこめかみにやんわりと口付けると言葉を継いだ。
「俺の最愛の恋人、真理だよ」
あの日とは違う紹介に真理の鼓動はドキンと跳ねた。
「まぁっ!!なんて素敵なの。アレックス!!やっとソウルメイトを見つけたのね!!」
はしゃいだように、おめでとう!と言いながら、マダム・ホワイトはアレックスの頬にプチュっと大げさなキスをすると、今度は真理を抱きしめた。
「あっ!あのっ!?」
頬を寄せチークキスをされるという突然の展開についていけず、目を白黒させる真理の頬を慈しむように撫でながら、マダム・ホワイトはアレックスに目を向けて言う。
「アレックス、貴方はとてつもなく強運で、そして神に祝福されているわ。 必ず大丈夫。そろそろよ、行きなさい」
そして真理にも「さあ、二人で行ってらっしゃい」と言って、真理の身体から腕を離し、アレックスの胸の中へと戻した。
どう言うことかと、アレックスを見上げれば、これでもかと破顔した彼がいて、耳元に唇を寄せられて、甘く囁かれる。
「行こうか。俺の最愛の君」
真理は熱に浮かされたように、その誘いに静かに頷いた。
公務がひと段落したある日、アレックスから少し遠出しよう、と誘われた。
真理の仕事は基本、取材以外は外出が必要ない。
マダム・ウエストの一件が終わってからは写真発表のための作業も詰まっていたり、パパラッチもたくさんいたりで、何となく引き篭もり気味だった。
真理の変化に敏感な王子は、そういう時、すぐに二人で出かけたがる。
だから今回も気分転換のデート、遠出と言ってもせいぜいノートフォークの離宮程度、と思っていたのだ。
だが・・・。
ここで冒頭のやり取りに戻る。
「アレク、どこ行くの?」
「内緒だ、真理、大丈夫だからリラックスして。ほら、このチョコレートケーキ食べたら」
何が大丈夫なのか分からない。
真理は落ち着かないソワソワした気持ちで、隣で悠然とワインを飲んでいる彼に尋ねるが、望む回答は出ない。
王室専任のスチュワードが出してくれたチョコレートケーキを口元に差し出されて、途方にくれた顔すると、王子はフッと笑って頬に軽いキスをした。
真理がこんな風になるのも仕方がない。
遠出は遠出でも、なぜかあれよあれよという間にヘルストン空港に連れてこられ、なぜか飛行機に乗せられた。
しかも・・・王族専用機だ・・・。
確かに10日ほど前に、テッドからパスポートやドルトン王国民のIDカードを手続きに必要だから預からせてくれと言われて渡していたが、その時には深い意味を考えていなかった。
まさか、こんな事になるとは・・・テッドの物腰に騙されてちゃんと確認しなかった自分を呪っても後の祭りなわけで。
ニュースでしか見たことのない王族専用機、グレート・ドルトン王国の王室らしい瀟洒で洗練された室内で、真理は緊張しっぱなしだ。
だって、自分達二人しかいないのだ!!
護衛とテッド達側近は別室にいる・・・飛行機なのに、別室なんてあり得ない・・・エコノミーしか乗ったことの無い真理にしてみれば、アレックスとの付き合いで色々慣れたつもりでいても、この飛行機は想像をはるかに超えていて、気を失いそうだ。
しかも行き先が分からない。
「真理、飛行機が怖いなら。抱きしめてあげようか」
この雰囲気が常識の王子はニヤニヤしながら、言う。あからさまに挙動不審な恋人の姿を楽しんでいる。
真理はもうっ!!とムクれた。
「王室専用機なんて聞いてない!心臓に悪すぎるわ」
その言葉に、彼はさすがにごめんごめんと謝った。
「目的地は、ドルトンからは直行便が無いんだ、トランジット面倒だろ。だから我慢して」
トランジットが面倒で専用機・・・そんな理屈は聞いたことがなくて、真理の常識のはるか彼方だ。
まったくもって王族らしい考えに開いた口が塞がらない。
いや、そもそもプライベートで専用機って使って良いのだろうか?
色々考え過ぎて、ポカンと開いた真理の唇に王子はチュッと軽いキスをすると、よくぞここまでと言うほどのご機嫌な笑みを浮かべて続けた。
「真理にどうしても見せたいものがある。楽しみにしていて」
その笑顔に、真理はもう文句を言うことも出来なかった。
連れてこられたのは、大きな湖とそれをとりまく広大な草原を眼下に望む、優美な作りの邸宅だった。
どこの国に到着したのかも分からず、乗った車も目隠しされた状態でここまで連れてこられ、今はそのテラスでアレックスと、この屋敷のメイドだろう女性に出された夜食を食べていた。
何を見せたいのか、いまだに分からず混乱するばかりだが、突然、部屋のドアが開いて賑やかな声がしてハッと息を飲んだ。
思いがけない人物の登場に声も出ない。
「まぁまぁ、アレックス!!やっと来たわね。顔を見せてちょうだい!!」
アレックスは立ち上がると、その夫人の大仰なハグに答えるように抱きしめ返した。
「やぁ、スピー、久しぶり。今日も感謝するよ」
アレックスの上機嫌な笑顔を、今回も母親のような顔つきで見返しながら、王子の頭を一撫ですると、彼女はあの時と全く同じ質問をした。
「まあ、そんな丁寧な大人の挨拶ができるなんて!!感謝できるあなたにびっくりだわ!やんちゃ坊主がどうした変化なの?
そちらの可愛らしい方のおかげ?紹介してちょうだい」
真理は自分をニコニコしながら見つめる、天体写真家のマダム・スピルナ・ホワイトを信じられない思いで見つめた。
まさか、彼女が居るとは思わなかったのだ。
初めてアレックスとデートしたあの日以来だ。
アレックスは嬉しそうな顔で真理の手を取り立ち上がらせると、腰を抱き寄せマダム・ホワイトの前に連れて行く。
「スピー、ミス・アメリア・ジョーンズは知っているだろ」
茶目っ気たっぷりの顔でアレックスとマダム・ホワイトは笑い合う。
王子はそのまま真理のこめかみにやんわりと口付けると言葉を継いだ。
「俺の最愛の恋人、真理だよ」
あの日とは違う紹介に真理の鼓動はドキンと跳ねた。
「まぁっ!!なんて素敵なの。アレックス!!やっとソウルメイトを見つけたのね!!」
はしゃいだように、おめでとう!と言いながら、マダム・ホワイトはアレックスの頬にプチュっと大げさなキスをすると、今度は真理を抱きしめた。
「あっ!あのっ!?」
頬を寄せチークキスをされるという突然の展開についていけず、目を白黒させる真理の頬を慈しむように撫でながら、マダム・ホワイトはアレックスに目を向けて言う。
「アレックス、貴方はとてつもなく強運で、そして神に祝福されているわ。 必ず大丈夫。そろそろよ、行きなさい」
そして真理にも「さあ、二人で行ってらっしゃい」と言って、真理の身体から腕を離し、アレックスの胸の中へと戻した。
どう言うことかと、アレックスを見上げれば、これでもかと破顔した彼がいて、耳元に唇を寄せられて、甘く囁かれる。
「行こうか。俺の最愛の君」
真理は熱に浮かされたように、その誘いに静かに頷いた。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。
「ケガをした!」
ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。
──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!?
しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……?
大人っぽいけれど、
乙女チックなものに憧れる
杉原亜由美。
無愛想だけれど、
端正な顔立ちで優しい
鷹條千智。
少女漫画に憧れる亜由美の
大人の恋とは……
※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる