恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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最終章 きみを死なせない

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王子は真理の問いに「内緒だ」といたずらっ子のような顔をして答えた。

公務がひと段落したある日、アレックスから少し遠出しよう、と誘われた。

真理の仕事は基本、取材以外は外出が必要ない。
マダム・ウエストの一件が終わってからは写真発表のための作業も詰まっていたり、パパラッチもたくさんいたりで、何となく引き篭もり気味だった。

真理の変化に敏感な王子は、そういう時、すぐに二人で出かけたがる。
だから今回も気分転換のデート、遠出と言ってもせいぜいノートフォークの離宮程度、と思っていたのだ。

だが・・・。
ここで冒頭のやり取りに戻る。

「アレク、どこ行くの?」
「内緒だ、真理、大丈夫だからリラックスして。ほら、このチョコレートケーキ食べたら」

何が大丈夫なのか分からない。
真理は落ち着かないソワソワした気持ちで、隣で悠然とワインを飲んでいる彼に尋ねるが、望む回答は出ない。

王室専任のスチュワードが出してくれたチョコレートケーキを口元に差し出されて、途方にくれた顔すると、王子はフッと笑って頬に軽いキスをした。

真理がこんな風になるのも仕方がない。

遠出は遠出でも、なぜかあれよあれよという間にヘルストン空港に連れてこられ、なぜか飛行機に乗せられた。

しかも・・・王族専用機だ・・・。

確かに10日ほど前に、テッドからパスポートやドルトン王国民のIDカードを手続きに必要だから預からせてくれと言われて渡していたが、その時には深い意味を考えていなかった。

まさか、こんな事になるとは・・・テッドの物腰に騙されてちゃんと確認しなかった自分を呪っても後の祭りなわけで。

ニュースでしか見たことのない王族専用機、グレート・ドルトン王国の王室らしい瀟洒で洗練された室内で、真理は緊張しっぱなしだ。

だって、自分達二人しかいないのだ!!

護衛とテッド達側近は別室にいる・・・飛行機なのに、別室なんてあり得ない・・・エコノミーしか乗ったことの無い真理にしてみれば、アレックスとの付き合いで色々慣れたつもりでいても、この飛行機は想像をはるかに超えていて、気を失いそうだ。

しかも行き先が分からない。

「真理、飛行機が怖いなら。抱きしめてあげようか」

この雰囲気が常識の王子はニヤニヤしながら、言う。あからさまに挙動不審な恋人の姿を楽しんでいる。

真理はもうっ!!とムクれた。

「王室専用機なんて聞いてない!心臓に悪すぎるわ」

その言葉に、彼はさすがにごめんごめんと謝った。

「目的地は、ドルトンからは直行便が無いんだ、トランジット面倒だろ。だから我慢して」

トランジットが面倒で専用機・・・そんな理屈は聞いたことがなくて、真理の常識のはるか彼方だ。
まったくもって王族らしい考えに開いた口が塞がらない。

いや、そもそもプライベートで専用機って使って良いのだろうか?

色々考え過ぎて、ポカンと開いた真理の唇に王子はチュッと軽いキスをすると、よくぞここまでと言うほどのご機嫌な笑みを浮かべて続けた。

「真理にどうしても見せたいものがある。楽しみにしていて」

その笑顔に、真理はもう文句を言うことも出来なかった。





連れてこられたのは、大きな湖とそれをとりまく広大な草原を眼下に望む、優美な作りの邸宅だった。

どこの国に到着したのかも分からず、乗った車も目隠しされた状態でここまで連れてこられ、今はそのテラスでアレックスと、この屋敷のメイドだろう女性に出された夜食を食べていた。 

何を見せたいのか、いまだに分からず混乱するばかりだが、突然、部屋のドアが開いて賑やかな声がしてハッと息を飲んだ。

思いがけない人物の登場に声も出ない。

「まぁまぁ、アレックス!!やっと来たわね。顔を見せてちょうだい!!」

アレックスは立ち上がると、その夫人の大仰なハグに答えるように抱きしめ返した。

「やぁ、スピー、久しぶり。今日も感謝するよ」

アレックスの上機嫌な笑顔を、今回も母親のような顔つきで見返しながら、王子の頭を一撫ですると、彼女はあの時と全く同じ質問をした。

「まあ、そんな丁寧な大人の挨拶ができるなんて!!感謝できるあなたにびっくりだわ!やんちゃ坊主がどうした変化なの?
そちらの可愛らしい方のおかげ?紹介してちょうだい」

真理は自分をニコニコしながら見つめる、天体写真家のマダム・スピルナ・ホワイトを信じられない思いで見つめた。

まさか、彼女が居るとは思わなかったのだ。
初めてアレックスとデートしたあの日以来だ。

アレックスは嬉しそうな顔で真理の手を取り立ち上がらせると、腰を抱き寄せマダム・ホワイトの前に連れて行く。

「スピー、ミス・アメリア・ジョーンズは知っているだろ」

茶目っ気たっぷりの顔でアレックスとマダム・ホワイトは笑い合う。

王子はそのまま真理のこめかみにやんわりと口付けると言葉を継いだ。

「俺の最愛の恋人、真理だよ」

あの日とは違う紹介に真理の鼓動はドキンと跳ねた。

「まぁっ!!なんて素敵なの。アレックス!!やっとソウルメイトを見つけたのね!!」

はしゃいだように、おめでとう!と言いながら、マダム・ホワイトはアレックスの頬にプチュっと大げさなキスをすると、今度は真理を抱きしめた。

「あっ!あのっ!?」

頬を寄せチークキスをされるという突然の展開についていけず、目を白黒させる真理の頬を慈しむように撫でながら、マダム・ホワイトはアレックスに目を向けて言う。

「アレックス、貴方はとてつもなく強運で、そして神に祝福されているわ。 必ず大丈夫。そろそろよ、行きなさい」

そして真理にも「さあ、二人で行ってらっしゃい」と言って、真理の身体から腕を離し、アレックスの胸の中へと戻した。

どう言うことかと、アレックスを見上げれば、これでもかと破顔した彼がいて、耳元に唇を寄せられて、甘く囁かれる。

「行こうか。俺の最愛の君」

真理は熱に浮かされたように、その誘いに静かに頷いた。
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