恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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最終章 きみを死なせない

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襲われている・・・。
確かに、女が男に襲われている。

だが・・・真理は襲われている女性を見て驚いたのだ。

えっ?!私?!

一瞬、自分が襲われているのかと思う。
だが、現実にそんなバカなことは起こり得ない。

今日、自分が着ているセミフォーマルの同じドレスを着て、全く同じアクセサリーを身につけた・・・同じ髪型の黒髪の女性が、ちょうど男に組み敷かれそうになって抵抗している。

だが、真理はハッと我にかえった。
男の手には注射器が握られていたからだ。

睡眠薬か毒か!?

真理は暴漢に飛びかかろうと身構えるが、付いてきた護衛が一瞬で状況を察して、真理の肩を掴んで引き戻すと、前に出て「手を離せ!!」と叫んでジリジリと近付こうとする。

いきなり踏み込まれた暴漢——
給仕として紛れ込んだらしいその男は、振り返って真理の姿を認めると、ショックを受けたように口をあんぐりと開けた。
そして、かわるがわる、真理と自分が今組み敷いている女の顔を見比べると、チッと唾を吐き出した。

「くそっ!!騙しやがったな!!」

ザッと身体を起こすと注射器を持った手を、今度は護衛と真理に向けて振りかざしてくる。

「ミリー!二人とも下がって!!!!!」

その言葉に護衛が真理を後ろ手に押しやりながら後ずさった瞬間、起き上がった黒髪の女——-ティナは素早く身体を起こすと、暴漢の背中に強烈な蹴りを入れた。

男がグフっと呻いてバランスを崩しかけたのと同時に、護衛が真理の身体を掴むと、紗幕の外に引き摺り出す。

ほぼ同じタイミングで、ドタドタとすごい数の護衛たちが紗幕を引きちぎる勢いで雪崩れ込んできて、倒れた暴漢に被さって動きを封じた。

あっという間の出来事で、真理は護衛に肩を抱かれたまま、眼をまん丸くしてその様子を見つめる。

一体、何が起きていたのか・・・。

ティナが床に押さえ込まれたままの男の手から注射器を取り上げると、入ってきた警官にそれを渡す。

そして、真理の前に来ると、少し困ったような顔をしながらも声をかけた。

「ミリー、お怪我はありませんか?」
「全然、大丈夫だけど、どうして・・・?」

ティナは困った顔のまま口を開きかけたが、それはアレックスの自分を呼ぶ声で遮られた。

「真理っ!」

真理にとっては耳馴染みのある、だが決して喜べない状態のアレックスの声が響いた。

真っ青な悲壮とも言える顔をして紗幕の中に飛び込んで来た王子は、真理が護衛に肩を抱かれてるのを見て、剣呑な顔をすると、すぐさま自分の胸に彼女を引き寄せた。

「ああ、どうして・・・君が、ここに・・・」

顔を大きな彼の胸に押し当てられ、アレックスの顔が肩口に埋まる。自分を抱きしめる腕がカタカタと震えている。

何度も何度も耳朶や頬にキスされて、真理は困ってしまった。

続いて入ってきたクロードとテッドもアレックスに抱きしめられている真理を見て、さすがに顔色を変えた。

「ミリーちゃん!?」
「アメリア様・・・」

アレックスの恐ろしいほどの動揺っぷりと、二人の驚いたような顔を見て、真理は自分がここに居てはいけなかったのだと悟る。

そう、テッドは言ったのだ。

—-くれぐれもこの部屋からは出ないように、
と。

それを守らなかったのは自分・・・真理は今さらながら自分の迂闊さを呪ったが、そうは言っても仕方がない。

なにかを仕組んでいることを知らなかったのだから。

だから、真理は申し訳ないと思いつつも答えた。

「ハンカチをここに忘れてしまったから・・・取りに来たの」

その答えに、アレックスは身体を震わせ、優秀な側近二人と黒髪のウィッグを取ったティナは本当に驚いたような顔をした。

ちゃんと護衛の方と一緒に来たんだけど・・・そうもごもご呟いたが、王子には何の気休めにならない。

真理が安心させるように、彼の背中をポンポンと軽く叩くとアレックスはようやく顔を上げた。

「・・・怪我はないか?」 
「ええ、護衛の方が守ってくださったし・・・私はなんていうか、ただ、その現場に入ってしまった?みたいな・・・」

そう言うと、やっとアレックスは安堵したような顔をした。真理の腰を抱いたまま「クロード」と側近を呼んだ。

クロードも真理の言葉にホッとしたような顔をしていたが、アレックスに呼ばれて心得たとばかりに、暴漢の前に片膝をついた。

件の男は床に跪かされ、両肩を動けないように警官と護衛達に押さえ込まれている。
両手は背中に回されて手錠をかけられていた。

最高にヘラヘラした顔でクロードは、暴漢の前髪を掴んで顔を上げさせた。
グッと強い目で男の顔を覗き込むと、真理が今まで聞いたことが無いような低い声で話しかける。

「おい、お前が誰に雇われたか、こっちは既に知ってるっす。これ以上、罪を重くしたくなきゃ女がどこにいるか吐けっす」

暴漢はぺっと血が混じった唾を床に吐くと、ちくしょうと唸るように言った。 

「あの女・・・俺を騙しやがって。ぜってぇバレないって言ってたのに・・・」

クロードはその言葉にせせら笑った。

「はんっ!なに戯言いってるっすか。騙されたんじゃなくって、お前らみんな嵌められたっすよ、俺たちに、な。王室と軍を舐めるんじゃないっすよ」

そう言われて、男は憤怒で顔を真っ赤にしたが、クロードに「おらっ!吐けっ!」と乱暴に頭をガクガク揺さぶられて観念したように眼を閉じた。
 
「この会場のどこかにいる。・・・俺と同じ従業員に化けてるはずだ、俺が女を殺すのを見届ける、残りの報酬はその後で渡される約束だった・・・くそっ!!」

男の答えに、テッドが素早く踵を返すと、何人かの警官と護衛を連れて、フロアに走り出ていった。

フロアーの来客達が何事かとこちらを見ている中で、テッドはヘンドリックと何かを話している。

しばらくするとゲスト達はテッドと警官のチェックを受けて、次々にフロアーから出されていった。
代わりに給仕達スタッフらは、会場の一箇所に集め始められる。

真理は腰をアレックスに抱きしめられたまま、その様子を、これから何が起きるのかとの見つめていた。
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