恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
120 / 130
最終章 きみを死なせない

4

しおりを挟む
なるほど、と真理は眼を見張った。
すっかり忘れていたが、「ごくごく内輪」と言っても主役がこの国の第二王子なら、軽くこれくらいの規模になっても当然だろう。

ヘンドリックが経営するクラブハウスを貸し切りにしてのパーティは、100人を超える参加者がいる。

「やれやれ、相変わらずハミルトン様はやることが派手っすね」

パーティに帯同しているクロードが嘆息しながら、真理にカクテルを持ってきてくれた。
ありがとう、と言って受け取ると真理はドサリと目の前に座った首席補佐官に笑顔を向けた。

恐らくパーティの参加者達はアレックスが真理を紹介する事を期待していただろうが、側近達はその必要は無い、とアレックスが真理を見せびらかすのは会場に入る時だけにさせた。

会場入りするとすぐに、ヘンドリックへの挨拶もそこそこに、アレックスから離れフロア奥に特別に設えられた席に案内されたのだ。
洒落た紗幕で囲われたそこは、外からは見えそうで見えない、でも中からは会場内が見渡せるなんとも心憎い作りになっている。

真理はその気遣いも嬉しい。さすがにこんなに華やかな雰囲気は気後れする。

数日前に第二王子のご学友、ベルグランド公爵家の嫡男、ヘンドリック・ハミルトンが王子のための帰還祝賀パーティを開催することは、会場も含めてニュースに出ている。

会場の外は凄まじいメディアの数だ。
誰も彼もが、真理の紹介を心待ちにして会場の出入り口を張るが、側近達のガードは固い。

アレックスは会場の中心で色々な人間と歓談している。
和かなアレックスの後ろで、テッドが冷静過ぎる顔で控えているのが面白い。

ふふっと笑いながら、そう言えば、と真理はクロードに尋ねた。

「こういうプライベートな内輪のパーティにも、クロード様やテッド様は付いて来られるんですね」

今までのデートでは、彼らはいなかった。護衛ばかりだったから、不思議に思ったのだ。

クロードはテーブルに並んだ料理を旺盛に食べながら、ニヤッと笑った。

「まっ、そうっすねー、普段はプライベートは護衛だけなんすが、戦後初のパーティっすから。なんか恨み買って狙われたりすると困るっすからね、プライベートなもんでも、しばらくは付いてるんすよ」

ムシャムシャ食べながら物騒な事を楽しそうに言う補佐官だが、彼の耳にもインカムがあり、逐一報告が上がっているのは真理に分かる。
護衛の数も、この規模のパーティにしては多い気がした。
改めてアレックスの置かれてる立場が危険と隣り合わせなのだと言う事を実感しながら、真理はカクテルを口に含んだ。

「ミリー、お客様です」

ティナに案内されて入ってきた女性を見て真理は、思いがけない人物に思わず立ち上がった。

「キャロル!」

もう泣きながら自分を抱きしめる親友に、真理は驚いた。まさか彼女に会えるなんて思わなかったからだ。

「アメリア!!ああ、無事で・・・本当に無事で・・・」

自分に抱きつき、おいおいと号泣し始めた親友に真理の目にも涙が浮かぶ。

パッとクロードを見れば、ニコニコしてるから、恐らくアレックスとクロード達がキャロルを招いてくれたのだろう、そう思うと胸が熱くなる。

クロードが気を利かせて、ティナと一緒に席を離れると、真理はキャロルと抱き合ったままソファーに腰を下ろした。

取り乱したように泣いていたキャロルだったが、クロードがキャロルのために持ってきたカクテルをテーブルに置いた頃にはやっと落ち着きを取り戻した。

禿げたマスカラを気にせず、ハンカチで目元を拭いながら話し出す。

「あの時、私はノントレイ国の難民キャンプに派遣されていて、そこでザルティマイが占拠されたというニュースを聞いたの。卒倒しそうになった」

その言葉に、真理は苦笑する。

「何が起こるか分からないのが戦争だって分かっていても、アメリアがあんな目に・・・人質になるなんて・・・!!」

「心配かけてごめんなさい」

そう言うと、キャロルはううん、と頭を左右に振ると気持ちを落ち着かせるように、カクテルを一気にあおると続けた。

「私はノントレイの山岳地帯にいたから、ウクィーナに行くことも出来ず・・・心配でロナルド編集長に連絡したの」

「ロニー叔父様に?」

そう、と頷くとキャロルは続けた。

「そうしたら・・・アメリアは大丈夫だから・・・クリスティアン殿下とドルトン軍が必ず助けてくれるから、静かに祈って待つように、と仰られて」

「そう・・・」

いちいち恥ずかしがるのは、もう止めようと思うのだが、どうしても顔は赤くなる。

多分、その頃には叔父はすでに、アレックスの兄であるエドワルド王太子殿下から事情説明を受けた後だったのだろう、
だから、そんな台詞が叔父からでたのだ。

「それを聞いたら、少し安心できて・・・そうだ!アメリアの彼は王子で軍神だ!って思ったら落ち着けたの、本当に本当に良かった!」

握りこぶしを作りながら、強く言う彼女に真理は苦笑した。
キャロルは医者だ。仕事は冷静だが、元々の性格は割合に激情型だったことを思い出す。
親友と王子の恋に盛り上がっていたが、ここでも真理以上に情熱的にアレックスを褒めている。

真理は恥ずかしさを忘れて、久しぶりのキャロルとの会話を楽しんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

もう2度と関わりたくなかった

鳴宮鶉子
恋愛
もう2度と関わりたくなかった

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。 「ケガをした!」 ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。 ──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!? しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……? 大人っぽいけれど、 乙女チックなものに憧れる 杉原亜由美。 無愛想だけれど、 端正な顔立ちで優しい 鷹條千智。 少女漫画に憧れる亜由美の 大人の恋とは…… ※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

処理中です...