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最終章 きみを死なせない
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タマリナを見舞った後、真理はザルティマイ難民キャンプへ向かった。
ウクィーナ共和国はUNHCRと共に新しい難民キャンプを設置し、このキャンプは閉鎖した。
現在、跡地の整備を始めているがサッシブ大佐達に殺されたガンバレン国民とウクィーナ共和国民のための献花台が置かれ、慰霊されている。
キャンプスタッフと真理達が一時的に埋葬した被害者達は、先月、全員掘り起こされ改めて荼毘にふされた。
あの時、全員が悲嘆の中で、出来る事として身元を確認しながら埋葬したことが役に立ち、身元不明者は無く、合同葬儀が営まれたそうだ。
それだけがせめてもの救いだと、真理は花を手向け膝を地面につくと、祈りながらそう思った。
キャンプ内を歩き回り、サッシブの暴虐の跡を写真におさめる。
タマリナの笑顔に救いを見て、赤子の泣き声に未来を感じ、ここで過去の悲劇を想う。
生を感じなくなったキャンプを見渡しながら、この場所での記憶も決して風化させてはいけない場所だと改めて思い知らされた。
「ミリー、そろそろ時間だけど、大丈夫ですか?」
タマリナが時計を確認し、真理に声をかけた。
「あ、はい」
カメラを仕舞い、真理はタマリナの居る方へ向かうと、一緒にガイドの車に乗る。
このまま、空港へ行きグレート・ドルトンへ帰国する。
「殿下の言う通り、ファーストクラスにすれば、もう少し時間に余裕が取れたんですよ」
ティナの言葉に真理は苦笑した。
ウクィーナ共和国に行く事を決めた時、真理はいつも通り自分でチケットを手配した。当然エコノミーだ。
これにアレックスが難色を示しまくった。
安全のために専用機かそれが嫌ならファーストクラスにしろと・・・もちろん真理は丁重にお断りした。
アレックスの言う通りにすると、恐ろしく庶民と掛け離れるし、返って目立つからだ。
一般人としての行動から、なんとなく外れたく無い気持ちも、まだある。
「ファーストクラスなんて、乗ったことないもの!エコノミークラスに慣れてるから・・・」
苦笑しながら答えて、車窓から遠ざかるザルティマイ難民キャンプだった場所を見つめる。
なんとも言えない感情が胸の中を去来した。
怪我が治ったこともあり、やっとデイリー・タイムズで今回の戦争写真を公開しはじめた。
一連のシリーズになるはずだが、どんなタイトルにするか、まだ決めていない。
自分の中でガンバレン国の狂気と戦争の本質が見えていない気がするからだ。
発表が終わる時にタイトル名を公表するが、どんなものにするのか、決めあぐねている。
アレックスと共にいた戦地。
思い入れがあるからこそ、今まで以上に、ガンバレン国の狂気を突き詰めたいと思う。
車窓から目を離すと、ティナが話しかけて来た。
「ミリーはこの場所に戻る事は怖くなかったんですか?」
「怖い?」
ティナの顔を見ながら考える。
「んー、そうね、人質になって死ぬかもしれない恐怖にさらされた場所が怖いのか、という問いであれば、私は多分怖くないかな」
「どうしてですか?ジャーナリストであっても自分が当事者になれば、こんな所は二度と見たくないという人ばかりです。ましてや、まだ恐怖を忘れられる程の時間は経っていません」
真面目な顔で尋ねるティナに、真理はティナだって怖くなさそうだ、と思うが敢えて口にはしない。
彼女は軍人として訓練された人間だから、自分とは違うのだ、と思ったからだ。
どう言えば伝わるだろうかと、考える。
自分でもなぜ怖くないのかは分からない。
「・・・私は物心ついた時から、もう戦争は身近なものだった。父の写真や話を通して知っていたから。中学を終える頃からは、父と一緒に戦地を回っていたでしょ。日常の中で、交戦や暴力、死が身近になり過ぎていたから、なんとなく慣れてしまって怖くないのかも知れない」
感覚が麻痺してるのかも、そう言ってふふっと笑うと、ティナは驚いたような顔をしている。
真理は続けた。
「しかも、自分で人とちょっと違うと思うのは、タマリナ達のように実際に戦禍の犠牲になっているわけではないから。
父の影響で、いつも報道する視点になってしまって何でも客観的に見てしまう癖があって。だから人質になった時も、何となく当事者感が薄かったんじゃないかと思う」
変よね、と言って真理が笑って見せるとティナはいいえ、と否定した。
「ミリーの強さは、お父様に培われたんですね。戦争の恐怖や残酷さという事実を見せながらも、心が壊れないよう守って、あまつさえ、それを見て考えさせる力と強さを身につけさせた・・・すごい事です」
真理はティナの言葉に「そんなすごい事はない、人とは違う育ち方をしただけだから」と言って笑うと、ふっとアレックスの顔を思い浮かべた。
「私だって怖いものはある。こんな風になんでも俯瞰して見て客観的に考えてしまうから、ごく個人的な感情の繋がりというものが、多分私は分からない。思春期の女の子が普通に経験するようなドキドキしたり悲しんだりする心の動きの経験や機微といったものが無かったから・・・今、自分が抱えている感情や環境は怖いかな」
「クリスティアン殿下のことですか?」
「そう」
真理は気恥ずかしくなって、照れ笑いを浮かべるとティナは優しい笑みを浮かべて続けた。
「殿下は本当にミリーのことを想って大切にされているんだと、側から見ていても良く分かります」
「ええ、自分でもそう思う。殿下は私に目眩がするほどの愛情をくださる。そして、普通の女性が経験する以上の贅沢で華やかな世界を経験させてくれる。それこそ身分不相応なくらい」
そこまで話して、ほぅと真理は吐息を零した。
そう、アレックスはお姫様のように自分を大切にしてくれるのだ。
ティナに苦笑いをすると真理は思いきって,今まで誰にも話さなかったことを言った。
「でも、だから不安になるし怖くもなる。こんな幸せがずっと続くのか、彼がいつかわたしを嫌いになったらどうしよう、とか。こんな私が彼の側にいて良いのだろうか、とかね」
真理の言葉が意外だったのか、ティナはさらに驚いたように眼を丸くした。
だが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「人を好きになれば誰でもそうなります。ミリーは殿下の隣にいるべき人です。殿下もミリーに振られないよう必死じゃないですか、昔の殿下からは今の姿は想像もつきません」
「殿下も?そうかしら?」
アレックスの愛情があまりにも自分にとって都合良すぎるような気がして、そう問えばティナは続ける。
「ええ、今回のこの旅を殿下が許可されたことに正直私は驚きました。反対するだろうと思っていたので。でも私が殿下から言われたことは2つだけ。ミリーのやりたいようにさせろ、そして必ず守れ、です。貴女の生き方を曲げさせないように、殿下が心を砕いているのが良く分かります」
第三者からアレックスの愛情を指摘されると、改めてその心の深さが胸の中にストンと落ちてくる。
それに、とティナは続けた。
「ミリーと出会われて、殿下は変わったと思います。以前は厭世的と言うか・・・戦場では自分の命を投げ出すことを厭わず、王宮に戻れば自堕落で何もかもに無関心だったように思います。正直、私は良い印象は1つも無かったので・・・でも今のクリスティアン殿下は色々な意味で責任感が出ているように感じます。恐らくそれは全てミリーへの想いがあってこそだと思います」
的確なティナの考察に、面映ゆい気持ちで、真理はそうね、と答えた。
今回、ウクィーナ共和国に行ってく告げた時、彼は穏やかに笑って、気をつけて行くように、と言ってくれた。
「殿下はいつでも私の信念と生き方を守ろうとしてくれる。カメラマンとしての生き方を続けるようにと言ってくれたから・・・そして、殿下も努力をたくさんされてるのが分かるわ」
彼の優しい愛情に溢れた琥珀色の瞳を思って、胸がトクンと鳴った。いつも自分を見つめる時、その琥珀は甘く熱を孕んで、彼の髪の毛のような濃い赤色に変化するのだ。
無性に彼の元に帰りたくなる。それが彼を想う恋心なのだろうと、改めて想った。
そこまで考えて、真理は自分の胸の内を吐露させたティナに悔しくなって。
「ティナもそうなの?」
「え?」
「レンブラント様に対して。好きなんでしょ?」
ついつい意地悪に尋ねれば、ティナは驚いた表情をしたと思ったら、みるみる赤くなっていく。
「ミリー、何を言って・・・!!」
真理はふふっと笑うと
「私ばっかり話すのは不公平だわ。ティナの話も聞きたい」
そう言うと、さすがテッド・カーティスの妹はすぐに普段通りの表情に戻ると、兄譲りの冷静さで切り返した。
「空港に到着しますので、その話は別の機会に」
「ずるい!」
二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。
ウクィーナ共和国はUNHCRと共に新しい難民キャンプを設置し、このキャンプは閉鎖した。
現在、跡地の整備を始めているがサッシブ大佐達に殺されたガンバレン国民とウクィーナ共和国民のための献花台が置かれ、慰霊されている。
キャンプスタッフと真理達が一時的に埋葬した被害者達は、先月、全員掘り起こされ改めて荼毘にふされた。
あの時、全員が悲嘆の中で、出来る事として身元を確認しながら埋葬したことが役に立ち、身元不明者は無く、合同葬儀が営まれたそうだ。
それだけがせめてもの救いだと、真理は花を手向け膝を地面につくと、祈りながらそう思った。
キャンプ内を歩き回り、サッシブの暴虐の跡を写真におさめる。
タマリナの笑顔に救いを見て、赤子の泣き声に未来を感じ、ここで過去の悲劇を想う。
生を感じなくなったキャンプを見渡しながら、この場所での記憶も決して風化させてはいけない場所だと改めて思い知らされた。
「ミリー、そろそろ時間だけど、大丈夫ですか?」
タマリナが時計を確認し、真理に声をかけた。
「あ、はい」
カメラを仕舞い、真理はタマリナの居る方へ向かうと、一緒にガイドの車に乗る。
このまま、空港へ行きグレート・ドルトンへ帰国する。
「殿下の言う通り、ファーストクラスにすれば、もう少し時間に余裕が取れたんですよ」
ティナの言葉に真理は苦笑した。
ウクィーナ共和国に行く事を決めた時、真理はいつも通り自分でチケットを手配した。当然エコノミーだ。
これにアレックスが難色を示しまくった。
安全のために専用機かそれが嫌ならファーストクラスにしろと・・・もちろん真理は丁重にお断りした。
アレックスの言う通りにすると、恐ろしく庶民と掛け離れるし、返って目立つからだ。
一般人としての行動から、なんとなく外れたく無い気持ちも、まだある。
「ファーストクラスなんて、乗ったことないもの!エコノミークラスに慣れてるから・・・」
苦笑しながら答えて、車窓から遠ざかるザルティマイ難民キャンプだった場所を見つめる。
なんとも言えない感情が胸の中を去来した。
怪我が治ったこともあり、やっとデイリー・タイムズで今回の戦争写真を公開しはじめた。
一連のシリーズになるはずだが、どんなタイトルにするか、まだ決めていない。
自分の中でガンバレン国の狂気と戦争の本質が見えていない気がするからだ。
発表が終わる時にタイトル名を公表するが、どんなものにするのか、決めあぐねている。
アレックスと共にいた戦地。
思い入れがあるからこそ、今まで以上に、ガンバレン国の狂気を突き詰めたいと思う。
車窓から目を離すと、ティナが話しかけて来た。
「ミリーはこの場所に戻る事は怖くなかったんですか?」
「怖い?」
ティナの顔を見ながら考える。
「んー、そうね、人質になって死ぬかもしれない恐怖にさらされた場所が怖いのか、という問いであれば、私は多分怖くないかな」
「どうしてですか?ジャーナリストであっても自分が当事者になれば、こんな所は二度と見たくないという人ばかりです。ましてや、まだ恐怖を忘れられる程の時間は経っていません」
真面目な顔で尋ねるティナに、真理はティナだって怖くなさそうだ、と思うが敢えて口にはしない。
彼女は軍人として訓練された人間だから、自分とは違うのだ、と思ったからだ。
どう言えば伝わるだろうかと、考える。
自分でもなぜ怖くないのかは分からない。
「・・・私は物心ついた時から、もう戦争は身近なものだった。父の写真や話を通して知っていたから。中学を終える頃からは、父と一緒に戦地を回っていたでしょ。日常の中で、交戦や暴力、死が身近になり過ぎていたから、なんとなく慣れてしまって怖くないのかも知れない」
感覚が麻痺してるのかも、そう言ってふふっと笑うと、ティナは驚いたような顔をしている。
真理は続けた。
「しかも、自分で人とちょっと違うと思うのは、タマリナ達のように実際に戦禍の犠牲になっているわけではないから。
父の影響で、いつも報道する視点になってしまって何でも客観的に見てしまう癖があって。だから人質になった時も、何となく当事者感が薄かったんじゃないかと思う」
変よね、と言って真理が笑って見せるとティナはいいえ、と否定した。
「ミリーの強さは、お父様に培われたんですね。戦争の恐怖や残酷さという事実を見せながらも、心が壊れないよう守って、あまつさえ、それを見て考えさせる力と強さを身につけさせた・・・すごい事です」
真理はティナの言葉に「そんなすごい事はない、人とは違う育ち方をしただけだから」と言って笑うと、ふっとアレックスの顔を思い浮かべた。
「私だって怖いものはある。こんな風になんでも俯瞰して見て客観的に考えてしまうから、ごく個人的な感情の繋がりというものが、多分私は分からない。思春期の女の子が普通に経験するようなドキドキしたり悲しんだりする心の動きの経験や機微といったものが無かったから・・・今、自分が抱えている感情や環境は怖いかな」
「クリスティアン殿下のことですか?」
「そう」
真理は気恥ずかしくなって、照れ笑いを浮かべるとティナは優しい笑みを浮かべて続けた。
「殿下は本当にミリーのことを想って大切にされているんだと、側から見ていても良く分かります」
「ええ、自分でもそう思う。殿下は私に目眩がするほどの愛情をくださる。そして、普通の女性が経験する以上の贅沢で華やかな世界を経験させてくれる。それこそ身分不相応なくらい」
そこまで話して、ほぅと真理は吐息を零した。
そう、アレックスはお姫様のように自分を大切にしてくれるのだ。
ティナに苦笑いをすると真理は思いきって,今まで誰にも話さなかったことを言った。
「でも、だから不安になるし怖くもなる。こんな幸せがずっと続くのか、彼がいつかわたしを嫌いになったらどうしよう、とか。こんな私が彼の側にいて良いのだろうか、とかね」
真理の言葉が意外だったのか、ティナはさらに驚いたように眼を丸くした。
だが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「人を好きになれば誰でもそうなります。ミリーは殿下の隣にいるべき人です。殿下もミリーに振られないよう必死じゃないですか、昔の殿下からは今の姿は想像もつきません」
「殿下も?そうかしら?」
アレックスの愛情があまりにも自分にとって都合良すぎるような気がして、そう問えばティナは続ける。
「ええ、今回のこの旅を殿下が許可されたことに正直私は驚きました。反対するだろうと思っていたので。でも私が殿下から言われたことは2つだけ。ミリーのやりたいようにさせろ、そして必ず守れ、です。貴女の生き方を曲げさせないように、殿下が心を砕いているのが良く分かります」
第三者からアレックスの愛情を指摘されると、改めてその心の深さが胸の中にストンと落ちてくる。
それに、とティナは続けた。
「ミリーと出会われて、殿下は変わったと思います。以前は厭世的と言うか・・・戦場では自分の命を投げ出すことを厭わず、王宮に戻れば自堕落で何もかもに無関心だったように思います。正直、私は良い印象は1つも無かったので・・・でも今のクリスティアン殿下は色々な意味で責任感が出ているように感じます。恐らくそれは全てミリーへの想いがあってこそだと思います」
的確なティナの考察に、面映ゆい気持ちで、真理はそうね、と答えた。
今回、ウクィーナ共和国に行ってく告げた時、彼は穏やかに笑って、気をつけて行くように、と言ってくれた。
「殿下はいつでも私の信念と生き方を守ろうとしてくれる。カメラマンとしての生き方を続けるようにと言ってくれたから・・・そして、殿下も努力をたくさんされてるのが分かるわ」
彼の優しい愛情に溢れた琥珀色の瞳を思って、胸がトクンと鳴った。いつも自分を見つめる時、その琥珀は甘く熱を孕んで、彼の髪の毛のような濃い赤色に変化するのだ。
無性に彼の元に帰りたくなる。それが彼を想う恋心なのだろうと、改めて想った。
そこまで考えて、真理は自分の胸の内を吐露させたティナに悔しくなって。
「ティナもそうなの?」
「え?」
「レンブラント様に対して。好きなんでしょ?」
ついつい意地悪に尋ねれば、ティナは驚いた表情をしたと思ったら、みるみる赤くなっていく。
「ミリー、何を言って・・・!!」
真理はふふっと笑うと
「私ばっかり話すのは不公平だわ。ティナの話も聞きたい」
そう言うと、さすがテッド・カーティスの妹はすぐに普段通りの表情に戻ると、兄譲りの冷静さで切り返した。
「空港に到着しますので、その話は別の機会に」
「ずるい!」
二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。
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