恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
115 / 130
第12章 育った妄執と覚悟

9

しおりを挟む
ノックの音が響いて、テッドがドアを開けるとティナが入ってくる。

「クリスティアン殿下、おはようございます。・・・ミリー、おはよう」

アレックスは挨拶を返すとニヤッとした。
ティナが自分の前で、真理をどう呼ぼうか躊躇したのが分かったからだ。

真理はティナに自分と話すときは今まで通り、と譲らなかった。

ティナの性格から言って、兄のテッドはアメリア様呼びなのに、自分が愛称呼びで良いのかは、かなり葛藤していたと、テッドからは聞いている。

アレックスからは、真理の望むように振る舞え、と命じてあった。ティナの様子に良い傾向だとほくそ笑む。
こちら側に真理が信頼できる人間が、増えれば増えるほど良い。

真理はにこやかに挨拶を返すと、二人にも座るように椅子を勧めた。
兄妹はチラリと自分を見たので、頷いて座ることを許可すると、やっと安心したように腰かけた。

 内心、アレックスはニヤニヤする。
彼女は誰に対しても平等だ。だから相手に遠慮しないし遠慮させない。
自分の立場が上なのか下なのかや身分の差を考えたりしない・・・興味がないのだ。
アレックスには、そう言う真理の気質がなによりも愛おしい。

ティナは他の護衛たちと話してから、この部屋に来たようだが「少し困ったことになってます」と切り出した。

「何があった?」

アレックスが促すと、ティナは真理の顔を心配そうに見てから、アレックスに視線を戻した。

「クリスティアン殿下とミリーがこのホテルに滞在してることが漏れたようで、パパラッチ達が周辺を張ってます」

「へぇ、そうか」

ありがちなことだが、真理と一緒の時は細心の注意を払ってきたが、なかなかそうならなくなってきていることに、憮然とする。

「恐らく、レストランからこちらへ移動する際に、一般人に見られて、パパラッチにネタ提供されたのかと思われます」

ティナは淡々と報告するが、その様子はさすが兄妹、テッドによく似てる。

真理もそう思ったのか、冷静な側近達を見ながら、口元を綻ばせている。

「今、ホテルの裏口と地下駐車場、業者用の車寄せを確認してます。一番、パパラッチの少ない所から出られるよう準備致します」

そうだな、と答えて真理をチラリと見る。彼女は落ち着いた表情で話しを聞いていた。

ただでさえ、今の彼女は注目の的だ。
なるべく撮られないようにしてやりたい。

開放時のキスの映像は文字通り、世界中に中継され、その後恐ろしいほどの数で再生されたが、それほどアップされたものではなかった。
アレックスの身体の影になって、真理の顔が鮮明に撮りきれなかったのが、ラッキーだった。 

だから彼女の姿はまだはっきりとは明らかになっていない。
アレックスとしては、過去のお相手達は隠してないから、それこそ出まくりで、何を書かれても気にしなかったが、真理に対してはそんなことしたくないのだ。

今や、パパラッチ達は真理の事を撮りたくてヒートアップしているが、撮られるのを嫌う彼女の気持ちを思うと、なるべく牽制したい。

テッドは思案するような顔をしていたが、おもむろに口を開いた。

「車を2台にして、殿下とアメリア様は別れて乗りますか?」

「えっ!?」

真理とここで別れるなんて嫌だと、テッドを睨めば、彼は涼しい顔で続けた。

「どうせ後をつけられますし、この数を巻くのは無理ですから。殿下はいつも通り正面から出て頂き、パパラッチを引き寄せて、王宮に戻る。アメリア様はパパラッチの数が減ったところで、少ない出口から出て、パパラッチを巻きながらご自宅に戻るのが、安全かと思います」

アレックスは眉間に皺を寄せる。

いつも通り、と嫌味をチクリと混ぜて言いやがって、とムカつくがテッドの言ってることは、確かに正しい。
今までも、うんざりするほどやってきた方法だ。最も過去の遊び相手は、ホテルに残して自分が先に出るだけで、相手がその後どうしてたかなんて、気にしていなかったが。

「そうだな・・・でも・・・」

アレックスは言い淀む。自分の感情が先立ってしまうのを止められない。

嫌だ、せっかく久し振りに肌を合わせ、今その余韻に浸ってるのに。今日、一日公務はないから、真理の部屋に一緒に戻る予定だった・・・でも、真理の自宅までパパラッチに追われるのは絶対にダメだ・・・。

アレックスの判断待ちとなって、室内が不自然に静まり返る。

「あの・・・」

真理が声を掛けて、アレックスは彼女を見た。
テッドもティナももちろん真理を見たが、自分に視線が集まったことで、彼女が頬を赤く染める。

そんな顔も彼女は可愛い・・・と恋愛脳で思ったところで、恋人はアレックスが思いも寄らぬことを言った。

「ご迷惑でなければ、私も一緒に殿下と出るわ・・・正面口から」

「真理、何言って・・・」

驚いて彼女を見れば、テッドも同じことを思ったのだろう、口を挟んだ。

「それでは、アメリア様は撮られますよ」

諭すような冷静なテッドの言葉に、真理は落ち着いた面持ちでうっすらと微笑むと、そうですね、と言ってから続ける。

「でも、もう隠していただかなくても良いかなって思って。殿下もみなさんも、十分すぎるほど私の気持ちを守ってくださった」

アレックスの顔を首を少し傾げながら見つめて言う。

「だから、私は撮られていい。貴方といたいから・・・私邸に一緒に戻るのはダメ?」

アレックスは我慢できずに立ち上がると、座っている彼女を抱きしめる。心も抱きしめる腕も震えていた。 

想いが、真理への気持ちが溢れて止まらない。
どうして、彼女はいつも自分の欲しい言葉をくれるのだろう。

「ああ、真理・・・君は・・・」

言葉が続けられない、何度も嬉しさと喜びで彼女の頭にキスをする。

ありがとう、ありがとうと言い続けて、耳朶に頬に口付ければ、彼女は擽ったいと可憐に笑い、アレックスの顔を押し留めた。

キスを止めて自分を見上げる彼女の瞳を見つめると、真理はちょっと悪い顔をしながら続けた。

「それに、いまさらでしょ。世界中に生中継されたんだから」

お互いに見つめあって、クスクス笑う。
アレックスは真理を抱きしめたまま、側近を見た。

「テッド」

優秀な側近は恭しく頭を下げると、何も言わずとも心得たように言った。

「殿下、かしこまりました。このホテルのサロンを予約します。ザ・グレースも支店が入ってますのでお召し物はそこで用意します。アメリア様はご準備を」

また、新しい洋服に髪の毛の手入れかと、真理が慌てるとアレックスは頬にまた唇を寄せて押し留めた。

「俺に君を・・・恋人を見せびらかせてくれ。・・・ありがとう、真理」  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

もう2度と関わりたくなかった

鳴宮鶉子
恋愛
もう2度と関わりたくなかった

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。 「ケガをした!」 ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。 ──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!? しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……? 大人っぽいけれど、 乙女チックなものに憧れる 杉原亜由美。 無愛想だけれど、 端正な顔立ちで優しい 鷹條千智。 少女漫画に憧れる亜由美の 大人の恋とは…… ※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

処理中です...