恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第12章 育った妄執と覚悟

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シンとした部屋の中で、一人クロードは行儀悪く伸びをすると続けた。

「次の日アメリア様を呼び出して暴言吐いたのも、そのマダム・アンヌ・ウエストの差し金っすか。そもそも住所を知ってることにあの時、驚いたっすよ」

エステルは悲しそうな顔をしながら、申し訳ございません、と詫びる。

「私もなぜ彼女がアメリア様の所在を知っていたのかは分かりません・・・お恥ずかしいのですが、私は本当に無知で自分で考えることをせず彼女にすべて任せてました。レンブラント様には隠してましたが、あの日のことは、彼女がすべてお膳立てしてくれたんです。
アメリア様を屋敷に呼んだから、クリス殿下の婚約者としてはっきり言うようにと言われて・・・」

クロードは不快そうな顔つきでケッ!と言った。

アレックスは、あの日の話をいまさら蒸し返しても堂々巡りだと思ったのだろう。先を促した。

「マダム・ウエストが俺の行動と真理の関係を何かしらの手段で探っていた、ということは分かった。彼女が行方をくらましたことで、エスターは何を心配しているんだ」

エステルはピクリと肩を震わせて、また俯いたが、すぐに顔を上げて話し出した。

「彼女がいなくなった後、私は残された彼女が使っていたパソコンを見ました。もともと当家で使用人に貸していたものなのですが、彼女の行き先が分かればと思って・・・」

目尻に涙を溜めて泣くまいとしながら、続ける。

「マダム・ウエストは私信はフリーメールをいくつか使っていました。そのうちの一つが不自然なアカウント名だったので・・・彼女は迂闊にもパスワードをサイト上で保存していたので、難なくログインして中を見ることができました。そして、出てきたのがこちらです」

プリントアウトしてきたものを、令嬢は数枚差し出した。すぐにクロードが中を見てアレックスに渡す。

「ほぉ、アラン・ベイカーにアメリア様を売ったのがマダム・ウエストっすか」

その名前に真理はアッと口を押さえた。確かザ・ワールドに自分のネタを売ったフリーの記者の名前だ。

アレックスは厳しい顔つきで、エステルに声を掛けた。

「他にもあれば言うんだ」

彼女は震える指先でさらに数枚の紙を出す。
それらを見てさすがのクロードも表情を冷たいものに変えた。

「ダスティン・ライアーの名前は公表されてないっすが、これもそうっすか・・・」

ダスティン・ライアーと聞いて真理もさらに驚いた。
自分に強酸を浴びせた罪で逮捕された男だ。彼は頑なに自分の単独犯、人種差別目的で通り魔的な犯行に及んだと自供した。 
彼の名前は報道されなかった。王室府であの事件はニュースにならないようにしたのだ。

その男の名前が出るということは、その男と通じ、自分を襲うように依頼したのだろう。
マダム・ウエストという女性はそんなにも自分を憎んでいたのか・・・。

驚いた表情の真理を気遣うように、アレックスは肩を抱き寄せた。
こめかみに柔らかなキスをする。真理は慌てて王子の顔を見れば、大丈夫だ、と言ってくれた。

「どんな方法でも良いから、襲って半殺しにしろってあるっす。顔を傷つけろ、見た目をめちゃくちゃにしろ、とは・・・いやはや恐ろしいっすね」

 クロードが読んだ内容を聞いて、エステルの眼からはもう涙が溢れていた。
彼女は号泣しながら、申し訳ありません、を繰り返す。

嗚咽を堪えながらアレックスに向かって、さらにエステルは続けた。

「クリス様が・・・戦争に行かれてる間は彼女は・・・いつもと変わりがなかったんです。でも・・・キャンプ解放時のクリス様とアメリア様のことを中継で観てから・・・また様子がおかしくて・・・そうしたら・・・」

「行方をくらましたか・・・」

アレックスは厳しい表情を崩さず、何かを考え込みながら、エステルに問いかける。

「君のお父上、ソーンディック侯爵はこの件は知ってるのか?」  

エステルははらはらと泣き続けながら頷いた。

「話しました・・・けど、あの通りの父なので・・・取り合ってくれず・・・メールのやり取りなど取るに足らない、実際の証拠もないし、当家の職を辞した人間が外で何をやろうが関係ないの一点張りで・・・」

予想通りの回答だったのか、王子は皮肉な微笑を浮かべると、令嬢に告げた。

「分かった、エスター。この件は王室府で預かる。君はもう金輪際、関わるな」

エステルはパッと椅子から立ち上がり、床に跪いて、頭を垂れると悲痛な声で言い募った。

「本当に大変申し訳ございません!!
どうか、どうか、彼女をお止めください!!絶対に何かやるんだと思うんです!私のために人を・・・アメリア様を傷つけるなんて・・・そんなことさせてはいけないんです・・・どうか・・・どうか・・・どうか・・・」

泣き崩れるエステルに真理はどうしたら良いのか、ただ見つめることしか出来なかった。
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