恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
110 / 130
第12章 育った妄執と覚悟

4

しおりを挟む
テーブルに着席し、紅茶がそれぞれの前に置かれたところで、アレックスは口を開いた。

「それで、エスターの用件はなんだ?真理・・・アメリアは君からの謝罪を必要としてないのは伝えてある通りだ」

王子に話題を振られて、エステルは硬い表情を一層青くする。
しばらく躊躇うように瞳を揺らせて俯くのを、真理は固唾を飲んで見守った。

シンとした雰囲気に焦れたクロードが少し威圧するようにエステルを見て言う。

「クリスティアン殿下は暇じゃないっすよ。言いたい事があるなら、さっさと言うっす。でないとこれで終わりにするっすよ」

言われて、彼女は一瞬目を閉じたがすぐにそれを開けると、覚悟を決めたように顔を上げた。

真っ直ぐにアレックスを見て、唇を震えさせながら話し始めた。

「私が生まれた時から仕えてくれた、ナニーが3週間前、退職願を残して行方不明になりました・・・」

アレックスが眉を顰めた。

「マダム・ウエストが、か?」

真理にはアレックスが言ったマダム・ウエストが誰かは分からないが、恐らく自分がエステルに会った時に部屋の隅に控えていた年配のご婦人だろうとは思い当たった。

グレート・ドルトン王国では働く女性も多く、ナニーと言う職業が確立されている。
一時的なベビーシッターとは違い、仕事の幅が広く、幼稚園・学校の送迎、食事といった身の回りの世話だけでなく、子どもの勉強を見たり、しつけをしたり、情操教育などを含む教育係で、いわば母親代わりの役割まで果たしている。

特にエステルほどの上級貴族であれば生まれながらにナニーが付いているは常識だろう。

「仮にマダム・ウエストが侯爵家のナニー職を辞したからと言って行方不明は大袈裟じゃないか?実家に戻ったか、新しい身の振り方を考えたか・・・」

アレックスはそのナニーと面識があるのだろう、そう言うと、エステルは青ざめた顔のまま、いいえ、いいえと否定した。

「何を言いたいっすか?ナニーが行方不明になったことが、殿下とアメリア様になんの関係があるっすか?」

デザートが無いので手持ち無沙汰そうなクロードが話の核心が見えずに、ややイラっとしながら問いただす。

エステルは震える指先をギュッとテーブルの上で組むと、クロードを見て話しを続けた。

「アンヌ・・・マダム・ウエストはクリス殿下はご存知ですが、幼い頃から・・・私をクリス殿下の妃にすることを望んでいました」

アレックスが心配そうにチラッと自分を見たのに真理は気づいたが、今はエステルの話に耳を傾ける。

「彼女は私が誰よりも信頼する女性でしたから・・・私も彼女の言う通り、そうなるのだろうと・・・思ってました・・・」

浅はかと思われても仕方がないですが・・・言いながら、涙目でアレックスを見つめる。  

「成年になったころから、どういう伝手を頼ってか、私には分かりませんでしたが、常にクリス殿下の動向・・・その・・・特に女性関係をとても気にしてました。
報道が出るたびに、私には記事の内容以上のことを教えてくれ、そして殿方の気まぐれなお遊びだから心配しないように、と慰めてくれて・・・」

真理はあの日のエステルの言葉を思い出す。
真っ赤な顔で「そういう事をしないから、大切にされている」そう信じて言われたことに確かにショックを受けたが、ナニーの影響を受けていたのかと、合点がいった。
とても夢見がちな内容だと思ったからだ。

それを聞いて、アレックスは顔を真っ赤にしたが無言を貫き、クロードはひゃひゃひゃっと笑う。

複雑そうな顔をしながら、エステルは真理にちらりと視線を走らせると続けた。

「そんな彼女が昨年の春頃から様子がおかしくなりました。外出することが増えて・・・外で誰かと会ってるようでした」

真理はエステルの言いたいことが少し分かってきた。春頃と言えば、自分がちょうどアレックスと付き合い始めた頃だ。

クロードが静かに口を挟んだ。

「アメリア様が殿下の私邸に出入りしてることを掴んでたっすか?」

その問いに令嬢は、はいと肯定して続けた。

「その頃から彼女は私にクリス殿下と会うようにと頻繁に言うようになりました。彼女から殿下に連絡してくれましたが・・・」

「俺は忙しいからと断っていた」
「そうですね・・・それで彼女はハミルトン様のパーティーに殿下がいらっしゃることを、どこからか聞いてきて、お会いして話しをしてくるようにと・・・」

ふうとアレックスは息を吐いた。

「それが、あの夜か」

問いかけるでもなく呟かれた言葉に部屋は一瞬、静まり返った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

もう2度と関わりたくなかった

鳴宮鶉子
恋愛
もう2度と関わりたくなかった

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。 「ケガをした!」 ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。 ──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!? しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……? 大人っぽいけれど、 乙女チックなものに憧れる 杉原亜由美。 無愛想だけれど、 端正な顔立ちで優しい 鷹條千智。 少女漫画に憧れる亜由美の 大人の恋とは…… ※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

処理中です...