恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第12章 育った妄執と覚悟

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非公式な面会だからと、クロードが設定した場所は、王宮からほど近い高級レストランの個室だった。

アレックス的には私邸は絶対嫌だったので断固拒否をした。
もちろん王宮にも入れたくない、陸軍本部の会議室にすればいいと雑に言ったのだが、まぁ貴族の令嬢っすから、と当たり障りないレストランの個室にしたらしい。

もっとも「終わったら、ミリーちゃんと二人で食事すればいいっすよ」と言われたのが、納得した一番の理由だったが。

最近、彼女を理由にして、なにかと側近達に良いように転がされている気がしないでもないが、到着したレストランを見て、アレックスは機嫌を良くした。
洗練された洒落た店内に気分も上がる。
創作キュイジーヌが売りらしいが、一流シェフを抱えているから、味も期待出来る。

帰国して初のデートだ。久し振り過ぎる。
とっととエスターとの面会を終わらせて、真理と楽しもう、と横にいる彼女を見れば少し硬い表情していた。

緊張しているのか・・・戦場では人質になっていても静かな凛とした表情をしているのに、こういう時のもの慣れない彼女の顔は、ひどく庇護欲をそそられる。
こんな表情を見せられると、ますます自分の世界では守らないと、と思うのだ。

彼女の叔父からは、王子の世界は真理がいるに相応しくないと断じられている。

そんなことは初めっから分かっている。

たとえ彼女にとって合わない世界であっても、アレックスは全力で守りぬく覚悟だ。合わないなら合うように変えてしまえば良いと本気で思っている。

彼女がいない世界など、もう思い出せないくらい空虚なものだから。

だから・・・とアレックスは握った真理の手をキュッと強く握りしめた。
ふと上げた恋人に安心させるように、微笑んで見せる。

「大丈夫だ。俺が真理を守る」

その言葉に恋人がはにかんだような笑みを浮かべる。
アレックスが愛してやまない艶めいた黒い瞳が煌めくと、柔らかく頷いてくれたのだった。



※※※※※




支配人に先導されて、個室に入ると既にエステルが待っていた。
側仕えを伴わなかったのか、硬い表情で一人で立っている。

あの日のような、生まれながらの貴族令嬢らしい高慢さと溌剌とした面影はなく青ざめた思い詰めたような表情に、真理は息を飲んだ。

「エスター、待たせたな」

アレックスは、真理が今まで聞いたどんな声よりも低く冷たさを滲ませた尊大な物言いでエステルに声を掛ける。

彼女はピクリと肩を震わせると、アレックスの前に立ち、腕を前に組んで腰を落とすと極めて優雅に跪礼《きれい》をした。
顎をツンと上げ真っ直ぐにアレックスを見上げて王族への挨拶を述べる。

「クリスティアン殿下におかれましてはご無事のご帰還誠におめでとうございます。このたびの戦勝、心よりお祝い申し上げます」

そこまで言って、さらに深く腰を落とし頭を下げると「本日は、私のために時間を取って頂きありがとうございます」と続ける。

アレックスは何の感情も写さない口調で、ありがとうと答えると「君も息災のようで何よりだ」と一応付け加えた。

彼女は静かに顔を起こすと、真理の前に立つ。
エステルの面差しが緊張よりは決意のようなものが感じられて、真理は思わずゴクリと息を飲む。
そして、挨拶しなければと口を開こうとしたところで、それまで王子に握り締められて、繋いでいた手が離され、そのまま彼にエステルの前に差し出されてしまう。

何を?!と彼を振り仰ごうとした瞬間、ありえないことに真理は眼を見開いた。
エステルが自分の手を取り、アレックスにしたように自分にもカーテーシーをしたからだ。

あの夜と真逆の立場に真理は混乱するが、腕を振り払うことも出来ず、掴まれたまま自分を見るエステルを何も言えずに見つめ返す。

「アメリア様、お怪我につきまして心からお見舞いを申し上げます。大変過酷なご経験に、私は胸が震える思いでした。ご無事で本当に良かったです」

見ればうっすらと涙を浮かべている。真理はその気持ちに胸がジンとして一歩前に出ると、反対の手でエステルの肘に触れた。
本来は優しい女性なのだ。

「ご心配いただきありがとうございます。・・・エステル様、その・・・私は・・・平民ですので、どうぞその礼はもうおやめください」

そう言うとエステルは無言で頭を左右にふるふると振ったが、アレックスが先ほどよりは柔らかな口調で「エスター、挨拶はもういい」と告げたことで、息が詰まるような令嬢の挨拶は終わった。

「んじゃ、挨拶も終わったっすし、全員座るっす」

いささか命令口調なクロードにアレックスは顔を顰めるが、真理は吹き出した。
いつだって、切れ者補佐官は場の雰囲気を作るのが上手いのだ。

一瞬緩んだ空気に、本題はこれからだと思いながらも真理はホッと緊張を解いた。
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