恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第11章 顚末と甘やかな関係

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アレックスは責めるような目つきで自分を見る側近二人の前で、フンっと踏ん反り返っている。

「まだ、治ってないから無理だ」

さっきも言ったことを、もう一度繰り返すと2人はさらに冷ややかな顔をした。

「ふんっ!このへタレっ!」

クロードが悪い顔をしながら、ケケッと笑って言えば、テッドがはぁーと嫌味ったらしい溜息をつく。

彼らも3週間の休暇を終えて、とりあえず一旦王宮で残務処理をこなした後、このノートフォークに戻ってきた。

公務や軍務の状況と、ウクィーナとガンバレンの停戦協定の様子の報告を受け、一息ついたところで出た質問に答えた結果が、2人からの罵倒だ。

クロードが散髪してスッキリした頭を掻き回しながら、続けた。

「そろそろ発表が必要っすよ。GDBCとビクトル・ファーセンだって特番組むからスケジュール抑えさせろってうるさいっすし、ドルトン中が大騒ぎっすから」

「そんなの無視だ!」

アレックスがそう言えば、クロードも負けていない。

「あんたねぇ・・・。そろそろ殿下の休暇もお終いっすから。王宮は今のミリーちゃんの立場じゃ流石に入れないっすよ。私邸に戻るにしても、ドルトン中のプレッシャー半端ないっすし・・・パパラッチとメディアだらけっす。ハッキリした方がミリーちゃんが楽っすよ」

「分かってるさ」

ブスッと答えれば、クロードは畳み掛ける。

「んじゃ、発表出来るようになるまで、殿下だけヘルストンに戻って、ミリーちゃんは完治までノートフォークに残すっすか、その方がミリーちゃんは安全っす」

「絶対!!やだっ!!!!!!!」
 
真理と離されるなんてとんでもない!片時だって離れたくないのだから。

不貞腐れたままの王子を前にテッドがやっと口を開いた。

「クリス殿下、まさか、まだ、プロポーズされてないとは驚きました。国民は慶事の発表を待ち望んでいますが、何が問題なんですか?」

その声はいつものテッドより冷ややかさ増し増しだ。

「そうっすよ。我々だっていなかったっすし、チャンスありまくりだったすよねー。ノートフォークは雰囲気良いし、普通はするっしょ?」

側近二人に責められ気味になり、自分の恋愛なのに、なぜこんな理不尽な扱いを、と思いながらも、この二人がいなければ彼女を失う可能性だってあったのだから、アレックスはグッと我慢する。

もちろん、帰国してからどころか、戦争に入る前からずっと、ずっと、それこそずーーーっと、結婚を申し込むことを考えている。

だがタイミングを掴めていないというか、二の足を踏んでいるのは確かだ。 
真理の怪我が完治していないのが理由の一つではあるが、それ以外にも王子なりの事情はある。

黙りこくったアレックスにクロードは胡乱げな目つきでみると「何、こじれちゃってるっすかねー」と呆れたように言う。

彼女のヒビが入った肋骨の3本のうち、2本は治っている。
恐らくまともにガンバレン国兵士の蹴りが入ったであろう最後の1本は、折れてるのとそれほど変わらない状態だったから、くっつくのに時間がかかっていた。

そうは言っても、彼女の日常生活が、ほぼ以前と同じに動けるようになってきているのは確かだ。
大きなくしゃみや 咳、過呼吸はだめだが、それ以外は抱きしめるのも深いキスも大丈夫になった。

だけど完治するまではと、彼女を抱くのは我慢している。

アレックスだって、真理が解放されて以来ドルトン中が戦勝と相まって第二王子の慶事に対して祝賀ムードで盛り上がっているのは知っている。

軍神の恋人が、まさかの戦場ジャーナリストで人質になっていたというセンセーショナルかつドラマティックな状況に盛り上がらない人間などいるわけない。

誰もが王子の恋人が誰なのかと発表を待ち焦がれているのも、ブックメーカーが婚約発表の時期を賭けの対象にしてるのも、分かっている。

そして父の国王と兄の王太子からも会わせろ、見舞いに行かせろと、一緒に食事をしようと催促が続いてる。
ついでに言えばウィリアム卿も、ヘンドリックもだ。

まさかここに来て、家族も側近も国民も・・・彼らの応援も期待もプレッシャーになるとは思わず、途方にくれ気味なのは致し方ないだろう。

顰めっ面をしているアレックスを小馬鹿にしたような顔で見ながら、クロードが尋ねる。

「もしかして、する気がないっすか?」
「バカ言えっ!するに決まってんだろっ!」
「じゃ、どうするんすかっ?!」

堂々巡りなやりとりにテッドは呆れ顔だ。

するさ、したいさ、当たり前だろ・・・だが・・・大切な彼女との一世一代の瞬間は大事にしたいのだ。まずは自分の準備が整わないと、だ。

真理の気持ち・・・彼女の気持ちが整うのを待つ気はさらさらない。なにしろ彼女は結婚は大丈夫でも、妃になることに気づいたら、逃げてしまうかもしれない。
だから、気づかれないうちに、普通の恋人同士として、ベタベタに甘やかして愛してる中で雁字搦めにしてしまいたいのだ、自分という存在に。
真理に断られるというほんの少しの危険性も潰しまくりたい。

アレックスは小さく嘆息した。

「とにかく真理が完治してからって思ってる。今の真理の心は人質だった時期の非日常を引きずっているかもしれない、そんなところにプロポーズしても、弱った気持ちにつけ込むようで嫌なんだ。
あと・・・戦争でイベントが・・・ハロウィンもクリスマスも新年も全部吹っ飛んでるだろ。もう1月も半ばだし・・・彼女のために、1番ロマンティックな雰囲気で申し込みたい」

そう言うと、テッドが呆れ果てたような溜息を吐いた。この王子がアメリア様相手にはとかく映画のような雰囲気とシチュエーション重視に拘るのは知っているからだ。

「クリス殿下、お気持ちは分かりました。まぁ、アメリア様のお心が落ち着くのは大切なことでありますから。ただ今後のスケジュールのこともありますので、いつぐらいを予定していますか」

冷静な主席秘書官の物言いにとうとう王子がキレた。

「予定は未定だ!」

冷たい側近達の眼差しと悪餓鬼のような王子の態度に、さすがに部屋が静まり返ったところで、部屋にノックの音が響いた。

クロードが出て行くと、おおっ!と嬉しそうな声が上がる。

「大丈夫っすよ、休憩しようと思ってたっす」

言いながら、真理を先に通すと、茶道具とケーキが乗ったワゴンを彼女に代わって押してくる。

「真理っ!!」

目下の話題の中心人物の登場に、アレックスは眼を細めると立ち上がり腰を抱き寄せる。
こめかみにキスを落とすと、ワゴンを見た。

「皆さまいらっしゃるって聞いて、アップルパイとジンジャーパウンドケーキを焼いたの、邪魔じゃなかった?」

「ああ、腹が減ったし疲れた。君に癒されたい」

肩口に顔を埋めれば、彼女が苦笑して。
テッドがさすがに諌めるようにアレックスに声を掛けた。

「殿下、アメリア様のお身体に触ります。座ったらいかがですか?」

「・・・そうだな」

憮然とした表情で、それでも彼女がいることに目尻を下げながら、恋人の腰を抱えたままソファーに腰を下ろす。

真理が準備してきた紅茶をテッドが淹れて、クロードがそれはそれは嬉しそうにアップルパイを取り分けてそれぞれの前に置いた。

「うまそうっすっ!!いただきまっすっ!」

甘い物に目がないクロードは座るなり、さっさと食べ始める。行儀の悪さにテッドは顔を顰めるが、それも一瞬でフォークを手に取ると、ジンジャーケーキを口にする。

「お口に合うかしら」

心配そうな真理をそっちのけで、3人とも無心にパイやケーキを貪る。
美味い、美味しいの連発に彼女の頬も安心したように緩んだ。

「めっちゃっ!美味いっす!」
「ああ、真理の作るものは最高だ」

甘いものをそう食べないテッドさえ
「とても上品な優しい甘さで美味しいです」言っている。

真理は良かった、と嬉しそうに微笑むと、次には、気にしていたのだろうことを口にした。

「皆さんがいらっしゃったってことは、そろそろここでの休暇も終わりってことですよね」

何を言い出したのかと王子が不安そうな顔をしたのを、聡い補佐官はちらりと横目で見ながら

「ううんー、そうっすねー。ウクィーナの停戦協定の調整とかもあるっすからねー。そろそろ王宮に戻らないと・・・」と仄めかすと彼女が顔を輝かせる。

「じゃ、私もヘルストンに帰れますか?」

その言葉に王子がますます不安そうに青ざめるのをクロードとテッドは面白そうに眺めると、今度はテッドが真理に尋ねた。

「アメリア様はヘルストンに帰りたいですか?」 

真理は明るい表情をしながら、もちろん、と元気よく答えると続けた。

「ずっと放置してしまったから、一度自宅に戻りたいと思って」
「えっ!?」

掃除もしたいし、冷蔵庫の整理もしなきゃ、予備のカメラのメンテナンスもしないと・・・悪気のない当然と言えば当然の素直な希望に、側近二人はププッと吹き出して、アレックスは卒倒しそうなほど真っ青になっていた。

クロードとテッドがこの時、全く同じことを内心で思ったことをアレックスは知る由もない。
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