恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
102 / 130
第11章 顚末と甘やかな関係

6

しおりを挟む
叔父の乗った車が見えなくなるまで見送っていると、背中からするりと逞しい腕が身体を包み込む。

包まれるような暖かさを感じて、寒かったことに気づいた。
こめかみに彼の頬が触れて、やんわりと耳たぶにキスをされると真理はくすぐったさに顔を竦めた。

「身体が冷えてる、入ろう」

そう言うなり、お姫様抱っこで抱き上げられて、真理はくすくす笑った。

解放されてから、何度言っても歩くことを許さない。
筋力が落ちるから歩くと言っても、骨がつくまではダメだと言ってきかないのだ。

クロードからは、まぁ付き合ってやってくれっす、と呆れられながら言われてる。

「結構、長く話してたな」

誰もいなくなったリビングに運ばれて、ソファーに降ろされる。

アレックスはロナルドの事を結構気にする。
王子との交際を叔父が反対してることを知ってるからだ。
しかも、日本に自分が逃げた際に、彼は罵詈雑言を浴びせられている。

アレックスのそんな気弱さが分かっているから、真理は安心させるように言った。

「早く写真を納品しろって。一枚のギャラは変わらないからなって言うから、ギャラアップの交渉してたの」

へぇと安心したような面白そうな顔をやっとすると、彼は床に膝をついて、丁寧な手つきで真理の靴と靴下を脱がすと、優しく擦る。
そして、脹脛に唇を這わせた。

これはここ最近の彼のお気に入りの行為だ。医者とクロードの言いつけを守って、抱きしめることをかなり彼は我慢してくれている。

もちろん真理も抱きしめて欲しいが、いかんせん、肋骨のヒビは思った以上にやっかいで、ふとした拍子で痛くなる。
朝起きたり寝返り打ったり、屈んだりができない。
強く胸周りから背中にかけて抱きしめられるのも、まだ無理だ。

一度、我慢しきれず思わず抱きしめられたことがあったのだが、それからしばらく痛みが続いてしまい、アレックスはクロードに部屋から追い出されたことがあった。

そんなこんなで、王子が妥協案?として始めたのが恋人の脚と手に触れることだった。

真理的にはそれはそれでちょっと困ってしまうのだが、頑張って我慢をしている。

アレックスはひとしきり、膝頭や脛にもキスをすると満足したのか顔を起こして真理を見つめると思わぬことを告げた。

「長かったから疲れただろう、ちょっと微熱もあるから少し休んだほうが良い」

微熱と聞いて驚く。

「そう?」

自分では感じてない体調の変化に、アレックスはやたらに敏感になっている。

「ああ、額が熱い」

彼の大きな手のひらがうなじに回ると、顔を引き寄せられる。
おでこに彼のそれがぴたりとくっつくと、真理はむぎゅっとアレックスの鼻を摘んだ。

「んにゃっ!いってっ!!」

とっさに顔を離したアレックスを見て真理は吹き出すと、膝立ちのままのアレックスの頭をやんわりと自分の胸に抱き寄せた。

「心配しすぎ、私は丈夫よ。それに・・・ロニー叔父様のことも気にし過ぎ」

そう言うと、アレックスの腕がおずおずと腰に回り、ギュッと抱きしめられた。

「そうか・・・でも君の身体の心配は、過保護とか過干渉と言われても俺はし続ける。あと、君の叔父さんは俺には鬼対応だから、ちょっと心配になる」

ごめん、そう呟くとアレックスは顔を上げた。

不安げに揺れるアレックスの琥珀色の瞳は翳りを帯びている。
彼こそPTSDが心配だが、聞いてもアレックスは大丈夫としか答えない。

先ほどの叔父との会話のすべてを伝えるのは難しいが、少しでも安心出来ればと真理は続けた。

「叔父は、アレクが私を守り通してくれるんだと思えるようになったって言ってたの」

「そうか?!」

パッと明るい表情になって真理も嬉しくなる。
やった!と、無邪気に喜びを露わにするアレックスに真理もにこやかに答えた。

「そう言われて私もとても嬉しかった。何度でもあなたに感謝する、あなたのおかげで、私は今生きていられる。私をいつだって守ってくれるから」

ありがとう、そう言うとアレックスははっと息を飲むと、すぐに瞳を眇めて被りを振った。

「違う、真理、違う」

彼女の言葉を否定すると、熱のこもった口調で続ける。

「俺の方が何度も感謝している。君に、そして神に感謝してるんだ」

言いながら真理の両手を握りしめて指先に口づけると、背を伸ばして顔を近づけてくる。

真理も彼の顔を見下ろした。
明るくなった琥珀色の瞳に自分のうっとりしたような顔が映っていて。

唇が触れそうな距離で王子は呟いた。 

「真理と出逢えた嬉しさを・・・君を愛することが出来る幸せを・・・君が無事だったことの奇跡を・・・今、真理と一緒にいられる喜びを・・・」

繰り返し、繰り返し、繰り返し君と神に感謝している・・・熱に浮かされたようなトロリとした熱情を纏ってそう言われて・・・すぐにアレックスの熱を帯びた唇が、静かに真理の冷えたそれに押し当てられた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

もう2度と関わりたくなかった

鳴宮鶉子
恋愛
もう2度と関わりたくなかった

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。 「ケガをした!」 ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。 ──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!? しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……? 大人っぽいけれど、 乙女チックなものに憧れる 杉原亜由美。 無愛想だけれど、 端正な顔立ちで優しい 鷹條千智。 少女漫画に憧れる亜由美の 大人の恋とは…… ※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

処理中です...