恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第11章 顚末と甘やかな関係

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アレックスが入室を許可すると、真理は入ってきた人物に眼を見張った。

「ティナ!!!!!」

ザティルマイ難民キャンプであの日・・・彼女が夜中に出て行って以来だ。

ティナは穏やかな微笑を浮かべると、立ち上がって飛びついて来た真理を優しく受け止めた。

「無事で良かった!外に出て行ってしまって、姿が見えなくなってしまったから、心配してたの」

言い募る真理の身体を優しく抱きしめると、ティナは「ご心配をおかけして申し訳ございません」と答えた。

身体を離し自分より背の高いティナの顔を見れば、いつもと変わらない穏やかな表情だ。
そして真理はティナの服装のある一点を眼にして瞳を丸くした。

彼女はきっちりとした黒のパンツスーツを着こなし、襟元にロイヤル・ドルトン王国軍の部隊章を付けている。

「ティナ、あなたは・・・」

彼女はフリーのジャーナリストだったはずだ。
混乱して叔父を見れば彼は少し困ったような顔をしている。

真理は彼女と一緒に入ってきた傍らの懐かしい顔を見上げた。

「ご無事でなによりでございました、アメリア様。救出に時間がかかり大変申し訳ございませんでした」

首席秘書官のテッドだ。

いつも通りの冷静な面差しのままの礼儀正しさでテッドは真理に頭を下げると隣にいたティナも同じように頭を下げた。

「なんで・・・?ティナ?」

なぜティナとテッドが一緒にいるのか、なぜ彼女が軍の部隊章を付けているのか分からず混乱すると、アレックスが立ち上がり真理を抱き寄せた。

頭にキスを落としながら「説明するから」と言うと、真理の腰を抱いたまま、今度は自分の隣に引き寄せて一緒にソファーに腰を下ろした。

「んじゃっ!役者が揃ったところで、種明かしと行くっすか」

クロードが明るくワクワクしたように声を掛けると、全員分のコーヒーを手際よく用意して、テーブルに置いていく。冷めてしまったロナルドと真理のカップは当然のように変えられた。

この首席補佐官のフットワークの軽さに真理は驚きっぱなしだ。

軍事評論家にアメージング、奇跡の部隊、魔術師部隊と評される精鋭部隊を率いる少将なのに、身軽になんでもやるしアレックスの面倒も良く見る。
明るくてひょうきんで飄々としているのに、時に軍人らしいピリッとさも垣間見えてクロードは本当に不思議で面白い。

追いかけられて巻けなかった理由が今なら分かる。逃げ切れないと思って、あの時は脅しを使ったが、そんなことをしてはいけない相手だったのだ。

彼の声掛けにテッドとティナもソファーに座った。

「種明かしって、さっきの人質解放作戦のですか?」

クロードがコーヒーを啜りながら、ロナルドの隣に腰を下ろすと、真理の問いに頷いた。

「うーん、ま、そうっす、他にもあるっすけど、繋がってるんで・・・知りたいっしょ」

そして隣のロナルドを見ると、ちょっとドスを効かせた声で彼に言った。

「念のため言っとくっすけど、これから話すことは超機密情報っす。オフレコっすから絶対誰にも漏らしちゃダメ、記事にしちゃダメっすよ。墓場に持って行く覚悟でお願いするっす。もし出たら、あんたもデイリー・タイムズも消えるっすからね」

ロナルドは渋面を作ると答えた。

「分かってる。最初の時からその覚悟だ。あくまでもアメリアの叔父と言う立場だ。社長にも誰にも言っておらん」 

その答えに満足したようにクロードは微笑むと、黙って座っているティナに声をかけた。

「ティナ、自己紹介といくっすか」

真理は叔父とクロードのやりとりにキョトンとしていたが、ハッとしてティナを見た。

ティナは少し固い表情をしていたが、はい、とクロードに頷くと、今度は真理を真っ直ぐに見て口を開いた。

「自分はティナ・カーティス、グレート・ドルトン王国陸軍 王室師団 近衛歩兵連隊所属の中尉であります」
 
思いがけない言葉に真理が「えっ!?」と驚いた。しかも姓が違っている。自分が知っているティナはハンクリットと名乗った。
ますます訳が分からずティナを混乱したまま見つめると、隣のテッドが言葉を継いだ。

「ティナは私の妹で、ドルトン軍の軍人です」
「そして俺の彼女っす」

クロードが軽口でチャチャを入れると、テッドもティナも頬を引攣らせて「「違う」」と即答した。

そんな軽いやり取りも、真理の混乱に拍車を掛ける。アレックスは真理の手を握ると口を挟んだ。

「ティナは君の護衛として付けたんだ」

その言葉にパッとアレックスを見て「どう言うこと?」と聞き返すと、王子はやや気まずそうな顔をしながら続けた。

「今回の戦争は状況がどんな風に変わっていくか読みづらい上に、サイレン将軍の動向が不透明で、戦局がかなり流動的だった。君が取材に出るのは分かっていたから前に話した通り、我が軍に帯同して欲しかったがシュナイド砂漠だろ。さすがに危険すぎて君も含めてジャーナリストは連れて行けなかった」

そう、確かにアレックスは多国籍軍に着いて行って良いと言ってくれた。
それまで黙っていたテッドが口を開いた。

「クリス殿下はアメリア様に戦地でも護衛を付けたいと希望されました。私もその方が良いとは思ったのですが・・・」

そこでふっとテッドは微苦笑を浮かべた。

「民間では戦地でアメリア様を守れる護衛はいません。足手まといです。傭兵も候補に上がったのですが、殿下たってのご希望で男性護衛官は絶対NGだったものですから・・・」

真理はテッドとティナの顔を交互に見ながら顔を赤らめた。アレックスといると頻繁にあるが、身体がどんどん恥ずかしさで熱くなってくる気がする。

いつだって王子様のやることは真理の想像の遥か上を行くのだ。

どんなことになっていたのか、なんとなく分かってきて、恥ずかしさを通り越して冷や汗が背中を伝う。
赤くなったり青くなったりしている真理の顔を穏やかに見返したテッドが続ける。

「ウィリアム卿へ相談したところ、近衛から付けるのが一番適切だろうと許可頂きまして人選を進めました」

近衛は陸軍の中でも王宮や首都の警備と王族や要人の警護を担っている。特殊部隊が対諸外国であるのに対して国内の平定と王室の安全を守っている部隊だ。

「女性軍人でも戦地の護衛でミリーちゃんについていける人間はなかなかいないっすが、ちょうどぴったりだったのがティナっす。護衛能力はもちろん年回りとか性格とかね。テッドの家系は代々、騎士から始まって軍人、王室の護衛をしてきてるっすよ」

クロードの言葉にテッドとアレックスが頷いた。

「妹は・・・近衛の前は特殊部隊の機動にいたので前線に立てますし、荒事にも慣れてます。近衛では王城警護をしていましたが・・・」

そこでテッドはクスッと笑うと続けた。
「少々退屈していたようなので、兄の欲目を差し引いてもアメリア様の警護に適任かと思いました」

退屈,と言う言葉を聞いて,それまで大人しく聞いていたティナが「テッド、それは・・・」と顔を顰めた。

真理は一連の経緯にただただ放心していた。
自分の知らない所で、こんな大ごとになっていたとは。

ただやっとあんな酷い場でもティナが落ち着いていて動じない雰囲気だった理由が分かった。
そして、彼女の話し方や雰囲気が、何度かテッドを思い出させたのも兄妹なら当然だ。

「そうだったのね・・・」

真理が呆然と呟くとティナが申し訳なさそうな顔をする。

「結果的にはアメリア様を騙したようになってしまいました。大変申し訳ございませんでした」

立ち上がって頭を下げたティナの姿に真理は慌てると、そんなことはない、と自分も立ち上がってティナの手を取る。

父が亡くなってから、ほぼ1人で行動することが多かったが、ティナはとても頼りになった。
年の近い女性の友人も少なかったし、なによりも気の合う仲間と過ごす時間はとても充実していた。

真理はティナの目を覗き込みなが伝える。

「私はティナが一緒にいてくれて、とても心強かった。普段なかなかできない女子トークも楽しかったし・・・ティナは大切な友人よ。ありがとう」

だから、と真理は続けた。
「今まで通り、ミリーと呼んで欲しい」

その言葉にティナは瞳を潤ませて、ありがとうございます、と嬉しそうに答えた。
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