恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第10章 狂気の狭間、深まる気持ち

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テントの入り口が開いた瞬間、メディア達はどよめき、当然アレックスもその場から身を乗り出した。

「あっ!出てきました!!出てきました!!人質だった方達が41日間の拘束から解放されて、今出てまいりました!!あーーー!疲れた顔をされてますが、笑顔も浮かんでいます!!」

リポーター達の興奮した声がかなり上がっているが、もうアレックスの耳には何も聞こえない。

最初にドルトン軍の兵士達が数人の医療スタッフと共にストレッチャーを押して出てくるとわぁと歓声が上がった。

程なく、兵士に抱きかかえられ、毛布に包まれた子供達が1組づつでてくる。

まだか、まだか、と握った拳に力が入り気が急いてしまう。

今度はスタッフ達と思しき大人達が出て来始めて、アレックスは息を飲んだ。

一番最後にクロードに肩を支えられながら、彼女が・・・何度も恋い焦がれた真理が出てきたのだ。

ウィリアム卿がなにかを叫んでいたが、そんなことは知ったこっちゃない、
アレックスは彼女に向かって駆け出していた。

「真理っ!!!!!」

名を叫べば、俯き加減だった彼女が顔を上げた。
自分の姿を認めると、真理は眼を見開き、次の瞬間「アレク!!」とぐしゃりと顔を歪め自分の名を呼んでくれる。

失うかと絶望した・・・
帰ってこないのではないかと何度も怖れた・・・

狂うような時間を経て
生きていてくれた・・・
自分の元に戻ってきてくれた・・・

色んな感情が胸の中で渦巻いて、やっとやっと抱きしめられると、その身体に手を伸ばした瞬間・・・

パチン、とクロードにその手が払われた。

「なっ!何しやがんだ!?」

真理の傍らにいるクロードを睨みつける。
クロードはだいぶ面白そうな顔をして王子を見ていたが、その表情を真面目なものに変えると当然の釘をさした。

「多分、あばら骨が何本か逝っちゃってるっす。だから抱きしめるのは無しっす」

「肋骨!?折れてんのか!?」

馴染みの真っ青になったアレックスに真理が慌てて口を挟む。

「大丈夫、痛み止め打ってもらったから」

そんな気休めがアレックスに通じる訳もなく、抱きしめたいのに抱きしめられず、肋骨にショックを受けてワキワキ腕を震わせる王子をクロードは楽しげに眺めながら続けた。

「抱きしめるのはダメっすが、抱き上げるのは良いっすよ。輸送車両が待ってるっすから、さっさと来てくださいっすね」

揶揄うのはここまでにしたのか、クロードは真理の肩から手を離すと、アレックスの肩をポンと叩いて行ってしまう。

アレックスはやっと、やっと・・・やっと真理の顔を掬い上げるように、頬へ両手を添えた。
体温を・・・血液が流れているのを確認するように何度も何度も親指で頬を擦る。

「真理・・・」

名前を呼べば、彼女も自分の頬に手を添えてくれて。

見つめ合って、真理の瞳が潤むのを見た瞬間、堰を切ったように、この長く苦しい時間の感情がぐちゃぐちゃに溢れ出してきてしまった。

彼女の鼻に自分のそれを擦り合わせ、真理の吐息を感じる。

「無事で・・・無事で・・・生きいてくれて・・・」

声にならなくて。

「心配かけて・・・ごめんなさい・・・」

その言葉を頭を左右に振って否定する。
謝る必要なんてない、そう言いたいが言葉が出てこなくて。

愛しい人は困ったように視線を揺らしたが、すぐにアレックスが求めてやまなかった鮮やかな笑顔を浮かべて言ってくれた。

「助けてくれて・・・守ってくれてありがとう、アレク」

もう我慢が出来なかった。
こみ上げる激情そのままに、彼女の顔を引き寄せると唇に齧り付く。

待っていたかのような僅かに開いた彼女の中に舌を押し込めば、今まで感じたことのない血の味がして、どれ程の暴力にあっていたのかと、心臓が竦みあがるような恐怖に襲われる。

少しでも癒えるように、あますことなく頬の内側や口蓋を舐めとり、その奥で待っていてくれた熱を搦めとる。
熱い舌を吸い上げて自分のそれで舌を擦れば、彼女も応えてくれて、ひとしきり舌を絡めあった。

「んっ・・・ぅっんっ」

呼吸が続かなくなって、真理が頬から手を離したのを感じてアレックスは渋々唇を放す。

彼女の瞳が、先ほどとは別の感情で潤んでいるのを見て、また真理の顔を見つめてしまう。一瞬たりとも目を離したくない。

「・・・アレク」

真理が自分の名前を呼んでくれて、アレックスはやっと落ち着きを取り戻した。
それと同時に彼女がたくさんのメディアに撮られているだろう、ことを思い出す。

いまさらだが、さっと彼女の肩を覆っていた毛布を取ると、ふぁさりと頭から包み直す。

そして・・・
「きゃっ!アッ!アレク?!」

突然の浮遊感に慌ててふためく真理を落とさないよう、しっかり横抱きにすると、アレックスはやっと久し振りに笑顔を浮かべた。

「帰ろう、真理」

自分を見上げて、その言葉に恋人が驚いたように目を見張り、そしてまた涙を滲ませながらコクリと頷く。
腕を自分の首に回し、胸に顔を預けてくれる。
その感触にアレックスは身体中を荒れ狂う嵐が収まったような安堵を覚えた。

腕の中に戻ってきた愛しい温もりを感じながら、やっと王子は帰るべき場所へ戻れたことを実感していた。
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