恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第10章 狂気の狭間、深まる気持ち

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多国籍軍総司令官グレン・マッケーシーは高らかにザルティマイ難民キャンプの奪還を発表した。

最後まで残されていた人質43人は全員無事に救出。
サッシブ大佐の部隊は制圧された。

午前2時18分に人質奪還作戦が開始。空からヘリで兵士を地上に降ろして装甲車を急襲。
攻撃が始まって10分後には先陣を切ったグレート・ドルトン王国軍の特殊部隊が、サッシブの元へ踏み込み、自害しようとしていた大佐を捕縛した、と発表された。

サッシブの部隊は、兵士が23人死亡、残り28名は確保、これによりザルティマイ難民キャンプ解放作戦は終了した。





アレックスは今か今かとイライラしながら、テントが開くのを待っていた。

多国籍軍はサッシブ達の連行と人質解放の場面は大々的にTVで生中継したいと言ってきたのだ。
この戦争では多国籍軍のメディアの徹底利用は協力する立場を取っていたので、否とも言えず、許可をしたが、いかんせん準備に時間がかかっている。

逮捕されたサッシブ達を連行してから、人質解放をする予定だが、どちらも生中継をすることからTV局側の準備が進められていた。
どんどんカメラが設置され、リポーターや記者達が入ってくる。

「クリスティアン殿下、落ち着きなされ、顔でも洗ってきたらいかがか、ドロドロですぞ」

ザルティマイ難民キャンプ側の前線本部でマッケーシー総司令官達と指揮にあたっていたウィリアム卿が苦笑いしながらアレックスに声を掛けた。

それにアレックスはギロリと睨み返すと「いや、いい」と言って、また人質達が入っている医療用のテントを見つめている。

人質達のテントには今は医療部隊が入って、簡単なメディカルチェックが行われていた。
その後、ウクィーナ国の幾つかの病院に別れて移動する予定だ。

本当ならすぐにでもそのテントに入りたいが、勝手は許されず、王子のイライラは高まるばかりだ。

アレックスは戦闘後の装備服のまま、土埃塗れ、所々に血飛沫を浴びているが、そんなことは気にしてられない。
とにかく人質が・・・真理がテントから出てくるのを待ちわびていた。



難民キャンプ解放作戦から外されたアレックスだったが、どうにも気持ちが収まらずウィリアム卿へ何度も直訴したのだ。

作戦指揮にも交渉にも入らない、一兵卒として特殊部隊に入れろ、と。

アレックスは入隊して以来、普通の軍人以上にさまざまな部隊に在籍し、多くの経験を積んでいる。元々が経験豊富で優秀な軍人だ。

今の立場も王子だからという理由で与えられているのではない。戦場ではそんなものは通用しないからだ。

軍としては優秀でない方がありがたかったのかもしれない。王位継承権第2位の王子を死と隣り合わせの場所に送り込むなんてしたくないのだから。

しかしアレックスはそれを望まない。様々な戦歴を重ね賞賛を得、時には自ら敵の命に手をかけ批判も浴び、軍神と呼ばれるまでに至った。
作戦のコントロールも上手く、他国との調整能力も高い。ウィリアム卿が引けば、後に立つのはクリスティアン殿下と目されているのだ。

とうとうウィリアム卿は折れた。
停戦処理もキャンプ奪還まで進まない。当然ながらドルトンに帰国させようとしても、言うこと聞かない。勝手に多国籍軍に参加すると言い出す始末。

本人が、従う立場で良い、絶対に勝手なことはしないと誓ったので、ウィリアム卿はクロードの特殊部隊—サッシブ達を最前線で監視している 機動部隊に放り込んだ。

クロードはこの局面で王子のお守りまで任されることに、だいぶ難色を示したが、最後は渋りながらも許可をした。なんといっても機動の部隊長はクロード・レンブラント少将、こうなればアレックスより立場が上だ。

ウィリアム卿とクロードは多国籍軍と作戦会議を重ねながら、奪還の時期を伺っていた。もとよりサッシブに人質500人のコントロールは出来ない。
食糧などと交換に解放をしながら、人質の数を最小にすることは想定していたから、この時を待っていたのだ。

人質の数が多ければ多いほど、突入時に巻き込まれて死亡する人間が出てしまう、その方が多国籍軍にとっては分の悪い戦闘になる。
そのことに考えが至らない時点でサッシブ達は、すでに負けていたのだ。

唯一の懸念は人質達を道連れにしての自害だが、戦うことにプライドを見出している大佐であれば、戦闘無くして自害は無いだろうと踏んでいた。

だからこそ、クロードは多国籍軍の特殊部隊と一緒に、数分で制圧する作戦を立てた。
空から降りて急襲し、最初に人質を奪還、そしてサッシブ達を制圧する。

アレックスは人質奪還に行きたい顔をしまくっていたが、クロードは当然ながらそれを無視し、先陣で突入する部隊にアレックスを配置した。

ウィリアム卿は王子のイライラ顔を横目で見ながら、ひっそりと息を吐いた。

一緒に突入を任された多国籍軍の大将から、ドルトンの軍神には恐れ入った、何しろ凄かった、と褒められた?畏怖された?呆れられた?のだ。

降下ポイントよりも高い位置で、勝手にヘリから飛び降りると、ロケットランチャー片手に、誰よりも早く、相手の銃撃も味方の砲撃もかいくぐって突っ込んで行ったらしい。
ヘルメットから赤毛を靡かせながら、突入する様は鬼気迫り、その速さに誰も付いて行けなかったそうだ。

作戦通りといっては作戦通りだが、ウィリアム卿からすると.若干スタンドプレー過ぎたのではないかと冷や汗が出るのだが、生きているので良しとする。

そんな王子とのこの40日あまりに思いを馳せていると動きがあったようだ。

多国籍軍の大将と兵士に囲まれて、サッシブ軍の連行が始まったのだった。
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