86 / 130
第9章 同じ空の下
10
しおりを挟む
アレックスが首都に入っただろう2日後、真理も多国籍軍のメディア達と一緒に首都に入った。
この2日間でドルトン軍と多国籍軍は南側のウクィーナ国境とその付近に残っていたガンバレン国軍前線基地、北部に残っていた最後の軍事拠点を制圧していた。
ほとんどがもぬけの殻で、途方にくれたような兵士達しかおらず、拍子抜けするような状況だったそうだ。
真理達が首都に入った翌日、巨大な兵力を率いて多国籍軍とドルトン軍、そして僅かに残っていたガンバレン国の民主主義勢力が首都へ侵攻する。
ガンバレン国軍は、占拠していた国防省と大統領宮殿に兵力を集め、多国籍軍にミサイルを放ったが、飛翔経路を完全に多国籍軍に抑えられ、迎撃されてしまい攻撃は失敗に終わった。結局、それが最後の抵抗となった。
それまでの軍のやり方に我慢を強いられていたガンバレン国民達も、流れが変わったことが分かったのだろう。
多国籍軍達と一緒に市中に集まり、軍が立て籠もっているところに押し寄せていく。
真理はランディ達と一緒に、民衆の波の中に飛び込んで、写真を撮り続けた。
自分達の国が、自分達の国の人間のせいで荒廃していったことへの民衆の怒りや悲しみを切り取っていく。
ほどなくガンバレン国軍兵士達は戦う意欲がなく投降をし始め、多国籍軍とドルトン軍は民衆達と一緒に大統領宮殿を戦闘を行わず制圧した。
大統領宮殿で多くの市民達が、軍の紋章が入った旗を燃やして民主主義を叫ぶ姿が世界中に実況生中継された。
この日ガンバレン国軍上層部はウクィーナ共和国国境に僅かに残っていた軍を撤退させ、正式に停戦を国連へ申し入れた。
地上戦がはじまって150時間、首都決戦は免れたが、ガンバレン国の事実上の敗戦が決まったのだった。
「結局、あの国防相は心臓麻痺か脳梗塞あたりで急死してたっていうんだから、驚きだ。なんのために、ウクィーナに侵攻して、戦争になったのか、止める人間がいなかったのが、本当に腹立たしいな」
ランディは撮った動画をチェックしながら言った。
多国籍軍の広報官の会見を見た真理は頷いた。
「本当に。何も得ることなく、たくさんの命が犠牲になった・・・どうしてサイレン将軍が亡くなった時点で、隠さず停戦しなかったのか理解に苦しむわ。息子のイダントはナンバー2のサッシブ大佐のいいなりだったらしいし」
真理は嘆息する。これほどまでに訳の分からない戦争は聞いたことがない。死んだ人達が救われなさ過ぎると感じた。
「しかもサイレン将軍の遺体を保管してたんだろ、考えることが不気味だ」
ランディが言えば、ティナも頷く。
「息子のイダントは停戦合意と、国の立て直しができますかね?元々が傀儡扱いで、政治に疎いとの評判です。それに、大佐のサッシブが自分の部隊を連れて逃走してるのが気になりますね。多国籍軍の特殊部隊が追ってますが、まだ見つかってないし」
敗戦が決まったとしても、この後のガンバレン国がどうなるのか・・・統べる者がいず、無法地帯になれば、それこそこの国に未来はない。
真理も重苦しい顔でティナに同意した。
「敗戦処理はウクィーナへの賠償や軍縮もある。多国籍軍の常駐もどうするのか、など考えること、決めることも多いから・・・せめて、クーデーターの時に辛うじて亡命した王太子と当時の大統領が戻って来れば良いのだけど・・・サッシブを恐れているだろうから、サッシブが捕まらないと戻って来なさそうよね」
真理は撮影した写真を見返しながら、ため息を吐いた。
こういう話の中に、そこで生きる国民をどう導き幸せに暮らせるように、日常を取り戻せるようにするのかは一切出てこない。
いつだって、一般市民が犠牲を強いられる。
まだまだ先の見えない混乱、混迷を極めるガンバレン国の敗戦に、真理は暗澹とした思いで、これからの取材をどうするか考える。
「ランディはこの後、どうするの?」
「ああん?そうだなー、お前の鬼のおじ様は、来週から今回の戦争コラムをデイリー・タイムズの記事と動画で両方やるから首都を撮ったら帰ってこい、って言ってるからなぁ」
俺としてはもうちょい、ウクィーナの奪還したあたりも撮りたいんだが、と考えあぐねるような顔をする。
「そうなのね、おじ様らしいリクエストだけど、私はどうしようかな」
アレックスはまだ首都にいて、多国籍軍と停戦処理を行うだろう。少しでも近くに居たいから、まだドルトンに帰る気にはなれない。
だが、ガンバレン国はだいたい撮り終わっているから、ここにとどまっていてもあまり意味がない。
ふと、ウクィーナ国とガンバレン国との国境付近に、まだ取材をしていない難民キャンプがあることを思い出す。
そのキャンプはガンバレン国の難民が多数流れてきていて、ウクィーナ国の難民と一緒に協力し合いながら生活をしていると聞いた。
襲った国と襲われた国の民が共同で暮らしている様を撮りたい、と思う。
行き先は決まった。
アレックスがドルトンに戻る時が決まるまで、同じ空の下にいたい。
自分がこんな風に思う日が来るなんて、なんて感傷的で乙女のような感情なんだろう。
真理は自分の気持ちに面映さを感じる。
そして、少しでも彼も戦ったこの戦争の真実に近づきたい、青い空を見上げながら、何度も思ったことを、また思うのだった。
この2日間でドルトン軍と多国籍軍は南側のウクィーナ国境とその付近に残っていたガンバレン国軍前線基地、北部に残っていた最後の軍事拠点を制圧していた。
ほとんどがもぬけの殻で、途方にくれたような兵士達しかおらず、拍子抜けするような状況だったそうだ。
真理達が首都に入った翌日、巨大な兵力を率いて多国籍軍とドルトン軍、そして僅かに残っていたガンバレン国の民主主義勢力が首都へ侵攻する。
ガンバレン国軍は、占拠していた国防省と大統領宮殿に兵力を集め、多国籍軍にミサイルを放ったが、飛翔経路を完全に多国籍軍に抑えられ、迎撃されてしまい攻撃は失敗に終わった。結局、それが最後の抵抗となった。
それまでの軍のやり方に我慢を強いられていたガンバレン国民達も、流れが変わったことが分かったのだろう。
多国籍軍達と一緒に市中に集まり、軍が立て籠もっているところに押し寄せていく。
真理はランディ達と一緒に、民衆の波の中に飛び込んで、写真を撮り続けた。
自分達の国が、自分達の国の人間のせいで荒廃していったことへの民衆の怒りや悲しみを切り取っていく。
ほどなくガンバレン国軍兵士達は戦う意欲がなく投降をし始め、多国籍軍とドルトン軍は民衆達と一緒に大統領宮殿を戦闘を行わず制圧した。
大統領宮殿で多くの市民達が、軍の紋章が入った旗を燃やして民主主義を叫ぶ姿が世界中に実況生中継された。
この日ガンバレン国軍上層部はウクィーナ共和国国境に僅かに残っていた軍を撤退させ、正式に停戦を国連へ申し入れた。
地上戦がはじまって150時間、首都決戦は免れたが、ガンバレン国の事実上の敗戦が決まったのだった。
「結局、あの国防相は心臓麻痺か脳梗塞あたりで急死してたっていうんだから、驚きだ。なんのために、ウクィーナに侵攻して、戦争になったのか、止める人間がいなかったのが、本当に腹立たしいな」
ランディは撮った動画をチェックしながら言った。
多国籍軍の広報官の会見を見た真理は頷いた。
「本当に。何も得ることなく、たくさんの命が犠牲になった・・・どうしてサイレン将軍が亡くなった時点で、隠さず停戦しなかったのか理解に苦しむわ。息子のイダントはナンバー2のサッシブ大佐のいいなりだったらしいし」
真理は嘆息する。これほどまでに訳の分からない戦争は聞いたことがない。死んだ人達が救われなさ過ぎると感じた。
「しかもサイレン将軍の遺体を保管してたんだろ、考えることが不気味だ」
ランディが言えば、ティナも頷く。
「息子のイダントは停戦合意と、国の立て直しができますかね?元々が傀儡扱いで、政治に疎いとの評判です。それに、大佐のサッシブが自分の部隊を連れて逃走してるのが気になりますね。多国籍軍の特殊部隊が追ってますが、まだ見つかってないし」
敗戦が決まったとしても、この後のガンバレン国がどうなるのか・・・統べる者がいず、無法地帯になれば、それこそこの国に未来はない。
真理も重苦しい顔でティナに同意した。
「敗戦処理はウクィーナへの賠償や軍縮もある。多国籍軍の常駐もどうするのか、など考えること、決めることも多いから・・・せめて、クーデーターの時に辛うじて亡命した王太子と当時の大統領が戻って来れば良いのだけど・・・サッシブを恐れているだろうから、サッシブが捕まらないと戻って来なさそうよね」
真理は撮影した写真を見返しながら、ため息を吐いた。
こういう話の中に、そこで生きる国民をどう導き幸せに暮らせるように、日常を取り戻せるようにするのかは一切出てこない。
いつだって、一般市民が犠牲を強いられる。
まだまだ先の見えない混乱、混迷を極めるガンバレン国の敗戦に、真理は暗澹とした思いで、これからの取材をどうするか考える。
「ランディはこの後、どうするの?」
「ああん?そうだなー、お前の鬼のおじ様は、来週から今回の戦争コラムをデイリー・タイムズの記事と動画で両方やるから首都を撮ったら帰ってこい、って言ってるからなぁ」
俺としてはもうちょい、ウクィーナの奪還したあたりも撮りたいんだが、と考えあぐねるような顔をする。
「そうなのね、おじ様らしいリクエストだけど、私はどうしようかな」
アレックスはまだ首都にいて、多国籍軍と停戦処理を行うだろう。少しでも近くに居たいから、まだドルトンに帰る気にはなれない。
だが、ガンバレン国はだいたい撮り終わっているから、ここにとどまっていてもあまり意味がない。
ふと、ウクィーナ国とガンバレン国との国境付近に、まだ取材をしていない難民キャンプがあることを思い出す。
そのキャンプはガンバレン国の難民が多数流れてきていて、ウクィーナ国の難民と一緒に協力し合いながら生活をしていると聞いた。
襲った国と襲われた国の民が共同で暮らしている様を撮りたい、と思う。
行き先は決まった。
アレックスがドルトンに戻る時が決まるまで、同じ空の下にいたい。
自分がこんな風に思う日が来るなんて、なんて感傷的で乙女のような感情なんだろう。
真理は自分の気持ちに面映さを感じる。
そして、少しでも彼も戦ったこの戦争の真実に近づきたい、青い空を見上げながら、何度も思ったことを、また思うのだった。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。
「ケガをした!」
ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。
──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!?
しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……?
大人っぽいけれど、
乙女チックなものに憧れる
杉原亜由美。
無愛想だけれど、
端正な顔立ちで優しい
鷹條千智。
少女漫画に憧れる亜由美の
大人の恋とは……
※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる