恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第8章 王子の宣言と変化

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その日、グレート・ドルトン王国一のテレビ局、GDBC ONEはピリついていた。

看板テレビ番組「ビクトル・ファーセンのトークショー」にアレックスがゲストとして出るからだ。

「しっかし、テレビ局にとっちゃ、いい迷惑っすよね、王子の事情説明に使われるなんて。ピリつきっすよ」

局内の緊張感をクロードは、ケラケラ笑いながら揶揄すると、アレックスはふんっという鼻息だけで無視した。

色々考えたが、この番組でザ・ワールドの記事を説明するのが一番手っ取り早いと思ったのだ。

記者に邪魔されず、横槍入れられず言いたいことを言うだけ。そして、それが国民に理解されれば良いのだ。
そう考えると、会見や囲み取材に答えるよりは、この番組がうってつけな気がした。

最初はテッドもクロードもドン引きしたが、よくよく考えると、まぁ悪くないのだと思ったのだろう。賛成してくれた。

なにしろこの番組はこの国で一番人気のあるトーク番組だ。
夜の9時からで老若男女問わず、観られていて、良し悪しは別として影響力もある。

しかも、ホストのビクトル・ファーセンは名司会者だ。ゲスト から話しを引き出すのも、聞くのも巧い。
こちらの目的を伝えたところ、適切に対処するとの回答をもらった。
事前打ち合わせもスムーズに進み、アレックスは彼を信頼することができたのだ。

これなら、彼のステージで思うように彼女のことを話せると確信した。


 
スポットライトが点灯し、カメラが回る。
オープニングの音楽が流れると、ビクトル・ファーセンが軽快に喋り出す。

「やぁ、紳士淑女のみなさん、こんばんは!!
今日のゲストにみんな驚くよ!なんと!我がグレート・ドルトン王国の軍神の降臨だ!さぁ、王子!どうぞ!!」

観客を入れてるので、そこから沸き立つような拍手と同時に颯爽とアレックスが登場する。
国民に見せる輝くような笑顔を振りまき、観客席に手を振ると、ビクトルとがっちり握手をする。
促されてソファーに座った。

モニター越しに見ていたクロードが呟く。

「無駄にキラキラし過ぎっすね」

テッドは無言だ。

王族がこのトークショーに出るのは初めてだの、アレックスはドルトン一の色男だの、最近のアレックスの公務や軍務の話などの前振りがビクトルからあって、場が温まったところで、本題に入った。

「今日は、クリスティアン殿下は話題のザ・ワールドについて話しに来てくれたんだろう」

ビクトルはいかにも親しげな口調で話して、相手が喋りやすい雰囲気を作る。そして、ざっくばらんにあれこれ言うのだ。
時に毒舌だったり胸を打つ感銘深い言葉だったりだが、これがこのトークショーの人気だ。

アレックスは、にこやかに微笑むと、ああ、と答えた。

「かなりメディアを賑わせてしまっているので、きちんと説明したいと思って」

ほうほうとビクトルは頷くと、ズバリと切り込んだ。

「私邸に女性を囲っているって記事だね。あれは本当なの?」

囲う、と言う言葉に観客がざわついた。
アレックスはあからさまに眉間に皺を寄せるとふぅっとため息を吐いてみせた。

「わざとらしいっすよ」

クロードがまた突っ込む。このやりとりは台本通りだ。

「何をもって愛人と言うのか甚だ疑問だね。私は結婚していない」

そこで一息区切ると今度は優しい笑みを浮かべた。観客席からほぉとため息が出る。

ビクトルは苦笑し、質問を続けた。

「愛人でなければ?」

「私の最愛の女性《ひと》。・・・恋人だ」

アレックスの恋人宣言に、会場が大袈裟なほどどよめいた。

「これは驚いた!恋多き第二王子にとうとう本命登場かい!?」

「ああ」

派手なビクトルのリアクションをさらりと流すと王子は続ける。

「やっと、片思いが相手に通じたところでね。私邸には、逢う時間が惜しいから、なるべく来てもらっているんだ。もちろん、お泊りデートもする。付き合い始めの恋人同士なら当たり前だろ」 

にこやかに笑顔を浮かべつつ、肩を大げさに竦めて言う王子にビクトルが喜ぶ。

「これは参った!クリスティアン殿下が片思いしてたのかい?王子だったら、すぐに恋仲になりそうだが?どんな女性か聞かせてほしい」

ビクトルの振りに王子は真顔になる。
途端に脳裏に真理の柔らかい微笑みが過った。

「まず最初に言っておきたいのは、ザ・ワールドでは、彼女は下流階級だと書かれ、王室に相応しくないと報道されたが、これは断じて間違っている」

「ほうほう、どんな風にだい」

「民間人だが、彼女には敢えて言うなら我が国の階級差は当てはまらない。そういうものに縛られず自由な人だ。性格は・・・そうだな、とても思慮深く、優しく、芯が強く・・・そして包容力のある慈愛に溢れた女性だ」

クロードが呆れたようにまた呟いた。

「こりゃ、すごい惚気がはじまったっすね」
「まあ、アメリア様なら仕方ない」

それまで沈黙していたテッドが、そう答えたことでクロードが驚いた顔をした。

「まじっすかっ!?」

ビクトルのニヤニヤ笑いを、まだ真顔で見返しながら王子は続ける。

「そして、勇敢でタフで、自分の足でしっかりと立つことができるんだ」

「おいおい、殿下!それじゃあ、貴方の出番はないじゃないか!?」

揶揄するように言ったビクトルに、アレックスは「そうなんだよ」と答えて、さすがの名司会者も驚いたように声を失った。

「彼女は男としての俺に必要性を感じない。王子なんて、もっと不必要さ。はっきり言えば目障りか邪魔だろう。だから自分の気持ちを信じてもらうのに時間がかかった。・・・しかも君も知っての通り、俺の過去は自慢できない」

遊ばれてると思われていたことは、さすがに言えなかった。

「確かに」

「そして、王子の肩書きは彼女になんの意味もない」

——あなたの側にいたいの——

まだ好きとは言ってもらえてない、でも彼女の精一杯の言葉が嬉しかった、あの瞬間。

——アレク、大丈夫——

恐怖に震える自分の魂を抱きしめてくれる。

彼女に塹壕で見つけてもらえた奇跡になんども神に感謝した・・・。

「ビクトル、彼女に恋に落ちた理由はたくさんあるけど、その中でも稀有なのは2つある。
1つは、ただの男として見てくれたこと。王子の自分ではないんだ。そして2つ目は・・・彼女が私を護ってくれることなんだ」

「貴方が守るのではなく、貴方を守ってくれる・・・」

そうだ、とアレックスがはにかみながら答えると、観客席の女性陣がうっとりとした。

「誰も彼もが王子に守って欲しいと思う中で、彼女だけは違った。いつでも私を守ろうとしてくれる。そんな彼女に私が夢中になるのは当たり前だろう。でも、彼女にはそんな理由で自分が惚れられるなんて、ピンとこなかった。」

ビクトルが、どうして?と問う。

アレックスは微苦笑を浮かべると
「自立した女性だから、自分が相手を守りこそすれ、男に守ってもらうなんて発想がないんだ。必要もなかったんだよ。全て自分でやって来れた。
しかもこの時代、王子なんて不良物件さ。彼女からすれば、自分なんて傍迷惑な存在でしかない。王子が彼女の生き方を邪魔するって、警戒もされまくりさ」

そこまで言うと、ビクトルは同情めいた顔をした。
その顔にさらに苦笑すると王子は続けた。

「距離を詰めるのにも、警戒を解くのにも凄い苦労した。でも、やっと・・・」

「思いが通じたと」

その一言に、アレックスは思わず柔らかい微笑を零した。

「そう。一度は振られかかったけど、今は側にいたいと言ってくれてる」

「貴方が振られた!?」

ビクトルも観客もそれこそスタジオにいるスタッフ達でさえも、その一言にざわついた。

クロードは自分が言った一言が、かなり王子に打撃を与えていたのだとわかって、ひゃっひゃっと笑う。

「そう、捨てられかけた。でも今は違うよ、もちろん。傍迷惑な王子であることも、世間からは理解されにくい軍人であることも、彼女は俺のアイディンティティーであり誇りであるからと、受け入れてくれてるんだ。そして過去の派手な女性関係すらも、今の私を信じることで許してくれている」

ビクトルが参った、と言うように両手を大げさに挙げた。

「いやいや殿下、恐れ入った。素晴らしい女性と出逢えたんだね。不躾ながら、貴方の本気が分かったよ。とてつもなく愛してるんだ。他に言いたいことはあるかい」

「ああ、ザ・ワールドの記事でもう1つ訂正しておく。学歴のことだ」

「そういえば、学歴がなくて教養が無い、王族には不適格とあるね?」

記事を見ながらビクトルが言うと、王子は嫌悪感を露わに続けた。

「当たり前だが、学歴がないことと教養がないことは、意味が違う。ビクトル、君は何ヶ国語が喋れる?」

いきなり王子に振られた質問に、当惑したように「僕は2ヶ国語かな」と答えた。
それに王子は「私は辛うじて三ヶ国語なんだ。でも・・・」と一呼吸おいた。

初めてそれを聞いたときは驚いたのだ。

「彼女は通訳レベルで4ヶ国語、日常会話レベルで3ヶ国語、合計7ヶ国語が話せる。たどたどしいけど会話が成立するのをいれると10ヶ国語は超えるらしい」

おおっとどよめきとともに「まじっすかっ!?」とクロードの声もマイクが拾ったのは言うまでもない。

「ついでに言うと学者並みに世界情勢にもとても詳しい。父親の仕事の都合で幼い時から世界を渡り歩いていたからね。この国の学校には在籍していないから、学歴がドルトンで確認出来ないのは当たり前なんだ」

その言葉に、ふうっとビクトルが吐息を漏らした。

「いやいやクリスティアン殿下、聞けば聞くほど規格外のスゴイ女性だね」

「だろう」

またとない笑顔でアレックスは肯定すると、ビクトルがズバリと問うた。

「彼女は未来のプリンセスか?」

これは敢えて打ち合わせには入れなかったが、当然聞かれるだろうと誰もが想定していた。

アレックスがなんと答えるのか、クロードもテッドも確認しなかった。まぁ好きにしろと思っていたのだ。
だいたい、こんな大袈裟なことを仕組んだのだから、答えは決まっている。

「もちろん、と自分は思ってる。でも、まだ想いが通じあったばかりだから、今は急ぎたくない。でないと、慎重で思慮深い彼女に、王子なんてごめんだ!ってまた逃げられてしまうからね。
だから、みんなにお願いするよ。どうか、恋に落ちた哀れな王子の行く末を、温かく騒がず見守って欲しい」

芝居掛かったジェスチャーを交えて話すアレックスにビクトルは大爆笑だ。

「いやぁ、クリスティアン殿下、今日は当番組始まって以来の神回だよ。まさか、王子のしかも華々しい女性遍歴をお持ちの第二王子の恋人宣言が聞けるなんてね。感激だ!我々は貴方の恋が上手くいくよう、静かに応援するのを誓うよ。頑張ってくれ!」

立ち上がりながら、手を差し伸べて握手を求める。
番組の終了時刻だ。

アレックスは超ご機嫌な顔をすると、自分も立ち上がりビクトルの手を握った。

「感謝する、ビクトル。想いを国民に伝えることが出来て、自分も有意義な時間だった。ありがとう」

ビクトルは名司会者だ。自分の番組のためなら、少々強引なこともする。彼は打ち合わせにないお願いを最後にねじ込んだ。

「殿下、次回はぜひ彼女と一緒に来て欲しいな」

その言葉にアレックスがニヤリとした。

「ああ、ぜひ。彼女のお披露目はこの番組ですることを約束するよ」

こうして国営放送を使った王子の惚気番組は、ドルトン中を騒然とさせて、ついでに最高視聴率を叩き出して終わった。
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