恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
51 / 130
第6章 束の間の熱

3

しおりを挟む
「・・・・・どう・・・して・・・?」

頭が混乱して、うまく言葉が出てこない。
今、そこにいるのが信じられなくて、真理の足は竦んだ。

最後に会ったあの夜と同じ、鮮やかな赤毛にシャープな横顔。くるっとした癖っ毛が耳に流れてる。そして、感情を良く顕にする琥珀色の大きな眼。
何度もその瞳に甘く見つめられた、愛しい記憶。

自分をいつも大切に抱きしめてくれる、しなやかなで力強い美丈夫。

忘れようと、生々しい感情が穏やかな思い出になるように願って願って、でも忘れられなくて苦しんだこの3週間。

こんなにも好きになっていたんだと気づいて・・・ダメだと思っても恋い焦がれてしまう・・・

その男《ひと》が・・・アレックスがそこにいた。

呼吸が止まっても後悔しないほど、こんなに苦しくても会いたかったんだと、真理は彼を見た瞬間に気づいて身体がガタガタと震えだす。

それまで、タブレットに視線を落としていたその人は、彼女の気配に気がつくと顔を上げた。

 そして、真理の姿を認めると、一瞬泣き笑いのようにぐしゃりと顔を歪める。
地面に置いてあるバックパックにタブレットを放り投げて、立ち竦んだままの真理に走り寄り、その胸に搔き抱いた。

「ああ、真理・・・、真理っ!!やっと・・・やっと・・・」

会えた・・・その言葉は真理の耳元で切なげに囁かれて。
真理は今何が起こっているのか分からず、それでも、手は彼のTシャツの裾を握りしめた。

「どうして・・・どうしてなの・・・?」

頼りなく呟くと、自分を抱きしめる腕にいっそう力がこもる。
押し当てられた胸からは、どくどくと早い拍動が聴こえてきた。

彼の腕が拘束するように、きつく自分を抱きしめて、大きな掌が存在を確かめるように背中を這う。

昂ぶる感情のままに、頭の上に彼の吐息が降ってきて、何度もキスを落とされるのを感じて、真理の眦から涙が零れ落ちた。

溢れる訳のわからない感情に押し出されるように次々に嗚咽が漏れてくる。

「どっ・・・どう・・・しっ・・・てっ!ふっ・・・ぅぅっ・・・」

彼の胸に顔を押しあてて、その体温を感じると、もうダメで堰を切ったように嗚咽と涙が溢れでた。

震える身体を宥めるように彼の手が撫でてくれ、何度も何度も頭や耳、頬にキスの雨が降る。

「ごめん・・・ごめん・・・君に辛い思いをたくさんさせて・・・俺の世界にむりやり真理を引き込んだのに・・・ちゃんと守れなくて・・・すまない・・・」

切羽詰まったようなアレックスの声に、真理は首を左右に振った。

違う・・・自分が彼の気持ちに甘えて逃げたのに、どこまでも優しい王子様の言葉に胸が苦しくなる。
 
顔が近づいてきて思わず目を閉じると瞼にキスされ、彼の吐息で睫毛が震える。
鼻を擦りあわされて、目尻の涙を唇で拭われると、やっと真理の動転した気持ちも落ち着いてきた。

目を開けて見上げれば、本当に彼がいて。

「もっと話せば良かったって後悔したんだ・・・君に夢中で、だからこそ俺のことをちゃんと話してなかった・・・君に嫌がられるんじゃないかと思って・・・怖かった。すまなかった」

「私も・・・ごめんなさい・・・」
 被りを振りながら答えると、アレックスが答える。

「今からだって大丈夫だろ?これから全部お互いにちゃんと話していこう」

言われて頷く前に、やっと唇に優しいキスをされて、それに応えようとしたところで・・・。

「あーーーー!!チューしてるよ!!ママ!!」

通りすがりの男の子が2人に横槍を入れた。
真理たちを指差して母親に一生懸命話しかけるが、母親はバツが悪そうに、ぐいぐい子供を引っ張っている。

こんなシチュエーションは世界共通なのか、日本語が分からないのに、何を言われたのか分かったように、アレックスがくつくつと可笑しそうに笑った。

そしてとても甘やかな声で真理にねだった。

「宿なしのバックパッカーを泊めてもらえませんか」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

処理中です...