恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第6章 束の間の熱

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昼下がりのデイリー・タイムズは1日の中で一番ピリピリしている。
夕刊の入稿時間が迫っているからだ。

ロナルドは午前中に飛び込んできた保守党議員の贈収賄での逮捕の一報を受けて、これを夕刊にねじ込むために、ぎりぎりしていた。

原稿の最終チェックをしてると、デスクの電話が鳴る。こういう時は取らない。
本当に用事がある人間は、この時間帯、デスクに直接来るからだ。

それから数分後、ロナルドの集中力がマックスの時に、バタバタと大きな足音で走って入ってくる人間が居た。

「ロナルド!!大変だ!!」

その声に、チッ!と舌打ちをし言い返す。

「大変なのはこっちだ!時間がない、無駄話は後にしてください!!」

だが、社長のダーツ・フォードも引かなかった。青い顔して叫んだのだ。

「君に!!クリスティアン殿下が面会に来てる!!頼むからから来てくれ!!」

その悲鳴のような叫びに、それまで恐ろしいほど騒ついていたフロアーは、一瞬、シンと静まり返った。



結局、ロナルドは社長の悲壮な願いを無視した。
夕刊の入稿を飛ばすなんて許されないからだ。
そのかわり、1時間ほどで終わるから、待てるなら、どこかで待たせとけ、と指示したのだ。

「やんごとなきお方」からの返事は承知した、だった。

今、ロナルドは原稿の入稿を終え、明日の朝刊の準備までの、一番リラックスできるはずのこの時間に、ランチも諦め、応接室でアレックスに向かい合っていた。

2人の側近と1人の護衛という、王子にしては少ない人数で来ていたが、ロナルドが部屋に入ると王子は人払いをした。

「クリスティアン殿下、初めまして。一介の新聞記者である自分に何の御用でしょうか」
 
どうせ姪絡みなのはわかってる。
ケッ!という不敬な気持ち満載で、ロナルドは初対面なのにもかかわらず喧嘩腰に尋ねた。

アレックスは両手を膝の上で組んで、眼を伏しがちにしている。
言い出しにくいのか、なかなか、口を開かない。

ロナルドは意地悪く「特にないなら、これで」と言って腰を上げようとした。

「待ってくれ!真理のっ!・・・あなたの姪の・・・アメリア・真理・ジョーンズ嬢の日本の居場所を・・・教えてほしい・・・彼女は一週間前に日本に行ってしまったんだ・・・さすがに外務省には問い合わせができなくて・・・」

ロナルドはソファーに座りなおすとアレックスを見つめた。

はぁん、そういうことか、とロナルドはひとりごちた。
恐らく、姪を傷つける何かが起きたのだろう。
あの娘は自分が行き詰まった時、いつでも日本に帰る。逃げ足は早いのだ。

いつも自信たっぷりで不遜で陽気な笑顔を見せる第二王子の姿はそこにはない。

ただ打ちひしがれたような、弱り切った男がいるだけだ。

「殿下、教えたくないです」

はねつけると、アレックスはパッと顔を上げてロナルドを見た。

情けない王子の顔に、苦虫を噛み潰したような顔で睨むと「当たり前でしょう」と言った。

「アメリアは貴女が普段相手にする女性とは違う。あの娘はやめてくれ」

そういうとアレックスがはじめてまともな言葉を喋った。

顔を上げて、真っ直ぐにロナルドを見る。

「遊びじゃない・・・遊びじゃないんだ!!
俺は・・・真理を・・・彼女を愛してる」

王子の告白にロナルドはふぅとため息を吐いた。
悪いが前科が酷過ぎて信じられない。

「クリスティアン殿下、私は姪の父親代わりでもある。アメリアにはごく普通の男と恋愛をして、幸せな結婚をして、穏やかな人生を歩んでもらいたい。貴女とでは幸せになれない、と俺は思ってる。そもそも貴方は女遊びが派手なお方だ。そんな男が愛してるという気持ちで、真理を守れるとは信じられない」

それに、とロナルドは続けた。
この際だから、言いたいことは全部言ってしまえ、だ。

「あの娘はとてもモテるんだ。本人は鈍感で気づいてないがね。俺はジャーナリストとの結婚も許したくないから、群れるオトコは俺が勝手に追っ払ってる。それくらい、アメリアの相手には、彼女の生き方を尊重して自由にさせてくれる包容力がある奴が理想だ」

アレックスは何かに耐えるように、歯を食いしばりながらロナルドの言葉を聞いているように見える。

「あなただと、アメリアは自由に動けないどころか、彼女の望む生き方を、潰してしまう。俺はそんなことはさせたくない。四六時中、プライベートを晒されて、好奇の視線を浴びるだろう。あの子はずっと自由に飛べる子だ。それにアメリアは真っ直ぐ過ぎて純粋な娘だから、貴方のいる世界ではあの娘が壊される、だから絶対に許せない」

そこまで言い切って、ロナルドはアレックスを見た。

王子は相変わらず、暗い表情のままだ。 

「あんたではアメリアを幸せにできない。不幸にするだけだ。アメリアじゃなくて良いはずだ。殿下の周りには、たくさんの女性が選り取りみどりだ。第二王子の妃として飾れる女には困らない。あなたは彼女が、ハロルドで報道カメラマンで、戦地に行く女だから、珍しくて惚れた気になってるだけだ。勘違いしてるだけだよ。ご自分に見合った女を選んでくれ」

不敬罪に問われようが、構わない。
言いたい放題だが、やっとずっともやもやしてたものがおさまった気がした。

さあ、王子、あんたはなにを言う?
俺が納得できることを言えるか?

ロナルドはアレックスが口を開くのを待った。
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