恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第5章 それぞれの想い

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可愛らしい女性・・・いいえ、まだ女の子かな、と真理はエステル・アビー・ガストインを見つめながら、ボンヤリと思った。

自分とはなにもかも違う。

昨夜の今朝で、いきなり自宅にソーディング侯爵家の使者が現れた時には驚いた。
行動が早いことも、自宅を知られていることもさることながら、なによりも使者を普通に寄越すという習慣があることにびっくりしたのだ。

ごく普通の家庭で育った真理には思いもよらないことだ。

指示し、傅かれることが当たり前なのが貴族なのかもしれない。

テーブルに紅茶が置かれ、メイドが部屋を出るとエステルが口を開いた。

「急にお呼びだてして、ごめんなさい。あと、昨夜の私の態度も悪かったから、一応謝るわ」

ちょっと気まずそうな顔をしていて、昨夜のツンとした感じとは違う。
その言い方も、素直で微笑ましい。

真理はいいえ、と頭を左右に振った。
驚きはしたが、王子が絡めばこんな事は起きるだろうとは想定していたからだ。

「私とクリスティアン殿下のことをお知りになりたいんですよね」

真理のその言葉にエステルは、不愉快そうに顔を顰めたが、取り繕うことでもないと考えたのだろう、話しをはじめた。

「私は6歳の時にクリス様とお会いして、それからずっとお慕いしてるの。クリス様も私のお気持ちは分かってくださってるわ」

ソーディング侯爵家は、グレート・ドルトン王国では最上位爵位だ。王室との繋がりも強い。
過去に行われた貴族の税制度の改革を事業拡大で乗り切り、保有資産もトップクラス。
歴史も古く、本当の貴族である事は、この国の民であれば誰でも知っている。


そんな侯爵家で育った令嬢なら、歳が近ければ王子と一緒に過ごすことも多いだろうことは、想像にかたくないが、令嬢の想いを聞いたところで自分は「そうですか・・・」としか答えられない。

エステルの話は続く。

「誰もがクリス様と私はお似合いだって言ってくださって、口約束だけど婚約をしてる。だから私は、クリス様は私を妃に迎えてくださるのだと、ずっと信じてるの」

浮世離れした話しのような気がして、真理は少し意地悪な質問をしたくなった。

「クリスティアン殿下は女性遍歴が派手でいらっしゃいますが・・・」

言ってみて、途端自分に嫌悪が込み上げた。
なにを言ってるのか。こんな穢れを知らない少女のようなお方に。

エステルはそこでキッと強い眼をした。

「だって、それは遊びですもの。殿方は御結婚まで遊ぶものと知ってるわ。それに・・・」
そこで彼女はぽっと頬を赤らめた。

「クリス様は私を大切にしてくださるから、そういう事は、婚姻まではされないの」

そういう事をされると大切にされてない、と考えることが正しいのか、真理は目の前で男女の営みを恥ずかしがる、自分とはさほど歳の変わらないエステルに驚いてしまう。

じゃあ、自分は大切にされていないのだろうか、、、欲しいと乞われて、自分も欲しがって・・・それは遊びなのだろうか。

ーーー大切な女性《ひと》だーーー
---好きだ、真理---

自分への好意を隠しもせず、いつも直球で気持ちをぶつけてくれるアレックス。
それを遊びと思うことなど、出来ないのに・・・!

「エステル様は私に何を仰りたいのでしょうか」

声が震えないよう、エステルに問う。
彼女が自分とアレックスの仲を終わらせたいのは分かるが、ここに呼んでまで何を言いたいのだろうか。

彼女は自信に満ちた顔で真理を見た。

「私はずっとお妃教育を受けてきました。いつでもクリス様と一緒に、国王陛下や王太子殿下、そしてこの国の民を支えることができるように。覚悟をもって、クリス様と共にあることを望んできました」

そこでフッと息を吐く。

「クリス様は私を必ず妃として選んでくださると信じているわ。ただ・・・この数ヶ月、女性とのお付き合いが無いと思ったら、私へも何も連絡がなくなって・・・今までは私邸に招かれた女性はいらっしゃらなかったのに、突然、貴女が出ていらして・・・私だって私邸にはお誘い頂いたことがないのに・・・」

そこまで言って、急にエステルがくしゃりと顔を歪めた。
声が涙声になり、その瞳はみるみる潤み始める。

何も答えられない真理に向かって、令嬢は心の内を吐き出した。

「だから、貴女に勘違いして欲しくないの。クリス様はこの国を護る方であると同時に私の夫となるお方。貴女は今までの方と同じ遊び相手だと弁えて頂きたいわ。他の方よりちょっと多く情をかけていただいたからって、自惚れないでほしいの。もう充分でしょ。クリス様から離れてちょうだい」

---私はクリス様を愛しているの、6歳の初恋からずっと今も---

真理は、エステルの鮮やかな恋心を呆然と聞いていた。





ソーディング侯爵家を辞して、真理は混乱していた。

あんなに頬を染め第二王子への恋心を綴るエステルに、今の自分が何を言うことができたろうか。

自分は遊ばれても良い、そう思って始めた。
ひとときの夢の中のことだと。

ただ婚約者が存在するなら、話しは変わる。
アレックスがどうであれ、結婚を約束した女性がいるなら、その方を傷つけるわけにはいかない。

それに、エステルの話しを聞いて、決定的に自分に欠落していたものに気づいてしまった。

アレックスと一緒にいる「覚悟」だ。

彼と一緒にいることで、自分はカメラマンとしての活動の制限やメディアに晒されることばかり、怯えていた。
ネガティブな感情が先立っていた関係だ。
彼の立場に責任を転嫁し、自分の事しか考えていなかったのではないか。

それが、どう?

私は彼が好きなんだろうか・・・。
王子様がくれる甘いひとときの夢に溺れていただけなんじゃないか・・・。

そして、アレックスの立場を慮ることすらせず、ただ彼に甘えていたのではないか。

これでは対等とは言えない。
恋愛は対等であるべきだ。

真理は自嘲気味に顔を歪めた。

エステルがわざわざ自分を呼びつけたのは、身分の格差とアレックスの隣に立つ覚悟を自分に誇示するためだ。

自分のことなど省みず、王子のそばにいることがどういうことなのかを、彼女は自分のプライドとして真理に見せつけた。

アレックスに・・・グレート・ドルトン王国の第二王子にどちらが相応しいかなんて歴然だ。

こんな考えの自分では所詮、遊び相手だと思われたって仕方がない。

これまで王子の周囲にいなかった毛色の変わった女だから、物珍しくて執着されているだけ。

熱が引けば、王子のその想いも褪せるだろう。
ひとときのの遊びなのだから。

私はあんな風に恋する気持ちを語ることはできない・・・。

そこまで考えて、真理はポツリと涙を零した。
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