恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
上 下
45 / 130
第5章 それぞれの想い

7

しおりを挟む
2人のそんな良い雰囲気は、1人の女性の声で破られた。

「アレックス殿下、ご挨拶させてくださいませ」

涼やかな声がして振り向くと、美しい女性が立っていて、その後ろにヘンドリックが、またニヤニヤしながら立っている。

真理は、どこかで見たことがある麗しい女性に誰だったかと記憶を探るが、アレックスの方が早かった。

立ち上がり、差し出された女性の手を軽く握っている。

「これはこれは、ミス・バーナード。ご無沙汰しております」

なるほど、名前を聞いて思いだす。
この数年テレビドラマの主役で引っ張りだこの人気女優、セリーナ・バーナードだ。

豊満な身体を強調するようなマーメイドラインのドレスに身を包んでいて、胸はかなりダイナマイトな感じだと真理はそこを見つめてしまう。

大物女優のオーラが半端無い感じで圧倒されそうだ。

くだんの女優は座ったままの真理を見下ろすと、アレックスに「お連れ様にはご紹介頂けないのですか」となんとも妖艶な笑みを浮かべて催促する。

それまでニコついていた王子だったが、若干、本当に若干、渋い表情に見えた。

「ああ、失礼した。・・・真理・・・」
 
手を引っ張られて、真理も立ち上がる。
背が高い女優を見上げると、強い眼差しで見下ろされていた。

「こちらは、ドラマのアビントンの瞳に恋をしろに主演している女優のミス・セリーナ・バーナードだ。ミス・バーナード、彼女は・・・俺のパートナーのミス・アメリア・ジョーンズだ・・・大切な人だ」

最後の言葉にセリーナの空気が変わる。

真理はヒヤヒヤしながら、彼女にはじめまして、と言ったが彼女は値踏みするように上から下まで不躾にジロジロと真理を見ると、視線をアレックスに戻した。

「まあ、アレックス殿下。大切な人なんて、何人に仰れば気がすむの、ふふっ、本当に浮気なお方ね」

あからさまで分かりやすい嫌味に、はぁーっとアレックスが溜め息をつき、なにかを言おうと口を開きかけたが、セリーナが口をさはむことを許さないように続ける。

「私にも囁いてくださったわ。忘れていませんのよ、あのめくるめく夜を。たまにはつまみ食いもよろしいでしょうが、私がいることもお忘れなく」

そして彼女は「それでは、また」と言うとヘンドリックを従えて去っていった。

しばらくの沈黙の後、アレックスは顔を押さえたままソファーにどさりと沈み込んだ。
真理も座る。

「・・・ごめん・・・君を悪意に晒してしまった」

あからさまに凹んで顔を上げられない王子を見て、真理はちょっと笑ってしまう。

「そういえば、お付き合いされてましたもんね」

この関係になる前に読んだゴシップ紙のタイトルを思い出す。

「第二王子と女優の濃密な密会か!?でしたっけ?」

そこまで言うと、アレックスがガバッと顔を上げた。なにをどう言うかとても迷っているような、困ったような顔を見て、真理は思わず吹き出した。

「ごめんなさい、殿下。ただ思い出しただけです」

クスクス笑う真理の両手をアレックスが握った。なにかを真剣に伝えようとする時、彼は良く両手を握り自分の顔を真っ直ぐに見る、、、そう思ってアレックスを見ると、やはりアレックスの真剣な顔があった。

「過去の俺について言い訳しない。確かに遊んでばかりいたからだ。でも、そこに気持ちはなかった。愛してるのは、真理だけだから・・・大切な女性という言葉も愛してるも君にしか言わないし、過去に言ってない。それは信じて欲しい」

王子の女性遍歴についてなにかを言うつもりはなかった。言っても仕方がないことだ。
今の彼の言動を信じたい、そう真理は思っていたから「はい、殿下」彼女も真っ直ぐにアレックスを見返してそう答えた。



気分を害したような素振りのない真理の笑顔にアレックスはホッとした。
この手の場所に真理を連れてくれば、過去の女性との遭遇はつきものだと覚悟はしていたが、辛辣な嫌味に思いのほか自分がうまく対処できなかったことがショックだ。

彼女の鷹揚さというか器の大きさに助けられている感がある。

これはもう帰ってしまって、私邸で過ごす方がいいんじゃないかと思いはじめた時だった。
神はそんなにアレックスに寛容ではなかったのだ。

「クリス様、やっと見つけたわ!」

聞き慣れた声にギョッとする。甲高い少女のような声に真理も驚いたのか、声の主を見上げてる。

「エスター?!なんで君がいるんだ?」

そう言うとエスターと呼ばれた女は頬を膨らませて、詰るように続けた。

「だって!クリス様、このところ、全然ご連絡くださらないもの。いくらお忙しいとはいえ、ちょっと酷いわ」

真理が目をまん丸くして驚いている。
その顔にエスターは婉然と微笑むと、ツンとした強気な顔つきで続けた。

「そちらが今夜のクリス様のお相手ね。騒いでしまって失礼したわ。私《わたくし》はソーディング侯爵家の次女、エステル・アビー・ガストインよ」

傲慢に伸ばされた手に、真理がはじめましてと貴族への礼を取る。
アレックスはそれをやめさせようとしたが、次の言葉に驚いて、固まってしまった。

「私《わたくし》はクリス様の婚約者なの。あなたはお遊び相手と言うことをご自覚なさってね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

もう2度と関わりたくなかった

鳴宮鶉子
恋愛
もう2度と関わりたくなかった

見えるものしか見ないから

mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。 第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...