恋人は戦場の聖母

嘉多山瑞菜

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第4章 溺れる愛しさ

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「傭兵上がりのガイドから習ったの・・・護身用としてね」

真理はアレックスの問いに答えた。
二人はアレックスの私邸のリビングにいた。

ディナーというからダイニングかと思いきや、ソファーテーブルにセットされた華やかなピンチョスやフィンガーフード、オードブルが並んでる。

肩肘張らずリラックスして食事が楽しめるようにというアレックスの配慮だろう。
そんなちょっとしたところにも、王子の優しい気遣いを感じる。

給仕も付けず、気軽に手で摘まめる料理に、真理は舌鼓を打っていた。

ソファーにピッタリと寄り添って座り、アレックスがあれこれと料理を真理の皿に運んだり、飲み物を注いだりしてくれる。

デートしはじめて程なく気づいたが、この王子はマメで甘やかしやさんだ。

真理の答えに、アレックスが続きを待つようにエールを飲みながら彼女を見下ろす。

真理は当時を思い出しながらポツポツと続ける。

「南欧のツェルトヴィアで民族間紛争があったでしょう」

「ああ、あそこは多民族国家だが、その中の一つ民族主義のチュトーク民が独立のために蜂起したやつだな」

真理は頷いた

ツェルトヴィアの民族紛争は記憶に新しい。
チュトーク民が、その他の民を大量に殺害したのだ。
血で血を洗うほどの残虐な殺戮が行われた。

ツェルトヴィア各地で、チュトークとそれに抵抗する他民族のパチルザンが、凄惨な民族浄化の応報を繰り広げたのだ。

一般人どころか、女性も子供も年寄りも、弱き存在も巻き込んで恐ろしい戦いが続き、ツェルトヴィアは国際連合が介入するまで、国を荒廃させる紛争を続けた。

「父が取材をするというので、16になる頃に一緒にツェルトヴィアに入国したの。さすがに危険だから現地ガイドを雇ったんだけど、その人が元傭兵だったの」

へぇ、とアレックスは驚いたように目を丸くした。

まぁ、そうだろう、と真理は苦笑した。
平和な国に住む16歳の女の子が父親の仕事の都合とはいえ、紛争地域に行くなど、常識ではありえない。

「彼は良い人で、結局一年ほどお世話になったんだけど、護身のために武術を身につけた方が良いと言って、いろいろ教えてくれたの」

「なるほど、君は良い生徒だったんだな。あの動きはお見事だった」

呟くように言われた言葉にクスリと真理は笑った。

「さっきはちょっと驚いてしまって、やりすぎちゃったわ」

真理の言葉にアレックスが否定するようにかぶりを振った。

エールのグラスをテーブルに置くと、真理の右手を掴んだ。

医師に診てもらったが、若干の打撲で済んだ。
衝撃で赤くなっているが、真理にとっては気にならないものだ。

王子は彼女が持っていたフォークを取り上げて皿に戻すと、自分をナイフから守ってくれた右肘に、ゆっくりと唇を落とした。

まるで神に捧げるような、神聖さに溢れたキスに真理は首筋まで赤くなるのを感じる。

「あ、あの、アレックス殿下・・・」

急に彼の雰囲気が熱を持ったものに変わったことに、真理はどうして良いかわからない。

王子はキスを捧げた肘から顔を上げると、今度は体重をかけてのしかかりながら、軽く真理を押し倒し、赤く色づいた頬を指先でふわりと撫でた。

ソファーに身体が沈み込み、すぐそばに来た熱に浮かされたような王子の顔を真理は見上げる。

そこには明らかに劣情をまとった男の顔があって、真理の身体は高鳴りはじめた鼓動から甘い痺れが広がるように感じた。

「君には心を乱されっぱなしだ。特に今日は」

のしかかったまま、アレックスは真理の唇に親指を這わす。

「その紅を散らしたくなって・・・」

ゆっくりと口付けられる。

わざと口紅を乱すように、ねっとりと唇を擦りつけられ、薄く開いた唇からエールの香りがする舌が入り込んできた。

クチュクチュと舌を絡め合せると、アレックスがその舌に歯を立てては甘く吸い上げる。

「・・・んっ・・・ぁふっ・・・」

キスを解いて、真理の喉仏がコクリと動いて、彼のものを嚥下したのを確認すると満足そうに微笑む。

真理は恥ずかしくて顔を背けると、今度はアレックスの大きな手が背けた方と反対側から後頭部にスルッと入り込んだ。

「その髪の毛をひどく乱したくなって・・・」

結っていたシニョンが解かれて、黒髪がパサリとソファーに広がると、彼は一房を掴んで、それにもキスをする。

琥珀色の眼はずっと真理を見つめたままだ。

真理の心拍は上がりっぱなしで、どう振る舞ったら良いかわからない。

縋ることも出来ず、かすかに彼の胸元を押し返すように手を当てるだけ。

「そのドレスのボタンを、外したくて・・・」

髪に触れていた手が、そのまま背中に滑り落ちてドレスのボタンを外していく。

やけにボタンを外す音がプツッと響いて、ますます真理は羞恥に震えた。

「・・・でっ!殿下、、、アレックス殿下!!」

とろりとした熱い眼差しに晒されて、自分に触れる手がひどく熱っぽく感じて、真理は翻弄される。

「この綺麗な肌に口付けたくて・・・」

王子は真理を抱き起こすと、首元にくちびるを這わせ、自分が朝つけた跡を指でなぞる。

あの勉強会から4ヶ月、真理の気持ちも育っていたから・・・心は決まっていたのかもしれない。

「真理、君が欲しい」

とうとう欲情に掠れた声で乞われて、真理はコクリと頷いた。
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