17 / 130
第2章 絡み合う時間
6
しおりを挟む
「まぁ!素敵!!」
真理は綺麗に手入れされた広大な庭園に感嘆の声をあげた。
新緑の色が鮮やかな芝生にモダンな石造りの噴水、その周りにはバラをはじめとしたさまざまな花が咲き乱れている。
王宮のやや裏手にあるこの庭園は一般には非公開だ。
王族の居住区に近いことから、プライベートな場として機能している。
「俺はこの庭園が一番好きなんだ。今の季節は特に美しい」
「ええ、本当に素晴らしいです」
真理はうっとりしながら答える。
真理はアレックスが一人称を俺と変えたことに気づいていない。
「おいで、あそこの四阿にお茶を用意してるから」
しかも話し方も、なんだか砕けすぎて馴れ馴れしい。
王子がさりげなく片手を腰に回してエスコートする。
手は相変わらず離してもらえない。
そんな状況に真理は頬を赤らめた。
距離が近い、とにかく色々近すぎるのだ。
真理は男性と親密になることに疎い。
この距離感をどうやり過ごしたら良いのかわからないのだ。
ましてや相手は「やんごとなきお方」だ。
傍らの男の顔を見上げれば、輝くような笑顔を振りまき、自分を見下ろす。
眩しい笑顔に倒れてしまわない自分を真理は褒めた。
四阿のテーブルに案内されて、ちょっと王子が惜しそうな顔をしながらやっと諸々の場所から手を離す。
椅子を引かれて腰を下ろすよう勧められて、真理はホッと安堵して椅子に座った。
第二王子も真理の斜め向かいに座ると、程なくどこから出てきたのか、恐ろしく礼儀正しいいつの時代の人間かと思うような執事とメイドがワゴンを押してやってきた。
目の前に次々にティーセットやスイーツが運ばれてくる。
王室の伝統に則った本格的なアフターヌーンティーだ。
その上品な豪華さに真理は眼をみはった。
「素晴らしいですね」
その言葉にクスっと第二王子は笑う。
「あなたはさっきから素晴らしいか素敵しか言わないね」
「あ・・・申し訳ございません・・・仕事柄、世間にうとくて・・・」
あんに庶民と言われているような気がして、真理は頬を赤らめると謝った。
その答えに王子の瞳が見開き、困ったような顔で言葉を継いだ。
「俺こそ失礼した。そんなつもりで言ったんじゃなくて・・・」
そこまで言って、また困ったような顔で言い淀む。
真理は何を言われるのかと彼の言葉を待った。
「とても素直な反応で愛らしいと思って」
「そんな・・・」
言われつけない言葉に真理はまた頬を赤く染める。
王子様ってみんなこんな歯の浮くようなことを言うのかしら???と不敬なことをついつい思ってしまう。
執事が目の前にロイヤルミルクティのカップを置いてくれたおかげか、第二王子は真理に紅茶を勧めると、自分もカップに口をつけながら、真面目な顔で話しはじめた。
「ミス・ハロルド、今日は本当に感謝してる。
国王陛下も王太子殿下も大変感銘を受けていた」
真理はコクリとロイヤルミルクティを飲む。
上質なアッサムにコクのあるミルクで淹れられたそれは、とても美味しい。
茶葉の優しい香りに張り詰めていたものが和らいだような気がして、真理は「そんな、恐れ多い」と被りを振った。
「私こそ身に余るお言葉を頂戴して感激しました。一介の報道カメラマンにもったいないくらいの機会をいただけて、感謝申し上げます」
本当に・・・身バレが怖くてあんなに渋っていたが、お会いしてみれば、自分にとってはとても光栄な機会だった。
戦地で懸命に生きる人の命の重みが伝わって欲しい、その一心で参じた勉強会だったが、確かにその思いは伝わったと思う。
「俺は軍人で戦地にも行くけど、自分がいくら戦地のことを話しても陛下たちは多分ピンときてなかったと思う」
「まぁ、そんなこと」
言いかけた真理に王子は苦笑すると
「そうなんだよ、どんなに聞いても経験しないとあの過酷さを真に理解することはできない。
俺ですら、あなたの写真を観るまでは、軍人のことは理解していても、その地に生きる人のことを考えていなかったことに気づいた」
「クリスティアン殿下・・・」
第二王子が大学卒業後、士官学校に進んだ時、メデイアが大騒ぎしたのを思い出した。
口さがない三流紙は「軍は王子のおもちゃ、戦争は娯楽」と書かれていた。
そんなゴシップをものともせず、王子でありながら前線に出て、他の兵士たちとともに在ろうとする姿は、いつしか国民から尊敬を集めるものとなったが、きっとこのやんごとないお方も傷つくこともあったのだろうと思う。
彼は息を軽く吸うと、テーブルで手を組んで真っ直ぐに真理を見つめると続けた。
「貴女の写真は、軍人である自分に命の重さを改めて気づかせてくれた。ありがとう」
真摯な言葉に真理は目頭が熱く、瞳が潤むのを感じた。
真理は綺麗に手入れされた広大な庭園に感嘆の声をあげた。
新緑の色が鮮やかな芝生にモダンな石造りの噴水、その周りにはバラをはじめとしたさまざまな花が咲き乱れている。
王宮のやや裏手にあるこの庭園は一般には非公開だ。
王族の居住区に近いことから、プライベートな場として機能している。
「俺はこの庭園が一番好きなんだ。今の季節は特に美しい」
「ええ、本当に素晴らしいです」
真理はうっとりしながら答える。
真理はアレックスが一人称を俺と変えたことに気づいていない。
「おいで、あそこの四阿にお茶を用意してるから」
しかも話し方も、なんだか砕けすぎて馴れ馴れしい。
王子がさりげなく片手を腰に回してエスコートする。
手は相変わらず離してもらえない。
そんな状況に真理は頬を赤らめた。
距離が近い、とにかく色々近すぎるのだ。
真理は男性と親密になることに疎い。
この距離感をどうやり過ごしたら良いのかわからないのだ。
ましてや相手は「やんごとなきお方」だ。
傍らの男の顔を見上げれば、輝くような笑顔を振りまき、自分を見下ろす。
眩しい笑顔に倒れてしまわない自分を真理は褒めた。
四阿のテーブルに案内されて、ちょっと王子が惜しそうな顔をしながらやっと諸々の場所から手を離す。
椅子を引かれて腰を下ろすよう勧められて、真理はホッと安堵して椅子に座った。
第二王子も真理の斜め向かいに座ると、程なくどこから出てきたのか、恐ろしく礼儀正しいいつの時代の人間かと思うような執事とメイドがワゴンを押してやってきた。
目の前に次々にティーセットやスイーツが運ばれてくる。
王室の伝統に則った本格的なアフターヌーンティーだ。
その上品な豪華さに真理は眼をみはった。
「素晴らしいですね」
その言葉にクスっと第二王子は笑う。
「あなたはさっきから素晴らしいか素敵しか言わないね」
「あ・・・申し訳ございません・・・仕事柄、世間にうとくて・・・」
あんに庶民と言われているような気がして、真理は頬を赤らめると謝った。
その答えに王子の瞳が見開き、困ったような顔で言葉を継いだ。
「俺こそ失礼した。そんなつもりで言ったんじゃなくて・・・」
そこまで言って、また困ったような顔で言い淀む。
真理は何を言われるのかと彼の言葉を待った。
「とても素直な反応で愛らしいと思って」
「そんな・・・」
言われつけない言葉に真理はまた頬を赤く染める。
王子様ってみんなこんな歯の浮くようなことを言うのかしら???と不敬なことをついつい思ってしまう。
執事が目の前にロイヤルミルクティのカップを置いてくれたおかげか、第二王子は真理に紅茶を勧めると、自分もカップに口をつけながら、真面目な顔で話しはじめた。
「ミス・ハロルド、今日は本当に感謝してる。
国王陛下も王太子殿下も大変感銘を受けていた」
真理はコクリとロイヤルミルクティを飲む。
上質なアッサムにコクのあるミルクで淹れられたそれは、とても美味しい。
茶葉の優しい香りに張り詰めていたものが和らいだような気がして、真理は「そんな、恐れ多い」と被りを振った。
「私こそ身に余るお言葉を頂戴して感激しました。一介の報道カメラマンにもったいないくらいの機会をいただけて、感謝申し上げます」
本当に・・・身バレが怖くてあんなに渋っていたが、お会いしてみれば、自分にとってはとても光栄な機会だった。
戦地で懸命に生きる人の命の重みが伝わって欲しい、その一心で参じた勉強会だったが、確かにその思いは伝わったと思う。
「俺は軍人で戦地にも行くけど、自分がいくら戦地のことを話しても陛下たちは多分ピンときてなかったと思う」
「まぁ、そんなこと」
言いかけた真理に王子は苦笑すると
「そうなんだよ、どんなに聞いても経験しないとあの過酷さを真に理解することはできない。
俺ですら、あなたの写真を観るまでは、軍人のことは理解していても、その地に生きる人のことを考えていなかったことに気づいた」
「クリスティアン殿下・・・」
第二王子が大学卒業後、士官学校に進んだ時、メデイアが大騒ぎしたのを思い出した。
口さがない三流紙は「軍は王子のおもちゃ、戦争は娯楽」と書かれていた。
そんなゴシップをものともせず、王子でありながら前線に出て、他の兵士たちとともに在ろうとする姿は、いつしか国民から尊敬を集めるものとなったが、きっとこのやんごとないお方も傷つくこともあったのだろうと思う。
彼は息を軽く吸うと、テーブルで手を組んで真っ直ぐに真理を見つめると続けた。
「貴女の写真は、軍人である自分に命の重さを改めて気づかせてくれた。ありがとう」
真摯な言葉に真理は目頭が熱く、瞳が潤むのを感じた。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
如月 そら
恋愛
遅刻しそうになり急いでいた朝の駅で、杉原亜由美は知らない男性にぶつかってしまった。
「ケガをした!」
ぶつかってしまった男性に亜由美は引き留められ、怖い顔で怒られる。
──え? 遅刻しそうな時にぶつかるのって運命の人じゃないの!?
しかし現実はそんなに甘くない。その時、亜由美を脅そうとする男性から救ってくれたのは……?
大人っぽいけれど、
乙女チックなものに憧れる
杉原亜由美。
無愛想だけれど、
端正な顔立ちで優しい
鷹條千智。
少女漫画に憧れる亜由美の
大人の恋とは……
※表紙イラストは青城硝子様にご依頼して作成して頂きました。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる