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第十五章 ― もう充分…そんな風に苦しんでくれただけで…。もう…終りにしよう…―
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走るだけ走って、やっと気持が落ち着いてホッと桂が安堵の息を吐いたのも束の間。
信号待ちでやっと歩を止めると、桂は目じりに浮かんだ涙を擦りながら駅に向かって歩き出そうとした。
急に乱暴に肩を掴まれるとあっと言う間もなく身体を舗道に引き摺り戻される。
「え…?!」
肩を襲った衝撃に慌てて桂は振り返ると、ハァハァと息を荒げながら、自分を睨むように見つめている亮の姿が視界に飛び込んできた。
「あ…れ…山本…」
逃げ切ったはずだった…のに…。
さっきまで味あわされた健志の言葉で痛む胸の痛み…。やっとそれが治まりかけていたのに…どうして山本が…。
「こいよ…」
低く不機嫌な声で亮は抵抗する桂の腕をものともせず、ぐいぐいと引きずっていく。後は何も言わず、停めてあった車に桂を強引に押し込むと、自分も乗り込んだ。
「あ…あの…。健志さんが…」
こんなところで健志を自分が心配するのも変だと思ったが…恐らく亮と健志は待ち合わせをしていたのだろう。
だから亮は「J’s Bar」に現われたのだ…。
それなのに…どうして…俺の後を追ってきたんだ。
険悪な表情のまま運転する亮の横にもう一度桂は恐る恐る声を掛ける。
「山本…健志さんが…」
言いかけた言葉は終らないうちに、煩そうに遮る亮の手の振りで空に消える。混乱したまま桂は仕方なしに黙った。
数分の気詰まりなドライブの後、車は見なれた亮のマンションの駐車場に着いた。
黙ったまま車を停めると亮は桂に車から降りるよう促す。緩慢な動作で降りた桂の腕を苛々した様子で掴むと、亮はやはり黙ったまま、桂の腕を引っ張って部屋に向かった。
部屋に入るなり亮は桂の体を乱暴に抱き締める。
「やっ…山本…!?」
きつく抱きしめられて桂が亮の腕の中でもがく。
亮は噛みつくような乱暴なキスを桂の頬に落とすとやっと桂の身体を解放した。
怯えた顔の桂を厳しい視線で見つめたままソファにどさっと座り込む。
両手で顔を擦り上げながら、ふぅっと疲れたような吐息を漏らすと低い声で訊ねた。
「何が…あった…?桂、健志と何を話したんだ?」
あ…。桂は言葉に詰まって俯いた。
言うのは簡単…どんなに健志に酷い言葉を投げつけられたか…どんなに自分がその言葉で傷ついたか…。
「別に…何も…。ただ…偶然会っただけだ…」
言いたくなかった…自分の中のささやかなプライド。桂は無理に笑みを浮かべて答える。
桂の言葉に亮が一層きつく瞳を細めた。立ちあがると、相変わらず呆けたように突っ立ったままの桂の身体を引き寄せる。
「嘘つくな…。言えよ。何を話した…。何を言われたんだ…!」
健志さんを傷つけたのは…多分俺…。邪魔なのも…俺…。健志さんの言葉は、入ってはいけない二人の隙間に割り込んだ俺への…当然の罰…。
俺の存在が邪魔なのに…健志さんを責める資格は俺には…ない…。
亮の言葉に桂は黙って瞼を閉じると、首を左右に振る。
その小さな拒絶の仕草に、亮が怒りで顔を赤く染めた。もう一度桂の身体を乱暴に揺さぶると、言えよと詰るように怒鳴った。
身体をガクガクと乱暴に揺す振られながら桂は頑なに首を左右に振りつづけた。
何も言うつもりはなかった…。いつの間にか冷たいものが頬を伝い落ちる。
強情な桂の態度に亮は諦めたように桂を掴む手の力を緩めると、桂の身体を抱き寄せた。桂の肩口に顔を埋めたまま「くそっ」と小さな罵声を漏らす。
自分を抱きしめる亮の腕を愛しく思いながら、桂は決めていた。
………もう…終りに…しなくちゃ…。
これ以上…健志さんを傷つけちゃいけない…。
山本を返さなきゃ…。
大丈夫…俺は平気…。また…元に戻るだけ…。
山本に片思いをしていたあの頃に…戻るだけさ…。
いや…違うな…もう終りだから…だから山本を忘れるだけ…だ…。
亮との終り…何度も考え、そして怯え続けた…その瞬間。不思議に、健志と会った時のように気持が静かに凪いでいた。
亮の体の重みを受けとめながら、桂は最後の願いを口にしていた。
…俺は……俺は…マリーゴールドだから…。
だから…最後ぐらい…自分の役目を果たしたい…。
そっと亮の腰に腕を回すと、亮の胸に顔を押し付けながら囁いた。
「山本…セックスしよう…」
桂の言葉に亮が驚いたように顔を上げた。怒ったように眉根を寄せると「ダメだ…」と苦しそうに返す。
絶対自分を抱こうとしない亮に、とうとう桂はその逞しい胸板に拳を叩き付けながら叫んでいた。
「どうしてだよ!俺を抱けよ!俺達は…セックス・フレンドだろ!契約じゃないか!俺を抱けよ!」
頼むから…抱いて欲しい…。
最後の自分で浅ましいと感じてしまう言葉を口にする事は出来なかった…。
桂の悲痛な叫びに亮の表情が苦しげに歪む。自分の胸を叩く弱々しい桂の腕を掴み取ると、そっと桂の身体を抱き寄せた。苦しい声根で宥めるように言う。
「ダメだ…契約なんかじゃ…抱かない…。そんな風にお前を抱きたくない…」
亮の優しい言葉に桂の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。戦慄く唇で自分を切り裂くように桂は言葉を継いだ。
「同じだろ…やる事はセックスだ…。俺を抱いてよ…前みたいに。契約通り俺を抱いてよ。お前に抱いてもらえないと俺なんか…価値無い…」
冷たい感情だけが涙になって零れ落ちて行く。冷えたやるせない想いを持て余しながら桂は乞うた。
いまさら、亮の優しさなんか…知りたくなかった。
桂の言葉に亮が大きく頭を振った。
「違う…そんな事言うな…。同じなんかじゃない…同じじゃない…。俺は…愛し合いたいんだ…。セックスはそうだろ…」
― 亮は下品な言葉を嫌うので…―
不意に健志に言われた言葉が脳裏を掠める。
…俺は誤魔化されたりしない…。山本が愛しているのは健志…でも…今だけ…今だけは…。
桂は苦しそうな亮の顔を見つめると、亮の身体を煽るように手を這わせながら…自分が一番嫌悪するその言葉で願っていた。
「なら…俺を…愛してよ…。俺を…たくさん愛して…」
信号待ちでやっと歩を止めると、桂は目じりに浮かんだ涙を擦りながら駅に向かって歩き出そうとした。
急に乱暴に肩を掴まれるとあっと言う間もなく身体を舗道に引き摺り戻される。
「え…?!」
肩を襲った衝撃に慌てて桂は振り返ると、ハァハァと息を荒げながら、自分を睨むように見つめている亮の姿が視界に飛び込んできた。
「あ…れ…山本…」
逃げ切ったはずだった…のに…。
さっきまで味あわされた健志の言葉で痛む胸の痛み…。やっとそれが治まりかけていたのに…どうして山本が…。
「こいよ…」
低く不機嫌な声で亮は抵抗する桂の腕をものともせず、ぐいぐいと引きずっていく。後は何も言わず、停めてあった車に桂を強引に押し込むと、自分も乗り込んだ。
「あ…あの…。健志さんが…」
こんなところで健志を自分が心配するのも変だと思ったが…恐らく亮と健志は待ち合わせをしていたのだろう。
だから亮は「J’s Bar」に現われたのだ…。
それなのに…どうして…俺の後を追ってきたんだ。
険悪な表情のまま運転する亮の横にもう一度桂は恐る恐る声を掛ける。
「山本…健志さんが…」
言いかけた言葉は終らないうちに、煩そうに遮る亮の手の振りで空に消える。混乱したまま桂は仕方なしに黙った。
数分の気詰まりなドライブの後、車は見なれた亮のマンションの駐車場に着いた。
黙ったまま車を停めると亮は桂に車から降りるよう促す。緩慢な動作で降りた桂の腕を苛々した様子で掴むと、亮はやはり黙ったまま、桂の腕を引っ張って部屋に向かった。
部屋に入るなり亮は桂の体を乱暴に抱き締める。
「やっ…山本…!?」
きつく抱きしめられて桂が亮の腕の中でもがく。
亮は噛みつくような乱暴なキスを桂の頬に落とすとやっと桂の身体を解放した。
怯えた顔の桂を厳しい視線で見つめたままソファにどさっと座り込む。
両手で顔を擦り上げながら、ふぅっと疲れたような吐息を漏らすと低い声で訊ねた。
「何が…あった…?桂、健志と何を話したんだ?」
あ…。桂は言葉に詰まって俯いた。
言うのは簡単…どんなに健志に酷い言葉を投げつけられたか…どんなに自分がその言葉で傷ついたか…。
「別に…何も…。ただ…偶然会っただけだ…」
言いたくなかった…自分の中のささやかなプライド。桂は無理に笑みを浮かべて答える。
桂の言葉に亮が一層きつく瞳を細めた。立ちあがると、相変わらず呆けたように突っ立ったままの桂の身体を引き寄せる。
「嘘つくな…。言えよ。何を話した…。何を言われたんだ…!」
健志さんを傷つけたのは…多分俺…。邪魔なのも…俺…。健志さんの言葉は、入ってはいけない二人の隙間に割り込んだ俺への…当然の罰…。
俺の存在が邪魔なのに…健志さんを責める資格は俺には…ない…。
亮の言葉に桂は黙って瞼を閉じると、首を左右に振る。
その小さな拒絶の仕草に、亮が怒りで顔を赤く染めた。もう一度桂の身体を乱暴に揺さぶると、言えよと詰るように怒鳴った。
身体をガクガクと乱暴に揺す振られながら桂は頑なに首を左右に振りつづけた。
何も言うつもりはなかった…。いつの間にか冷たいものが頬を伝い落ちる。
強情な桂の態度に亮は諦めたように桂を掴む手の力を緩めると、桂の身体を抱き寄せた。桂の肩口に顔を埋めたまま「くそっ」と小さな罵声を漏らす。
自分を抱きしめる亮の腕を愛しく思いながら、桂は決めていた。
………もう…終りに…しなくちゃ…。
これ以上…健志さんを傷つけちゃいけない…。
山本を返さなきゃ…。
大丈夫…俺は平気…。また…元に戻るだけ…。
山本に片思いをしていたあの頃に…戻るだけさ…。
いや…違うな…もう終りだから…だから山本を忘れるだけ…だ…。
亮との終り…何度も考え、そして怯え続けた…その瞬間。不思議に、健志と会った時のように気持が静かに凪いでいた。
亮の体の重みを受けとめながら、桂は最後の願いを口にしていた。
…俺は……俺は…マリーゴールドだから…。
だから…最後ぐらい…自分の役目を果たしたい…。
そっと亮の腰に腕を回すと、亮の胸に顔を押し付けながら囁いた。
「山本…セックスしよう…」
桂の言葉に亮が驚いたように顔を上げた。怒ったように眉根を寄せると「ダメだ…」と苦しそうに返す。
絶対自分を抱こうとしない亮に、とうとう桂はその逞しい胸板に拳を叩き付けながら叫んでいた。
「どうしてだよ!俺を抱けよ!俺達は…セックス・フレンドだろ!契約じゃないか!俺を抱けよ!」
頼むから…抱いて欲しい…。
最後の自分で浅ましいと感じてしまう言葉を口にする事は出来なかった…。
桂の悲痛な叫びに亮の表情が苦しげに歪む。自分の胸を叩く弱々しい桂の腕を掴み取ると、そっと桂の身体を抱き寄せた。苦しい声根で宥めるように言う。
「ダメだ…契約なんかじゃ…抱かない…。そんな風にお前を抱きたくない…」
亮の優しい言葉に桂の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。戦慄く唇で自分を切り裂くように桂は言葉を継いだ。
「同じだろ…やる事はセックスだ…。俺を抱いてよ…前みたいに。契約通り俺を抱いてよ。お前に抱いてもらえないと俺なんか…価値無い…」
冷たい感情だけが涙になって零れ落ちて行く。冷えたやるせない想いを持て余しながら桂は乞うた。
いまさら、亮の優しさなんか…知りたくなかった。
桂の言葉に亮が大きく頭を振った。
「違う…そんな事言うな…。同じなんかじゃない…同じじゃない…。俺は…愛し合いたいんだ…。セックスはそうだろ…」
― 亮は下品な言葉を嫌うので…―
不意に健志に言われた言葉が脳裏を掠める。
…俺は誤魔化されたりしない…。山本が愛しているのは健志…でも…今だけ…今だけは…。
桂は苦しそうな亮の顔を見つめると、亮の身体を煽るように手を這わせながら…自分が一番嫌悪するその言葉で願っていた。
「なら…俺を…愛してよ…。俺を…たくさん愛して…」
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