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第十二章 ― そんな風に俺を扱わないで…期待してしまうから…―

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「…おい…」

 桂は自分のマンションを呆然と見上げながら思わず声を出した。

 全然分かっていなかったのだ…こいつは…。

 亮は自分がしたいと思った事は絶対実行する…そんな簡単な事も、亮に逢えた嬉しさですっかり忘れていた自分の迂闊さを呪いつつ咎めるように亮を眺めた。

「桂の部屋で食事しようぜ。その友達とやらを紹介しろよ。一緒に飯食ってもいいしな」

 ニヤニヤと亮は意地悪そうに笑いながら車から降りた。桂も慌ててシートから飛び降りると亮の後を追った。

 別にやましい所なんてないのに…友達という言葉になぜか拘る亮が理解出来なかった。

 それに…気持の不安定なリナに会わせたくなかった。今日のリナは店が休みで部屋にいるはずだった。 

 ただでさえリナは会った事もない亮を毛嫌いしている。もちろん自分が植付けてしまった先入観のせいなのだが…。

 会わせてしまったら…なんかとんでもない事態になりそうで…。
なんとしても止めないと…必死になって桂は亮の肩を掴んだ。

「頼むから…またにしてくれよ…。何も今日じゃなくたって良いだろ!」

 体格、力の差はいかんともしがたくズルズルと桂は亮に引きずられる。亮は自分に追いすがる桂を無視すると桂の部屋の前にあっさりと立った。
桂は自分の部屋が2階なのを今日ばかりは呪っていた。

「鍵開けろよ…。桂」

 苛々とした口調で当然のように命令する亮。

 桂は唇を噛んで、立ち尽くしていた。亮は絶対引かないといった感じで桂を睨んでいる。部屋の前で対峙するように見合う二人の騒ぎに気付いたのか…急に部屋の扉が開いた。

「何の騒ぎ?かっちゃんなの…?」

 カチャリと開いたドア。キョトンとしたように亮と桂を交互に眺めるリナ。

 あぁと絶望的な声を上げて宙を仰いだ桂。

 …そして、リナを睨みながら亮が低く掠れた声で今度こそ本当に命令した。

「お友達を紹介しろよ、桂…」



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 
 部屋にリナと亮…それぞれ距離を置いてお互いを探るように見詰め合っていた。

「あ…あの…」

 どうしてこんな展開になっているのか訳も分からず、桂はうろたえながらも口を開いた。部屋に入ってすぐにリナを紹介したが、その時の亮の反応がやたら怖かったのだ。

「リナだよ…。高校からのクラスメイトだ…」

 言った桂に、瞳を細めながら亮は「コイツがリナかよ…」そう呟いて一層忌々しそうにリナを睨んだからだ。

「かっちゃん…コイツがあの山本亮ね…」

 リナは淡々とした口調で桂に話し掛けた。

 頼む!コイツとかって言うなよ!必至で訴えるようにリナを見たが、当のリナも桂を無視したまま亮を睨んでいる。

 亮とリナの火花が散るような睨み合い…居た堪れない静寂…。そして亮が口を開いた。

「お前…桂の何なんだよ?」

 だから、親友だって!…・言いかけた桂の言葉はリナの返事で遮られた。

「恋人だけど…」

 亮を挑発するように唇の端を歪めて微笑むリナの言葉に桂は驚き、亮はパッと顔を赤くさせた。 

「リナ…何を言って…」

 桂はどうにもならない状況にオロオロしながらリナを見やった。リナは桂にニッコリと美しい誰をも魅了する微笑を見せると、続けた。

「かっちゃん…良いじゃない…。こんな奴…傷つけば良いんだわ。かっちゃんの事苦しめて…。それなのに自分は平然と恋人とバカンスを過ごす。こんな酷い男…私見たことない」

 亮を平然と眺めながらリナは鬱憤を晴らすように亮を非難する。

 そりゃ…自分が言いたい事をリナが言ってくれているのだと、分かってはいる…。でも…。

 桂は雲行きが怪しくどんどん険悪な雰囲気になっていくのをなす術もなく呆然と感じていた…。

 亮が忌々しげにリナから視線を外すと、きつい射るような眼差しで桂を見つめた。やっと重々しい口を開く。

「桂…お前恋人がいたのかよ…?」
「…え……?」

 やけに弱々しく響いたその声音に、桂が驚いたように顔を上げて慌てて頭を振って亮の言葉を否定した。

「ちが…どうして…。友達だって…」

 言いかけた桂の腕を亮が乱暴に掴んだ。それまで押さえていた感情を一気に爆発させるように亮が桂の身腕を揺さぶりながら叫んだ。

「じゃぁ!なんなんだよ。この女は!どうしてお前の部屋に当然のような顔しているんだ!説明しろよ!」 

 乱暴に桂の身体をぐいぐい揺さぶる亮にリナが飛びついた。

「ちょっと!かっちゃんに乱暴しないでよ!」
「うるせぇっ!」

 まるで安っぽいドラマのようだと…桂はその瞬間思っていた。亮の怒りを孕んだぎらぎらした瞳…。叩かれてふらついたリナの華奢な体…。

 荒い息のまま、亮は床に崩れたリナを睨み、次の瞬間、何かを思い出したようにリナを擬視した。

「お前…どっかで見た顔だと思ったけど…」

 亮の言いかけた言葉にはっと桂は我に返った。

…まさか…そんな…嘘だろ…。
知っているわけ…ない…。

 亮が何を言おうとしているのか…分かった気がして桂は悲痛に叫んでいた。

「やめろよ!山本っ!やめろっ!」

 自分を呼ぶ桂の声に、落ち着きを取り戻しつつある亮がチラリと軽蔑するような視線を送った。そのままゆっくりとリナに視線を戻すと、明らかに蔑みの色を響かせて言葉を継いだ。

「お前…六本木の…オーナーじゃないか…。ニューハーフ・バーの…」

 やめろよ…弱々しく呟いた桂を亮は見つめると、皮肉に表情を歪めながら

「桂…。お前ニューハーフも守備範囲なのかよ…」

 侮蔑するように言った。
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