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第十一章  ― お前はただ一言「終り」と言えば良いんだ。そうすれば俺は…お前の前から消える…

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 深夜に鳴り響く呼び鈴の音。
桂は仰天してベッドから飛び降りた。近所迷惑もさることながら、あまりにもうるさい、強引な呼び鈴の鳴らし方に桂は慌てて玄関に向かった。

「誰だ…?こんな夜中に…」

 パジャマの上にシャツを引っ掛けながら、桂は亮の予定を考えていた。

 亮ではないはずだ…。あいつは今日から1週間ローマ出張のはずだから…。じゃ…誰が…?

 フッと頭に一人の姿が思い浮かんで、嫌な予感が胸を走る。桂は不安を胸に抱えたまま玄関口に立った。

「はい…。どなたですか?」

 桂の声を聞いて、ドアの向こうで人が動く気配がする。自分を呼ぶか細い声が響いてきて桂はホッと嘆息した。自分の嫌な予感が当たっていて、苦々しい思いが胸を徘徊する。

「リナ…どうしたんだ?」

 ドアを開けながら、リナに優しく声を掛けた。ドアの前で悄然としたように立ち尽くすリナ。顔色は青褪め、泣き濡れたように目元は腫れあがっている。

 リナは瞳を大きく見開きながら、それでも微笑んで、凍りついたようになっている唇を開いた。そして二人の間の、お決まりのセリフを、切れ切れに桂に伝える。 

「ごめんね…。かっちゃん…。こんな遅くに…。でも…一人であの部屋に居たくないの…」

 桂は優しくリナを抱き寄せて部屋に入れると、腕の中に包み込んで落ち着かせる様に言った。

「気にするなよ…。腹は減ってないのか?」

 桂の腕に縋りながらリナがコクンと頷いた。桂はリナを安心させるように強く抱きしめると、やはりお決まりのセリフをリナに言った。

「リナ…泣きたい時は泣かないと…。泣くだけ泣いたら…訳を教えろよ」

 桂の言葉に、それまで嗚咽を堪えていたリナが、箍が外れたように激しく涙をこぼし始めた。

 声を出さないで肩を震わせながら泣くリナに、桂は切なさを感じながら…そしていずれ…かならず来る亮との別れにリナを重ね合わせて、辛い思いでリナの肩を優しく擦り続けていた。
 
 リナの恋愛が上手くいかないのには様々な理由がある。

 その最大のネックはどの男もリナを丸ごと受けとめるだけの包容力も器量もない事だった。

「今回の奴は良い感じだっただろ…?」

 泣いて、少し落ちついたリナに桂は熱い煎茶を出してやる。気持が混乱している時のリナはどう言う訳か、いつも日本茶を欲しがるのだ。

 嫌な事や辛い事があっても決して酒には逃げたりしない。それが彼女のポリシーだった。

 桂にとっては酒は逃避の手段で、辛い事があればべろべろになるまで酒に溺れる。

 桂はリナがそう言う事の出来ない生真面目な性格だと分かっていたから…余計失恋する度に、理性的に自分と向き合おうとするリナが不憫だった。

「でも…やっぱりダメ…。上手くいかないわ…」

 リナはお茶を口に含みながら感情を押さえた声音で答えた。その抑揚のない返事にリナのショックの深さが窺がえて、ますます桂は切なくなる。

 リナは男と別れる時、恋愛感情が小さい相手ほど色々な事を桂に喋り捲る。

 もともとが秘密になんて出来ないタイプだからだ。ただ、付き合った相手を好きになればなるほど、夢中になってのめりこめばのめり込むほど、リナの口は重くなる…。

 今回のリナは後者だった。桂はもちろん自分と亮の事で一杯一杯だったが、それでも時々リナから新しい恋人の事については聞いていた。

 多くを話す事はなかったがふとした時に出るリナの恋人の話しに、桂はリナが本当に新しい恋人に夢中なのだと、ホッと安心していたのだが…。

「何が原因だったんだ…」

 言い難そうに桂は訊ねた。リナは湯呑茶碗を握り締めたまま、それにつと視線を落とすと、辛そうに言葉を絞り出した。

「いつもと同じ…。私を…受けいれる事はできないって…。そうよね…。仕方がないわよね…。だから私から終りにしたの…」

 言ってぽろぽろと涙を零すリナに桂は返す言葉も慰める言葉も見つからず、ただ痛ましげに見詰めるだけだった。
 
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