〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第六章 あいつはどんどん俺を蝕んでいく…甘い毒なんだ…

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「かっちゃん…少し痩せた?」

 店に来た桂を見てリナが眉を寄せた。元から夏痩せしやすい体質の桂だったが、それにしても痩せた…とリナは心配な表情を顕にした。

「そうかな…?」

 リナの心配そうな表情に、自覚のない桂は自分の身体を見下ろした。

「これ以上貧相になったら困るな」

 苦笑いを浮かべて桂はリナを見た。元からそれ程ガッチリした体型ではなく、貧弱気味な自分の体格を桂は嫌っていたのだ。

「うん…痩せた…。それになんて言うか…やつれた気がする。仕事忙しいの?無茶してるんじゃない」

 桂の軽口を相手にせずリナは言った。

「いや…大丈夫だよ。仕事は忙しいけど…でも痩せるほどじゃないし」

 リナを安心させる為に言った言葉が裏目に出る。リナは恐い顔をすると

「じゃ、あいつの所為でしょ。あいつ…なんかかっちゃんを苦しめているんじゃないの?」

 何かと亮を目の敵にするリナに慌てて桂が否定した。

「ばっ…バカな事言うな。彼は俺になんにもしていないよ。楽しく過ごしてるさ。ただ…最近」 

 思わず言いかけて…それからハッとして、自分が言おうとした事に恥ずかしくなって桂が言いよどんだ。 

「最近…?」

 リナは言葉を濁した桂を、キツク見据えると続きを促す。

 ヤバイ…自分で自分の首絞めた…。桂は自分の言葉の迂闊さを呪いつつ、何とか言葉を変えて言った。

「ただ…最近…彼と逢う回数がちょっと増えて…ほら…デートも仕事と両立するの大変だろ…?」

 我ながら冴えない言い訳。

 案の定、感の良いリナが突っ込んだ。ハァと溜息を吐いて

「あいつは相変わらずシツコイって訳ね。かっちゃん。ヤリ殺されちゃうわよ。だから…そんなに痩せのね」

「いっ…いや…違う…!お前…下品な言い方するな…!」

 リナの店のホステス達が、リナの言葉を聞いてクスクス笑いながら通り過ぎて行く。

 意味ありげに自分を眺めていくホステスの視線に桂が顔を赤らめた。

「おっ…お前…用がないなら帰るぞ!」

 居た堪れず顔を赤くしたまま桂がリナを睨んだ。
 
 リナは「しょうがない…勘弁してあげますか…」と勝手な事を考えると、桂を宥めるように笑みを見せた。

「まぁまぁ…落ちついて。用はまだ終わってないの。今のはかっちゃんをカラカッタだけだから。座ってちょうだい」

 言ってリナは店の皮張りのソファーに桂を座らせると、店の奥から一人のホステスを呼んだ。

「失礼します」  

 たどたどしいながら礼儀正しい挨拶を桂にすると、リナの横に腰掛ける。

 アジア人らしいホステスを見て、桂はリナが自分を呼んだ理由がわかった。リナが微笑むと、ホステスを紹介する。

「うちの店の、新人のアイラよ。タイ人。よその店からちょっと事情があって、私の店で引き取ったの。日本語がまだ出来なくてね」

 アイラと呼ばれたホステスは信頼しきった眼差しで、喋るリナを見詰めている。

 桂がいつも凄いと思うのが、リナのこう言うところだった。彼女は自分以外には優しく、面倒見が良い。そしてその木目細かい優しさや親切は誰をも虜にし、信頼を勝ち得てしまうのだ。

 恐らくこのアイラも夜の東京でトラブルに巻き込まれたところをリナが助けたのだろう。

「分かったよ」

 リナの用件を聞かず、桂が穏かな笑みを浮かべて答えた。

「日本語を教えるんだろう?」

 桂の答えを聞いてリナも微笑み返して言った。

「さすが、かっちゃん。出来れば週に3日で店が始まる前にお願いしたいの。早くモノにしたいの。でも…忙しいなら…」

「大丈夫だよ。2時間で良いか?出来れば5時からが良い」

 桂がスケジュールを見ながら訊ねる。予定はぎっしりだったが、リナの為なら都合をつけるつもりだった。

「OKよ。この子は当分雑用だけで店には出ないから」

 そう答えると、傍らのアイラに英語で説明する。アイラはリナの言葉に明るい笑みを見せると桂の手を握って何かカタログ語で言った。

 意味が分からず困惑する桂に

「ありがとうって…。これからよろしくお願いします。って言っているのよ」

 リナが説明した。

 あぁ…納得したように桂も笑みを零し、こちらこそよろしく、と返す。
リナが通訳するとアイラは頭をぺコリと下げて店の奥に戻って行った。
その姿を二人で見送りながら、ふとリナが真顔に戻って桂に訊ねた。

「本当に大丈夫?かっちゃん。無理していない…?」

 リナは今回の事を、少しでも桂の小遣い稼ぎになれば良いと思っていたのだ。

 薄給の桂を心配して、いつも自分を頼らない桂の為に、時給もここぞとばかりに弾むつもりだった。だが…顔色の冴えない桂が心配だった。

 桂は大丈夫だよ。と答えると続けて言った。 

「俺は日本語教師だよ。日本語を勉強したいって言う人がいる限り俺はどこにだって行くさ」

 桂の答えを聞いて、リナがそうねと優しく桂を見詰めながら答えた。
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