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44 視察と乱高下する気持ち
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フレデリック王太子殿下の辺境領視察は、それは大規模に行われた。近衛騎士団を始めとする国内の錚々たる騎士団を率いてやってきた。
その数、一万。
辺境領への長い道程だとしても、医療福祉政策の視察としては、どうみても不自然な規模だ。
彼らは攻撃を受けた見張り棟付近を含む国境線に配置され、フレデリック王太子と近衛騎士団はサブリナ達が滞在している城塞「アテナス城」に入城した。
辺境の地に王族が来ることはかなり稀だ。
さながら凱旋のように、フレデリック王太子を先頭にし、馬を連ねての華やかな入城に、城下からもたくさんの見物人が来て、アテナス城は祭りのような喧騒に包まれた。
「意地を張らずに見に行けば良いんじゃないですか?」
「仕事中です。行きません」
「行きたいくせに。包帯巻きが仕事ですか?」
しきりに王太子の入城を見に行けば、と勧めるシャルにサブリナはキッパリと断った。手は忙しなく洗い上がった包帯をくるくると巻いていく。
オーランドが隊列にいると教えてきたのはシャルだ。エカテリーナとヘンリエッタを連れて、城下に入ってきたところを見にいってきたらしい。盛んに立派な行軍だったと褒め称える。
「あんなの見せられたら、ジェラール帝国もエントレイ帝国もおとなしくなるんじゃないですかね」
そうだろうか、そんな簡単なことじゃ済まない。今までだって国家間の争いは常に威嚇と牽制、謀略の連続だ。だからこそ、ずっとこの国はある時は戦乱を主導し、ある時は戦いに巻き込まれていた。
サブリナのそんな憂いを気にせずシャルは話しをワザと続ける。
「オーランド坊ちゃま、すっかりご立派になられてましたよ。まだ奥さま亡くなられて一年経ってないのに。大人の男になったっていう感じで。いやー、カッコ良かったですっ!!」
やたら鼻息荒く、賑やかにそう話すシャルをサブリナは黙殺する。オーランドの姿なんか・・・。
「一週間、滞在されるんですよね!施療院と看護棟の視察にいらした時にご挨拶できると良いんですけど」
サブリナは巻き終わった包帯を専用箱に詰め終わると、すっくと立ち上がり箒を手に取る。
完全に無視。聞きたくなんかない。
「あっ!!でもブリーは歓迎の晩餐会には出るんですよね」
歓迎の晩餐会・・・肩がピクリと動いた。
昨夜、父のモントクレイユ男爵から聞いた話だ。
王太子一行を歓迎する晩餐会が明日の夜開催される。騎士達を労う意味もあり、明日は城内と城下でそれぞれの場で待機する騎士達と、もてなしに奔走する民に酒と食事が盛大に振る舞わられる予定だ。
王太子をはじめとした貴族階級の者たちは、ガーランド辺境伯が主催する晩餐会に出席する。モントクレイユ男爵もガーランドの妻と一緒にもてなす側として参加するが、サブリナも出るようにと言われた。
彼を一目でもと思えば嬉しいことだが・・・それでも、サブリナはそれを断っていた。
理由としては至極もっともで、看護棟には、今、2人の病人が入っている。
その二人から眼を離したくないのと、ここに来てから働き詰めだったヘンリエッタとカテーナを息抜きも兼ねて、城下で催される食事会に出してやりたいと考えていたからだ。
男爵は、娘のその説明に納得し特に強要することもなく了承をしていた。
「出ないわ。ヘンリエッタ達に休みをあげたいから。そもそも、私が出る必要もないわ」
「・・・ブリー」
シャルは頑な様子のサブリナを半目で見ると、やれやれと言った顔をして、掃除を手伝い始める。
サブリナは気まずいまま床を履く。
いまさらどんな顔をして彼に会えば良いのかなんて、分からない。会えたとしても話しをすることすら立場的に許されない。
そんな取り留めないことを考えて、サブリナは大きな溜息を吐いた。
「・・・怖いの」
ぽつりと吐き出されたその言葉に、シャルは手を止めた。
「ブリー」
シャルの気遣わしげな顔を、顔を上げて見返すと笑みを見せる。
「ごめんなさい、今のは忘れて」
それだけ言って、サブリナはシャルを残して部屋を出た。自室に飛び込み椅子に座ると顔を両手で追う。
オーランドの姿を見て、彼への想いが溢れて・・・
でも彼が自分を見てどんな反応をするのか怖くて堪らない。
彼はジェラール帝国の皇女と婚約が決まったとも聞いている。
そんな中、会いに行って無視されたら?忘れられていたら?
・・・おしろい花はただの勘違いかもしれない。
臆病すぎるとバカにされても、そんなことばかり考えてしまう。
もう彼と自分を繋ぐものは何もないのだから。
サブリナはそこまで考えて、顔を上げた。
だったら・・・姿を見る必要も、会う必要もない。あの別れの日、自分はそう決めた。彼のことで心を揺らさない、と。
胸元でゆらゆらと光る、外さないでいる彼の瞳と同じ色の石に触れながら、サブリナはそう自分へ言い聞かせていた。
フレデリック王太子の入城から3日、昨晩の歓迎の晩餐会は盛大に行われた、と父のモントクレイユ男爵からチラリと聞いた。
上位貴族との社交に興味のない父ではあるが、貴族院に入りガーランド辺境伯の片腕をしている立場上、医療福祉施策に興味を持つ上位貴族や騎士たちから質問攻めだったようで、今後も付き合いを続けたいというようなことも言われ、充実した時間になったようだ。
休みを与えたヘンリエッタとカテーナも久しぶりの休日を楽しんだと報告があった。
ランドルフとその部下達が二人に城下を案内してくれたらしく、楽しげにその様子を話す二人にサブリナも頬を緩める。
二人のどちらかが、ここでいい伴侶を迎えて残るようになれば、なおのこと、ここでの看護は安泰だと思うからだ。
「もうすぐ時間ですね」
やや浮ついたような雰囲気が漂う中で、シャルがニヤニヤしながら声をかける。サブリナはハッとすると渋々立ち上がった。
今日は昨夜の祝宴の影響で、朝から患者が絶えない。父も他の医術師もフル稼働で、酔って転んだ怪我人や食べ過ぎて胃痛を訴える人間の診察をしていて、サブリナもその助手に入っていた。
施療院が出来てから、城下に住まう平民達も気軽に無料で医術が受けられることに感謝していて、日々患者が来る。
その様子を、今日はフレデリック王太子一行が視察にやってくるのだ。
王太子のお出ましだから、当然、モントクレイユ男爵と手の空いている人間は出迎えをする。
その後は、男爵がガーランド辺境伯とともにそのまま案内をする予定だが、看護棟を統べるサブリナも付き従うようにと言われていた。
そのおかげで、サブリナの気持ちは落ち着かない。王族の案内に着いていくという当然の緊張感と、オーランドと久しぶりに顔を合わせると言う、心の怯えと。だから「渋々」という態度になってしまう。
ほどなく、ガーランドと王太子一行が到着したという先触れがあり、サブリナ達は父親達とと共に入り口に並んで腰を落とし頭を下げた。
「ああ、これは素晴らしいね。・・・みんな、顔を上げて構わない」
柔らかい優しげな声音が響いて、頭を下げてそこに居並んでいた人間たちの雰囲気が緩んだ。
サブリナの隣にいたベッセルとクルーゼは元騎士だったせいか、今にも膝を折りそうな勢いだったが、後ろに並んだシャルに小突かれて頭を下げるだけにとどまれたが、緊張で全身がガタガタ震えていた。
彼らが変な緊張から解放されてのを感じて、サブリナも密かにホッと息を吐いて顔を上げた。
フレデリック王太子がにこにこした柔和な表情で出迎えた自分達に声をかける。サブリナが王宮で一度だけ会ったときは鋭い面差しだった印象だったが、ここでは人好きのする気さくな好青年のように、気軽に声をかけてくる。
「みんなご苦労。この施策が始まってまだ4ヶ月ほどだが順調だと聞いてる。みんなの頑張りのおかげだね」
「はっ!ありがたきお言葉!」
ベッセルが感極まって、勢いこんで返事をすると、王太子はうんうんと頷いて、ベッセルとクルーゼ を見た。
「騎士だった矜持を、これからも仲間と民のために生かして欲しい。期待してる」
そう言って二人の肩をぽんぽんと叩くから、厳ついベッセルとクルーゼ もくっと、感激に身体を震わせて、頭を深々と下げる。
その姿は見る者の感動を誘った。
戦争で負傷し騎士としての再起が叶わなかった彼ら。そういった者たちは、人生を悲観し酒や薬に溺れたり、うまく働くことができたと言っても農夫や下働きなど、今までの誇り高い仕事とはかけ離れた人生を送る者が多かった。
そういった元騎士達に、誇りが持てる第二の人生を送らせたいと考えたのが、ガーランド辺境伯だ。だから彼は今回の医療福祉政策に、元騎士たちを積極的に登用した。今はまだ少ないが、看護人も増やし、できれば医術師を輩出したいと構想しているから、今はそれらを学ぶための学舎の建設を急いでいる。
フレデリック王太子は、モントクレイユ男爵に視線をやった。
「診察の様子も見られるんだろ」
「はい、殿下。どうぞこちらへ」
王太子一行がモントクレイユ男爵に案内されて動き始めると、出迎えた全員が、また頭を下げる。サブリナだけは後ろを着いて行かなければならないため、そのまま控えていたが、その顔を見て、ハッと息を飲んだ。
—— オーランドだ。
フレデリック王太子とガーランド辺境伯からやや距離を置いた近衛騎士の後方に控えていたようだ。
ぞろぞろと歩いていく中で、彼は真っ直ぐに前を見てサブリナの前を通り過ぎていく。すらりとした長身痩躯を騎士服に包み、腰にはいつも通り剣を佩いている。
陽の光に煌めく漆黒のさらさらとした髪が靡いて、久しぶりに見る横顔はすっきりとした鼻筋と頬骨が目立ち、相変わらず精悍だ。
思わず息を詰めて、彼の姿を見つめ続けてしまうが、オーランドは前を見据えたまま、チラリともこちらに視線を向けないで、すたすたと通り過ぎていく。
期待しない、と自分を戒めていたものの、あからさまに無視されてしまうと、落胆してしまう気持ちは否めなく・・・。
勝手な自分の気持ちに、サブリナはふっと疲れたように息を吐くと、オーランドの後ろ姿を見つめたまま、自分も一行に付き従って歩きはじめた。
その数、一万。
辺境領への長い道程だとしても、医療福祉政策の視察としては、どうみても不自然な規模だ。
彼らは攻撃を受けた見張り棟付近を含む国境線に配置され、フレデリック王太子と近衛騎士団はサブリナ達が滞在している城塞「アテナス城」に入城した。
辺境の地に王族が来ることはかなり稀だ。
さながら凱旋のように、フレデリック王太子を先頭にし、馬を連ねての華やかな入城に、城下からもたくさんの見物人が来て、アテナス城は祭りのような喧騒に包まれた。
「意地を張らずに見に行けば良いんじゃないですか?」
「仕事中です。行きません」
「行きたいくせに。包帯巻きが仕事ですか?」
しきりに王太子の入城を見に行けば、と勧めるシャルにサブリナはキッパリと断った。手は忙しなく洗い上がった包帯をくるくると巻いていく。
オーランドが隊列にいると教えてきたのはシャルだ。エカテリーナとヘンリエッタを連れて、城下に入ってきたところを見にいってきたらしい。盛んに立派な行軍だったと褒め称える。
「あんなの見せられたら、ジェラール帝国もエントレイ帝国もおとなしくなるんじゃないですかね」
そうだろうか、そんな簡単なことじゃ済まない。今までだって国家間の争いは常に威嚇と牽制、謀略の連続だ。だからこそ、ずっとこの国はある時は戦乱を主導し、ある時は戦いに巻き込まれていた。
サブリナのそんな憂いを気にせずシャルは話しをワザと続ける。
「オーランド坊ちゃま、すっかりご立派になられてましたよ。まだ奥さま亡くなられて一年経ってないのに。大人の男になったっていう感じで。いやー、カッコ良かったですっ!!」
やたら鼻息荒く、賑やかにそう話すシャルをサブリナは黙殺する。オーランドの姿なんか・・・。
「一週間、滞在されるんですよね!施療院と看護棟の視察にいらした時にご挨拶できると良いんですけど」
サブリナは巻き終わった包帯を専用箱に詰め終わると、すっくと立ち上がり箒を手に取る。
完全に無視。聞きたくなんかない。
「あっ!!でもブリーは歓迎の晩餐会には出るんですよね」
歓迎の晩餐会・・・肩がピクリと動いた。
昨夜、父のモントクレイユ男爵から聞いた話だ。
王太子一行を歓迎する晩餐会が明日の夜開催される。騎士達を労う意味もあり、明日は城内と城下でそれぞれの場で待機する騎士達と、もてなしに奔走する民に酒と食事が盛大に振る舞わられる予定だ。
王太子をはじめとした貴族階級の者たちは、ガーランド辺境伯が主催する晩餐会に出席する。モントクレイユ男爵もガーランドの妻と一緒にもてなす側として参加するが、サブリナも出るようにと言われた。
彼を一目でもと思えば嬉しいことだが・・・それでも、サブリナはそれを断っていた。
理由としては至極もっともで、看護棟には、今、2人の病人が入っている。
その二人から眼を離したくないのと、ここに来てから働き詰めだったヘンリエッタとカテーナを息抜きも兼ねて、城下で催される食事会に出してやりたいと考えていたからだ。
男爵は、娘のその説明に納得し特に強要することもなく了承をしていた。
「出ないわ。ヘンリエッタ達に休みをあげたいから。そもそも、私が出る必要もないわ」
「・・・ブリー」
シャルは頑な様子のサブリナを半目で見ると、やれやれと言った顔をして、掃除を手伝い始める。
サブリナは気まずいまま床を履く。
いまさらどんな顔をして彼に会えば良いのかなんて、分からない。会えたとしても話しをすることすら立場的に許されない。
そんな取り留めないことを考えて、サブリナは大きな溜息を吐いた。
「・・・怖いの」
ぽつりと吐き出されたその言葉に、シャルは手を止めた。
「ブリー」
シャルの気遣わしげな顔を、顔を上げて見返すと笑みを見せる。
「ごめんなさい、今のは忘れて」
それだけ言って、サブリナはシャルを残して部屋を出た。自室に飛び込み椅子に座ると顔を両手で追う。
オーランドの姿を見て、彼への想いが溢れて・・・
でも彼が自分を見てどんな反応をするのか怖くて堪らない。
彼はジェラール帝国の皇女と婚約が決まったとも聞いている。
そんな中、会いに行って無視されたら?忘れられていたら?
・・・おしろい花はただの勘違いかもしれない。
臆病すぎるとバカにされても、そんなことばかり考えてしまう。
もう彼と自分を繋ぐものは何もないのだから。
サブリナはそこまで考えて、顔を上げた。
だったら・・・姿を見る必要も、会う必要もない。あの別れの日、自分はそう決めた。彼のことで心を揺らさない、と。
胸元でゆらゆらと光る、外さないでいる彼の瞳と同じ色の石に触れながら、サブリナはそう自分へ言い聞かせていた。
フレデリック王太子の入城から3日、昨晩の歓迎の晩餐会は盛大に行われた、と父のモントクレイユ男爵からチラリと聞いた。
上位貴族との社交に興味のない父ではあるが、貴族院に入りガーランド辺境伯の片腕をしている立場上、医療福祉施策に興味を持つ上位貴族や騎士たちから質問攻めだったようで、今後も付き合いを続けたいというようなことも言われ、充実した時間になったようだ。
休みを与えたヘンリエッタとカテーナも久しぶりの休日を楽しんだと報告があった。
ランドルフとその部下達が二人に城下を案内してくれたらしく、楽しげにその様子を話す二人にサブリナも頬を緩める。
二人のどちらかが、ここでいい伴侶を迎えて残るようになれば、なおのこと、ここでの看護は安泰だと思うからだ。
「もうすぐ時間ですね」
やや浮ついたような雰囲気が漂う中で、シャルがニヤニヤしながら声をかける。サブリナはハッとすると渋々立ち上がった。
今日は昨夜の祝宴の影響で、朝から患者が絶えない。父も他の医術師もフル稼働で、酔って転んだ怪我人や食べ過ぎて胃痛を訴える人間の診察をしていて、サブリナもその助手に入っていた。
施療院が出来てから、城下に住まう平民達も気軽に無料で医術が受けられることに感謝していて、日々患者が来る。
その様子を、今日はフレデリック王太子一行が視察にやってくるのだ。
王太子のお出ましだから、当然、モントクレイユ男爵と手の空いている人間は出迎えをする。
その後は、男爵がガーランド辺境伯とともにそのまま案内をする予定だが、看護棟を統べるサブリナも付き従うようにと言われていた。
そのおかげで、サブリナの気持ちは落ち着かない。王族の案内に着いていくという当然の緊張感と、オーランドと久しぶりに顔を合わせると言う、心の怯えと。だから「渋々」という態度になってしまう。
ほどなく、ガーランドと王太子一行が到着したという先触れがあり、サブリナ達は父親達とと共に入り口に並んで腰を落とし頭を下げた。
「ああ、これは素晴らしいね。・・・みんな、顔を上げて構わない」
柔らかい優しげな声音が響いて、頭を下げてそこに居並んでいた人間たちの雰囲気が緩んだ。
サブリナの隣にいたベッセルとクルーゼは元騎士だったせいか、今にも膝を折りそうな勢いだったが、後ろに並んだシャルに小突かれて頭を下げるだけにとどまれたが、緊張で全身がガタガタ震えていた。
彼らが変な緊張から解放されてのを感じて、サブリナも密かにホッと息を吐いて顔を上げた。
フレデリック王太子がにこにこした柔和な表情で出迎えた自分達に声をかける。サブリナが王宮で一度だけ会ったときは鋭い面差しだった印象だったが、ここでは人好きのする気さくな好青年のように、気軽に声をかけてくる。
「みんなご苦労。この施策が始まってまだ4ヶ月ほどだが順調だと聞いてる。みんなの頑張りのおかげだね」
「はっ!ありがたきお言葉!」
ベッセルが感極まって、勢いこんで返事をすると、王太子はうんうんと頷いて、ベッセルとクルーゼ を見た。
「騎士だった矜持を、これからも仲間と民のために生かして欲しい。期待してる」
そう言って二人の肩をぽんぽんと叩くから、厳ついベッセルとクルーゼ もくっと、感激に身体を震わせて、頭を深々と下げる。
その姿は見る者の感動を誘った。
戦争で負傷し騎士としての再起が叶わなかった彼ら。そういった者たちは、人生を悲観し酒や薬に溺れたり、うまく働くことができたと言っても農夫や下働きなど、今までの誇り高い仕事とはかけ離れた人生を送る者が多かった。
そういった元騎士達に、誇りが持てる第二の人生を送らせたいと考えたのが、ガーランド辺境伯だ。だから彼は今回の医療福祉政策に、元騎士たちを積極的に登用した。今はまだ少ないが、看護人も増やし、できれば医術師を輩出したいと構想しているから、今はそれらを学ぶための学舎の建設を急いでいる。
フレデリック王太子は、モントクレイユ男爵に視線をやった。
「診察の様子も見られるんだろ」
「はい、殿下。どうぞこちらへ」
王太子一行がモントクレイユ男爵に案内されて動き始めると、出迎えた全員が、また頭を下げる。サブリナだけは後ろを着いて行かなければならないため、そのまま控えていたが、その顔を見て、ハッと息を飲んだ。
—— オーランドだ。
フレデリック王太子とガーランド辺境伯からやや距離を置いた近衛騎士の後方に控えていたようだ。
ぞろぞろと歩いていく中で、彼は真っ直ぐに前を見てサブリナの前を通り過ぎていく。すらりとした長身痩躯を騎士服に包み、腰にはいつも通り剣を佩いている。
陽の光に煌めく漆黒のさらさらとした髪が靡いて、久しぶりに見る横顔はすっきりとした鼻筋と頬骨が目立ち、相変わらず精悍だ。
思わず息を詰めて、彼の姿を見つめ続けてしまうが、オーランドは前を見据えたまま、チラリともこちらに視線を向けないで、すたすたと通り過ぎていく。
期待しない、と自分を戒めていたものの、あからさまに無視されてしまうと、落胆してしまう気持ちは否めなく・・・。
勝手な自分の気持ちに、サブリナはふっと疲れたように息を吐くと、オーランドの後ろ姿を見つめたまま、自分も一行に付き従って歩きはじめた。
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