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43 疑惧

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「あんた、俺を覚えてないのか」

 爆発事件から5日経ち、あらかたの騎士達は回復して職務へと戻っていったり、自宅での療養などに切り替わった。
看護棟に残っているのは一番の重症者・・・ヘンリエッタが腹部の出血に驚いて腰を抜かした騎士だけとなっていた。

「?」

 質問の意味が分からずサブリナはキョトンとした。
彼は爆発物に真っ先に気づき、逃げろ!と叫んだ騎士だそうだ。逃げ遅れた仲間の1人を庇った際に、飛来した木の残骸に腹を刺されて負傷した。

 サブリナが首を傾げると、男は舌打ちして、それが響いたのか、いててと呻いた。ちょうど男の腹部の傷をあらためて、軟膏を塗り手巾と包帯を変えるところだったから、慌てて傷をあらためる。
父の男爵がかなり大雑把に縫っているが、血も滲まず傷が開いてもいないからサブリナはホッとした。

「どこかでお会いしたことがございましたか?」

 記憶を探るも、覚えが無くて尋ねると相手は皮肉げに顔を歪めた。

「自分を殴って投獄した人間を忘れられるのか、たいしたもんだな」
「あっ?!」

 そこまで言われて、サブリナは男をまじまじと見つめた。こんな顔をしていただろうか・・・あの時のことはオーランドに助けられたことしか、あまり良く覚えていなかった。

「あの時の・・・マカレーナ侯爵領の騎士様でいらっしゃいますか?」
「・・・・・ああ」
「騎士団長様がどうして?」

 なぜ辺境領などに?
彼は確か名乗っていた——我はマカレーナ侯爵領直轄、第一騎士団、団長ランドルフ・タウンゼント——と。
第一騎士団となればその領地を代表する騎士団で団長ともなれはまらそれなりの立場の人間だ。

「どうして?、か・・・そりゃ、当然だろう。無実の人間を牢に入れたんだ」

 しかもウィテカー宰相公爵にケンカを売ったのとおんなじだ、と彼は皮肉げに唇を歪めて笑う。

「責任を取らされたのですか?」

 まぁな、と横たわったまま肩を竦める彼にサブリナは息を呑んだ。

 あの事件はウィテカー宰相の話ではマカレーナ侯爵令嬢のエブリスティが自分を排除するために仕組んだものだ。

 ランドルフは何も知らずにエブリスティの言葉を鵜呑みにして踊らされただけだ。
確かにきちんとした調べもせず投獄したことは許されないが、あの状況では侯爵家の令嬢の証言が信用されるのは仕方がないだろう。
トリカブトという物的証拠とサブリナがハーブティーを作ったと言う状況証拠が揃っていた。
それなのに降格ならまだしも、まさか辺境に飛ばされるとは思ってもみなかった。
彼になんと言うべきか考えあぐねてしまう。

「それは、なんとも・・・貴方様のせいではないのに」
「同情はいらん。俺が間違っていたのは事実だ」

 包帯を変え終えると、彼は身体を起こして療養着をいてて、と言いながら整える。
複雑な気持ちでその姿を横目で見ながら、道具類を片付けていると、ランドルフが言葉を継いだ。

「でもここであんたに会えて良かった」
「え?」

 ひどく真面目な顔をしてランドルフは真っ直ぐにサブリナを見た。

「ずっとあんたに謝りたかった。殴ったことも、牢に入れたことも・・・騎士としてあるまじきことだったし、俺は何もかも間違っていた。謝って許されることじゃないが・・・すまなかった。あんたが罪に問われず、生きていてくれて良かった」

 サブリナは俯いた。
確かにあれは酷かった。あんなことが罷り通れば、この国の民に正義はないと思うくらいだ。だが、彼も被害者なのだと思う。自分の想いと正義感をエブリスティに利用されたのだから・・・どうして責められようか。
恋心はときに人を狂わせる。
 
 サブリナは顔を上げて彼を見ると静かに微笑んだ。

「いいえ、と言えるほど私は寛容ではありません。ただ貴族の中ではああしたことが起こることは想定内だったのに、私の考えが至らなくて招いたことでもありました。それにも関わらず、たくさんの方に助けて頂けて幸せでした。だから・・・貴方様を責める気はさらさらございません。あの時・・・」
 
 サブリナはふと胸に過った微かな熱を抱き締める。 

「私も良い経験をさせてもらいました。ありがとうございます」

 そう答えるとランドルフは驚いたように眼を見開き、次の瞬間吹き出した。

「参ったな、あんた!!礼なんて言わねえだろ、普通!あははっ!!いてっ!!」

 傷口を押さえながらひいひい笑う彼と一緒に笑いながら、サブリナの記憶は一瞬、牢獄でのひどく甘いあの夜へと戻っていった。









「相変わらずお人好し過ぎますよ、あんな酷い目に遭わせられたのに」

 シャルはランドルフのことを聞くと、当時を思い出したのだろう、眼を釣り上げて怒った。

「もう一年半も前のことよ」

 苦笑しながらとりなすが、あの時はシャルにたいそう心配をかけたから、なかなか上手く言うことも難しい。

「だって、濡れ衣かけられて、下手すりゃ処刑されてたんですよ!!私は納得できません」

 シャルは苦笑いをするシャルにさらにぷんぷん怒って見せると、ホントにもう!!と膨れてみせる。

 ランドルフは傷口も落ち着き、看護棟から出て職務に戻っていったが、ちょくちょくサブリナ達の前に現れては何か手伝うことはないかと、気にかけるようになっていた。
元々はクルーゼと同じ隊で気が合っていたらしく、仲間を応援する気持ちからじゃないかと、サブリナは思っているが、シャルはそうは思わない。

「あいつ、ブリーに気があるんじゃないですか?マカレーナ侯爵家がダメだったから、今度はモントクレイユ男爵家に取り入って、王都の騎士団に戻ることを狙ってるんじゃ!!絶対ダメですからね!!」

 鼻息荒く言うシャルにサブリナは苦笑した。シャルの心配性がエディに似てきたような気がするからだ。

「考え過ぎよ、なにしろまだ会って数日だし」

 サブリナはクスクス笑う。彼が自分に対し申し訳ないと思っているのは確かだが、それだけだ。どちらかといえば、若くて可愛らしいカテーナに気があるんじゃないかと踏んでいた。
若い2人が出会えばそれもまた良しだ。

 ランドルフが自分に謝罪することで、あの過去から解放されたなら、それは素直に嬉しい。
騎士としての矜持を思い出し後悔し続けていたのだろうから。人は未来に生きてこそ、だと思う。
ふっとそこまで考えてサブリナは苦笑いを浮かべた。
自分はどうだろう・・・ずっとオーランドに気持ちが囚われたままで、未来を生きていないのではないか。

 何度も自問したそれを、サブリナは胸の奥に仕舞い込むと、シャルの話に相槌を打ちながら診療記録に視線を落とした。






「えっ?!フレデリック王太子殿下がですか?!」

 突然齎された知らせにサブリナは眼を見張った。モントクレイユ男爵はうむ、と頷くと話しを続けた。

「3日後にガーランド閣下が付き添われて、この辺境領へ医療福祉政策の視察にいらっしゃる。先程、先触れがあった」

 ガーランドが先だって起きた爆発事件の報告に王都に向かったのは3週間前だ。

 あの爆発はやはりエントレイが画策したものだったが、肝心の黒幕を白状することなく、捕縛した首謀者達は尋問の最中、口に仕込んだ毒で自害していた。
事態を重く見たガーランド辺境伯は、それらを報告しに王都へと参じていた。

「医療福祉の計画の進み具合の確認というのは本当ですか?」

 サブリナの問いに、いや、と男爵は首を振った。

「それは建前だ。本当のところは爆破があった国境線の確認だ。ジェラールとエントレイ両方への威嚇と牽制だろう」
「どういうことですか?」
「わざわざ王太子が自ら国境線に出てくる。勝手なことはさせない、という意思表示に他ならん」

 父の説明にサブリナは唇を噛んだ。
ジェラール帝国と軍事同盟を結んだはずなのに・・・まだ戦うのか。

 モントクレイユ男爵は娘の気難しい表情にフッと頬を緩めると「心配はするな」と肩を叩くと、さらに驚くことを言った。

「ジェラール帝国の処遇はフレデリック王太子殿下とウィテカー公爵卿に任されたらしい」
「えっ!なぜっ!?」

 ウィテカー公爵卿、と懐かしい単語にサブリナの鼓動が跳ねた。
食いつき気味に尋ねる娘に、モントクレイユ男爵はうっすら笑うと続けた。

「国王陛下とウィテカー宰相殿からのお若い二人への試験ではないか、とガーランド閣下は言われている。宰相のご嫡男がジェラール帝国の第三皇女を娶り和平を強固なものにするのか、それとも違う選択をするのか・・・ジェラール帝国との外交を将来の国王と宰相の試金石とされるのだろう」

 男爵はそこまで言うと、娘を残して診療へと戻っていった。サブリナは今聞いたことが信じられず呆然と立ち尽くす。

 どう言うことなのか、オーランドはジェラール帝国の外交の矢面に立っているのか?ただ皇女を娶り軍事同盟を強化するのではなかったのか?それ以外に何をするというのか、戦うのか。
それだと余りにも彼は危険な立場にいることになる。

 サブリナは混乱していた。

 彼もこの地に来るのだろうか・・・王太子殿下と一緒に。

 そこに思い至って、サブリナはほんの少しの期待とどうしようもない胸のざわめきに、翻弄され始めていた。
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