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27 気持ちだけが取り残されて
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「さすがモントクレイユ男爵令嬢、荒事に飛び込むのがお好きと見える。こたびはとんだ災難だったな」
ウィテカー宰相は淡々とした表情でサブリナを見やると、形ばかりの労りを述べた。
牢から出て宰相家に戻れた翌朝、宰相が帰宅したことを知って、サブリナは助けてもらった礼を述べにウィテカー宰相へ目通りを願い出た。
書斎に通されて、顔を上げる前に言われた第一声がこれだ。
嫌味なのか、過去の自分の悪評を引き合いに出して、当て擦りのようにいわれた言葉に、だがサブリナは恭しく頭を下げると重ねて礼を言う。
「ウィテカー宰相様におかれましては、私のためにご尽力いただきまして、誠にありがとうござい・・・」
「やめろ、礼は必要ない」
宰相は苦々しげな表情に面差しを変えると、手を振って、サブリナの言葉を最後まで言わせず遮った。
「今回はディアラの証言が他の使用人達の話と合わせて、確たるもの、真実だと判断したまで。それにこちらとしても、妻の贈ったもので騒ぎが起これば対処するのは当然のことだ」
暗に公爵家の面子を守るため、と言われているがサブリナはそれに異を唱えるつもりは毛頭ない。それが当然だからだ。そしてそのおかげで自分の命は助かった。
「それにこの事態を招いた責任は多少はオーランドにもある」
サブリナは顔を上げて宰相を真っ直ぐに見ると尋ねた。彼の言葉に自分の推測が正しかったことが分かったからだ。
「夜会で私がご令息と踊ったことが原因ですか?」
その言葉に宰相は初めて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、毒々しい言葉を吐いた。
「あの娘は聡明さが無いとは思っていたが、ああまで愚かだとはな」
酷い言葉にサブリナはやや眉を顰めたが書斎机にどっしりと座っている宰相に注意するわけにもいかず、「恐れながら顛末を教えて頂けますでしょうか」と乞うと宰相は表情を元に戻し鷹揚に頷いた。
「もちろん、君には聞く権利がある。王宮師団の調べにより国王陛下にも報告がされている。モントクレイユ男爵へも先程、説明の書簡を送ったから隠すことでも無い」
父にも母にも心配をかけてしまう、とチラリと二人の優しい顔が過ったが、いまさらだ。
宰相公爵家は最高上位貴族。そこに飛び込めば貴族のドロドロしたものに巻き込まれることは織り込み済みだったのだから。
おっとりしているようで、代々変わり者の医術家と呼ばれるモントクレイユ男爵家を守っている両親なら、苦笑して、でも無事で良かったと喜んでくれるだろう。
彼らは荒事に慣れているし、モントクレイユとしての信念は、たとえ自分の娘に何が起ころうとも揺るがないのだから。
両親のことを考えていたサブリナは、宰相が話し始めたことで、彼に意識を戻した。
「単純な話だ。マカレーナ侯爵はエブリスティについてはフレデリック王太子の妃の座を狙っていたが、結果は我が娘のナディアが選ばれた。屈辱だったろうが、あの侯爵は権力に擦り寄ることに関しては変わり身が早い。今度はオーランドに嫁がせたいと、ここ2年打診してきていた」
そんな事情は知らなかったから、サブリナは驚いた。あのお茶会でのエブリスティの様子はオーランドへ一身に愛情をあらわにしていたからだ。思い出して、そうか、と考え直す。あくまで父親の思惑なのだろう。
「これは周知の話しだが知らなかったか?やれやれ、モントクレイユ家は本当に貴族に興味が無いな」
ウィテカー宰相はサブリナの驚いた顔を、面白そうに眺めると続ける。
「エブリスティは当然ながら王太子妃になりたかったろうが、ダメならダメでそれでも良かったらしい。変わり身が早いのは父親と同じだ。あの娘はオーランドと幼馴染でわりと顔を合わすことも多かったから、オーランドに嫁いでウィテカー公爵夫人も悪くないと考えたのだろう。王族との縁続きにはなるからな、まぁ頭の悪い娘のありがちな打算だ」
本当にそうなのだろうか。
サブリナは宰相の嘲りに耳を傾けながら、俯いて頭を軽く左右に振った。あのご令嬢はたしかにオーランドに懸想していた。彼を見上げて浮かべる輝くような笑顔は恋をしている乙女のそれであったから。
「私としてはあの娘はオーランドの嫁には不適だと判断していたが、まだ結論を急ぐことでも無かったから、のらりくらりと妻の病を理由に躱していた。当家の嫁が誰になるかは、政治的影響が大きい。オーランドも病の母親にベッタリで嫁取りに興味を示していなかったしな」
宰相はうっすら意地悪い笑みを浮かべた。その顔にサブリナは背筋がぞくりと震える。
王弟でありながら、国の政《まつりごと》をほぼ掌握しているウィテカー宰相。彼にとっては何もかもが、彼の手のひらの上なのだろうか。
「あの日、夜会でダンスを踊ったことが無いオーランドが自分の家主催のダンスであっても踊ったことに驚愕したそうだ。ましてやその相手が幼馴染で一番婚約者候補に近い自分ではなく・・・正体の分からない公爵夫人付きの侍女だったから、エブリスティはショックを受けた、と言っていたそうだ」
「・・・そうですよね・・・あのダンスは迂闊だったと私も思います。申し訳ございません」
サブリナの謝罪をひどくつまらなさそうな顔で宰相は流した。
「先日も言ったが、それは別に問題では無い。妻が望めばその通りに振る舞ってもらって構わない。たしかに注目の的だったが、どうとでもなることだ。だがマカレーナの愚かな娘だけは、そう思わなかったようだな。母親が貰ったハーブティーを作ったのが、公爵夫人付きの侍女、つまり君だと母親から聞いて分かっていたからエブリスティは一計を案じた」
サブリナは、ほぉと息を吐き出した。自分が地下牢で考えた通りだった。やはりエブリスティが謀ったことだったのだ。
「何、この世界じゃ当たり前のことだ。邪魔者は徹底的に潰すか・・・消す」
今まで彼も同じことをし続けて来たのだろう、当然の冷酷な物言いにサブリナは瞳を伏せた。
「狙いどころは正しかったが、いかんせんあの娘の思い付きはありきたり過ぎたのと使った人間が多過ぎた。侍女に闇商人へトリカブトを買いに行かせ、絶対服従の侍従にそれを妻が贈ったハーブティーに混ぜさせた。自分は飲んだフリして異変を訴える。そして・・・自分に惚れている第一騎士団のランドルフの気持ちを利用して涙ながらに訴えた、というわけだ」
シンと部屋が不気味なほど静まり返った。サブリナは何を言うべきか、言ったら良いのか思いつかない。
だが今後どう事態が動くのかと、あの愛らしい令嬢がどうなるのかは気になった。マカレーナ侯爵家はこの国の五大貴族の下に付く高位貴族だ。王都に近い西に広がる領地を司っている。物流が行き交う中心となっている場所だけに、処分が下れば国政に影響が出るのは必至だ。
「・・・エブリスティ様は・・・マカレーナ侯爵家はどうなるのでしょうか?」
宰相はまた意地悪い笑みをうっすらと浮かべると思いもよらないことを言った。
「謝罪は必要か?」
「まさか!!とんでもないことでございます」
びっくりしてそう答えると彼は満足そうに頷いた。
「物分かりが良い人間はよろしい。君には申し訳ないがマカレーナへの咎めは特にはしない。恋に浮かれた若い娘の起こした狂言だ。だから・・・マカレーナ侯爵へ恩を売って首根っこを押さえておくのに今回の件を利用させてもらう。良いかな?」
サブリナは静かに頷いた。そうなるのでは、と考えていたからだ。性根がどのように腐っていても、この国の中枢にいる上位貴族。彼らに罪と罰を与えるよりは、飼い慣らす方をこの宰相は選ぶだろう。
「エブリスティご令嬢は?」
女も政治の駒としてみているならば、彼はそのように使うだろう、とサブリナは確信していた。その答えは・・・もちろん
「あの娘は殊勝にも父親に修道院へ入りたいと願ったそうだ。私はそれはしなくて良いと言った。ちょうど、軍事同盟を組んだジェラール帝国のオマージュ皇帝が同盟の証として側妃を寄越すように要望している。エブリスティに白羽の矢が立った」
うってつけだろう、と昏い笑みでくつくつと笑うウィテカー宰相にサブリナは胸に苦いものが込み上げてくる。
政治の中では仕方がないこととはいえ、女性が特に年若い娘がこんな目に遭うのは、いくら自分が謀られたといっても気分が悪い。
ジェラール帝国は地続きの隣国だ。そのため国境線を巡って数年に渡って戦争をしたり、時には他国の侵攻から協働して防衛戦線を張ったりして、手を組むのか組まないのかどちらともつかない緊張状態の関係だったが、先の戦争で正式に軍事同盟を結んだ。
国力はこの国の方が上だが、軍事力だけはジェラール帝国も強く、他国からの侵攻を防ぐための防波堤になりえるため、非常に我が国にとっても有利なのはサブリナも理解してしてる。
ただ・・・くだんのオマージュ皇帝は齢70歳過ぎ、それに加えて正妃以外に100人近い側室を持つ好色家と名高い。
特に若い娘が大好きで気に入っている間は贅沢をさせるが、ある程度の年齢になって飽きると兵士たち専用の娼婦にしてしまう、ともっぱらの噂だ。
噂の真偽についてウィテカー宰相もマカレーナ侯爵も分かっているはず。そしてそこにエブリスティの幸せはないことなども当然。
それなのに、彼女を徹底的に利用するのか・・・。
自分がオーランドと踊ったりしなければ・・・サブリナは唇を噛んだ。
ウィテカー宰相はそんなサブリナを面白そうに眺めつつ続けた。
「自惚れるな。今回の件がなくても、エブリスティは元から彼方に差し出す予定だった。君が気に病む必要はない。ただこちらに有利にことが進んだだけだ」
彼は為政者特有の酷薄な笑みをうっすら浮かべると、サブリナの気持ちを踏み躙るための言葉をわざと言う。
「当家としては勘違いしない使用人は優遇する。モントクレイユ嬢はエブリスティのような愚か者では無いと信じている。オーランドが何を言おうとも気にするな。あいつは甘いし、母親の影響をすぐに受ける。君は引き続き、ラファエル・ナーシング・ホームの看護者として妻の看護に専念するように。良いな」
サブリナは吐き気を堪えながら、はいと頷くしか出来なかった。
ウィテカー宰相は淡々とした表情でサブリナを見やると、形ばかりの労りを述べた。
牢から出て宰相家に戻れた翌朝、宰相が帰宅したことを知って、サブリナは助けてもらった礼を述べにウィテカー宰相へ目通りを願い出た。
書斎に通されて、顔を上げる前に言われた第一声がこれだ。
嫌味なのか、過去の自分の悪評を引き合いに出して、当て擦りのようにいわれた言葉に、だがサブリナは恭しく頭を下げると重ねて礼を言う。
「ウィテカー宰相様におかれましては、私のためにご尽力いただきまして、誠にありがとうござい・・・」
「やめろ、礼は必要ない」
宰相は苦々しげな表情に面差しを変えると、手を振って、サブリナの言葉を最後まで言わせず遮った。
「今回はディアラの証言が他の使用人達の話と合わせて、確たるもの、真実だと判断したまで。それにこちらとしても、妻の贈ったもので騒ぎが起これば対処するのは当然のことだ」
暗に公爵家の面子を守るため、と言われているがサブリナはそれに異を唱えるつもりは毛頭ない。それが当然だからだ。そしてそのおかげで自分の命は助かった。
「それにこの事態を招いた責任は多少はオーランドにもある」
サブリナは顔を上げて宰相を真っ直ぐに見ると尋ねた。彼の言葉に自分の推測が正しかったことが分かったからだ。
「夜会で私がご令息と踊ったことが原因ですか?」
その言葉に宰相は初めて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、毒々しい言葉を吐いた。
「あの娘は聡明さが無いとは思っていたが、ああまで愚かだとはな」
酷い言葉にサブリナはやや眉を顰めたが書斎机にどっしりと座っている宰相に注意するわけにもいかず、「恐れながら顛末を教えて頂けますでしょうか」と乞うと宰相は表情を元に戻し鷹揚に頷いた。
「もちろん、君には聞く権利がある。王宮師団の調べにより国王陛下にも報告がされている。モントクレイユ男爵へも先程、説明の書簡を送ったから隠すことでも無い」
父にも母にも心配をかけてしまう、とチラリと二人の優しい顔が過ったが、いまさらだ。
宰相公爵家は最高上位貴族。そこに飛び込めば貴族のドロドロしたものに巻き込まれることは織り込み済みだったのだから。
おっとりしているようで、代々変わり者の医術家と呼ばれるモントクレイユ男爵家を守っている両親なら、苦笑して、でも無事で良かったと喜んでくれるだろう。
彼らは荒事に慣れているし、モントクレイユとしての信念は、たとえ自分の娘に何が起ころうとも揺るがないのだから。
両親のことを考えていたサブリナは、宰相が話し始めたことで、彼に意識を戻した。
「単純な話だ。マカレーナ侯爵はエブリスティについてはフレデリック王太子の妃の座を狙っていたが、結果は我が娘のナディアが選ばれた。屈辱だったろうが、あの侯爵は権力に擦り寄ることに関しては変わり身が早い。今度はオーランドに嫁がせたいと、ここ2年打診してきていた」
そんな事情は知らなかったから、サブリナは驚いた。あのお茶会でのエブリスティの様子はオーランドへ一身に愛情をあらわにしていたからだ。思い出して、そうか、と考え直す。あくまで父親の思惑なのだろう。
「これは周知の話しだが知らなかったか?やれやれ、モントクレイユ家は本当に貴族に興味が無いな」
ウィテカー宰相はサブリナの驚いた顔を、面白そうに眺めると続ける。
「エブリスティは当然ながら王太子妃になりたかったろうが、ダメならダメでそれでも良かったらしい。変わり身が早いのは父親と同じだ。あの娘はオーランドと幼馴染でわりと顔を合わすことも多かったから、オーランドに嫁いでウィテカー公爵夫人も悪くないと考えたのだろう。王族との縁続きにはなるからな、まぁ頭の悪い娘のありがちな打算だ」
本当にそうなのだろうか。
サブリナは宰相の嘲りに耳を傾けながら、俯いて頭を軽く左右に振った。あのご令嬢はたしかにオーランドに懸想していた。彼を見上げて浮かべる輝くような笑顔は恋をしている乙女のそれであったから。
「私としてはあの娘はオーランドの嫁には不適だと判断していたが、まだ結論を急ぐことでも無かったから、のらりくらりと妻の病を理由に躱していた。当家の嫁が誰になるかは、政治的影響が大きい。オーランドも病の母親にベッタリで嫁取りに興味を示していなかったしな」
宰相はうっすら意地悪い笑みを浮かべた。その顔にサブリナは背筋がぞくりと震える。
王弟でありながら、国の政《まつりごと》をほぼ掌握しているウィテカー宰相。彼にとっては何もかもが、彼の手のひらの上なのだろうか。
「あの日、夜会でダンスを踊ったことが無いオーランドが自分の家主催のダンスであっても踊ったことに驚愕したそうだ。ましてやその相手が幼馴染で一番婚約者候補に近い自分ではなく・・・正体の分からない公爵夫人付きの侍女だったから、エブリスティはショックを受けた、と言っていたそうだ」
「・・・そうですよね・・・あのダンスは迂闊だったと私も思います。申し訳ございません」
サブリナの謝罪をひどくつまらなさそうな顔で宰相は流した。
「先日も言ったが、それは別に問題では無い。妻が望めばその通りに振る舞ってもらって構わない。たしかに注目の的だったが、どうとでもなることだ。だがマカレーナの愚かな娘だけは、そう思わなかったようだな。母親が貰ったハーブティーを作ったのが、公爵夫人付きの侍女、つまり君だと母親から聞いて分かっていたからエブリスティは一計を案じた」
サブリナは、ほぉと息を吐き出した。自分が地下牢で考えた通りだった。やはりエブリスティが謀ったことだったのだ。
「何、この世界じゃ当たり前のことだ。邪魔者は徹底的に潰すか・・・消す」
今まで彼も同じことをし続けて来たのだろう、当然の冷酷な物言いにサブリナは瞳を伏せた。
「狙いどころは正しかったが、いかんせんあの娘の思い付きはありきたり過ぎたのと使った人間が多過ぎた。侍女に闇商人へトリカブトを買いに行かせ、絶対服従の侍従にそれを妻が贈ったハーブティーに混ぜさせた。自分は飲んだフリして異変を訴える。そして・・・自分に惚れている第一騎士団のランドルフの気持ちを利用して涙ながらに訴えた、というわけだ」
シンと部屋が不気味なほど静まり返った。サブリナは何を言うべきか、言ったら良いのか思いつかない。
だが今後どう事態が動くのかと、あの愛らしい令嬢がどうなるのかは気になった。マカレーナ侯爵家はこの国の五大貴族の下に付く高位貴族だ。王都に近い西に広がる領地を司っている。物流が行き交う中心となっている場所だけに、処分が下れば国政に影響が出るのは必至だ。
「・・・エブリスティ様は・・・マカレーナ侯爵家はどうなるのでしょうか?」
宰相はまた意地悪い笑みをうっすらと浮かべると思いもよらないことを言った。
「謝罪は必要か?」
「まさか!!とんでもないことでございます」
びっくりしてそう答えると彼は満足そうに頷いた。
「物分かりが良い人間はよろしい。君には申し訳ないがマカレーナへの咎めは特にはしない。恋に浮かれた若い娘の起こした狂言だ。だから・・・マカレーナ侯爵へ恩を売って首根っこを押さえておくのに今回の件を利用させてもらう。良いかな?」
サブリナは静かに頷いた。そうなるのでは、と考えていたからだ。性根がどのように腐っていても、この国の中枢にいる上位貴族。彼らに罪と罰を与えるよりは、飼い慣らす方をこの宰相は選ぶだろう。
「エブリスティご令嬢は?」
女も政治の駒としてみているならば、彼はそのように使うだろう、とサブリナは確信していた。その答えは・・・もちろん
「あの娘は殊勝にも父親に修道院へ入りたいと願ったそうだ。私はそれはしなくて良いと言った。ちょうど、軍事同盟を組んだジェラール帝国のオマージュ皇帝が同盟の証として側妃を寄越すように要望している。エブリスティに白羽の矢が立った」
うってつけだろう、と昏い笑みでくつくつと笑うウィテカー宰相にサブリナは胸に苦いものが込み上げてくる。
政治の中では仕方がないこととはいえ、女性が特に年若い娘がこんな目に遭うのは、いくら自分が謀られたといっても気分が悪い。
ジェラール帝国は地続きの隣国だ。そのため国境線を巡って数年に渡って戦争をしたり、時には他国の侵攻から協働して防衛戦線を張ったりして、手を組むのか組まないのかどちらともつかない緊張状態の関係だったが、先の戦争で正式に軍事同盟を結んだ。
国力はこの国の方が上だが、軍事力だけはジェラール帝国も強く、他国からの侵攻を防ぐための防波堤になりえるため、非常に我が国にとっても有利なのはサブリナも理解してしてる。
ただ・・・くだんのオマージュ皇帝は齢70歳過ぎ、それに加えて正妃以外に100人近い側室を持つ好色家と名高い。
特に若い娘が大好きで気に入っている間は贅沢をさせるが、ある程度の年齢になって飽きると兵士たち専用の娼婦にしてしまう、ともっぱらの噂だ。
噂の真偽についてウィテカー宰相もマカレーナ侯爵も分かっているはず。そしてそこにエブリスティの幸せはないことなども当然。
それなのに、彼女を徹底的に利用するのか・・・。
自分がオーランドと踊ったりしなければ・・・サブリナは唇を噛んだ。
ウィテカー宰相はそんなサブリナを面白そうに眺めつつ続けた。
「自惚れるな。今回の件がなくても、エブリスティは元から彼方に差し出す予定だった。君が気に病む必要はない。ただこちらに有利にことが進んだだけだ」
彼は為政者特有の酷薄な笑みをうっすら浮かべると、サブリナの気持ちを踏み躙るための言葉をわざと言う。
「当家としては勘違いしない使用人は優遇する。モントクレイユ嬢はエブリスティのような愚か者では無いと信じている。オーランドが何を言おうとも気にするな。あいつは甘いし、母親の影響をすぐに受ける。君は引き続き、ラファエル・ナーシング・ホームの看護者として妻の看護に専念するように。良いな」
サブリナは吐き気を堪えながら、はいと頷くしか出来なかった。
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