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10 人らしくあれ
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サブリナが看護を始めて一ヶ月が過ぎた頃から、夫人の体調は目に見えて上向いてきた。
寝台の上で起きていられるようになってからの復調ぶりに、やっと面会を許された執事長のエイブスはじめ、屋敷の使用人たちも驚愕した。
そして当然ながらサブリナ達にいっそう協力を惜しまなくなった。
この頃サブリナは夫人に飲ませる薬草茶やスープの配合内容を父のモントクレイユ男爵と相談し変更した。心強いことに、モントクレイユ領出身で王都で開業している薬師を紹介してもらえたので、希少な薬草類の調達も容易になって安心したところだ。
これまでは体内から悪いものを排出させるものだったが、ローリングに診察してもらい、ほぼ出切ったと判断したのだ。
これからしばらくの間は、乱れた体内を健常な時に近いところまで整えて、夫人が動けるようにする予定だ。
ある日、オーランドへ薬草の説明をしていた時、ふと彼から質問が出た。
「薬草の効果があったことは理解できるが、それ以外に、母があのように起きて話せるようになったきっかけは何かあるんだろうか?」
当然の疑問にサブリナは微笑んだ。そこにこそ看護の真髄がある。
「ございます。私が最初にしたのは、人らしくあれ、なんです」
サブリナの言い回しに理解が追いつかなかったのだろう。オーランドが鼻に皺を寄せた。
「人らしくあれ?」
はい、とにこやかに笑って頷くとサブリナは続けた。
「私が初めてお会いした時、奥様は寝たきりでいらっしゃいました。カーテンが全てきっちり引かれ、部屋は昼だというのに薄暗い。起きて食事も出来ない上、時間もまちまち。身嗜みを整えることもできず・・・」
彼女の話に、オーランドがその頃のことを思い出したのだろう、顔を思い切り顰めた。
「奥様からは不衛生な臭いがし、部屋に臭いがこもるため、強い香で悪臭を分からなくしようとしていました」
本当に酷い様だった。公爵家ですら、どんなに大切にしようとも、病人はこう言う扱いになっていく。オーランドの表情が苦渋に歪むのを、悪いなと思いつつもサブリナはハッキリと言った。
「この状態は奥様に限ったことでなく、病人が往々にして陥るごく普通の状態なんです」
「・・・そうなのか?」
彼の驚いた顔に、ええ、と答えるとサブリナは続けた。
「私達が最初にするのは、起床と同時にカーテンを開けて陽射しを部屋に入れ、窓を開けて部屋の空気を新鮮なものに入れ替えることです」
陽射しを浴び、朝、昼、晩と食事をし、寝たきりで強張った体にマッサージを施し、その後で身体を清潔に拭きあげる。
サブリナが話したのは、なんの魔法も仕掛けもない、規則正しい生活だ。
「少し体調が落ち着かれた所で、お髪を洗い、香油で手入れ致しました」
「髪はどうやって洗ったんだ?」
オーランドはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。浴室に運ぶことはしているが、そこから先は見ていない。
寝たきりだった母親の髪をどうやって洗ったのか分からなかったからだ。
彼女はニコニコしながら説明する。
「こちらのお屋敷には立派な寝椅子がありましたので・・・」
普段は木の長いベンチを持ち込むのだが、この屋敷には素晴らしい寝椅子があったから、サブリナはこれを使った。
夫人を寝椅子に移動して寝かせ、寝椅子の夫人の頭の高さに合わせた台とたらいを用意したのだ。
このたらいへ湯を貼り、頭を置いて、丁寧に洗い上げ、香油で手入れした。
サブリナは病人の髪の毛を洗うことは、看護の初期ではとても大事だと思っている。これをするだけで、気分が良くなる病人も多いのだ。
「そうか・・・」
オーランドがサブリナの説明に感心したように呟く。
「病であっても、出来る限り普段と同じ生活をするということか・・・」
だから、人らしくあれ、なんだな、と続けた言葉にサブリナは嬉しくなって、はいと微笑んだ。
「自分に置き換えて考えてみると分かりやすいと思います」
「確かに。俺だって熱があっても寝たきりなんて嫌だし、汗をかくから湯浴みだってしたい・・・我々は病だからと、必要以上に、母上から生きるための力を奪っていたんだな・・・」
しみじみと後悔を滲ませながら呟く青年の姿をサブリナは微笑ましく思った。
彼を知るたびに思うことだが、公爵家の嫡男なのに驕り高ぶらず、素直で自分の行動を反省出来る優しい人だと思う。
サブリナは励ますように言葉を続けた。
「まだまだ、これからやりたいことがたくさんあります。だからどうぞ、お手伝いして頂けると助かります」
そうだな、と端正な面差しに爽やかな笑顔を浮かべたオーランドに、サブリナの胸がふいにドキンと鳴った。
自分の看護が認められて嬉しくなってしまったのかもしれない。
サブリナはさりげなくオーランドの笑顔から視線を逸らすと、胸の高鳴りを誤魔化すように、薬草茶が入ったポットを手に取った。
寝台の上で起きていられるようになってからの復調ぶりに、やっと面会を許された執事長のエイブスはじめ、屋敷の使用人たちも驚愕した。
そして当然ながらサブリナ達にいっそう協力を惜しまなくなった。
この頃サブリナは夫人に飲ませる薬草茶やスープの配合内容を父のモントクレイユ男爵と相談し変更した。心強いことに、モントクレイユ領出身で王都で開業している薬師を紹介してもらえたので、希少な薬草類の調達も容易になって安心したところだ。
これまでは体内から悪いものを排出させるものだったが、ローリングに診察してもらい、ほぼ出切ったと判断したのだ。
これからしばらくの間は、乱れた体内を健常な時に近いところまで整えて、夫人が動けるようにする予定だ。
ある日、オーランドへ薬草の説明をしていた時、ふと彼から質問が出た。
「薬草の効果があったことは理解できるが、それ以外に、母があのように起きて話せるようになったきっかけは何かあるんだろうか?」
当然の疑問にサブリナは微笑んだ。そこにこそ看護の真髄がある。
「ございます。私が最初にしたのは、人らしくあれ、なんです」
サブリナの言い回しに理解が追いつかなかったのだろう。オーランドが鼻に皺を寄せた。
「人らしくあれ?」
はい、とにこやかに笑って頷くとサブリナは続けた。
「私が初めてお会いした時、奥様は寝たきりでいらっしゃいました。カーテンが全てきっちり引かれ、部屋は昼だというのに薄暗い。起きて食事も出来ない上、時間もまちまち。身嗜みを整えることもできず・・・」
彼女の話に、オーランドがその頃のことを思い出したのだろう、顔を思い切り顰めた。
「奥様からは不衛生な臭いがし、部屋に臭いがこもるため、強い香で悪臭を分からなくしようとしていました」
本当に酷い様だった。公爵家ですら、どんなに大切にしようとも、病人はこう言う扱いになっていく。オーランドの表情が苦渋に歪むのを、悪いなと思いつつもサブリナはハッキリと言った。
「この状態は奥様に限ったことでなく、病人が往々にして陥るごく普通の状態なんです」
「・・・そうなのか?」
彼の驚いた顔に、ええ、と答えるとサブリナは続けた。
「私達が最初にするのは、起床と同時にカーテンを開けて陽射しを部屋に入れ、窓を開けて部屋の空気を新鮮なものに入れ替えることです」
陽射しを浴び、朝、昼、晩と食事をし、寝たきりで強張った体にマッサージを施し、その後で身体を清潔に拭きあげる。
サブリナが話したのは、なんの魔法も仕掛けもない、規則正しい生活だ。
「少し体調が落ち着かれた所で、お髪を洗い、香油で手入れ致しました」
「髪はどうやって洗ったんだ?」
オーランドはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。浴室に運ぶことはしているが、そこから先は見ていない。
寝たきりだった母親の髪をどうやって洗ったのか分からなかったからだ。
彼女はニコニコしながら説明する。
「こちらのお屋敷には立派な寝椅子がありましたので・・・」
普段は木の長いベンチを持ち込むのだが、この屋敷には素晴らしい寝椅子があったから、サブリナはこれを使った。
夫人を寝椅子に移動して寝かせ、寝椅子の夫人の頭の高さに合わせた台とたらいを用意したのだ。
このたらいへ湯を貼り、頭を置いて、丁寧に洗い上げ、香油で手入れした。
サブリナは病人の髪の毛を洗うことは、看護の初期ではとても大事だと思っている。これをするだけで、気分が良くなる病人も多いのだ。
「そうか・・・」
オーランドがサブリナの説明に感心したように呟く。
「病であっても、出来る限り普段と同じ生活をするということか・・・」
だから、人らしくあれ、なんだな、と続けた言葉にサブリナは嬉しくなって、はいと微笑んだ。
「自分に置き換えて考えてみると分かりやすいと思います」
「確かに。俺だって熱があっても寝たきりなんて嫌だし、汗をかくから湯浴みだってしたい・・・我々は病だからと、必要以上に、母上から生きるための力を奪っていたんだな・・・」
しみじみと後悔を滲ませながら呟く青年の姿をサブリナは微笑ましく思った。
彼を知るたびに思うことだが、公爵家の嫡男なのに驕り高ぶらず、素直で自分の行動を反省出来る優しい人だと思う。
サブリナは励ますように言葉を続けた。
「まだまだ、これからやりたいことがたくさんあります。だからどうぞ、お手伝いして頂けると助かります」
そうだな、と端正な面差しに爽やかな笑顔を浮かべたオーランドに、サブリナの胸がふいにドキンと鳴った。
自分の看護が認められて嬉しくなってしまったのかもしれない。
サブリナはさりげなくオーランドの笑顔から視線を逸らすと、胸の高鳴りを誤魔化すように、薬草茶が入ったポットを手に取った。
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