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5 まさかの年下と欲望の被害者

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 久しぶりに会った医術師のローリングは豪快に笑っている。

「いやはや、ブリーは相変わらずですな!フハハハハハっ!!」

「もう、笑いすぎです、ローリング先生」

 サブリナはひいひい涙をこぼしながら大笑いをしている初老の男を恨めしげに眺めた。

 初老のローリング医術師は、モントクレイユ領で祖父の時代に医術を学び、王都で医術師をしている。

 数多い臨床と絶え間ない研鑽の結果、王宮医術師も務めていた。サブリナにとってはマザー・アンヌ同様、領地に戻ってくるたびに遊び、可愛がってくれる祖父のような存在だ。

 国王からも頼りにされる宰相の夫人の病気ともなれば、王宮医術師のローリングが診るのは当たり前で、この点はサブリナにとって、とても心強いことだった。

「いやいや、あのオーランド様に物申す鼻っ柱の強さはさすがだよ、ブリー。あっぱれだった」

 見ていたなら、止めてくだされば良いのに、とサブリナは頬を膨らませるが、ローリングは手巾で涙を拭き拭き、やっと笑いを堪えた。

「いやいや、止める理由はない。あなたの言うことはもっともだ。オーランド様には反論はできんよ」

「でも・・・言い過ぎました。ご令息様はお母様をとても愛されていて、あの姿がお辛いだけなのに・・・なんども絶望されてきたからこそ出た言葉なのに」

 サブリナはそう言うと眉尻を下げた。
思いやりのなさ過ぎた、自分の暴言に後悔していた。あの生真面目そうな息子はただ看護がどういうものか知らなかっただけ。自分はきっと傷つけた。

「まあ、オーランド様もそのうちわかるじゃろう。公爵家、特に宰相家としての教育を受けてきたお方だから、非常に真面目でプライドが高い。だが、まだ若干20歳、人体の神秘や生きる力、人の感情の機微までは分からんだろうから。とにかくしばらくは協力しあうんだぞ」

 20歳と聞いて、サブリナは頭をガン!と殴られたようなショックを受けた。
自分より3歳も年下だったとは・・・落ち着いた堂々とした物腰に年上だと思っていたからだ。

 これでは年増女のヒステリーとも取られかねない。サブリナは顔を盛大に歪めると溜息を吐いた。

 顔を合わすことがあったら謝ろう。もっともあちらが聞く耳を持ってくれればだが・・・。

 しょっぱなから暴走してしまった自分の頭を脳内で叩きつつ、サブリナはローリング医術師と本題に入った。




 
 翌朝、サブリナは夜明けと共に起きると看護のための準備に入った。



 ローリングは、確かに夫人は治る見込みのない病気ではあるが、1年でここまで悪化させてしまったのは、宰相と令息を含む、屋敷の人間達が皆、必要以上に病人扱いしてしまったことが原因だと言った。

 それに加えて、宰相夫人の病気を聞きつけた貴族達が、公爵家に取り入ろうとする下心から、近隣の国の物だという出所不明の病に良いとされる薬から、民間療法師が作った飲み物や食べ物、果ては怪しげな呪いなど、こぞって宰相に送って、夫人に試させたのだ。

 そしてそんな欲に塗れた輩達は、夫人が悪化し余命幾ばくもない、という噂が流れると、責任逃れからピタリと接触をやめて、遠巻きに様子を伺うだけになった。

 宰相夫人に唯一救いがあるとすれば、それは彼女がローリングの提言を受け入れたからに他ならない。
このままでは思う治療も出来ず、日々弱っていく姿に手をこまねくばかり。

 そんな時にローリングはサブリナに望みをかけた。夫人に言ったそうだ。

「屋敷の使用人達には、あなたの世話はもう限界だ。専用の看護人に自分を委ねてみないか」と。

 夫人も思うことがあったのだろう。すぐに同意し、夫に懇願した。宰相であれど人の子、ましてや夫婦仲は大変良いことは国中に知られるほど、妻を大切にしている。

 宰相は妻の「最後」であろう、その願いを叶えるべく、モントクレイユ男爵に依頼の書簡を送ったのだった。

 そこまで聞いて、サブリナはふんと鼻を鳴らすとバカバカしい、とローリングに言った。
結局のところ、宰相夫人もまた、人間の・・・貴族達の身勝手な欲の犠牲者ではないかと。
 
 ローリングは瞳を細めて苦笑した。




 与えられた部屋を出て、長い廊下を歩く。
屋敷の間取りは、あの後、執事長のエイブスに案内されてだいたい頭に入っていた。

 さすが宰相公爵家の執事長、嫡男を罵倒した女であっても、表情を変えず、淡々と屋敷の中のことを説明してくれた。

 目当ての厨房に入ると、朝食の準備をしている料理人や侍女達がいて、サブリナを見ると、全員が全員、ギョッとしたような顔をしたから、思わず笑ってしまう。
 彼らにも「宰相公爵家の御曹司へボロクソの暴言を吐いた女」は知れ渡っているのだろう。

 サブリナは気にすることなく挨拶をしたのち、奥方の食事を作る調理人を見つけると、持参した物を出しながら、滔々と夫人のこれからの食事について色々と注文をつけた。

 料理人は真っ青な顔をしながらも、サブリナの話しをよく聞き、そして言われたことにいちいち頷いてくれたのだった。
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