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3 宰相公爵様とご令息
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「お、お、お嬢様・・・」
「シャル、どうしてお嬢様呼びに戻ってるの?」
サブリナは傍らのシャルに眼をやれば、彼女は緊張のためか、汗をだらだら垂らしている。
「じょ、条件反射というか・・・大きなお屋敷にいると思うと・・・侍女に戻ったような気がして・・・」
「緊張のせいよ、落ち着きなさい。私はこの屋敷の令嬢ではないわ」
少し厳しめの声でシャルを諫める。
まあ、彼女の気持ちもわからなくはない。なぜならサブリナはウィテカー公爵家の客間にシャルといるからだ。
シャルは元々はモントクレイユ家の使用人だった。気働きがきき、面倒見の良い性格から看護に適していると思い、サブリナが彼女を看護者として一人前に育て上げた。今ではサブリナの大切で心強い片腕だ。
さすがにウィテカー宰相公爵家での住み込み看護ともなると自分一人では不足と考えて、シャルを帯同する事をウィテカー宰相に許してもらった。
依頼から二週間、サブリナはでき得る限りの準備をして、今日、王都のウィテカー公爵家に到着した。
そして今、サブリナはシャルと共に、非常に豪華な客間で、ウィテカー宰相との面会を待っている。
サブリナも不安はある。看護は自信があるが、なにしろ貴族のマナーに自信がない。母に淑女の礼の仕方が正しいか見てもらったが、当の母も「大丈夫じゃないかしらー」となんとも助けにならない回答だったのだ。
看護以外のところで、自分の目指すことに脚を引っ張られないかも心配だ。貴族というものは口さがない生き物だ。変な横やり入れられて、看護が出来なくなるのが嫌なのだ。
しかし、シャルの手前、自分がしっかりしなければならない・・・やや悲壮感が滲み出そうになったところで、客間の扉が唐突に開いた。
サブリナはサッと腰を曲げて頭を下げる。シャルも慌ててそれに倣った。
「堅苦しい礼は不要だ。面をあげよ」
広い部屋に堂々と響く落ち着いた威厳溢れる声。
この屋敷の主人《あるじ》そして、この国を守り統べる宰相、ウィテカー公爵ベネディクト・コリン・ワイルダーだ。
長身に逞しい恰幅の良い体躯。すっとした鼻筋に男らしい薄く引き締まった唇。そして、なにものをも見抜くような眼光鋭い眼。
威厳と風格溢れる堂々とした宰相の姿に、圧倒されつつも、サブリナは顔を上げると、強い眼差しに負けないように、真っ直ぐに宰相を見返して挨拶を述べた。
「お初にお目に掛かります。モントクレイユ男爵の長女、サブリナ・キティ・モントクレイユと申します。・・・ラファエル・ナーシング・ホームの看護者として参りました」
傍らのシャルについても紹介するとウィテカー公爵は鷹揚に頷いた。
「こたびは、こちらのわがままを聞いてくれて感謝する」
感謝、という言葉にサブリナは内心驚いた。易々とそんな言葉をこの国の宰相に言われるとは思わなかったからだ。看護に期待をしてくれているのだと感じた。
サブリナは姿勢を正した。
「まだ感謝して頂くには早うございます。何もしておりません。ラファエル・ナーシング・ホームの信念の元、献身を尽くして奥様の看護を致します」
行き遅れとはいっても、年若い娘からこのような矜恃に溢れた言葉が出るとは思わなかったのだろう、ウィテカー宰相は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに表情を戻すと、頷いた。
「我が妻に残された時間は・・・もう長くはない。君たちの働きに期待している」
はいっ!と力強く返事をすると、公爵は目元を緩ませ、自分の背後に控えさせた青年を呼び寄せた。
無表情でサブリナの前に立った彼は、艶やかなダークブロンドのサラリとした髪に、印象的な黒い瞳を持つ、非常に見目麗しい年若い男性だ。
スラリとした中に逞しさのある体躯の偉丈夫で、モントクレイユ領内ではお目にかかったことのないタイプに、サブリナは思わずその姿に見惚れてしまった。
「我が息子で長男のオーランドだ。勉強の一環で現在は近衛騎士団に勤めている。君たちの手伝いをするので、何か必要なことなどはオーランドに言うと良い」
そう言うとウィテカー公爵は仕事のため王城に戻るからと、部屋を出て行った。
室内に残された令息は眉間にシワを寄せながらサブリナとシャルを交互に見ていたが、やっと口を開いた。
「ウィテカー公爵家の嫡男オーランド・トゥルー・ワイルダーだ。父が言った通り、当面の間、何かあれば自分に言え」
尊大と丁寧さの混じった言葉に、うっかり見惚れてしまっていたサブリナは我に戻ると、かしこまりました、と頭を下げた。
その頭に彼は容赦ない言葉を浴びせる。
「私は、看護者を付けることには反対していた」
「?!」
彼は侮蔑めいた表情を浮かべると続ける。
「当然だろう、看護人は病で弱った人間に寄生し、死ぬまで、いや、死んでも骨までしゃぶりつくす勢いで、金品を搾取するとの評判だ。しかも、とっとと死ぬように仕向けると言うじゃないか」
一瞬、ちらりとシャルと視線を交わす。
看護者を看取りの天使と信じている人間からは往々にして、こう言った侮辱を受けることはある。
息子もそうだったのか、とサブリナは内心ムカつくが堪えると、静かに目の前の青年を見た。
オーランドはサブリナの静かな、だが威圧感のある視線に怯んだような顔をしたが続けた。
「だが、母は看護を強く望んだ。今も具合が良くないのにお前たちと会う事を非常に楽しみにしている。だから・・・」
彼はほんの少し辛さを黒曜石のような瞳に滲ませる。
「だから母が悲しくないよう、辛くないよう・・・絶対に苦しませるようなことはしないでくれ」
サブリナは先程までのムカついた気持ちが今の言葉で静まるのを感じた。
お優しい方だ、心からお母様を愛していらっしゃる。
間近できっと母の闘病を見てきたのだろう。言葉の中に、母親の安寧を切望しているのが強く伝わってきた。
だから死に近いと悪い噂が付き纏うラファエル・ナーシング・ホームの看護でも、苦しむ母のためならと反対する心を抑えたのだ。
サブリナは青年のその気持ちに頭を下げると、看護者としての誇りを胸に彼に告げた。
「もちろんでございます。私は奥様を苦しめることは絶対に致しません」
キッパリと告げるサブリナの強い眼差しをオーランドは眩しそうに見つめると、ふいっと視線を逸らして、踵を返した。
「ついて来い、母のところへ案内する」
サブリナはホッと緊張の糸を緩めると、逞しい背中の後を追った。
「シャル、どうしてお嬢様呼びに戻ってるの?」
サブリナは傍らのシャルに眼をやれば、彼女は緊張のためか、汗をだらだら垂らしている。
「じょ、条件反射というか・・・大きなお屋敷にいると思うと・・・侍女に戻ったような気がして・・・」
「緊張のせいよ、落ち着きなさい。私はこの屋敷の令嬢ではないわ」
少し厳しめの声でシャルを諫める。
まあ、彼女の気持ちもわからなくはない。なぜならサブリナはウィテカー公爵家の客間にシャルといるからだ。
シャルは元々はモントクレイユ家の使用人だった。気働きがきき、面倒見の良い性格から看護に適していると思い、サブリナが彼女を看護者として一人前に育て上げた。今ではサブリナの大切で心強い片腕だ。
さすがにウィテカー宰相公爵家での住み込み看護ともなると自分一人では不足と考えて、シャルを帯同する事をウィテカー宰相に許してもらった。
依頼から二週間、サブリナはでき得る限りの準備をして、今日、王都のウィテカー公爵家に到着した。
そして今、サブリナはシャルと共に、非常に豪華な客間で、ウィテカー宰相との面会を待っている。
サブリナも不安はある。看護は自信があるが、なにしろ貴族のマナーに自信がない。母に淑女の礼の仕方が正しいか見てもらったが、当の母も「大丈夫じゃないかしらー」となんとも助けにならない回答だったのだ。
看護以外のところで、自分の目指すことに脚を引っ張られないかも心配だ。貴族というものは口さがない生き物だ。変な横やり入れられて、看護が出来なくなるのが嫌なのだ。
しかし、シャルの手前、自分がしっかりしなければならない・・・やや悲壮感が滲み出そうになったところで、客間の扉が唐突に開いた。
サブリナはサッと腰を曲げて頭を下げる。シャルも慌ててそれに倣った。
「堅苦しい礼は不要だ。面をあげよ」
広い部屋に堂々と響く落ち着いた威厳溢れる声。
この屋敷の主人《あるじ》そして、この国を守り統べる宰相、ウィテカー公爵ベネディクト・コリン・ワイルダーだ。
長身に逞しい恰幅の良い体躯。すっとした鼻筋に男らしい薄く引き締まった唇。そして、なにものをも見抜くような眼光鋭い眼。
威厳と風格溢れる堂々とした宰相の姿に、圧倒されつつも、サブリナは顔を上げると、強い眼差しに負けないように、真っ直ぐに宰相を見返して挨拶を述べた。
「お初にお目に掛かります。モントクレイユ男爵の長女、サブリナ・キティ・モントクレイユと申します。・・・ラファエル・ナーシング・ホームの看護者として参りました」
傍らのシャルについても紹介するとウィテカー公爵は鷹揚に頷いた。
「こたびは、こちらのわがままを聞いてくれて感謝する」
感謝、という言葉にサブリナは内心驚いた。易々とそんな言葉をこの国の宰相に言われるとは思わなかったからだ。看護に期待をしてくれているのだと感じた。
サブリナは姿勢を正した。
「まだ感謝して頂くには早うございます。何もしておりません。ラファエル・ナーシング・ホームの信念の元、献身を尽くして奥様の看護を致します」
行き遅れとはいっても、年若い娘からこのような矜恃に溢れた言葉が出るとは思わなかったのだろう、ウィテカー宰相は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに表情を戻すと、頷いた。
「我が妻に残された時間は・・・もう長くはない。君たちの働きに期待している」
はいっ!と力強く返事をすると、公爵は目元を緩ませ、自分の背後に控えさせた青年を呼び寄せた。
無表情でサブリナの前に立った彼は、艶やかなダークブロンドのサラリとした髪に、印象的な黒い瞳を持つ、非常に見目麗しい年若い男性だ。
スラリとした中に逞しさのある体躯の偉丈夫で、モントクレイユ領内ではお目にかかったことのないタイプに、サブリナは思わずその姿に見惚れてしまった。
「我が息子で長男のオーランドだ。勉強の一環で現在は近衛騎士団に勤めている。君たちの手伝いをするので、何か必要なことなどはオーランドに言うと良い」
そう言うとウィテカー公爵は仕事のため王城に戻るからと、部屋を出て行った。
室内に残された令息は眉間にシワを寄せながらサブリナとシャルを交互に見ていたが、やっと口を開いた。
「ウィテカー公爵家の嫡男オーランド・トゥルー・ワイルダーだ。父が言った通り、当面の間、何かあれば自分に言え」
尊大と丁寧さの混じった言葉に、うっかり見惚れてしまっていたサブリナは我に戻ると、かしこまりました、と頭を下げた。
その頭に彼は容赦ない言葉を浴びせる。
「私は、看護者を付けることには反対していた」
「?!」
彼は侮蔑めいた表情を浮かべると続ける。
「当然だろう、看護人は病で弱った人間に寄生し、死ぬまで、いや、死んでも骨までしゃぶりつくす勢いで、金品を搾取するとの評判だ。しかも、とっとと死ぬように仕向けると言うじゃないか」
一瞬、ちらりとシャルと視線を交わす。
看護者を看取りの天使と信じている人間からは往々にして、こう言った侮辱を受けることはある。
息子もそうだったのか、とサブリナは内心ムカつくが堪えると、静かに目の前の青年を見た。
オーランドはサブリナの静かな、だが威圧感のある視線に怯んだような顔をしたが続けた。
「だが、母は看護を強く望んだ。今も具合が良くないのにお前たちと会う事を非常に楽しみにしている。だから・・・」
彼はほんの少し辛さを黒曜石のような瞳に滲ませる。
「だから母が悲しくないよう、辛くないよう・・・絶対に苦しませるようなことはしないでくれ」
サブリナは先程までのムカついた気持ちが今の言葉で静まるのを感じた。
お優しい方だ、心からお母様を愛していらっしゃる。
間近できっと母の闘病を見てきたのだろう。言葉の中に、母親の安寧を切望しているのが強く伝わってきた。
だから死に近いと悪い噂が付き纏うラファエル・ナーシング・ホームの看護でも、苦しむ母のためならと反対する心を抑えたのだ。
サブリナは青年のその気持ちに頭を下げると、看護者としての誇りを胸に彼に告げた。
「もちろんでございます。私は奥様を苦しめることは絶対に致しません」
キッパリと告げるサブリナの強い眼差しをオーランドは眩しそうに見つめると、ふいっと視線を逸らして、踵を返した。
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