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1 看取りの天使
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父親であるモントクレイユ男爵から「午後、話があるから教会で待つように」と言われたのは、朝食の席でだった。
いつも通り家族で囲む和やかな朝だったが、唐突に言われた父の命にサブリナは若干面食らった。
特に思い当たることもなかったが、そういえば月終わりの今日は、月に一度の報告会だから、そのことか、と思い至り「かしこまりました、お父様」とにこやかに答えると、モントクレイユ男爵は少し微妙な表情を見せたが、鷹揚に頷いただけで、その場は終わったのだった。
「それにしても何かしら?」
サブリナは仕事場のセプタードアイル修道院に到着すると、自分の仕事部屋に向かった。
午後まで、新しく来ている依頼内容を精査しようと考えていたのだ。仕事部屋と言っても、小さな修道院の物置に使っていた場所だ。
机も椅子も捨てられていたものを拾って修理したものだが、サブリナは屋敷の自分の部屋よりも、この小さな隠れ家のような部屋を存外気に入っている。
机に積み上げられている届いたばかりの依頼の書簡を見つめて、サブリナは「さあ、今日も一日頑張ろう!」と自分に喝を入れると早速、書簡に目を通しはじめた。
ここモントクレイユ男爵領は、セント・グローリア・アラゴン王国の東南に位置する、とても小さな領だ。
王城があるグローリアからは、馬車で半日といった割合に近い場所にあるが、所詮はちっぽけな領地で、農産物や畜産、鉱物といった目立った産業のない枯れた土地である。
本来なら貴族に歯牙にもかけてもらえない存在になるところだが、とあることを理由に、男爵という下位の爵位ながら、この国では珍重され、確たる収入源を持った裕福な領地として知られている。
モントクレイユ家は代々医術や薬草学・・・そして最近では目新しい看護術に力を入れている家系だからだ。
父であるモントクレイユ男爵自身は薬学に造詣が深く、領内の痩せて枯れた土地の地質を生かした薬草を何千種も栽培し、多くの薬を生み出している。
サブリナの弟、長男でモントクレイユ家の継嗣、エディ・ホワイト・モントクレイユは現在、医術師になるべく、南東の国へ留学中だ。
領内の識字率も高く、各種を専門とした教育機関も歴代のモントクレイユ男爵のおかげで、とても多い。
民に医術や薬学の教育を施し、技術を体得した人間を国中に送り出している。モントクレイユ領の出身者がセント・グローリア・アラゴン王国の医療を担っていると言っても過言ではない。
その中でも、一風変わったモンクレイユの新しい象徴として知られているのが、このセプタード アイル修道院内にある「ラファエル・ナーシング・ホーム」だ。
この国では病人は自宅で治療を受けるのが一般的だが、重篤になってくると家族や使用人が世話をし続けるのが難しい。
世話をしきれず、不適な環境で無くなっていく病人や、病人の世話に疲れ果て家族が潰れていってしまう、ということが頻繁に起こっていた。表に出て問題になれば国も解決することに力を入れただろうが、残念ながら誰もが世間体や外聞を気にして、この手のことは家の恥と、隠蔽してしまうのが常だった。
「ラファエル・ナーシング・ホーム」は修道院に身を寄せた人達に、看護の知識と技術を与えて看護者として育成をしている。看護者として認められた者は、依頼に応じて、病人の家庭に赴き、彼らの世話をするのだ。
貴族からもその存在を認められ、ぽつぽつと依頼が入るようになりつつある。
モントクレイユ男爵の長女、サブリナ・キティ・モントクレイユは、17歳の時に訪れた近隣の国で、質の高い看護術に衝撃を受け、6年の歳月をかけて「ラファエル・ナーシング・ホーム」を作り上げた。
彼女は今年で23歳、貴族令嬢としては、この国では立派どころか、乾いた花と揶揄される嫁ぎ遅れだが、本人も家族も気にしていない。サブリナは一生、この仕事に身を捧げると決めている。
「ラファエル・ナーシング・ホーム」に従事する看護者は献身的に病人の世話をし家族の負担を軽くすることから、看護の天使と評され愛されている。
口伝えで徐々にその存在が知られ、依頼も右肩上がりだ。
その一方で、死を穢れたもの、忌避視する風潮の強いこの国では、看護師が最後まで病人に付き添うことが多いことを、看護の意義を理解していない者たち・・・主に裕福なモントクレイユ男爵家を妬み、侮蔑する貴族達からは「看取りの天使」と呼ばれ忌み嫌われる存在ともなっている。
看護人に対する悪評は、いつしか様々な尾鰭が付いている。最近サブリナが耳にしたのは
「看護するとの甘い言葉で、病で弱った人間に寄生し世話をする対価として、法外な金品を搾取した挙句、何かの毒を使って死期を早めている」と言うものだ。
だが、サブリナはそんな評判も噂も気にしない。自分達は自分の思うように病人を看護するだけだ。その価値は世話をした人たちに伝わっていれば良いと思っているから、その通り名すらもサブリナにとっては誇らしいものであった。
ノックの音にサブリナはハッと顔を上げた。
依頼の書簡を見るのに夢中になっていた。
病人の家庭にどの看護者を行かせるのかの判断は、サブリナの仕事の中でも最重要だ。
病気の内容、患者の状態、貴族なのか平民なのか、どんな家庭環境か、それらの内容を慎重に吟味して、ぴったり合う看護者を派遣する。これが失敗すると病人に要らぬ負担をかけてしまうから、サブリナはいつでも集中して頭をフル回転させている。時間が分からなくなることなど、日常茶飯事だ。
見れば、机の前にシスター・ルイージがにこにこしながら立っている。
「ブリー、時間ですよ。行けますか?」
「やだっ!!すっかり忘れてたわ、報告会。もちろん大丈夫、行くわ」
バタバタと片付けながら立ち上がる。
やれやれ、何かしら?まさか縁談ではないと思うけど・・・
心のなかでふと出た自虐めいた考えにサブリナは苦笑するとシスター・ルイージと共に執務室を後にした。
いつも通り家族で囲む和やかな朝だったが、唐突に言われた父の命にサブリナは若干面食らった。
特に思い当たることもなかったが、そういえば月終わりの今日は、月に一度の報告会だから、そのことか、と思い至り「かしこまりました、お父様」とにこやかに答えると、モントクレイユ男爵は少し微妙な表情を見せたが、鷹揚に頷いただけで、その場は終わったのだった。
「それにしても何かしら?」
サブリナは仕事場のセプタードアイル修道院に到着すると、自分の仕事部屋に向かった。
午後まで、新しく来ている依頼内容を精査しようと考えていたのだ。仕事部屋と言っても、小さな修道院の物置に使っていた場所だ。
机も椅子も捨てられていたものを拾って修理したものだが、サブリナは屋敷の自分の部屋よりも、この小さな隠れ家のような部屋を存外気に入っている。
机に積み上げられている届いたばかりの依頼の書簡を見つめて、サブリナは「さあ、今日も一日頑張ろう!」と自分に喝を入れると早速、書簡に目を通しはじめた。
ここモントクレイユ男爵領は、セント・グローリア・アラゴン王国の東南に位置する、とても小さな領だ。
王城があるグローリアからは、馬車で半日といった割合に近い場所にあるが、所詮はちっぽけな領地で、農産物や畜産、鉱物といった目立った産業のない枯れた土地である。
本来なら貴族に歯牙にもかけてもらえない存在になるところだが、とあることを理由に、男爵という下位の爵位ながら、この国では珍重され、確たる収入源を持った裕福な領地として知られている。
モントクレイユ家は代々医術や薬草学・・・そして最近では目新しい看護術に力を入れている家系だからだ。
父であるモントクレイユ男爵自身は薬学に造詣が深く、領内の痩せて枯れた土地の地質を生かした薬草を何千種も栽培し、多くの薬を生み出している。
サブリナの弟、長男でモントクレイユ家の継嗣、エディ・ホワイト・モントクレイユは現在、医術師になるべく、南東の国へ留学中だ。
領内の識字率も高く、各種を専門とした教育機関も歴代のモントクレイユ男爵のおかげで、とても多い。
民に医術や薬学の教育を施し、技術を体得した人間を国中に送り出している。モントクレイユ領の出身者がセント・グローリア・アラゴン王国の医療を担っていると言っても過言ではない。
その中でも、一風変わったモンクレイユの新しい象徴として知られているのが、このセプタード アイル修道院内にある「ラファエル・ナーシング・ホーム」だ。
この国では病人は自宅で治療を受けるのが一般的だが、重篤になってくると家族や使用人が世話をし続けるのが難しい。
世話をしきれず、不適な環境で無くなっていく病人や、病人の世話に疲れ果て家族が潰れていってしまう、ということが頻繁に起こっていた。表に出て問題になれば国も解決することに力を入れただろうが、残念ながら誰もが世間体や外聞を気にして、この手のことは家の恥と、隠蔽してしまうのが常だった。
「ラファエル・ナーシング・ホーム」は修道院に身を寄せた人達に、看護の知識と技術を与えて看護者として育成をしている。看護者として認められた者は、依頼に応じて、病人の家庭に赴き、彼らの世話をするのだ。
貴族からもその存在を認められ、ぽつぽつと依頼が入るようになりつつある。
モントクレイユ男爵の長女、サブリナ・キティ・モントクレイユは、17歳の時に訪れた近隣の国で、質の高い看護術に衝撃を受け、6年の歳月をかけて「ラファエル・ナーシング・ホーム」を作り上げた。
彼女は今年で23歳、貴族令嬢としては、この国では立派どころか、乾いた花と揶揄される嫁ぎ遅れだが、本人も家族も気にしていない。サブリナは一生、この仕事に身を捧げると決めている。
「ラファエル・ナーシング・ホーム」に従事する看護者は献身的に病人の世話をし家族の負担を軽くすることから、看護の天使と評され愛されている。
口伝えで徐々にその存在が知られ、依頼も右肩上がりだ。
その一方で、死を穢れたもの、忌避視する風潮の強いこの国では、看護師が最後まで病人に付き添うことが多いことを、看護の意義を理解していない者たち・・・主に裕福なモントクレイユ男爵家を妬み、侮蔑する貴族達からは「看取りの天使」と呼ばれ忌み嫌われる存在ともなっている。
看護人に対する悪評は、いつしか様々な尾鰭が付いている。最近サブリナが耳にしたのは
「看護するとの甘い言葉で、病で弱った人間に寄生し世話をする対価として、法外な金品を搾取した挙句、何かの毒を使って死期を早めている」と言うものだ。
だが、サブリナはそんな評判も噂も気にしない。自分達は自分の思うように病人を看護するだけだ。その価値は世話をした人たちに伝わっていれば良いと思っているから、その通り名すらもサブリナにとっては誇らしいものであった。
ノックの音にサブリナはハッと顔を上げた。
依頼の書簡を見るのに夢中になっていた。
病人の家庭にどの看護者を行かせるのかの判断は、サブリナの仕事の中でも最重要だ。
病気の内容、患者の状態、貴族なのか平民なのか、どんな家庭環境か、それらの内容を慎重に吟味して、ぴったり合う看護者を派遣する。これが失敗すると病人に要らぬ負担をかけてしまうから、サブリナはいつでも集中して頭をフル回転させている。時間が分からなくなることなど、日常茶飯事だ。
見れば、机の前にシスター・ルイージがにこにこしながら立っている。
「ブリー、時間ですよ。行けますか?」
「やだっ!!すっかり忘れてたわ、報告会。もちろん大丈夫、行くわ」
バタバタと片付けながら立ち上がる。
やれやれ、何かしら?まさか縁談ではないと思うけど・・・
心のなかでふと出た自虐めいた考えにサブリナは苦笑するとシスター・ルイージと共に執務室を後にした。
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