地獄

四ノ瀬 了

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憂晴

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 私は速水医師を案内した後、廊下に立って彼らの会話を聞こうと思いましたが、なにやらぼそぼそとして、よく聞こえないまま、鬱屈とていました。医師、精神科医、電話した時の声の落ち着きよう、少ししわがれたような低い声から、私は勝手に中肉中背の優し気な中年男性を想像していました。現れた速水医師は、まるで研修医かと見まがう程若々しく、私と違い、溌溂としたエリート的印象を受け、私はすっかり打ちのめされてしまったのでした。

 扉が開いた瞬間、目の前に飛び込んできた私を見て速水医師はぎょっとした表情を歪めはしましたが、顔だけであり、部屋の中の主には気が付かれないような自然な素振りで部屋を出、後ろ手に扉を閉めると、目で廊下を進むように私に指示し、私の目の前を横切っていきました。真っ白い顔をして、その中で目が鋭く光りました。真っ白い、それは彼が不健康と言うわけでは無く、職業や性格柄外に出ないからでしょう。

 廊下をしばらく進み、舞阪の居室からリビングへ行ったところで速水医師をはようやく私を振り返り、目を細め、眉間に軽く皴を寄せ、私は、ぁっ、と声を出しそうになるのを、堪えて、微笑を作って、言いました。

「どうです、舞阪さんの調子は。」

 速水医師の眉間のしわが和らぎ、目つきが自然なものに変わっていきます。

「ああ、手当したよ。外傷は大したことない。心は、どうかな。」

 速水医師はそう言ってキッチンの方へ進んでいき、勝手知ったように珈琲を入れ始めました。私の嫌な予感、それが私の中で加速し始め、私は速水の方へ、ゆっくり近づきながら、言いました。

「どこまで聞いてるんです。」
「……。」

 速水医師は私を値踏みするように見てから「君は、舞阪君の何だね。何故ここに居る。」と言いました。
 
 その瞬間、私は心の中で歓喜しました。何故なら、舞阪は私のことをこの男に話していないと思ったからです。はい?それが私にとって何故歓喜に値するか、って?わかりませんか。舞阪が私のことを、人に話すまでもない、とるに足らない生物だと思っている、その証明になるから。私は舞坂さんにとって、とるに足らなくなる程、イイのです。存在しようがしまいが、殺すことさえ、厭わないくらい、そのくらいになれば、イイと思っています。

 しかし、すぐに考え直します。だって、目の前の男が、信用できない、嘘を言っているのかもしれないから。私はこの男のことをまだ知らない、それからほとんど信用していません。精神科医と言う職業を騙った詐欺師を、信用していないからです。精神科医と会話するくらいなら占い師と会話したほうがまだ得るものがあるね。

「舞阪さんから、聞いてないんですか、俺のこと。」
「ああ、彼は何も言ってなかったよ。」

 その時の、一瞬の勝ち誇ったような絶妙なこの医師の顔をみなさんにお見せてやりたいくらいです。馬鹿だこいつ。私はもう一切この男のことが、嫌いになりましたよ。

「そう、俺は舞坂さんと最近友達になったんです。蜂谷真と言います。休暇で、2人でここに泊まることになってたんです。でも、いろいろ予定が狂って、電話をするのも億劫になってしまった舞阪さんの代わりに私が貴方を電話で呼ぶことになった。いろいろ予定が狂って、この部分のこと、どこまで舞阪は、貴方に話しましたか。」
「ああ、そう。お友達。うん、やっぱり彼は君のことなんか一言も口にしなかったな。」

 速水はあからさまに嘲るような表情をしました。

「悪いけど、医者には守秘義務があるから。」
「あ、そう……、…ああ、沖が、どうとか、言ってませんでした、舞阪。」

 速水は唇の片側を引きつらせ、元に戻し、黙り始めました。こいつ、本当に精神科医か?舞阪さん、騙されてますよ、こんな風に表情をコロコロ変えるような人間が、詐欺師的な職業何て向いてないんだから。

「先生、ねぇ、」

 私は、黙ってしまった速水医師の方へゆっくりと、夕方に伸びていく影のように近づいていき、キッチンの方にまで回り込んでいきました。速水の珈琲に湯を注ぐてがとまり、彼はポットを置き、私の方に向き直りました。私は、右手を上げると自分の頭の横でくるくると人差し指を回しました。彼の視線が一度指の方へ向いて、私の方へ、今度は険しい顔でじっと見据えてきます。近づくと、目鼻立ちがかなりはっきりしているのがわかりました。それで実年齢より若く見るのかもしれません。私は左手をキッチンテーブルについて、彼を覗き込むように見ました。

「なるほど、言ってたんですね、舞阪は、沖がどうとか。あのね、先生、先生は長いこと舞阪のこと、みてるんですってね、だから、先生のことを信用して、俺がはっきり言います。先生、俺が舞阪を助けたんですよ。でね、いなかったよ、沖なんて、そんな人、ちゃんと見元を洗いましたけど、舞阪をあんな目に遭わせたのは彼の余多にいる商売敵の人間で、沖なんかじゃないんですよ……。それを彼、精神的なショックで、沖だって、言い張ってるんですよ。俺にも言いましたからね、はっきり、楽しそうにね……、違う、と、訂正する気も、起きませんでしたよ。だって、それで舞阪の心が、今以上に、狂……いや、どうにかなったら、俺は責任がとれませんから。」

 私はくるくる回していた指を止め、目の前の男の表情の変化を見守っていました。不思議と彼は、何か安心したような表情になり、軽く顔を赤らめていました。私は、そのまま指をゆっくりキッチンテーブルの上を芋虫のようにゆっくりと這わせて、つ、と先生の指先に当てました。男は、一瞬火傷でもしたかのように手を引っ込めかける動作をし、テーブルに爪を立てるように手に力を入れましたが、すぐに弛緩し、また私と男の指がくっついた状態になりました。私は彼の指先の横腹を指先で撫で始めました。

「せんせい、私、先生にひとつ、嘘をつきました。」

 男は呆けた表情で私を見ています。

「おわかりでしょう。私、舞阪の友人なんかじゃ、ないのです、当ててみて……。」
「……、……」
「おわかりにならない?」

 私は彼の手の甲に自分の手を重ね、もう片方の手で男の履いているジーパン、底に通されたベルトに手を這わせ始めました。はじめ、やはり若干この男は抵抗と言うか、後退するような姿勢を見せましたが、私は意に介さずそのまま進め、彼の下着から彼の立派なブツが零れ出たところでキッチンの床に跪いて彼の腰を抱きながら頬づりをし始めました。

「ねぇ……、まだ……、おわかりにならない、」

 私はそう言って、彼が答える前に、彼の物を口の中に含み遊びはじめました。上の方で、止めないか君、等と最初こそ何か言っていましたが、それが呻き声に変わるのにそう時間はかかりませんでした。し、口の中で、彼が、どんどん、大きくなっていきます。ああ。キッチンの影になった部分で私はずっと速水医師を吸って、それから背後で扉があく音を聞きました。速水医師の脚の筋肉の緊張、異常な発汗が手と顔に伝わってきました。私は一度わざと大きく音を立てて吸う、と、速水はキッチンテーブルの上で、どん!と大きく拳を叩きつけ、私を血走った目で一瞬見降ろし、前を向き直りましたが、私は止めませんでした。

「ああ、俺の分も入れてくれたの。ありがとうございます。」

 何も知らない舞阪が、呑気に、二つ並んだ湯気の立ったマグカップを向こう側から見て、そんな風に言いながらこちらに向かって来ます。全く普段と変わらない、元気な調子で、安心しました。あの程度の出来事でへこまれる方ではありませんからね。私は器用に、彼の腰をおしこむようにし、喉で、ごくごく、と、吸って、最後までやりました。その時ぶるぶる彼が震え、ぁっといって、かがみ、その拍子に口から、ぼろん、と速水先生の雄がこぼれ、私の顔をうって、私の顔、そして、キッチンの下棚の扉に大量の精子が飛び散ったのです、が、流石、医者って機転が利きますよね。速水は手早く下半身の乱れを整え、下棚の扉を開け放ち、扉の染みを見えないようにしながら、キッチンテーブルの上にのっていた余った挽いたコーヒー粉の残りを勢いよく、まるで転んだとみせかけて周囲にまき散らし、おかげで精の臭いが、かき消されたのです。

「なんだ、蜂谷、居たのか。なにしてるんだお前。」

 私は顔を拭いながら、ゆっくり立ち上がり、振り返りました。普段と変わらない彼が立っています。

「いや、マグカップが足りないというから、一緒に探してたんです、ね、先生。」

 私は下腹部をおさえぎみにして、キッチンに手を付いている先生を横目で振り見て、にっこり、笑いました。

「そうだ……、蜂谷君に手伝ってもらってたんだ。」

 彼はそう言って顔を拭った時には、ほとんど赤みもない元の真っ白い顔に戻って、私の横に並んで舞阪の方を見、「それで手が滑って、私が悪いんだ。」と言いました。私は「いや、私が悪いんです。全部ね。」と言って、舞阪に私を罰するための理由を与えました。速水がもっと気が利かない男であれば、もっと大きな罰がつくれたのですが、速水は速水で面白いところもあるとわかり、私の中の鬱憤の少しは、晴れたと言うものでした。
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