10 / 17
10.花屋の男
しおりを挟む
夢見産業から贈り物としてベッドが届き、その寝心地たるや夢のようであった。しかし、敢えて感謝のメールも会いに行くこともしない。彼のことは嫌いではないが、そのような安い人間だと思い込まれても困るのだ。
一ノ瀬はベッドから頭を出して、ベッド以外惨憺たる状態の部屋を見てげんなりしてきた。いままでショボい座るだけでギシギシいうベッドを使い続けていたために、特に気にならなかったが、このベッドにこの部屋は見合わな過ぎた。ベッドのすぐわきにPCが備え付けられ、横には新しく無料で作成してもらった贈り物の美しい名刺、PCの備え付けられたテーブルの下には、これまた贈り物として届けられた性玩具、コスプレ衣装が散乱している。
軽く伸びをしながら掃除をしようか考えたが、そんな気も起きない。そういえば昔、美容師の木村がそういう時は「花」を買うといいと洒落たアドバイスをしてきた。花を置けば花のために周囲をきれいに保とうという気が起き環境を維持できるというのだ。一ノ瀬は一笑に付し、木村の女々しさを散々馬鹿にしてキレられたが、悪くない選択だ。
花のことを考え始めた時、ふと仕事のことを思い出した。山下がいくらかおすすめとして挙げてくれた企業の中に、園芸、種花を専門として扱う大企業があった。
ベッドから這い出て会社について調べ始めた。夢見産業と同じく一族経営の会社、陽光種苗は園芸に関するものなら自社開発製品から輸入ものまで何でも扱った。ここなら様々な物が売り込める。
問題は自分が狙える人間がいるかどうかだ。
現社長には二人の息子がいて、長男の名前が例のリストに載っていた。しかし問題なのがこの長男、会社を継ぐのを次男に譲り、自分は拒否して遊びまわっているらしく、攻略したところで弱みを握るくらいしかできない。最早跡継ぎ候補でもないバカ息子の弱みを握られたくらいで社長が一ノ瀬の言うことをホイホイ聞くようになるとも思えない。
考えあぐねて長男のインスタを拝見してみると、どうやら本人は趣味で陽光種苗系列の花屋で店長職として働いているらしいことがわかった。本人の写真はないが、色とりどりの花や木の写真が並び、見ていて癒されないこともなかった。
なるほど、意外と芸術肌、優しすぎる男のため会社経営などという煩雑で責任感のある仕事を避けたいのかもしれない。しかし、敢えて自社系列の花屋を選んで働いているところを見ると、全く親のやっている事業に興味がないわけでもないのだろう。よくわからない男だ。
当該の花屋「サンルーフ」は一ノ瀬の家から電車で1時間程度のところにあり、少し遠い。しかし、花を買うついでに偵察くらいしてみてもいいだろう。
◆
甘ったるい花の匂いと爽やかな緑の匂い。花屋に足を踏み入れた瞬間から、買い物客の視線が気になって仕方がなかった。花屋に来るような木村のようなキザったらしい連中だ。美しい物には目がないのだ。
サンルーフの言う名前の通り、天井の一部がぶち抜かれて直接太陽光が店内を煌々と照らし、まるで森林のようなよい雰囲気を作り出していた。
店員と思われる長身で髪を奇麗なブロンドに染めた男が、奥の方で客と話をしていた。ブロンドに染めるなど明らかに遊び人だ。こちらに背を向けておりよく見えない。彼が例の長男であれば「佐伯」という苗字のはずだ。花を見に来たのにじっと男を見ているのもおかしいため、自分の部屋に飾るための華を探し始めた。しかし、こういったものの選び方がわからない。
「何かお探しですか?プレゼントでしょうか。」
背の低い女の店員が、可愛らしい笑顔で話しかけてくる。若干の下心があるのか妙に距離が近い。普段であれば大歓迎だが思わず口の中で舌打ちをしてしまった。自分が話したいのはあの男であってこの女ではない。しかし、無視することもできないので、話を合わせた。
「そうです。母に……」
「お母様にですね、でしたら……」
ホイホイ話に乗せられているうちに、イエローのガーベラを選ぶことになった。ではレジへと言われレジに目を向けると例の男がレジの向こうに立ち目が合うと微笑みかけてきた。睫毛が長く、細い鼻筋、薄い唇をしており、体躯に似合わずきれいな顔つきだと思った。自分には劣るのだろうが。
「恵さん、僕が包むから大丈夫だよ。」
「ほんと、じゃあお願いしますね、佐伯さん。」
きた。こいつが佐伯未来だ。一ノ瀬は高揚感を隠しながら佐伯の前に向かった。佐伯は丁寧な手つきでガーベラをビニールで包んでいく。その指先は花屋の仕事で使い込んでいるせいか軽く爛れていたが、こういった仕事や作業で形作られた人間の身体の一部を一ノ瀬は好んでいた。自分の顔のような無個性な美しさより、こういったもののほうが美しく感じられ羨ましかった。
「ガーベラの花言葉をご存じですか。」
佐伯の手を見据えていた一ノ瀬は思わず顔を上げて彼を軽く見上げた。
「いえ、知りません。」
「黄色のガーベラには大きく二つの意味があります。」
佐伯はじっと目を細めて一ノ瀬を見降ろしてつづけた。
「ひとつは、『親しみやすさ、やさしさ』、もうひとつは……」
佐伯がそこで黙るので、呆然と次の言葉を待っていると、包み終えたガーベラを差し出される。
「『究極美』、ですよ。」
「……。」
一ノ瀬は差し出されたガーベラを受け取る前に、レジのトレイに金を並べ、それからゆっくりと花を受け取った。
「いつもそんな風に花言葉を教えてくれるんですか。」
佐伯は意味深な笑い方をしてそれ以上口を開こうとしない。つい皮肉の一つも言ってやりたくなる。
「佐伯さん、『やさしさ』と『究極美』が両立するなんてありえないですよ。優しい物は汚いし、穢れたものは美しいと相場が決まっている。」
そう言い残して店を後にした。
◆
部屋にガーベラを飾って一週間、部屋は多少マシになったが、肝心のガーベラの元気がなくなってきた。
頃合いもいいので、再度「サンルーフ」に顔を出すことにした。
平日の昼間ということもあり、店内には自分以外客がおらず、静かだった。
「また来ましたね。」
背後からかけられた声は明らかに佐伯だった。彼はつづけた。
「てっきり嫌われたのかと思ってましたよ。まだお名前も聞いていないのに。」
一ノ瀬がゆっくりと振り返ると、大きな植木ばさみを持ちエプロンに葉っぱと木くずをつけた佐伯が立っていた。シザーマンみたいだなと思ったが黙っていた。
ここぞとばかりに名刺を取り出して、佐伯に渡すと少し驚いた顔をしてソレを眺めていた。
「へえ、世間に疎い僕でも知っている会社だ。それに随分センスのいい名刺ですね。」
「ありがとうございます。ここの上位会社、陽光種苗さんなんかにも営業で回っているんです。そこで、この花屋の話を聞いて足を運んでみたわけです。確かにセンスのいいお店です。前回の非礼はお許しください。」
陽光種苗の名前を出した途端に、一瞬佐伯の表情が変わったのがわかった。確実にコイツがバカ息子だ。
「へえ、誰がウチの話をしてくれたんです。」
「確か山野さんという方です。ただし、私は門前払いされてしまったので、ほとんど話ができていないんですよ。」
「ふーん……」
「佐伯、さんはここを任されているんですよね?佐伯さんから、なんとか取り入ってもらえません?まあ、陽光種苗さんなんてデカい組織だ。難しいですよねぇ。」
「‥‥‥‥。」
佐伯は何か考えるそぶりをして、こちらを見降ろしていた。それから急に若干嘲るような口調で言った。
「なるほど、あなたはそうやって容姿で営業を仕掛けるプロなわけですね。」
「……。」
「はあ、とんだハニートラップだな。男でもそんな奴がいるとは。……俺のことも調べてきたのか?」
一ノ瀬が黙っていると、佐伯はつづけた。
「まあ、どちらでもいいです。あなたが知っているか知らないのかはおいておいて、僕の父は陽光種苗の社長ですよ。まあ、見限られていますから、こんな仕事してるんですけどね。」
「そうですか。では、貴方と話しても見込みなしということでしょうか。さようなら。」
佐伯の表情がさらに曇っていく。一ノ瀬はそれを無視してそのまま店から出ようとしたが後ろから腕を掴まれた。
「なるほど、”穢れたものは美しい”ね。それを地でやっていく男だな。」
「……。見込みがあるんですか?…‥まあ、私は見込みがあると思って二回もここに来たんですけどね。この店の内装、商品、抜群のセンスですよ。他の系列店とは格が違う。花や木への愛が感じられますよ。」
日が高くなり陽光が一層店内に差し込んだ。佐伯の見降ろした先に光をまとった悪魔が微笑んでいた。
◆
佐伯は日時を指定して、別の日に一ノ瀬を呼び出した。それも、朝の八時集合だ。
てっきりデートコースからの性行為の流れかと思っていたが、待ち合わせ所は「サンルーフ」で到着すると動きやすそうな作業着を着た佐伯が立っていた。
「あれ、一ノ瀬さん今日もスーツですか?」
「これが一番映えるんですよ。そちらこそ、今日は休みでは?」
佐伯は首を横に振って開店前の店内に一ノ瀬を招き入れた。店内は掃除も準備も整っており、いつでも店を開くことができそうだ。他の従業員は誰もいない。
「今日は僕だけで一日店を回しますから、一ノ瀬さんは僕を手伝ってください。」
佐伯はにこにことほほ笑みながら一ノ瀬の腰に手を回してレジの向こう側へと連れて行った。
「花屋の仕事なんて、やったこと……」
「そんなこともとめてません。」
脚が止まり、佐伯にぶつかるようにして立ち尽くすと佐伯が指をレジの上に向けて指していた。
「え?」
「そこにうつぶせになれ」
「……いいですけど」
思った以上の変態に当たってしまったかもしれないという若干の後悔と共に、レジの上にうつぶせに身体を倒すと案の定後ろからのしかかれ、ベルトを外されパンツをおろされ始めた。花と樹木の臭いがむんむんと鼻をつき、異様な感覚に若干の興奮を覚えた。
「開店は8時15分なんでそれまでに頑張って。」
「え」
何か言う前に下半身に明らかに怒張したそれが押し付けられ、マジかよと思う間もなく中に侵入、動き始めた。
「なんだ?このガバガバの尻は。スケベ営業周りすぎるとこんなになるのか?こんなんじゃ開店しちまいますよ。」
「……なんだと?」
身体に力を軽く入れ、舐めるように中を締めあげて腰を揺らした。案の定強気だった声が若干甘くなり、軽く声を上げ始めた。目線を軽く上げるとこじゃれた時計が8時10分を指している。目を閉じ、全神経を下半身に集中させ自分も軽く声を上げて扇情的な雰囲気を出す。
「いいですね……佐伯さん、はやく、もう、はやくイッてください……こんなにこっちだって頑張ってんだ」
「……んん、ちょっと待て」
覆いかぶさるように佐伯が一ノ瀬のすぐ横に手をついて顔を近づけてきた。中の肉棒の角度がかわり思わず軽く声が出た。すぐ背後でする息遣いは明らかに一ノ瀬のうなじ当たりの匂いを嗅いでいた。
「……あはは、くすぐったいですよ、どんな、においです?」
「……汚らしく爛れたにおいだ、たまらない」
そうして臭いを嗅ぎながら佐伯が先に果て、一ノ瀬は果てることなく8時15分を迎えた。
◆
「はい、こちらで1340円になりますね。」
上から明るく張りのある爽やかな声が聞こえ、女性客が和やかに「ありがとうございます。」と花を受け取って帰っていった。口の中からゆっくりと肉棒が引き抜かれ、彼がレジの下を屈みこんで見下げてきた。
「どうだ?爛れて汚いアンタにぴったりの仕事でしょう。そのまま一日そうして、俺がレジ打ってるときは俺の物を咥えているんだ。そうしたら親父に掛け合ってやる。」
「……今までのお客で一番変態だよ、アンタ。やっぱり俺は見る目があるね。」
店のドアが開く音がして佐伯が立ち上がり、再び目の前に肉棒が突きだされた。
口内にそれをいれこみ、何とか佐伯をよがらせようと口を動かすが、そうなる前に彼の方から肉棒を引き抜きレジから店の中の方へ出て行ってしまう。
半日それを繰り返しお昼になると、奥のスタッフ用の部屋で彼が作ってきたらしいこじゃれたサンドイッチとハーブティーを出された。どちらもよい香りがし、センスの良い色どりだ。黙ってそれを口に入れていると、彼自身は何も食べずにじっとりとした視線でこちらを見続けた。
午後になると再びレジの下に囲われ、同じことを繰り返した。
「うーん、もうちょっと派手な感じにしてくれないか?」
中年の男性客が、佐伯にいちゃもんをつけはじめ、何度も店内とレジを往復し始めた。
そのたびにチャンスだとばかりに一物に刺激を与え続け、途中からいままでにない確実な勃起が始まった。
「ん……っ、こちらでは……どうでしょ」
「んんー、ちょっと地味すぎ、これを抜いてさ」
「……!うあ!」
「あ?兄ちゃん、どうした?」
上で佐伯が喘ぎ始め、無理やり肉棒を口から抜き取ろうとするので、手で腰のあたりを押さえつけてガッチリとホールドし、そのまま喉の奥まで咥え込み、舐め上げた。こっちにまで聞こえる荒れた息遣いに、客が引き始め、しかし心配そうな声をかけ続けていた。
上目づかいで佐伯の方を見やると、必死こいて笑顔を作ってはいたが、顔が完全に紅潮し汗をだらだらと垂らしていた。口内で舌と喉の肉を顫動させ、音を立てないようにじっとりと吸い上げると、バンっと大きな音を出して、佐伯がレジに手をつき、中に熱い液体がだされていった。
中年客が帰ったと同時にレジの下から出され、スタッフ用の部屋に通された。
後ろで、息をあらげ顔を紅潮させた佐伯が震えていた。
そのまま壁に身体を押し付けられ、今までにないような笑い怒ったような表情をした顔をつきつけてくる。
「ふざけるなよ……」
「は?なにがですか?あなたの指示通りに『仕事』しただけなんですけど。」
「……。」
「アンタは良いセンスしてるから、俺も良いセンスで応えてやってんだ。怒るなよ。まだ続きするのか?別に俺は良いよ。」
「もういい。しばらくここにいろよ。店が閉まったら散々ここで掘ってやる。それで終わりだ、今日はな。」
佐伯は精の臭いを漂わせながら部屋を出ていった。スタッフルームも植物の香りに囲まれてよい香りがした。昼の残りのハーブティーを飲みながらのんびりしていると眠気がやってきて、そのままテーブルに伏して寝てしまった。
目が覚めると、上から毛布を掛けられており、ゆっくり顔を上げるとじっと見ていたのか目の前に座った佐伯と目が合った。サイコパスは、クローゼットに被害者が逃げ込むと開けるでもなく目の前に立ち尽くして自ら出てくるのを待つという話を何故か思い出した。
「おはよう、一ノ瀬さん。いい夢見れた?もうお店は閉店ですよ。これからじっくり遊びましょう。」
◆
陽光種苗との契約書は郵送で送られてきた。
一緒に「サネカヅラ」という赤い実をつける樹木の小さな鉢植えがついてきた。
花言葉を調べると「また会いましょう」と出る。まったくキザな男だ。
一ノ瀬はベッドから頭を出して、ベッド以外惨憺たる状態の部屋を見てげんなりしてきた。いままでショボい座るだけでギシギシいうベッドを使い続けていたために、特に気にならなかったが、このベッドにこの部屋は見合わな過ぎた。ベッドのすぐわきにPCが備え付けられ、横には新しく無料で作成してもらった贈り物の美しい名刺、PCの備え付けられたテーブルの下には、これまた贈り物として届けられた性玩具、コスプレ衣装が散乱している。
軽く伸びをしながら掃除をしようか考えたが、そんな気も起きない。そういえば昔、美容師の木村がそういう時は「花」を買うといいと洒落たアドバイスをしてきた。花を置けば花のために周囲をきれいに保とうという気が起き環境を維持できるというのだ。一ノ瀬は一笑に付し、木村の女々しさを散々馬鹿にしてキレられたが、悪くない選択だ。
花のことを考え始めた時、ふと仕事のことを思い出した。山下がいくらかおすすめとして挙げてくれた企業の中に、園芸、種花を専門として扱う大企業があった。
ベッドから這い出て会社について調べ始めた。夢見産業と同じく一族経営の会社、陽光種苗は園芸に関するものなら自社開発製品から輸入ものまで何でも扱った。ここなら様々な物が売り込める。
問題は自分が狙える人間がいるかどうかだ。
現社長には二人の息子がいて、長男の名前が例のリストに載っていた。しかし問題なのがこの長男、会社を継ぐのを次男に譲り、自分は拒否して遊びまわっているらしく、攻略したところで弱みを握るくらいしかできない。最早跡継ぎ候補でもないバカ息子の弱みを握られたくらいで社長が一ノ瀬の言うことをホイホイ聞くようになるとも思えない。
考えあぐねて長男のインスタを拝見してみると、どうやら本人は趣味で陽光種苗系列の花屋で店長職として働いているらしいことがわかった。本人の写真はないが、色とりどりの花や木の写真が並び、見ていて癒されないこともなかった。
なるほど、意外と芸術肌、優しすぎる男のため会社経営などという煩雑で責任感のある仕事を避けたいのかもしれない。しかし、敢えて自社系列の花屋を選んで働いているところを見ると、全く親のやっている事業に興味がないわけでもないのだろう。よくわからない男だ。
当該の花屋「サンルーフ」は一ノ瀬の家から電車で1時間程度のところにあり、少し遠い。しかし、花を買うついでに偵察くらいしてみてもいいだろう。
◆
甘ったるい花の匂いと爽やかな緑の匂い。花屋に足を踏み入れた瞬間から、買い物客の視線が気になって仕方がなかった。花屋に来るような木村のようなキザったらしい連中だ。美しい物には目がないのだ。
サンルーフの言う名前の通り、天井の一部がぶち抜かれて直接太陽光が店内を煌々と照らし、まるで森林のようなよい雰囲気を作り出していた。
店員と思われる長身で髪を奇麗なブロンドに染めた男が、奥の方で客と話をしていた。ブロンドに染めるなど明らかに遊び人だ。こちらに背を向けておりよく見えない。彼が例の長男であれば「佐伯」という苗字のはずだ。花を見に来たのにじっと男を見ているのもおかしいため、自分の部屋に飾るための華を探し始めた。しかし、こういったものの選び方がわからない。
「何かお探しですか?プレゼントでしょうか。」
背の低い女の店員が、可愛らしい笑顔で話しかけてくる。若干の下心があるのか妙に距離が近い。普段であれば大歓迎だが思わず口の中で舌打ちをしてしまった。自分が話したいのはあの男であってこの女ではない。しかし、無視することもできないので、話を合わせた。
「そうです。母に……」
「お母様にですね、でしたら……」
ホイホイ話に乗せられているうちに、イエローのガーベラを選ぶことになった。ではレジへと言われレジに目を向けると例の男がレジの向こうに立ち目が合うと微笑みかけてきた。睫毛が長く、細い鼻筋、薄い唇をしており、体躯に似合わずきれいな顔つきだと思った。自分には劣るのだろうが。
「恵さん、僕が包むから大丈夫だよ。」
「ほんと、じゃあお願いしますね、佐伯さん。」
きた。こいつが佐伯未来だ。一ノ瀬は高揚感を隠しながら佐伯の前に向かった。佐伯は丁寧な手つきでガーベラをビニールで包んでいく。その指先は花屋の仕事で使い込んでいるせいか軽く爛れていたが、こういった仕事や作業で形作られた人間の身体の一部を一ノ瀬は好んでいた。自分の顔のような無個性な美しさより、こういったもののほうが美しく感じられ羨ましかった。
「ガーベラの花言葉をご存じですか。」
佐伯の手を見据えていた一ノ瀬は思わず顔を上げて彼を軽く見上げた。
「いえ、知りません。」
「黄色のガーベラには大きく二つの意味があります。」
佐伯はじっと目を細めて一ノ瀬を見降ろしてつづけた。
「ひとつは、『親しみやすさ、やさしさ』、もうひとつは……」
佐伯がそこで黙るので、呆然と次の言葉を待っていると、包み終えたガーベラを差し出される。
「『究極美』、ですよ。」
「……。」
一ノ瀬は差し出されたガーベラを受け取る前に、レジのトレイに金を並べ、それからゆっくりと花を受け取った。
「いつもそんな風に花言葉を教えてくれるんですか。」
佐伯は意味深な笑い方をしてそれ以上口を開こうとしない。つい皮肉の一つも言ってやりたくなる。
「佐伯さん、『やさしさ』と『究極美』が両立するなんてありえないですよ。優しい物は汚いし、穢れたものは美しいと相場が決まっている。」
そう言い残して店を後にした。
◆
部屋にガーベラを飾って一週間、部屋は多少マシになったが、肝心のガーベラの元気がなくなってきた。
頃合いもいいので、再度「サンルーフ」に顔を出すことにした。
平日の昼間ということもあり、店内には自分以外客がおらず、静かだった。
「また来ましたね。」
背後からかけられた声は明らかに佐伯だった。彼はつづけた。
「てっきり嫌われたのかと思ってましたよ。まだお名前も聞いていないのに。」
一ノ瀬がゆっくりと振り返ると、大きな植木ばさみを持ちエプロンに葉っぱと木くずをつけた佐伯が立っていた。シザーマンみたいだなと思ったが黙っていた。
ここぞとばかりに名刺を取り出して、佐伯に渡すと少し驚いた顔をしてソレを眺めていた。
「へえ、世間に疎い僕でも知っている会社だ。それに随分センスのいい名刺ですね。」
「ありがとうございます。ここの上位会社、陽光種苗さんなんかにも営業で回っているんです。そこで、この花屋の話を聞いて足を運んでみたわけです。確かにセンスのいいお店です。前回の非礼はお許しください。」
陽光種苗の名前を出した途端に、一瞬佐伯の表情が変わったのがわかった。確実にコイツがバカ息子だ。
「へえ、誰がウチの話をしてくれたんです。」
「確か山野さんという方です。ただし、私は門前払いされてしまったので、ほとんど話ができていないんですよ。」
「ふーん……」
「佐伯、さんはここを任されているんですよね?佐伯さんから、なんとか取り入ってもらえません?まあ、陽光種苗さんなんてデカい組織だ。難しいですよねぇ。」
「‥‥‥‥。」
佐伯は何か考えるそぶりをして、こちらを見降ろしていた。それから急に若干嘲るような口調で言った。
「なるほど、あなたはそうやって容姿で営業を仕掛けるプロなわけですね。」
「……。」
「はあ、とんだハニートラップだな。男でもそんな奴がいるとは。……俺のことも調べてきたのか?」
一ノ瀬が黙っていると、佐伯はつづけた。
「まあ、どちらでもいいです。あなたが知っているか知らないのかはおいておいて、僕の父は陽光種苗の社長ですよ。まあ、見限られていますから、こんな仕事してるんですけどね。」
「そうですか。では、貴方と話しても見込みなしということでしょうか。さようなら。」
佐伯の表情がさらに曇っていく。一ノ瀬はそれを無視してそのまま店から出ようとしたが後ろから腕を掴まれた。
「なるほど、”穢れたものは美しい”ね。それを地でやっていく男だな。」
「……。見込みがあるんですか?…‥まあ、私は見込みがあると思って二回もここに来たんですけどね。この店の内装、商品、抜群のセンスですよ。他の系列店とは格が違う。花や木への愛が感じられますよ。」
日が高くなり陽光が一層店内に差し込んだ。佐伯の見降ろした先に光をまとった悪魔が微笑んでいた。
◆
佐伯は日時を指定して、別の日に一ノ瀬を呼び出した。それも、朝の八時集合だ。
てっきりデートコースからの性行為の流れかと思っていたが、待ち合わせ所は「サンルーフ」で到着すると動きやすそうな作業着を着た佐伯が立っていた。
「あれ、一ノ瀬さん今日もスーツですか?」
「これが一番映えるんですよ。そちらこそ、今日は休みでは?」
佐伯は首を横に振って開店前の店内に一ノ瀬を招き入れた。店内は掃除も準備も整っており、いつでも店を開くことができそうだ。他の従業員は誰もいない。
「今日は僕だけで一日店を回しますから、一ノ瀬さんは僕を手伝ってください。」
佐伯はにこにことほほ笑みながら一ノ瀬の腰に手を回してレジの向こう側へと連れて行った。
「花屋の仕事なんて、やったこと……」
「そんなこともとめてません。」
脚が止まり、佐伯にぶつかるようにして立ち尽くすと佐伯が指をレジの上に向けて指していた。
「え?」
「そこにうつぶせになれ」
「……いいですけど」
思った以上の変態に当たってしまったかもしれないという若干の後悔と共に、レジの上にうつぶせに身体を倒すと案の定後ろからのしかかれ、ベルトを外されパンツをおろされ始めた。花と樹木の臭いがむんむんと鼻をつき、異様な感覚に若干の興奮を覚えた。
「開店は8時15分なんでそれまでに頑張って。」
「え」
何か言う前に下半身に明らかに怒張したそれが押し付けられ、マジかよと思う間もなく中に侵入、動き始めた。
「なんだ?このガバガバの尻は。スケベ営業周りすぎるとこんなになるのか?こんなんじゃ開店しちまいますよ。」
「……なんだと?」
身体に力を軽く入れ、舐めるように中を締めあげて腰を揺らした。案の定強気だった声が若干甘くなり、軽く声を上げ始めた。目線を軽く上げるとこじゃれた時計が8時10分を指している。目を閉じ、全神経を下半身に集中させ自分も軽く声を上げて扇情的な雰囲気を出す。
「いいですね……佐伯さん、はやく、もう、はやくイッてください……こんなにこっちだって頑張ってんだ」
「……んん、ちょっと待て」
覆いかぶさるように佐伯が一ノ瀬のすぐ横に手をついて顔を近づけてきた。中の肉棒の角度がかわり思わず軽く声が出た。すぐ背後でする息遣いは明らかに一ノ瀬のうなじ当たりの匂いを嗅いでいた。
「……あはは、くすぐったいですよ、どんな、においです?」
「……汚らしく爛れたにおいだ、たまらない」
そうして臭いを嗅ぎながら佐伯が先に果て、一ノ瀬は果てることなく8時15分を迎えた。
◆
「はい、こちらで1340円になりますね。」
上から明るく張りのある爽やかな声が聞こえ、女性客が和やかに「ありがとうございます。」と花を受け取って帰っていった。口の中からゆっくりと肉棒が引き抜かれ、彼がレジの下を屈みこんで見下げてきた。
「どうだ?爛れて汚いアンタにぴったりの仕事でしょう。そのまま一日そうして、俺がレジ打ってるときは俺の物を咥えているんだ。そうしたら親父に掛け合ってやる。」
「……今までのお客で一番変態だよ、アンタ。やっぱり俺は見る目があるね。」
店のドアが開く音がして佐伯が立ち上がり、再び目の前に肉棒が突きだされた。
口内にそれをいれこみ、何とか佐伯をよがらせようと口を動かすが、そうなる前に彼の方から肉棒を引き抜きレジから店の中の方へ出て行ってしまう。
半日それを繰り返しお昼になると、奥のスタッフ用の部屋で彼が作ってきたらしいこじゃれたサンドイッチとハーブティーを出された。どちらもよい香りがし、センスの良い色どりだ。黙ってそれを口に入れていると、彼自身は何も食べずにじっとりとした視線でこちらを見続けた。
午後になると再びレジの下に囲われ、同じことを繰り返した。
「うーん、もうちょっと派手な感じにしてくれないか?」
中年の男性客が、佐伯にいちゃもんをつけはじめ、何度も店内とレジを往復し始めた。
そのたびにチャンスだとばかりに一物に刺激を与え続け、途中からいままでにない確実な勃起が始まった。
「ん……っ、こちらでは……どうでしょ」
「んんー、ちょっと地味すぎ、これを抜いてさ」
「……!うあ!」
「あ?兄ちゃん、どうした?」
上で佐伯が喘ぎ始め、無理やり肉棒を口から抜き取ろうとするので、手で腰のあたりを押さえつけてガッチリとホールドし、そのまま喉の奥まで咥え込み、舐め上げた。こっちにまで聞こえる荒れた息遣いに、客が引き始め、しかし心配そうな声をかけ続けていた。
上目づかいで佐伯の方を見やると、必死こいて笑顔を作ってはいたが、顔が完全に紅潮し汗をだらだらと垂らしていた。口内で舌と喉の肉を顫動させ、音を立てないようにじっとりと吸い上げると、バンっと大きな音を出して、佐伯がレジに手をつき、中に熱い液体がだされていった。
中年客が帰ったと同時にレジの下から出され、スタッフ用の部屋に通された。
後ろで、息をあらげ顔を紅潮させた佐伯が震えていた。
そのまま壁に身体を押し付けられ、今までにないような笑い怒ったような表情をした顔をつきつけてくる。
「ふざけるなよ……」
「は?なにがですか?あなたの指示通りに『仕事』しただけなんですけど。」
「……。」
「アンタは良いセンスしてるから、俺も良いセンスで応えてやってんだ。怒るなよ。まだ続きするのか?別に俺は良いよ。」
「もういい。しばらくここにいろよ。店が閉まったら散々ここで掘ってやる。それで終わりだ、今日はな。」
佐伯は精の臭いを漂わせながら部屋を出ていった。スタッフルームも植物の香りに囲まれてよい香りがした。昼の残りのハーブティーを飲みながらのんびりしていると眠気がやってきて、そのままテーブルに伏して寝てしまった。
目が覚めると、上から毛布を掛けられており、ゆっくり顔を上げるとじっと見ていたのか目の前に座った佐伯と目が合った。サイコパスは、クローゼットに被害者が逃げ込むと開けるでもなく目の前に立ち尽くして自ら出てくるのを待つという話を何故か思い出した。
「おはよう、一ノ瀬さん。いい夢見れた?もうお店は閉店ですよ。これからじっくり遊びましょう。」
◆
陽光種苗との契約書は郵送で送られてきた。
一緒に「サネカヅラ」という赤い実をつける樹木の小さな鉢植えがついてきた。
花言葉を調べると「また会いましょう」と出る。まったくキザな男だ。
20
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。




淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる