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2.美容師の男

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「木村、俺、一ノ瀬だけど、今時間ある?」

一ノ瀬は会社から出てすぐの喫茶店に駆け込み、高校の同級生の木村に電話をかけた。

「リョウちゃん、久しぶりじゃない!急にどうしたのォ?」

「ごめん……仕事中だった?」

木村は美容師として独立し、都内の一等地に自分の店を持っていた。その腕前は予約が3ヶ月待ちになるほどだ。

彼は、自分の店を持つ前、テレビにも出るようなスタイリストが勤務する有名美容室で8年近く修行を積んでいた。彼の師匠達は俗に言うおネエであり、その癖が身についてしまった彼は、仕事中の口調がソッチ寄りになってしまうのであった。

しかし接客においてそれは必ずしもマイナスに働くわけでなく、ギャップ萌えだとか女の心がわかるだとか勝手に解釈され、なかなか人気者なのだ。

「そうなの、でもリョウちゃんの電話だったらいつでも歓迎!パーマ完成まであと5分あるから要件だけ言って!」

「手短に言うと、最近転職して新しくスーツを買いたくて。でも、スーツなんてどれを買えばいいのかわからないんだ。木村なら俺にはどんなのが似合うか分かるんじゃないかって……」

「……あんた、今日仕事何時まで?」

「もう今から暇だけど」

「あたし今日15時には上がる予定なの。一緒に買いに行ってあげる。エステに行く予定だったけどキャンセルするわ。店の最寄り駅わかるでしょ?そこで待ってて。」

「え?そんな急にいいの?」

「リョウちゃんと買い物に行けるなんてこっちからお誘いしたいくらい。じゃ、あとでね。」

電話は忙しなく切れた。同時に注文したコーヒーが届けられ、それを飲みながら携帯を眺めた。まだ13時半。おそらくさっきの進捗会議はまだ終わっていないだろう。なんて無駄な会議なんだ。

あんな模造紙張り出してなんの意味が?ファイルサーバで共有しろ、くどくどと営業部長が毎回同じ演説、元気だけが取り柄のバカ、知性の欠けらも無い下ネタ、気取った態度、足の引っ張り合い、嫉妬、僻み、思い出すだけでイライラしてきた。

コーヒーカップを勢いよく置いたせいで、隣の席に座っていた主婦ふたりがこちらを怪訝そうな目で振り返った。一ノ瀬は苦笑いをして会釈した。主婦達は気味悪そうに目線をそらす。

一ノ瀬は2台持ち携帯のうち「捨ててもいい方」を取りだし、ひとつの掲示板にアクセスした。その掲示板はダークウェブ上にダークウェブ黎明期から構築されているもので、表に出回らない情報、例えば違法薬物売買、モザイク無しの違法動画などへのアクセスが可能であった。

一ノ瀬は検索ワード内に、「経済界」「政界」「有力者」「同性愛者」「ゲイ」「リスト」「ポルノ」など書き込み掲示板内を洗い出した。今や情報の時代である。信用?継続契約?倫理?そんな物どうでもいい。今や情報を持っている方が勝ちなのだ。悲しいかな、一ノ瀬の商売根性は彼の務める社風と必ずしもマッチしていない訳ではなかった。

画面上に様々な有力者の文字が踊る。それから、金銭を要求してくる情報には惜しみなくビットコインを送金し情報を手に入れた。どうせ半分以上がガセネタだ。しかし、中には本物もある。

そんなことをしているうちに、時刻は14時半。一ノ瀬は慌ててコーヒー代を支払い、店をとび出て電車に駆け込んだ。



駅前は平日昼間ということもあり、人気が少ない。ビジネス街では無いためスーツを着ている人間は一ノ瀬ひとりだけであった。駅前のベンチに腰かけ、ピンク色のぷーにゃんの腕時計を見ると15時10分、悪くない時間だ。ぷーにゃんの右手が3の部分、左手が2の部分を指している素敵な時計である。

ベンチに座るや否や遠くから物凄い早足で近づいてくる人物がいる。ブラウンのボアジャケットにピッタリしたハイネックセーターとスキニージーンズを着こなし、街にピッタリの装いと言える。端正な顔立ちが真っ赤になっているのが残念である。

「あ、木村!、ひさし」

「お前、ちょっと来い」

腕をがっしり捕まれ駅前から路地裏までものすごい速さで引っ張られていく。路地裏に着く頃には2人とも軽く息が上がっていた。

「お前!なんだそのナリは!?なめてるのか?そんなだせぇ格好で俺の横を歩くつもりだったのか?お客さんに見られたら恥だぜ、恥!」

「酷いこと言うなよ。恥だと?」

「服を買う前にまず髪だ!」

木村は人目を避けるように汚い路地を選びながら一ノ瀬を店まで引っ張っていった。店の前まで来ると慌ただしくポケットから鍵を出してドアを開くと、店の中に一ノ瀬を押し込んだ。

「そこ!さっさと座る!」

一ノ瀬は言われた通りに1番手前の席に座り、鞄を床に投げおいた。木村は奥からカット用具一式を取り出してきて一ノ瀬の背後に立った。

「もう、せっかくの男前が台無しじゃないの、なんでこういう事するのよ。最初あんただと信じたくなくて遠くから見てたの。でも、他にスーツの人間なんていないし、背丈も似ているしで。はぁ……。」

久しぶりに聞く生のオネェ口調に、変わらないなこの人も、と思う。木村の手が一ノ瀬の髪をふわふわと撫でた。髪の状態を見ているようだ。

「金がない、死ぬわけじゃない、人の視線が気持ち悪い。」 

「死ぬのよ!心が死ぬの!まずはシャンプーから!」

一ノ瀬はシャンプーの気持ちよさにうつらうつらしていたが、冷水を浴びせかけられ無理やり身体を起こされ、ドライヤーをかけられる。

「どう考えても接客に問題がある。」

「問題なのはアンタよ。目を覚ましなさい。金がないって、じゃあなんで転職したの?!前職も悪くなかったでしょ。」

「そりゃあ金と華やかな生活のため。前職は人間関係がな。」

「気が合わない人の1人や2人いるに決まってるわ。私だって散々いびられたわ。」

木村は乱暴にドライヤーをカウンターに置き、髪を整えハサミを入れ始めた。一ノ瀬は前職を思い出して歯がゆい気分になった。

「仕事は悪くは無かったんだけど、社内で付き合ってた人が実は既婚者で慰謝料を請求されてるんだ。」

「……」

「その上隣の席のオタクの同僚にレイプされて噂になり、それでも会社に居座っていたら自主退社して欲しいと言われた。なんでだ?俺は被害者だぞ。辞めさせるならアイツらの方だろ。退職金は出ない。あいつら全員陰湿なんだよ、システムエンジニアなんて根暗の巣窟に違いない。そう思って華やかで遊んでそうな営業職に転職したんだよ。」

「……冗談と思いたいけど、あんたの場合、ああそうなんだとも言いたくなるわね。」

「営業職についたらついたで、身なりがなんだと。スーツ着たのなんて就活と親父の葬儀以来だよ。」

「で、どこの営業さんになったの。」

「四角商事ってところ」

木村は、先週参加したお忍びのゲイパーティーに四角商事の男たちが居たのを思い出した。高級スーツに身を包み、あるいは着られて、きらきらとした笑顔で他の男たちと話していた。四角商事は誰もが知っている超大手の総合商社で、日本の企業としては五本の指に入る。木村は自分の指先が震えていることに気が付いた。この馬鹿は、この×オヤマの2着でいくらのスーツと革靴であの巨大な自社ビルに出入りし勤務しているというのか?

「そう、すごいのね、…良く入れたわね。流石だわ。」
木村はもはやこれ以上狂った情報を一ノ瀬の口から聞きたくはなかった。泥酔しきった三次会、四次会のような場でならまだ耐えられるかもしれないが、素面ではとても無理だ。



木村は自分の出来前に満足して鼻を鳴らした。鏡の中に一ノ瀬は見違えて美人であった。一ノ瀬の表情は曇っていた。久々に自分の顔をはっきりと長時間見ていたことで、嫌な気分になったのだ。人の顔の造形というものには、愛らしさが必要なのに、自分の顔にはそれが欠落しているように思えた。

「はい、可愛い。きれいになったわ。アンタはずぼらだから朝ろくにセットしなくてもいいように軽くパーマもあてておいたから。あとはそのダサスーツね。」

木村は改めて彼の服装を頭から指先まで見渡し、それから彼を連れ立って店を後にした。

木村は真っ先に高級オーダスーツ販売店に彼をつれていき、スーツを何着か着せては脱がせ着せては脱がせを繰り返した。その店は顧客の一人である俳優が愛用している店でもあり、品があり着こなせるものにしか着られない趣があった。

「どっちもいいなあ、リョウちゃんはどっちが良かった?」
「どっちでもいい、安いほうでいい。」
「相変わらずつまんないやつだな、そんなだから女に逃げられるんだぞ。」
「関係ないだろ。女と寝たことないお前に女の何がわかるんだ。」

木村は一ノ瀬の意見を聞くのはやめ、自分の直観とセンスだけでスーツをオーダーした。それから店の脇に置いてある革靴と鞄も追加で買ってしまう。

「パターンオーダーにしたから、できるのは2週間後だ。革靴と鞄だけ持ち帰れ。」
「え?今日は持って帰れないのか?」
「オーダースーツはそんな簡単にできないんだよ。2週間でも早いほうだ。」
「クソだな。×オヤマなら当日持ち帰れたのに。」
店員が仰天した目でこちらを見ているので、木村は一ノ瀬を引きずって店から出た。
通りに出ると、木村はいつもより人の視線が粘っこく自分たちを追ってくるのに気が付いた。

「あ、お金は。」
「俺が払っておいたから、いいよ。大した額じゃないし。」
「いいよって、予算は五万って言っただろ。五万ならある。」
木村は黙ったまま領収書をポケットから取り出し、一ノ瀬に渡した。一ノ瀬は、ゼロの数を五回ほど数えなおしたが、いくら数えても一桁多い。それから、木村はもう一枚紙きれを取り出した。
「こっちは革靴と鞄の分も入っている。」
一ノ瀬は領収書をむしり取り目を剥いた。総額800,000。現在の一ノ瀬の給料手取り満額4か月分を足しても足りなかった。目眩がする。
「は……、払えない。とても。」
木村は突然足を止め、一ノ瀬のほうを向く。それから口の前に右手でオッケーマークを作り、舌を出した。
「こっちで払って」



「ああ、やっぱりお前の舌遣いは最高だ。」

一ノ瀬はソファの足元に屈みこみ、木村の一物を咥えていた。木村は優しく彼の顔を撫でる。一ノ瀬の切れ長の目が上目遣いに木村を見て笑った。たまらなくなり、喉の奥までペニスを差し込むが一ノ瀬はその小さな口で容易にそれを扱った。喉の奥が締められ、ペニスの先端部分は喉で、竿の部分は舌で包まれた。どうしたらそんな動きができるのか木村には永遠の謎であった。

「出そうだ……」

さらに強くペニス全体がつつみこまれ、自分の身体が一ノ瀬の身体の中に消えていくような感覚を覚えた。射精していた。一ノ瀬は、木村から出された精液を口の中で軽く転がしてから飲み込み、木村の上に跨って口をつけた。

「どう?10万円ぶんくらい返せた?」

「……40万円分くらい」

「え?そんなにいいの?」

一ノ瀬は口には出さず脳内でやったぜ!といいながら、木村の耳元をなめ、衣服の上から乳首を探り当てた。自分の下で女にモテるが抱けないみじめな男が喘いでいると思うと気分が良かった。

面白いくらいすぐに木村のペニスは元気を取り戻した。ゆっくりと体重をかけて、下の穴で肉棒を咥え込んでいく。一気に下に落とす前に、カリ首の付近で軽く腰を上下させると木村は顔をしかめたが、悪い気分ではないようだ。

完全に腰を落とす。木村の手が尻をまさぐるように触るのが多少不快ではあったが、そのまま動くことにした。機械的に腰を上げ落としを続けていると、どこかの段階で異様な気持ちよさがやってくる。左手で自分のペニスをしごきながら右手で木村の頭を抱えるようにして近づけ、舌を口の中に入れた。それを五分、十分続けているだけで簡単に木村はイッてしまった。

腰をあげて肉棒を引き抜き、木村の上に膝立ちで乗ったまま自分のペニスをしごき続けた。
「はい、お釣り」
木村の顔面に射精した。



「本当にもらっていいのか?」
一ノ瀬は木村の住むマンションの玄関先で、新品同様のスーツのジャケットとパンツを腕の中に抱えていた。
「もう着てないからいいよ。お前には若干小さいかもしれないが、スーツ届くまで代わりに使え。」
木村は眠そうな顔で頭をかいている。疲れているようだ。
「泊っていかないのか?リョウ。」
「今日は帰ってやることがあるから、また誘うよ。いろいろとありがとう。」
ドアを閉めるとき、木村が名残惜しそうな顔をしているのが見えた。木村によく似あう良い匂いのする清潔な部屋だった。マンションのエレベーターは28階だというのに、ボタンを押してから10秒程度でやってきた。
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