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誰がこっち見ていいって言ったんだカス、え?お前は黙ってお前のやるべきことをしろ。
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怪物と闘う者は、みずからも怪物のならぬようにこころせよ。
汝が久しく深淵を見入る時、深淵もまた汝を見入るのである。
◆
「組長がお呼びです。」
巻が美里に呼び掛けた時、彼は巻を無視して、ベッドの上に座ったまま窓の外を向いていた。絵画かと錯覚する程、動く素振りを寸分も見せないのだった。巻がもう一度声をかけようかと思った時「俺が行かないっていったらどうすんの?」と彼は巻の方を振り見たのだった。振り向きざまに、空気が香ったような気がした。
巻は、川名の元に勤め始めてまだ一年弱だった。その殆どの時間を外の仕事より屋敷の中で行った。身の回りの雑用をこなすことを主に架されて過ごしてきたのだった。そのこと自体に、彼自身満足も不満も無かった。寧ろ自分が、選ばれた側なのでは無いかと思うことが彼の自尊心を高めたのだった。それが今、どうしてか、たった一人年端も変わらないはずの人間に見られただけで、根底からその自尊心が揺らがされたような不安を覚えるのだった。川名の近くにいる仕事と言えば同じだが、役割が違った。巻は、一構成員としての見習い、お付き人に近いのだが、美里は違うのだった。また、何度か屋敷の中で見ているあの男も元はそう。彼らは川名の直下の人間であり、立場的に、幹部連中と同等かため口を聞いてもいい立場にあたるのだった。
「ねぇ、聞こえてんの?マヌケ君。」
巻はハッとして美里を直視した。小奇麗な顔をしているのに、そのアーモンド形の猫目の中の瞳が、何か薄穢い物でも見るような色をして、こちらを見ているのだった。何か下腹部に妙なものを感じる。
「す、すみません、聞いています。もうしわけないですが、組長の命令が優先されますから。来てもらいます。どんな手を使ってでも。」
怒鳴り返されるのだろうかと思った。彼と直接仕事をしたことは無いが、この見た目で、結構厳しいとの噂なのだった。しかし、美里は表情を変えないまま「じゃあまずはもっとここへ人を呼ばなきゃ、人を連れてこなきゃいけないんじゃないかい。どうして始めからそういう段取りができないのか不思議だ。最初から全部ちがくないかい。」と猫なで声で言ったのだった。子どもに言い聞かせるような調子で。巻の表情は余計に強張るばかりである。
この時になってようやく美里の鉄仮面じみた、美貌も伴って非人間的な顔に、さっと不自然な赤みがさしたのだった。彼は伸び伸びとした調子で続けた。
「俺の言うことが気に入らないのか?でも、そうだろう。俺が何か間違ったことを言ってるのなら、言ってくれ。話を遮ってくれてもいいから。お前一人で、俺と対峙して、一体どうするというんだ。馬鹿のお前にわかりやすく説明してあげるよ。この状況で嫌がる俺とお前で揉みあいになったとして、俺は本気でやる、だって絶対行きたくないんだからね、そうするとお前も相応に対処する必要があるんだよ。それなりに本気でやらなきゃいけない。必死にな。お前は俺のことをろくすっぽ知らないで、いや、適当なしょうもない噂程度の知識で、何も準備せず、俺の前に来たのだろうね。でも俺はお前のことを知っている。お前の能力値の大体を把握している。だから、どうとでも、対策できるんだよ。お前は腹の中で、勝手に、俺の見てくれから判断し、俺のことを力づくでどうにかできると踏んできたのだろ。そもそもそこが甘いんだよ。そんなんじゃ、すぐ足元すくわれるんだよ。だから大した仕事も任されてないという現状が全然わかってないのだ貴様は。まぁいいよ、で、お前が力づくでなんとかしようとするとしても、騒ぎにしては、いけないよな。後で、問題になるかもしれないのだから。それとして、お前はお前の仕事を死んでもやり切らないといけない。組長直接命令だから。それでやりあって、俺が怪我でもしたら、俺は別に全然構わないが、あの人はなんていうのかな。お前に対するあの人の今の信頼ってどんなものなのかな。少なくともお前より俺の方が価値があると判断しているよな。そのくらいのことは流石の能無しのお前にもわかりそうなことだ。で、まず何も考えずにこの部屋に来たってことがすぐ川名さんにバレる、自分が能無しだってあらためて自己紹介するようなものだね。でも、お前みたいな馬鹿とは、張り合うのも馬鹿らしく、教育のし甲斐も無く、つまらなく、大変に時間の無駄だから、素直についていってやるよ。そうしたらお前の株も上がるんだろ。はぁい、良かったね。」
美里は寝間着を整えながら裸足のままベッドから降り、巻の前に立ちはだかった。巻の背中にぞくぞくと触られてもいないのに鳥肌が立つのだった。生気が乏しいのに、それゆえ病的に美しいのだった。
「じゃあ、行こう、早く。」
部屋を出ると、巻が美里を連れていくというより、逆。勝手を知ったように先に行く美里の後に巻が付いていく形になるのだった。こうなるともう、美里が巻きを引き連れて歩いてるに近い。美里が通る先に人がいれば脇にどいて首を垂れるのだった。
川名の書斎の前まで来て、美里は足を止め、しばらくそのままにしていたが巻を呆れるように見てため息をついた。
「お前はさっきから何がしてぇの?え?金魚の糞ごっこか?は、つっまんねぇてめぇの一人遊びに俺を巻き込むんじゃねぇえよ……この低能オナニー野郎がよ……。お前が!、俺のために!、この、扉を、開けんだろうが。”連れて来た”って体なんだろう?なぁ~???俺が自らズカズカ入っていったらその前提が成立しないだろうがよ。違うか?そうだろ~?はぁ~あ。これだから嫌なんだよな、新入りの馬鹿と接するのは。頭悪ぃ奴ほど自覚無ぇんだもんなぁ~。だりぃ~。」
美里はため息交じりに欠伸をし、酷くつまらなそうな顔で俯いた。
「すみません、」といいながら、彼の前にずいと出て、扉を開き、彼が中に入るのを見届けてから、閉め、外側を向いて立った。強張っていた体から力が抜けた。
◆
美里は川名の書斎に入るや否や彼の座るデスクの近くに置かれたソファに座った。深く身体が沈んでいく。両腕を背もたれにおいて、そのまま伸びするように天を仰ぐと、天井のさりげない装飾が見える。暗い色彩で描かれたしかし鳳凰とわかる巨鳥が飛翔しているのだった。豪奢なライトを太陽に見立てその周囲をぐるりと羽を広げ飛んでいるのだ。しかし、飛んでいく先は無い。この部屋には、窓が無いのだから。
「調子はどうだ?体力は戻ったか?」
身体を正面に戻しながら「まぁ、大体。」と川名の方を見た。彼は指を組んだ上に顎をついて微笑んでいた。
「じゃあ、もう今日から仕事に戻れるな。」
彼は淡々とした調子で言った。
……霧野の件は?と、つい出かかるのを止めた。藪蛇だろう。
「仕事って何?どういう種類の?」
霧野のことを引っ込めた反動でついため口をきいても、川名が気にする様子も無い。機嫌が良いように見える。顔色が良い。美里は観察した。人でも殺めて来たか?美里が探り調子で川名を眺めるのと反対に、川名は爽やかな調子で言うのだった。
「いつも通りの、仕事のことだ。」
「えっ、いつも通り……?」
「そうだ。ただ、今週末に特殊な仕事を一件だけ、いれてある。そっちの方さえ済めば、お前の方の咎はすべて清算、おしまいってことだ。だからお前はもう今日から通常業務に戻っていい。他の連中にもそう伝えてあるから、何かされる心配も無い。」
「特殊な仕事って何?売春?」
「いや少し毛色が違うな。当日説明する。別に生死を賭けるようなものでもないから心配しなくていい。」
「……。なんです……、それ、貴方のそういうのが一番気味悪いんすよ……」
「話は終わりだ。さっさと事務所に戻って溜まってる仕事を整理してこい。」
……終わり?それだけ?本当に?
川名はもうこちらを見もしないで自分の手元を見ていた。聞きたいことは山ほどあったが、もう、とてもこちらから話しかけていい雰囲気では無かった。身体全体が「失せろ」と言っている。
何を、考えているのだろう。
駄目だ、詮索するだけ無駄だ。彼の術中にはまるだけ。ただ単に飽きただけとかそういう話かもしれない。
彼が終わりというのなら、終わりなんだ。
美里は彼の部屋を後にした。さっき迎えに来た男が立ったままいて、ついて来る素振りも無い。
完全な自由。自由に、なった?
「…………。」
いや、自由になった気にさせられているだけだ。
結局元の位置に戻ってきただけ。
だが、この認識が、大事だ。
屋敷の外に車が停まっていた。そこまでは想定していた。誰かしら足を寄こしているだろうことは。だが、何故寄りにもよって二条の車が迎えに来ているのだろう。最悪だ。暇ではないはずなのに。助手席の方に回り込んだはいいが、つい、乗るのに躊躇していると勢いクラクションを鳴らされ滑り込むように助手席に乗った。足が地面を離れたと同時に車は走り出した。車の中は静謐に満ちていたが、何分程たったか、前を向いたまま、二条が口を開いた。
「実は俺もついさっきまで組長と話していてな、あそこにいたんだよ。で、ついでだからお前を拾っていってやれと言われたわけさ。」
「……そうでしたか、お手数をおかけします。ありがとうございます。」
美里がそういうと唐突に二条が、声を上げて笑いはじめたのだった。美里が怪訝な顔をしていると、二条は笑い声を止めて、しかし笑顔のまま言った。
「なるほど、こうして、ついに、俺も、お前も、あの家から追い出されたって訳だな。」
「え?」
二条が独り言のように言うのに、美里は首を傾けた。
「やっぱり組長はお前に何も伝えてないらしいな。遥はあの家の中に居っぱなしで、出て来てないのはもちろんのこと、組長の外出頻度が減っているんだよ。一体、中で、何をしているんだかね。あんなことまでしておいてよぉ……まったく困ったものだナ……」
「え、あの、家の中に、ずっと……?」
「ああ、そうだよ……。ずるいよなぁ、結局、自分ばっかりいいところ持ってくんだもんねぇ。少し、考え物だと思わねぇ…?……。……。……。なぁ、お前は、どう思う?立場は気にしなくていいから、言ってみろ。」
「……。ああ、そうですか、じゃあ、はっきりいいますけど、アンタの手元に行くよかまだマシかと思いますね。」
「ふふふ、あははは!なるほどねぇ、そうか。お前はそうだよなぁ……。あ、そうだ、すっかり、忘れてた。後部座席に紙袋があるだろう。組長がお前に渡しておいてくれとさ。自分で渡しゃあいいのにねェ~なぜだろうネ!」
バックミラーに黒く光沢のある紙袋が映っていた。
美里は身を乗り出すようにして紙袋を掴み、自分の膝の上に置いた。重み、固形物が入っているようだ。
厭な感じがする。おそらく、これは、このまま、捨ててしまった方が良い。直感がそう語り掛ける。
「………」
「開けねぇのかよ?それ……。」
「貴方には、関係ないでしょう。」
「いや、全然関係あるね。お前が中を確認するところまで確認しろって話、ダ、カ、ラ、サ。」
どうせ、嘘だな。ただ反応を見て愉しみたいだけだろ。まぁ、わかる。その気持ち。それに、嘘を証明する手段も無い以上楯突くことも無意味だ。袋の中にリボンのかかったプレゼントボックスがひとつ。手触りの良いリボンを勢いよく引き、蓋を開いた。
「……。……。」
「何が入ってた?」
「うん、大したもんじゃない。俺が前から気になっていた時計です。なんで今このタイミングなんだろ。」
二条は「へぇ~??」と眉を上げたがそれ以上追求してくることも無かった。車は事務所ではなく、事務所より近い自宅へ向かってもらうことにした。家で準備をして自分の車で向かえばいい。礼もそこそこに、久しぶりに帰宅する。その時足元にまとわりついてくるものがあり、ぎょっとして身を引いたが、何というわけもない、猫のルカが美里とは対照的にどうしてかふくふくと太った健康的な姿で待って居たのだ。ふーん。俺以外の誰かから餌でも貰ってたか?ルカはまおーんまおーんと呑気に鳴いている。
片腕で猫を持ち上げようとしたが以前より重くなり餅のように伸びる猫を何とか腕に抱え上げて家の鍵を開けた。ルカは美里の手から飛び降り、冷たい家の奥へ、一目散に駆けていった。猫を追うでもなく、ベッドの上に座り、箱の中身を手の上に開けた。それは布切れだった。裂かれ、穢された、紅いチョーカーだった物、である。
単なる布切れ如き……、体の奥から、知らない、とめどない何か、が、噴射しそうで、とまらない。それが無性にイライラする。何故あんなゴミのために、乱されないといけないのか?認めない。認めない。それなのに、認めないと思う程に、鮮明な記憶が、五感全体、蘇るのはどうして。その時、毛の塊、ルカが足元をこすったことで、再び、現在に引き戻されるのだった。ルカを抱き上げそのままベッドに寝ころんだ。背後からその首に優しく手を回した。
◆
「三島君。」
霧野を送り届け暗澹たる気持ちで自宅マンションに戻った三島だった。が、その時、暗がりの方から聞きなれた声がして、鍵を取り落としてしまった。その鍵をにゅると長い指がひっかけて拾ってクルクルと弄ばれながら上昇していくのだった。冷汗が背中をつたった。
「いや、いや、いいんだよ、別に、怒ってないんだからね俺。そりゃあもうぜんぜん。ね!!ぜぇんぜん!!!」
「……。」
三島が鍵から彼の方へ上目づかうと、間宮が笑みを浮かべて立っていた。そのはりついたような造り笑顔から本当に怒っていないかどうかは読み取りかねた。つまり、事務所で霧野と一対一になりたいがために、二条が呼んでいると嘘をついて彼を騙し、事務所から追い出したことを、今冷静になって急にどうしてあんなことをができたのか、わからなくなっていた。
「すみませんでした。その、」
「ううん、騙された俺が悪い。熱くなってた俺が悪い。だから、別にいいんだ。」
そう言われてしまうともう返す言葉も無い。頭をもう一度下げてから、聞く。
「それじゃあ、いったい、どういうご用件です?」
「三島君、社会科見学って好きだろ。」
三島の言葉に被せるように間宮は言った。
「え……?なに」
「好きだよな??」
ええ、ああ、はぁ、すき、かも、です、ね、と曖昧に濁しながら厭な予感を覚えるが、断る選択肢は、無い。
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。俺って友達いないから。なぜか独りだと寂しいんだ、最近。」
彼はそう言って鍵を手の中に強く握り込んでそのまま自分のポケットに突っ込んでしまうと三島に背を向け恐ろしい早歩きで去っていく。あ、ちょっと、と、必死にこちらは走って追いかけると、駐車場でようやく追いつき「おっそいよぉ~」と三島の車の天上に腕をかけ身体を揺らしているその揺れで車が若干弾んでいる。
車に乗り込み、彼の指示した方へ向かう。どうにも今来た道を戻っているようだ。
「あ、そうだ。ついでにコンビニよってくれる、あそこの。牛乳買わないといけないから。」
三島がコンビニに付けると、間宮は10分近くコンビニの中に居て、何をしているのかと思えば、ビニール袋を下げ、横に、誰か連れて戻ってきた。
女?細身のパンクな装いの人物。後部座席に、間宮と見知らぬ小柄な人物が乗り込んだ。
「……、誰?」
三島がバックミラー越しに背後を伺うと彼は牛乳パックを傾け直飲みししばらく喉を鳴らしていた。どうしてそれでお腹が壊れないのか?わからない。彼は口からパックを離し正面を向き、パックを握りつぶしながらまた不自然な笑顔を向けてくるのだった。
「いやぁ!たまたまコンビニに寄ったらね、そうだ!!俺にももう一人くらい友達がいたんだ!!ってことを急に、思い出したんだよ!!こういうのは何故か3人チームでやるのが愉しいんだよねぇ~。ついでだから誘っただけ。仲良くしてあげてね。きっと気があうよ。ふふふ。」
「白井です。よろしく。」
「……。三島です。」
白井と名乗った人物は見た目に反して声が酷くハスキーでありメイクで周囲を黒く塗りたくられた目のその瞳までがどこかドス黒く淀んでいるのだった。社交辞令の笑みを小さな口元に浮かべている。本当に彼の言う通り間宮の友達だとして、一体この人と、何を話すというのだろうか。共通する事項が何かあるのか。そういえば、口にピアスが牙のように光っている。大体カタギの部外者をこんな風に連れ回していいわけないだろ。どうしてこんな大胆な行為に及べるのかと言えば、間宮が、彼が人として、トんでいるからで、頼りになる時は本当になるのだが、本質はこちらだということをつい、忘れていた。
しかも、このまま行くと組長の家についてしまう。という時、車は道を逸れるように指示され、組長の家からおよそ五百メートル程度離れた場所にある竹林に誘導された。竹林は誰かの私有地の様ではあるが手入れはされておらず、車のとめられた痕跡が未だ新しく残っている。
手袋を各自配布され、彼の後に付いていく。横に白井が同じようについていっているのだが、視線がずっと間宮の背中の方を見たまま動いていない。この女、気があるのか。だとしたらさらに、話しかける気さえ起こらない。間宮が、二条がいる以上、組の外に女を作る可能性など、考えたことも無かった。10分ほど歩いたか、再び竹林に入り、しばらくすると土壁にぶちあたった。
「ここから中に行けるんだぜ。おもしろいだろ。だいぶ以前に俺が作った隠し通路だ。君達は俺の友達だから特別に教えてあげるんだよ。他の皆には秘密だぜ。」
間宮は地面に屈みこみ、土壁を指さした。その部分の土壁はよく見ると色が変色しており、間宮が指をひっかけて手間に引くと、成人男性が一人ギリギリ入れる程度の穴が出現した。間宮は説明もせず、先に行こうとするので三島は「ちょ、ちょっと待ってください」とつい間宮の肩を掴んだ。頭まで壁の向こう側に入っていたのが、ひょい、と出てきて三島を見上げた。
「どしたの?先行きたいの?」
「いや、だって、ここ……、何のために……」
「組長の家だよ。気になるでしょ、中。三島君、入ったことないだろ、だからさぁ、見せてあげようと思ってぇ。面白いでしょ。あとねぇ、今ここに二条さんが呼ばれてきてるはずなんだよ。だからぁ、何も異常がないかどうかを、見守ってあげないと、ね、そうして、迎えに行ってあげないといけないだろ?この俺が。」
(いや……、知らねぇよ、そんなことは……。)
そこはやはり、川名の自宅なのである。制止しようとしても、力で勝てるわけもなく、また一応立場上兄貴分にあたる間宮の命令に背くこともできないわけで、進むことしかできない。白井は怖気ずいた様子もなく三島がためらっているうちに間宮の後ろについてさっさと中へ入って行ってしまった。クソ!
間宮の先導の元、三人は川名邸の屋根裏を這って移動し、そのところどこどろに人為的に開けられた隙間や穴があることがわかる。どこくらいうろついただろう。間宮が脚を止め、何やら興奮した様子で板の隙間を覗き込みながら手招きをした。まずは白井が、白井は表情も変えずしばらく下を見ていたが小さく「へぇ~」と言って、三島にのぞき穴を譲った。間宮の身体がでかいのと一切動かないせいで、一度に間宮+一人しか見ることが出来ない。三島は横へ行ってぎょっとした。ぼろぼろと何か雨漏りみたいな音がするなと思っていたら横で、ここへ自分達を導いて来たこのコソ泥じみた男が目を見開き涙を流し頭を搔きむしるようにして抱えていた。小さな声で何か言っている。
「ずるい。ずるいよ……。なんでこんなことになってんだよォ……。ええ??ふざけんなよ……、しね……しね……、俺がそれをやられたかったのに……なんで……なんでだよ……」
「……。……。」
三島は、のぞき穴に目を近づけた。アッと声を出しそうになるのを抑え、気分が悪くなった。
下界では、二条と、三島と同い年程のに見える若者が美里を打擲しているのだった。横から延々と間宮の呪詛が聞える。その横顔を白井が一心に平気の面で眺めているという異常。三島は身を引いて再び白井に場を譲って「何も思わない訳?怖くないの?」と白井に問うた。
白井は再び間宮に肩よせるようにして、瞳を穴の方へよせながら「怖い?どうしてこれが怖いんです。」と半分馬鹿にした調子で囁いて、笑いさえしたのだった。
「お兄さん、ヤクザなんでしょう?それなのに、駄目なんですかァ?血、ごときが。」
「いや、別に、ただ不愉快なだけだ、こんな物見ても、」
三島の発言に間宮が「だよな!!!不愉快だよ!!俺は今、怒ってるよ!!ああ゛あ゛!!」と同調するのだが、不愉快と言いながら、下界の景色から目は一切離さないし、貴方に言ってませんよと訂正するのも面倒である。
それから少しして川名がやって来て、何やら二三会話した後、美里を回収して部屋を出ていくのだった。
川名が出ていった後、唐突に二条が、こちらを見上げた。
眼が、あった。
「いるだろ。そこに。」
三島の心臓が跳ねあがるように動いたのとほとんど同時に、間宮が緩んだ天井板を蹴破ってそのまま、凄まじい音を立てながら、二人を置きざりにして下層階に降りたのだった。白井は身を引き、三島も落ちないように咄嗟に身を引いた。天井の一部がはがれ、板が落ちた。
「ああ……、ふふふ、うん……いい……全然平気……流石、二条さんですね、俺を苦しませるために、あんなどうでもいい雑魚を痛めつけて、俺に見せつけるなんてネ……、心が痛くて、とても、気持ちがいいよ……、薫……」
破壊された天井板の欠片がさらに落ち、ぱらぱらと埃が舞っていた。上に居る三島と同様、澪も呆然と状況を理解できないでいる中、二条は特に動じた様子もなく間宮の方を見ていた。
「はァ??何言ってんだてめぇ。お門違いもいいとこだぜ。こっちは仕事でやってんだよ。……ところで、まだ、いるだろ?上に。気配がするな。一体、誰を連れて来た?」
三島は這ったまま後退したがその時板が外れて緩くなった天上の板が軋んで音を立てた。三島は緊張で視界が極端に狭くなり、心臓は恐ろしい速さで鳴った。が、その横でくすくす笑っている者がある。白井である。三島はこの時、目の前にいる人物がカタギではないのではないかという印象を抱いた。再び、下から、間宮の声がした。
「ええ?ふふ、あは、薫こそ何言ってんの?感覚鈍った?俺一人で来たに決まってんじゃんよ。」
「あ、そう。別に詮索はしねぇよ、1mmも興味ねぇからな、てめぇの事なんか。」
「……、……。」
「ああ、おぼっちゃん、大変失礼しました、私の部下が。」
澪は「いや、俺は、大丈夫……」と言いながらも訝し気に間宮の方を見るのだった。
「お詫びに舐めさせましょう。」
「え?」
「足でもどこでも、お望みなら……。」
「いや……、」
「アハハ。……。そんなこと言ってェ~。わかってますよ……。消化不良でしょう?」
二条は澪の方を向いたまま、思い切りすぐ横に呆然と突っ立っていた間宮の頭を徐に掴みそのまま勢いよく畳、地面に叩きつけかと思うと、弾んだ頭を掴み引きずって澪の手元にその頭を近づけ「ほら。」とだけ、言ったのだった。
すると、澪の指に肉の心地よく優しく絡みつく肉、今まで経験したことのないような感触が絡みつき、ちぅ……ちぅ……と時々吸い立てるような粘着質な音が鳴り響き、脊髄に痺れるような感覚が走るのだった。
「う……、!!」
「どうです、存外、イイでしょう。」
「……、……、」
「先ほど、一時、勃起、なさってましたよネ。あの玩具を途中で取り上げられ、せっかくのところを、萎えさせてしまった、その、ほんのささやかな、お詫びだとでもお思い下さい。……おい。」
二条が「おい」と言ったと同時に澪は自分の股間が、二条の部下とかいう謎の男に弄られ始めたのに気が付いた。
「あっ、待゛、……!!!!!」
徐に袴と下着をずりおろされ、そこに見ず知らずの男の頭が入り込み、拒絶したいと同時に、一物が、とてつもないぬめりと引き絞られ、何もかも、吸い込まれ、持っていかれるような強烈な快感がどくんどくんとほとばしり始め、立っているその脚にだんだんと力が、入らなくなってくる、と、それを見越してか、男が澪の腰を抱き、抱えながら、しかし口内に澪のその膨らんだ雄に吸い付く、蛇のように絡めとり粘膜液。男の口内液だけでなく、澪の雄からも噴きこぼれ始め透明な雄汁同士が混ざり合い、くちゃくちゃと音を立て始めた。
抱えられた腰が抜けそうなのを、支えられながら、気が付くと畳の上に、尻をつかされその股座の間に男の頭がすっぽりと収まって、今度は頭ごと、上下に、ぐぽぐぽと、規則的に、蠢き始めるのだった。その間も口内の肉、舌はぬめぬめと肉棒を螺旋を描くように這い回り、吸い、その度、脳内に、下腹部にパチ、パチ、火花散る。
「ん……、くう……、」
ふいに澪は背後に熱い気配を覚えた。が、身体、主に下半身はもうほとんど溶けたようになって、今まで経験したことのない刺激に、ぁぁ!と、身体がのけ反ったその拍子、上から覗き込む二条の顔が見えたのだった。
熱はそこから、来ている。彼の、服の上から見てもわかる太い腕が、澪の細身のすぐ横を通過したかと思うと勢い目の前の白髪頭を掴んで凄まじく激しく、動かし始めたのだ。
おえ゛!!と野太い声と共に、肉同士ががその中で勢い弾み弾けるような肉感に、澪の口から下の苦悶の声と反対の小さな喘ぎ声が漏れた。その時、背後から低い声が響き、背中にまでその振動が伝わる。
「おい……、今……、何か……、きっっっったねぇ声が聞えた気がするが、俺の、気のせいだよなぁ?俺の聞き間違いだなぁ?まさか、おぼっちゃんの、てめぇと違って穢れない奇麗な身体をしゃぶらせてもらってるってのに、薄汚ぇゲロ以下のお前如きが舐めさせてもらっておいて、きったねぇ声出すなんてことあるわけねぇよな?ええ?おい。そうだよな????」
二条の声と共に目の前の強制的に行われる上下運動が激しさを増し、ぐぽぐぽぐぽぐぽと激しさを増して音を立てるが、もう、ぶち!ぶち!と空気と粘液の弾ける音だけで、その”人オナホ”からはもう、自主的な音声が、一切もれなくなったのだった。
が、その舌の動き、口内のぬめり肉の蠢きは一層、澪の下半身を悦ばせるためだけに一心に稼働したのだった。
射精。ぬぽぉ……と舌が精液を最後まで巻き取るようにして陰茎の、その紅い肉の塔の、周囲を螺旋階段のように舐めとって頭が、ゆっくりとあがっていく、いや、二条の手によってあげられていくのを、澪は力の抜け何も考えられなくなったまま、眺めていた。
「あ、あ、」と目の前で白髪の男の唇が開いた拍子に半透明の白濁液が涎のように唇から顎、首に、つぅ、と淫靡な線を描いて、滴っていき、二条の手が、頭から外れたと同時に、目の前の男はすばやく後ずさってそのまま頭を畳にこすり付けるようにしながら「ありがとうございました……」と力ない声で言うのであった。
「……踏んでやって、いいですよ。」
「……え?」
澪の揺れる視界の中に巨大な男の影がある。二条が這いつくばった男のすぐ脇に立って「お立ちになって。さぁ。」と澪に手を伸ばした。
澪は乱れた衣服を戻しながら、ふらふらと立ち上がった。足元でさっきまで自分の一物をしゃぶっていた大きな男が這いつくばったまま、ふるふると震えていた。
「こいつが、どうして震えているかお分かりになりますか。」
「い、いや……。」
「ああ、そう。まぁ、正攻法に、頭でも踏んでやったらよろしい。」
「何故。」
「なに?……何故、ですって?、あはは、おぼっちゃん、面白いこと言う、踏みたいのではなくて?」
「……。」
「遠慮せずに。さぁ。」
澪はこれは提案であっても断ることはほとんど無理という気配を感じた。こんなことは初めてだ。それに別に踏んでやること自体には、失う物も無く、抵抗は無いのだった。その通り、踏む、と、気分が良かったのだが、足の裏が熱を帯び、それから下から、その肉の、びくんびくんと、跳ねるような、のたうつような震えを、感じた。
それは、肉体と、魂の、震えだった。
「この変態はこういうことをされ、悦んで震えているのです。な、そうだろ。」
二条がそう語りかけると、肉が音声を発した。
「……ぁぁ、はい゛、おっしゃる、通りです、……、ありがとうございます、精液めぐんでいただき……その上、穢い私の身体におみ足乗せていただき、大変に、光栄でございます………ぅ……゛……ぅ」
ありがとうございます。と言いながら、明らかに声が、激しく、泣いていた。
その声が、二人の、そして屋根裏の見物者の心を擽ったことは言うまでもないことである。
(薫、薫。どうして、なんで、薫が俺のことを踏んでくれないんだよ。こんなに側に居るのに、こんなよくわからないぽっと出のわけのわからんクソガキなんかのブツしゃぶらせたあげく、俺を踏ませるなんて、なんてこと……なんてことするんだ……、ああ、よく考えたら、三島君にも見られてるんダ…‥こんなみともない姿ヲ……、見られテ……、駄目ダ!このままは、理性が邪魔だよ、薫、おねがい……もっともっと俺を、滅茶苦茶にしてくれないと、俺、壊れちゃう、壊れちゃうんだよ……、壊して欲しい、駄目な自分を……、全部……、おねがい……、自分ガ……、気持ち、悪イカラ……)
畳に痴呆のように垂れ続ける涎の染みが大きくなっていく。
間宮の下着の中がむんむんと周囲に匂いを放つことを憚らない程に、膨れ、濡れ、湿り始めていた。
「下の穴もやらせますか?これでも病気の心配はありません。定期的に検査させてますからね。ひっかかったら、もう、こいつは、存在意義が、ひとつも、ありませんからね。そう、殺ス。……ねぇ。おぼっちゃん、身体が、けだるいでしょう、大丈夫、何もしなくてよろしい、全部こいつが動いてやりますからねぇ……。ほぉら、そこへ寝て。」
間宮は身体を起こしながら、澪を見、それから二条の顔の方へと頭をもたげかけた瞬間、目が合う前に横から平手され身体が吹っ飛んだ。
「なんだ?何してんだ。誰がこっち見ていいって言ったんだカス、え?お前は黙ってお前のやるべきことをしろ。」
地獄の底から響くような声が下腹部を擽った。やるべきこと、ソレハ、目ノ前ノニンゲンヲ主ト思ッテゴ満足イタダクコト、それができないと、主に、恥をかかせることになるのだから。
だからこれはァ、薫のチンポ、薫のチンポ、薫のチンポ、……、
間宮は衣服を脱ぎ、目の前の人間の上に覆いかぶさるように跨り、上下にピストン機械のようにずんずんと動き始めた。勃起する巨鉾は青筋が脈打って、天を衝く。何も無い空間をぼろんぼろんと揺れるだけの玩具。
しごきたい。自分の一物をしごきたい。己の、開いた肉筒の中を、それなりの形、硬さの鋼棒がぐにぐにと激しく、己の体重、勢い、それから絡めとるような肉線の引き締め、で、貫く、貫く!ぁ、ぁ!ニチュ!ビチュ!、激しく肉の打つ音と共に、焦点の会ってない瞳のまま、ああ、「おぼっちゃんのおチンポきもちいです、きもちいです、」(薫様のおチンポきもちい薫様のおチンポきもちい)と言い、のけ反り、全身で、五感で、薫を、捜した。
「イ゛、いい!イク、イク……」
自分の声とは思えない声が出ていって、聞こえる。まず、先に、自分が、出さなければいけない。何故なら、お相手様のチンポ様に感じていないことになり、大変に無礼だからである。とにかくはやくイケ。それが仕事、任務だろ。それしかできない、能無し、だから。薫のことを考えた、他人のチンポで薫のことを考える、考える、「ぁぁぁぁぁ゛……ぁぁっぁぁぁぁ」、間宮の巨筒から先端からの液がドクッ、ドクッ、ドロドロ…‥‥と漏れ溢れ、流れ出部屋中が濃厚な雄臭に溢れた、間宮の肉が、訓練された通りに震えながら丁寧に、弾き締まる、同時に、中に、熱い粘液が、出され、拡がっていくのを感じた。肉でそいつをじゅるじゅると搾り取りながら、じんじんとケツの中が感じて、どくどくが、たまらん……、薫が……、その暗い瞳で、じっとこちらを見ている……。ああ…‥嗚呼……。その方へ震える指が、手が、自然とのびてしまいかけるのを、抑え、目の前の男の肉楔から、腰を浮かせ、抜いた。そして口で丁寧に後始末をしてから、また先ほどと同じように、お礼仕草を一式する。その間も惨めで、さっき他人に突いてもらって興奮の頂点に達したはずの恥ずかしい雄が、また、恥露を我慢しきれず垂らし始めてしまうのだった。
(駄目だ……とまんない……とまんない……)
「ご満足いただけましたァ?」
なにか、薫と、薫の代替肉ディルドが、会話を交わし、喋っているようなのが、もう遠くて、間宮には何にも聞こえていなかった。どのくらいぼーっとしていたのだろう、車に引かれた時のような物凄い衝撃を受けた。脇腹を蹴とばされ襖に勢いよく飛ばされ襖ごと隣の和室に身体が吹っ飛んでおり、これで、天井のみならず、襖も壊してしまったらしい。薫の打撃で頭が天才のように急にさえわたり、ハッと頭を上げると「どうやらなんにも聞いてなかったようだな」とドスのきいた声が、壊れた襖を挟んだ向こう側の部屋から飛んできた。
「は、申し訳ございません……、でした、」
「お前バイクか何かでおぼっちゃんを家まで届けてやれるな。」
「え、あ、はい……。」
立ち上がり、衣服を拾い、着衣しながら、バイク?なんだっけ?今どこに置いてあるんだっけ、駄目だ、また、よくわかんなくなっちゃった、まぁいいや、三島君の車でも借りよ、と考えながら、二条の方を仰ぎ見た。すると彼は「う~ん、いくら位、請求されるかな~。」と素晴らしい程の笑顔で話しかけてきた。
「え……?」
「あはは、とぼけちゃって~。……、全然おもしろくねぇな。え?じゃねぇだろ。ただで許してくれる、帰してくれるとは、到底思えねぇよな、人様の、しかも組長の家をこんなにしておいてよぉ~。てめぇ、送り届けたらすぐ様ここへ戻ってこいよナァ。組長の所へ事情を説明しに行かないといけねぇんだからな!!そうだな、一時間以内に戻ってこなかったら、逃げたとみなして三日三晩ほど病気持ちホームレスでもやってきそうな野蛮な発展場にでも繋いで人集めてやるからよォ。お前がそうされたいのなら、戻ってこなくていいから。はい、じゃ、今からスタートな。」
二条はそう言って携帯のタイマーを動かし始めた。「じゃあ!本番はこの後なんだ!!!!ご褒美!ご褒美!そうだよね!がんばったもん!だって全然、たらないもん!欲しいよ!薫!!!」という喜びと「一体俺を、どうするつもりです?二条さん。どうして、俺に、そんなことするんです?」という恐怖とを同時に抱きながら、間宮は急ぎ澪を伴い、屋敷を一時、後にするのだった。
汝が久しく深淵を見入る時、深淵もまた汝を見入るのである。
◆
「組長がお呼びです。」
巻が美里に呼び掛けた時、彼は巻を無視して、ベッドの上に座ったまま窓の外を向いていた。絵画かと錯覚する程、動く素振りを寸分も見せないのだった。巻がもう一度声をかけようかと思った時「俺が行かないっていったらどうすんの?」と彼は巻の方を振り見たのだった。振り向きざまに、空気が香ったような気がした。
巻は、川名の元に勤め始めてまだ一年弱だった。その殆どの時間を外の仕事より屋敷の中で行った。身の回りの雑用をこなすことを主に架されて過ごしてきたのだった。そのこと自体に、彼自身満足も不満も無かった。寧ろ自分が、選ばれた側なのでは無いかと思うことが彼の自尊心を高めたのだった。それが今、どうしてか、たった一人年端も変わらないはずの人間に見られただけで、根底からその自尊心が揺らがされたような不安を覚えるのだった。川名の近くにいる仕事と言えば同じだが、役割が違った。巻は、一構成員としての見習い、お付き人に近いのだが、美里は違うのだった。また、何度か屋敷の中で見ているあの男も元はそう。彼らは川名の直下の人間であり、立場的に、幹部連中と同等かため口を聞いてもいい立場にあたるのだった。
「ねぇ、聞こえてんの?マヌケ君。」
巻はハッとして美里を直視した。小奇麗な顔をしているのに、そのアーモンド形の猫目の中の瞳が、何か薄穢い物でも見るような色をして、こちらを見ているのだった。何か下腹部に妙なものを感じる。
「す、すみません、聞いています。もうしわけないですが、組長の命令が優先されますから。来てもらいます。どんな手を使ってでも。」
怒鳴り返されるのだろうかと思った。彼と直接仕事をしたことは無いが、この見た目で、結構厳しいとの噂なのだった。しかし、美里は表情を変えないまま「じゃあまずはもっとここへ人を呼ばなきゃ、人を連れてこなきゃいけないんじゃないかい。どうして始めからそういう段取りができないのか不思議だ。最初から全部ちがくないかい。」と猫なで声で言ったのだった。子どもに言い聞かせるような調子で。巻の表情は余計に強張るばかりである。
この時になってようやく美里の鉄仮面じみた、美貌も伴って非人間的な顔に、さっと不自然な赤みがさしたのだった。彼は伸び伸びとした調子で続けた。
「俺の言うことが気に入らないのか?でも、そうだろう。俺が何か間違ったことを言ってるのなら、言ってくれ。話を遮ってくれてもいいから。お前一人で、俺と対峙して、一体どうするというんだ。馬鹿のお前にわかりやすく説明してあげるよ。この状況で嫌がる俺とお前で揉みあいになったとして、俺は本気でやる、だって絶対行きたくないんだからね、そうするとお前も相応に対処する必要があるんだよ。それなりに本気でやらなきゃいけない。必死にな。お前は俺のことをろくすっぽ知らないで、いや、適当なしょうもない噂程度の知識で、何も準備せず、俺の前に来たのだろうね。でも俺はお前のことを知っている。お前の能力値の大体を把握している。だから、どうとでも、対策できるんだよ。お前は腹の中で、勝手に、俺の見てくれから判断し、俺のことを力づくでどうにかできると踏んできたのだろ。そもそもそこが甘いんだよ。そんなんじゃ、すぐ足元すくわれるんだよ。だから大した仕事も任されてないという現状が全然わかってないのだ貴様は。まぁいいよ、で、お前が力づくでなんとかしようとするとしても、騒ぎにしては、いけないよな。後で、問題になるかもしれないのだから。それとして、お前はお前の仕事を死んでもやり切らないといけない。組長直接命令だから。それでやりあって、俺が怪我でもしたら、俺は別に全然構わないが、あの人はなんていうのかな。お前に対するあの人の今の信頼ってどんなものなのかな。少なくともお前より俺の方が価値があると判断しているよな。そのくらいのことは流石の能無しのお前にもわかりそうなことだ。で、まず何も考えずにこの部屋に来たってことがすぐ川名さんにバレる、自分が能無しだってあらためて自己紹介するようなものだね。でも、お前みたいな馬鹿とは、張り合うのも馬鹿らしく、教育のし甲斐も無く、つまらなく、大変に時間の無駄だから、素直についていってやるよ。そうしたらお前の株も上がるんだろ。はぁい、良かったね。」
美里は寝間着を整えながら裸足のままベッドから降り、巻の前に立ちはだかった。巻の背中にぞくぞくと触られてもいないのに鳥肌が立つのだった。生気が乏しいのに、それゆえ病的に美しいのだった。
「じゃあ、行こう、早く。」
部屋を出ると、巻が美里を連れていくというより、逆。勝手を知ったように先に行く美里の後に巻が付いていく形になるのだった。こうなるともう、美里が巻きを引き連れて歩いてるに近い。美里が通る先に人がいれば脇にどいて首を垂れるのだった。
川名の書斎の前まで来て、美里は足を止め、しばらくそのままにしていたが巻を呆れるように見てため息をついた。
「お前はさっきから何がしてぇの?え?金魚の糞ごっこか?は、つっまんねぇてめぇの一人遊びに俺を巻き込むんじゃねぇえよ……この低能オナニー野郎がよ……。お前が!、俺のために!、この、扉を、開けんだろうが。”連れて来た”って体なんだろう?なぁ~???俺が自らズカズカ入っていったらその前提が成立しないだろうがよ。違うか?そうだろ~?はぁ~あ。これだから嫌なんだよな、新入りの馬鹿と接するのは。頭悪ぃ奴ほど自覚無ぇんだもんなぁ~。だりぃ~。」
美里はため息交じりに欠伸をし、酷くつまらなそうな顔で俯いた。
「すみません、」といいながら、彼の前にずいと出て、扉を開き、彼が中に入るのを見届けてから、閉め、外側を向いて立った。強張っていた体から力が抜けた。
◆
美里は川名の書斎に入るや否や彼の座るデスクの近くに置かれたソファに座った。深く身体が沈んでいく。両腕を背もたれにおいて、そのまま伸びするように天を仰ぐと、天井のさりげない装飾が見える。暗い色彩で描かれたしかし鳳凰とわかる巨鳥が飛翔しているのだった。豪奢なライトを太陽に見立てその周囲をぐるりと羽を広げ飛んでいるのだ。しかし、飛んでいく先は無い。この部屋には、窓が無いのだから。
「調子はどうだ?体力は戻ったか?」
身体を正面に戻しながら「まぁ、大体。」と川名の方を見た。彼は指を組んだ上に顎をついて微笑んでいた。
「じゃあ、もう今日から仕事に戻れるな。」
彼は淡々とした調子で言った。
……霧野の件は?と、つい出かかるのを止めた。藪蛇だろう。
「仕事って何?どういう種類の?」
霧野のことを引っ込めた反動でついため口をきいても、川名が気にする様子も無い。機嫌が良いように見える。顔色が良い。美里は観察した。人でも殺めて来たか?美里が探り調子で川名を眺めるのと反対に、川名は爽やかな調子で言うのだった。
「いつも通りの、仕事のことだ。」
「えっ、いつも通り……?」
「そうだ。ただ、今週末に特殊な仕事を一件だけ、いれてある。そっちの方さえ済めば、お前の方の咎はすべて清算、おしまいってことだ。だからお前はもう今日から通常業務に戻っていい。他の連中にもそう伝えてあるから、何かされる心配も無い。」
「特殊な仕事って何?売春?」
「いや少し毛色が違うな。当日説明する。別に生死を賭けるようなものでもないから心配しなくていい。」
「……。なんです……、それ、貴方のそういうのが一番気味悪いんすよ……」
「話は終わりだ。さっさと事務所に戻って溜まってる仕事を整理してこい。」
……終わり?それだけ?本当に?
川名はもうこちらを見もしないで自分の手元を見ていた。聞きたいことは山ほどあったが、もう、とてもこちらから話しかけていい雰囲気では無かった。身体全体が「失せろ」と言っている。
何を、考えているのだろう。
駄目だ、詮索するだけ無駄だ。彼の術中にはまるだけ。ただ単に飽きただけとかそういう話かもしれない。
彼が終わりというのなら、終わりなんだ。
美里は彼の部屋を後にした。さっき迎えに来た男が立ったままいて、ついて来る素振りも無い。
完全な自由。自由に、なった?
「…………。」
いや、自由になった気にさせられているだけだ。
結局元の位置に戻ってきただけ。
だが、この認識が、大事だ。
屋敷の外に車が停まっていた。そこまでは想定していた。誰かしら足を寄こしているだろうことは。だが、何故寄りにもよって二条の車が迎えに来ているのだろう。最悪だ。暇ではないはずなのに。助手席の方に回り込んだはいいが、つい、乗るのに躊躇していると勢いクラクションを鳴らされ滑り込むように助手席に乗った。足が地面を離れたと同時に車は走り出した。車の中は静謐に満ちていたが、何分程たったか、前を向いたまま、二条が口を開いた。
「実は俺もついさっきまで組長と話していてな、あそこにいたんだよ。で、ついでだからお前を拾っていってやれと言われたわけさ。」
「……そうでしたか、お手数をおかけします。ありがとうございます。」
美里がそういうと唐突に二条が、声を上げて笑いはじめたのだった。美里が怪訝な顔をしていると、二条は笑い声を止めて、しかし笑顔のまま言った。
「なるほど、こうして、ついに、俺も、お前も、あの家から追い出されたって訳だな。」
「え?」
二条が独り言のように言うのに、美里は首を傾けた。
「やっぱり組長はお前に何も伝えてないらしいな。遥はあの家の中に居っぱなしで、出て来てないのはもちろんのこと、組長の外出頻度が減っているんだよ。一体、中で、何をしているんだかね。あんなことまでしておいてよぉ……まったく困ったものだナ……」
「え、あの、家の中に、ずっと……?」
「ああ、そうだよ……。ずるいよなぁ、結局、自分ばっかりいいところ持ってくんだもんねぇ。少し、考え物だと思わねぇ…?……。……。……。なぁ、お前は、どう思う?立場は気にしなくていいから、言ってみろ。」
「……。ああ、そうですか、じゃあ、はっきりいいますけど、アンタの手元に行くよかまだマシかと思いますね。」
「ふふふ、あははは!なるほどねぇ、そうか。お前はそうだよなぁ……。あ、そうだ、すっかり、忘れてた。後部座席に紙袋があるだろう。組長がお前に渡しておいてくれとさ。自分で渡しゃあいいのにねェ~なぜだろうネ!」
バックミラーに黒く光沢のある紙袋が映っていた。
美里は身を乗り出すようにして紙袋を掴み、自分の膝の上に置いた。重み、固形物が入っているようだ。
厭な感じがする。おそらく、これは、このまま、捨ててしまった方が良い。直感がそう語り掛ける。
「………」
「開けねぇのかよ?それ……。」
「貴方には、関係ないでしょう。」
「いや、全然関係あるね。お前が中を確認するところまで確認しろって話、ダ、カ、ラ、サ。」
どうせ、嘘だな。ただ反応を見て愉しみたいだけだろ。まぁ、わかる。その気持ち。それに、嘘を証明する手段も無い以上楯突くことも無意味だ。袋の中にリボンのかかったプレゼントボックスがひとつ。手触りの良いリボンを勢いよく引き、蓋を開いた。
「……。……。」
「何が入ってた?」
「うん、大したもんじゃない。俺が前から気になっていた時計です。なんで今このタイミングなんだろ。」
二条は「へぇ~??」と眉を上げたがそれ以上追求してくることも無かった。車は事務所ではなく、事務所より近い自宅へ向かってもらうことにした。家で準備をして自分の車で向かえばいい。礼もそこそこに、久しぶりに帰宅する。その時足元にまとわりついてくるものがあり、ぎょっとして身を引いたが、何というわけもない、猫のルカが美里とは対照的にどうしてかふくふくと太った健康的な姿で待って居たのだ。ふーん。俺以外の誰かから餌でも貰ってたか?ルカはまおーんまおーんと呑気に鳴いている。
片腕で猫を持ち上げようとしたが以前より重くなり餅のように伸びる猫を何とか腕に抱え上げて家の鍵を開けた。ルカは美里の手から飛び降り、冷たい家の奥へ、一目散に駆けていった。猫を追うでもなく、ベッドの上に座り、箱の中身を手の上に開けた。それは布切れだった。裂かれ、穢された、紅いチョーカーだった物、である。
単なる布切れ如き……、体の奥から、知らない、とめどない何か、が、噴射しそうで、とまらない。それが無性にイライラする。何故あんなゴミのために、乱されないといけないのか?認めない。認めない。それなのに、認めないと思う程に、鮮明な記憶が、五感全体、蘇るのはどうして。その時、毛の塊、ルカが足元をこすったことで、再び、現在に引き戻されるのだった。ルカを抱き上げそのままベッドに寝ころんだ。背後からその首に優しく手を回した。
◆
「三島君。」
霧野を送り届け暗澹たる気持ちで自宅マンションに戻った三島だった。が、その時、暗がりの方から聞きなれた声がして、鍵を取り落としてしまった。その鍵をにゅると長い指がひっかけて拾ってクルクルと弄ばれながら上昇していくのだった。冷汗が背中をつたった。
「いや、いや、いいんだよ、別に、怒ってないんだからね俺。そりゃあもうぜんぜん。ね!!ぜぇんぜん!!!」
「……。」
三島が鍵から彼の方へ上目づかうと、間宮が笑みを浮かべて立っていた。そのはりついたような造り笑顔から本当に怒っていないかどうかは読み取りかねた。つまり、事務所で霧野と一対一になりたいがために、二条が呼んでいると嘘をついて彼を騙し、事務所から追い出したことを、今冷静になって急にどうしてあんなことをができたのか、わからなくなっていた。
「すみませんでした。その、」
「ううん、騙された俺が悪い。熱くなってた俺が悪い。だから、別にいいんだ。」
そう言われてしまうともう返す言葉も無い。頭をもう一度下げてから、聞く。
「それじゃあ、いったい、どういうご用件です?」
「三島君、社会科見学って好きだろ。」
三島の言葉に被せるように間宮は言った。
「え……?なに」
「好きだよな??」
ええ、ああ、はぁ、すき、かも、です、ね、と曖昧に濁しながら厭な予感を覚えるが、断る選択肢は、無い。
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。俺って友達いないから。なぜか独りだと寂しいんだ、最近。」
彼はそう言って鍵を手の中に強く握り込んでそのまま自分のポケットに突っ込んでしまうと三島に背を向け恐ろしい早歩きで去っていく。あ、ちょっと、と、必死にこちらは走って追いかけると、駐車場でようやく追いつき「おっそいよぉ~」と三島の車の天上に腕をかけ身体を揺らしているその揺れで車が若干弾んでいる。
車に乗り込み、彼の指示した方へ向かう。どうにも今来た道を戻っているようだ。
「あ、そうだ。ついでにコンビニよってくれる、あそこの。牛乳買わないといけないから。」
三島がコンビニに付けると、間宮は10分近くコンビニの中に居て、何をしているのかと思えば、ビニール袋を下げ、横に、誰か連れて戻ってきた。
女?細身のパンクな装いの人物。後部座席に、間宮と見知らぬ小柄な人物が乗り込んだ。
「……、誰?」
三島がバックミラー越しに背後を伺うと彼は牛乳パックを傾け直飲みししばらく喉を鳴らしていた。どうしてそれでお腹が壊れないのか?わからない。彼は口からパックを離し正面を向き、パックを握りつぶしながらまた不自然な笑顔を向けてくるのだった。
「いやぁ!たまたまコンビニに寄ったらね、そうだ!!俺にももう一人くらい友達がいたんだ!!ってことを急に、思い出したんだよ!!こういうのは何故か3人チームでやるのが愉しいんだよねぇ~。ついでだから誘っただけ。仲良くしてあげてね。きっと気があうよ。ふふふ。」
「白井です。よろしく。」
「……。三島です。」
白井と名乗った人物は見た目に反して声が酷くハスキーでありメイクで周囲を黒く塗りたくられた目のその瞳までがどこかドス黒く淀んでいるのだった。社交辞令の笑みを小さな口元に浮かべている。本当に彼の言う通り間宮の友達だとして、一体この人と、何を話すというのだろうか。共通する事項が何かあるのか。そういえば、口にピアスが牙のように光っている。大体カタギの部外者をこんな風に連れ回していいわけないだろ。どうしてこんな大胆な行為に及べるのかと言えば、間宮が、彼が人として、トんでいるからで、頼りになる時は本当になるのだが、本質はこちらだということをつい、忘れていた。
しかも、このまま行くと組長の家についてしまう。という時、車は道を逸れるように指示され、組長の家からおよそ五百メートル程度離れた場所にある竹林に誘導された。竹林は誰かの私有地の様ではあるが手入れはされておらず、車のとめられた痕跡が未だ新しく残っている。
手袋を各自配布され、彼の後に付いていく。横に白井が同じようについていっているのだが、視線がずっと間宮の背中の方を見たまま動いていない。この女、気があるのか。だとしたらさらに、話しかける気さえ起こらない。間宮が、二条がいる以上、組の外に女を作る可能性など、考えたことも無かった。10分ほど歩いたか、再び竹林に入り、しばらくすると土壁にぶちあたった。
「ここから中に行けるんだぜ。おもしろいだろ。だいぶ以前に俺が作った隠し通路だ。君達は俺の友達だから特別に教えてあげるんだよ。他の皆には秘密だぜ。」
間宮は地面に屈みこみ、土壁を指さした。その部分の土壁はよく見ると色が変色しており、間宮が指をひっかけて手間に引くと、成人男性が一人ギリギリ入れる程度の穴が出現した。間宮は説明もせず、先に行こうとするので三島は「ちょ、ちょっと待ってください」とつい間宮の肩を掴んだ。頭まで壁の向こう側に入っていたのが、ひょい、と出てきて三島を見上げた。
「どしたの?先行きたいの?」
「いや、だって、ここ……、何のために……」
「組長の家だよ。気になるでしょ、中。三島君、入ったことないだろ、だからさぁ、見せてあげようと思ってぇ。面白いでしょ。あとねぇ、今ここに二条さんが呼ばれてきてるはずなんだよ。だからぁ、何も異常がないかどうかを、見守ってあげないと、ね、そうして、迎えに行ってあげないといけないだろ?この俺が。」
(いや……、知らねぇよ、そんなことは……。)
そこはやはり、川名の自宅なのである。制止しようとしても、力で勝てるわけもなく、また一応立場上兄貴分にあたる間宮の命令に背くこともできないわけで、進むことしかできない。白井は怖気ずいた様子もなく三島がためらっているうちに間宮の後ろについてさっさと中へ入って行ってしまった。クソ!
間宮の先導の元、三人は川名邸の屋根裏を這って移動し、そのところどこどろに人為的に開けられた隙間や穴があることがわかる。どこくらいうろついただろう。間宮が脚を止め、何やら興奮した様子で板の隙間を覗き込みながら手招きをした。まずは白井が、白井は表情も変えずしばらく下を見ていたが小さく「へぇ~」と言って、三島にのぞき穴を譲った。間宮の身体がでかいのと一切動かないせいで、一度に間宮+一人しか見ることが出来ない。三島は横へ行ってぎょっとした。ぼろぼろと何か雨漏りみたいな音がするなと思っていたら横で、ここへ自分達を導いて来たこのコソ泥じみた男が目を見開き涙を流し頭を搔きむしるようにして抱えていた。小さな声で何か言っている。
「ずるい。ずるいよ……。なんでこんなことになってんだよォ……。ええ??ふざけんなよ……、しね……しね……、俺がそれをやられたかったのに……なんで……なんでだよ……」
「……。……。」
三島は、のぞき穴に目を近づけた。アッと声を出しそうになるのを抑え、気分が悪くなった。
下界では、二条と、三島と同い年程のに見える若者が美里を打擲しているのだった。横から延々と間宮の呪詛が聞える。その横顔を白井が一心に平気の面で眺めているという異常。三島は身を引いて再び白井に場を譲って「何も思わない訳?怖くないの?」と白井に問うた。
白井は再び間宮に肩よせるようにして、瞳を穴の方へよせながら「怖い?どうしてこれが怖いんです。」と半分馬鹿にした調子で囁いて、笑いさえしたのだった。
「お兄さん、ヤクザなんでしょう?それなのに、駄目なんですかァ?血、ごときが。」
「いや、別に、ただ不愉快なだけだ、こんな物見ても、」
三島の発言に間宮が「だよな!!!不愉快だよ!!俺は今、怒ってるよ!!ああ゛あ゛!!」と同調するのだが、不愉快と言いながら、下界の景色から目は一切離さないし、貴方に言ってませんよと訂正するのも面倒である。
それから少しして川名がやって来て、何やら二三会話した後、美里を回収して部屋を出ていくのだった。
川名が出ていった後、唐突に二条が、こちらを見上げた。
眼が、あった。
「いるだろ。そこに。」
三島の心臓が跳ねあがるように動いたのとほとんど同時に、間宮が緩んだ天井板を蹴破ってそのまま、凄まじい音を立てながら、二人を置きざりにして下層階に降りたのだった。白井は身を引き、三島も落ちないように咄嗟に身を引いた。天井の一部がはがれ、板が落ちた。
「ああ……、ふふふ、うん……いい……全然平気……流石、二条さんですね、俺を苦しませるために、あんなどうでもいい雑魚を痛めつけて、俺に見せつけるなんてネ……、心が痛くて、とても、気持ちがいいよ……、薫……」
破壊された天井板の欠片がさらに落ち、ぱらぱらと埃が舞っていた。上に居る三島と同様、澪も呆然と状況を理解できないでいる中、二条は特に動じた様子もなく間宮の方を見ていた。
「はァ??何言ってんだてめぇ。お門違いもいいとこだぜ。こっちは仕事でやってんだよ。……ところで、まだ、いるだろ?上に。気配がするな。一体、誰を連れて来た?」
三島は這ったまま後退したがその時板が外れて緩くなった天上の板が軋んで音を立てた。三島は緊張で視界が極端に狭くなり、心臓は恐ろしい速さで鳴った。が、その横でくすくす笑っている者がある。白井である。三島はこの時、目の前にいる人物がカタギではないのではないかという印象を抱いた。再び、下から、間宮の声がした。
「ええ?ふふ、あは、薫こそ何言ってんの?感覚鈍った?俺一人で来たに決まってんじゃんよ。」
「あ、そう。別に詮索はしねぇよ、1mmも興味ねぇからな、てめぇの事なんか。」
「……、……。」
「ああ、おぼっちゃん、大変失礼しました、私の部下が。」
澪は「いや、俺は、大丈夫……」と言いながらも訝し気に間宮の方を見るのだった。
「お詫びに舐めさせましょう。」
「え?」
「足でもどこでも、お望みなら……。」
「いや……、」
「アハハ。……。そんなこと言ってェ~。わかってますよ……。消化不良でしょう?」
二条は澪の方を向いたまま、思い切りすぐ横に呆然と突っ立っていた間宮の頭を徐に掴みそのまま勢いよく畳、地面に叩きつけかと思うと、弾んだ頭を掴み引きずって澪の手元にその頭を近づけ「ほら。」とだけ、言ったのだった。
すると、澪の指に肉の心地よく優しく絡みつく肉、今まで経験したことのないような感触が絡みつき、ちぅ……ちぅ……と時々吸い立てるような粘着質な音が鳴り響き、脊髄に痺れるような感覚が走るのだった。
「う……、!!」
「どうです、存外、イイでしょう。」
「……、……、」
「先ほど、一時、勃起、なさってましたよネ。あの玩具を途中で取り上げられ、せっかくのところを、萎えさせてしまった、その、ほんのささやかな、お詫びだとでもお思い下さい。……おい。」
二条が「おい」と言ったと同時に澪は自分の股間が、二条の部下とかいう謎の男に弄られ始めたのに気が付いた。
「あっ、待゛、……!!!!!」
徐に袴と下着をずりおろされ、そこに見ず知らずの男の頭が入り込み、拒絶したいと同時に、一物が、とてつもないぬめりと引き絞られ、何もかも、吸い込まれ、持っていかれるような強烈な快感がどくんどくんとほとばしり始め、立っているその脚にだんだんと力が、入らなくなってくる、と、それを見越してか、男が澪の腰を抱き、抱えながら、しかし口内に澪のその膨らんだ雄に吸い付く、蛇のように絡めとり粘膜液。男の口内液だけでなく、澪の雄からも噴きこぼれ始め透明な雄汁同士が混ざり合い、くちゃくちゃと音を立て始めた。
抱えられた腰が抜けそうなのを、支えられながら、気が付くと畳の上に、尻をつかされその股座の間に男の頭がすっぽりと収まって、今度は頭ごと、上下に、ぐぽぐぽと、規則的に、蠢き始めるのだった。その間も口内の肉、舌はぬめぬめと肉棒を螺旋を描くように這い回り、吸い、その度、脳内に、下腹部にパチ、パチ、火花散る。
「ん……、くう……、」
ふいに澪は背後に熱い気配を覚えた。が、身体、主に下半身はもうほとんど溶けたようになって、今まで経験したことのない刺激に、ぁぁ!と、身体がのけ反ったその拍子、上から覗き込む二条の顔が見えたのだった。
熱はそこから、来ている。彼の、服の上から見てもわかる太い腕が、澪の細身のすぐ横を通過したかと思うと勢い目の前の白髪頭を掴んで凄まじく激しく、動かし始めたのだ。
おえ゛!!と野太い声と共に、肉同士ががその中で勢い弾み弾けるような肉感に、澪の口から下の苦悶の声と反対の小さな喘ぎ声が漏れた。その時、背後から低い声が響き、背中にまでその振動が伝わる。
「おい……、今……、何か……、きっっっったねぇ声が聞えた気がするが、俺の、気のせいだよなぁ?俺の聞き間違いだなぁ?まさか、おぼっちゃんの、てめぇと違って穢れない奇麗な身体をしゃぶらせてもらってるってのに、薄汚ぇゲロ以下のお前如きが舐めさせてもらっておいて、きったねぇ声出すなんてことあるわけねぇよな?ええ?おい。そうだよな????」
二条の声と共に目の前の強制的に行われる上下運動が激しさを増し、ぐぽぐぽぐぽぐぽと激しさを増して音を立てるが、もう、ぶち!ぶち!と空気と粘液の弾ける音だけで、その”人オナホ”からはもう、自主的な音声が、一切もれなくなったのだった。
が、その舌の動き、口内のぬめり肉の蠢きは一層、澪の下半身を悦ばせるためだけに一心に稼働したのだった。
射精。ぬぽぉ……と舌が精液を最後まで巻き取るようにして陰茎の、その紅い肉の塔の、周囲を螺旋階段のように舐めとって頭が、ゆっくりとあがっていく、いや、二条の手によってあげられていくのを、澪は力の抜け何も考えられなくなったまま、眺めていた。
「あ、あ、」と目の前で白髪の男の唇が開いた拍子に半透明の白濁液が涎のように唇から顎、首に、つぅ、と淫靡な線を描いて、滴っていき、二条の手が、頭から外れたと同時に、目の前の男はすばやく後ずさってそのまま頭を畳にこすり付けるようにしながら「ありがとうございました……」と力ない声で言うのであった。
「……踏んでやって、いいですよ。」
「……え?」
澪の揺れる視界の中に巨大な男の影がある。二条が這いつくばった男のすぐ脇に立って「お立ちになって。さぁ。」と澪に手を伸ばした。
澪は乱れた衣服を戻しながら、ふらふらと立ち上がった。足元でさっきまで自分の一物をしゃぶっていた大きな男が這いつくばったまま、ふるふると震えていた。
「こいつが、どうして震えているかお分かりになりますか。」
「い、いや……。」
「ああ、そう。まぁ、正攻法に、頭でも踏んでやったらよろしい。」
「何故。」
「なに?……何故、ですって?、あはは、おぼっちゃん、面白いこと言う、踏みたいのではなくて?」
「……。」
「遠慮せずに。さぁ。」
澪はこれは提案であっても断ることはほとんど無理という気配を感じた。こんなことは初めてだ。それに別に踏んでやること自体には、失う物も無く、抵抗は無いのだった。その通り、踏む、と、気分が良かったのだが、足の裏が熱を帯び、それから下から、その肉の、びくんびくんと、跳ねるような、のたうつような震えを、感じた。
それは、肉体と、魂の、震えだった。
「この変態はこういうことをされ、悦んで震えているのです。な、そうだろ。」
二条がそう語りかけると、肉が音声を発した。
「……ぁぁ、はい゛、おっしゃる、通りです、……、ありがとうございます、精液めぐんでいただき……その上、穢い私の身体におみ足乗せていただき、大変に、光栄でございます………ぅ……゛……ぅ」
ありがとうございます。と言いながら、明らかに声が、激しく、泣いていた。
その声が、二人の、そして屋根裏の見物者の心を擽ったことは言うまでもないことである。
(薫、薫。どうして、なんで、薫が俺のことを踏んでくれないんだよ。こんなに側に居るのに、こんなよくわからないぽっと出のわけのわからんクソガキなんかのブツしゃぶらせたあげく、俺を踏ませるなんて、なんてこと……なんてことするんだ……、ああ、よく考えたら、三島君にも見られてるんダ…‥こんなみともない姿ヲ……、見られテ……、駄目ダ!このままは、理性が邪魔だよ、薫、おねがい……もっともっと俺を、滅茶苦茶にしてくれないと、俺、壊れちゃう、壊れちゃうんだよ……、壊して欲しい、駄目な自分を……、全部……、おねがい……、自分ガ……、気持ち、悪イカラ……)
畳に痴呆のように垂れ続ける涎の染みが大きくなっていく。
間宮の下着の中がむんむんと周囲に匂いを放つことを憚らない程に、膨れ、濡れ、湿り始めていた。
「下の穴もやらせますか?これでも病気の心配はありません。定期的に検査させてますからね。ひっかかったら、もう、こいつは、存在意義が、ひとつも、ありませんからね。そう、殺ス。……ねぇ。おぼっちゃん、身体が、けだるいでしょう、大丈夫、何もしなくてよろしい、全部こいつが動いてやりますからねぇ……。ほぉら、そこへ寝て。」
間宮は身体を起こしながら、澪を見、それから二条の顔の方へと頭をもたげかけた瞬間、目が合う前に横から平手され身体が吹っ飛んだ。
「なんだ?何してんだ。誰がこっち見ていいって言ったんだカス、え?お前は黙ってお前のやるべきことをしろ。」
地獄の底から響くような声が下腹部を擽った。やるべきこと、ソレハ、目ノ前ノニンゲンヲ主ト思ッテゴ満足イタダクコト、それができないと、主に、恥をかかせることになるのだから。
だからこれはァ、薫のチンポ、薫のチンポ、薫のチンポ、……、
間宮は衣服を脱ぎ、目の前の人間の上に覆いかぶさるように跨り、上下にピストン機械のようにずんずんと動き始めた。勃起する巨鉾は青筋が脈打って、天を衝く。何も無い空間をぼろんぼろんと揺れるだけの玩具。
しごきたい。自分の一物をしごきたい。己の、開いた肉筒の中を、それなりの形、硬さの鋼棒がぐにぐにと激しく、己の体重、勢い、それから絡めとるような肉線の引き締め、で、貫く、貫く!ぁ、ぁ!ニチュ!ビチュ!、激しく肉の打つ音と共に、焦点の会ってない瞳のまま、ああ、「おぼっちゃんのおチンポきもちいです、きもちいです、」(薫様のおチンポきもちい薫様のおチンポきもちい)と言い、のけ反り、全身で、五感で、薫を、捜した。
「イ゛、いい!イク、イク……」
自分の声とは思えない声が出ていって、聞こえる。まず、先に、自分が、出さなければいけない。何故なら、お相手様のチンポ様に感じていないことになり、大変に無礼だからである。とにかくはやくイケ。それが仕事、任務だろ。それしかできない、能無し、だから。薫のことを考えた、他人のチンポで薫のことを考える、考える、「ぁぁぁぁぁ゛……ぁぁっぁぁぁぁ」、間宮の巨筒から先端からの液がドクッ、ドクッ、ドロドロ…‥‥と漏れ溢れ、流れ出部屋中が濃厚な雄臭に溢れた、間宮の肉が、訓練された通りに震えながら丁寧に、弾き締まる、同時に、中に、熱い粘液が、出され、拡がっていくのを感じた。肉でそいつをじゅるじゅると搾り取りながら、じんじんとケツの中が感じて、どくどくが、たまらん……、薫が……、その暗い瞳で、じっとこちらを見ている……。ああ…‥嗚呼……。その方へ震える指が、手が、自然とのびてしまいかけるのを、抑え、目の前の男の肉楔から、腰を浮かせ、抜いた。そして口で丁寧に後始末をしてから、また先ほどと同じように、お礼仕草を一式する。その間も惨めで、さっき他人に突いてもらって興奮の頂点に達したはずの恥ずかしい雄が、また、恥露を我慢しきれず垂らし始めてしまうのだった。
(駄目だ……とまんない……とまんない……)
「ご満足いただけましたァ?」
なにか、薫と、薫の代替肉ディルドが、会話を交わし、喋っているようなのが、もう遠くて、間宮には何にも聞こえていなかった。どのくらいぼーっとしていたのだろう、車に引かれた時のような物凄い衝撃を受けた。脇腹を蹴とばされ襖に勢いよく飛ばされ襖ごと隣の和室に身体が吹っ飛んでおり、これで、天井のみならず、襖も壊してしまったらしい。薫の打撃で頭が天才のように急にさえわたり、ハッと頭を上げると「どうやらなんにも聞いてなかったようだな」とドスのきいた声が、壊れた襖を挟んだ向こう側の部屋から飛んできた。
「は、申し訳ございません……、でした、」
「お前バイクか何かでおぼっちゃんを家まで届けてやれるな。」
「え、あ、はい……。」
立ち上がり、衣服を拾い、着衣しながら、バイク?なんだっけ?今どこに置いてあるんだっけ、駄目だ、また、よくわかんなくなっちゃった、まぁいいや、三島君の車でも借りよ、と考えながら、二条の方を仰ぎ見た。すると彼は「う~ん、いくら位、請求されるかな~。」と素晴らしい程の笑顔で話しかけてきた。
「え……?」
「あはは、とぼけちゃって~。……、全然おもしろくねぇな。え?じゃねぇだろ。ただで許してくれる、帰してくれるとは、到底思えねぇよな、人様の、しかも組長の家をこんなにしておいてよぉ~。てめぇ、送り届けたらすぐ様ここへ戻ってこいよナァ。組長の所へ事情を説明しに行かないといけねぇんだからな!!そうだな、一時間以内に戻ってこなかったら、逃げたとみなして三日三晩ほど病気持ちホームレスでもやってきそうな野蛮な発展場にでも繋いで人集めてやるからよォ。お前がそうされたいのなら、戻ってこなくていいから。はい、じゃ、今からスタートな。」
二条はそう言って携帯のタイマーを動かし始めた。「じゃあ!本番はこの後なんだ!!!!ご褒美!ご褒美!そうだよね!がんばったもん!だって全然、たらないもん!欲しいよ!薫!!!」という喜びと「一体俺を、どうするつもりです?二条さん。どうして、俺に、そんなことするんです?」という恐怖とを同時に抱きながら、間宮は急ぎ澪を伴い、屋敷を一時、後にするのだった。
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