堕ちる犬

四ノ瀬 了

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このまま道のド真ん中で犯してくださいと言ってるとしか思えないくらい勃起してるように見えるけど。俺の気のせいか?

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 本部加賀家に上納金を納めに、川名は二条を伴い忍と対面していた。金を受け渡し、世間話もそぞろに立ち上がりかけた川名に、忍が声を投げかけ、川名を行く手を塞ぐように立ちはだかった。川名は背中で二条の殺気の雰囲気を少しだけ感じだが、すぐにそれも収まる。

「内輪揉めしていると聞いたが。」

 彼の体格は二条と比較すれば肉体の厚さで負けるとはいえ常人には少ない巨躯であり、加賀家の当主としての風格は確かなものである。川名は忍を上目遣って黙っていたが、間を開け、半ばあからさまに嘲笑の眼差しを向けた。

「心配無用ですよ。別に。慣れたもんですから、ね。」

 さっさとどけよ俗物、と言いたい川名であったが、言わない。しかし言わなくても伝わるものはある。忍の形相の端々ににわかに不快が浮かび始めていた。二条は、川名と現当主である忍の因縁を、ある程度聞き知っていたものの、我関せずという形であからさまに川名の背後で欠伸を噛み殺していた。

 派閥争いは二条の官僚時代にも経験したことであり、そちらの方が余程面倒であったが。多少面白いところもあるといえるが、所詮しょうもない内戦。能力のあるなしだけで決まるものではない。単純能力だけで言えば、優れた者が省かれ、人付き合いの上手い物が囲われていく。

 元々川名の上に存在したらしい、忍の弟にあたる三男が、今の忍の位置に居てもおかしくなかったと聞く。もしそうれであれば、この組の立場も大きく今とは違ったかもしれない。しかし、実際そうはなっていない上、存在からして抹消されている現実。川名は多くを二条に語らなかったが、二条は、件の三男は忍に誅殺されたのではないかとも考えないではなかった。そう考えるのは二条だけではない。逆に、忍の派閥に属している人間は、川名がその三男を暗殺したと考えている。三男の遺した仕事の遺産の何割かが、当時はまだ随分若く何者でもなかったはずの川名に引き継がされたからである。二条は川名が三男のを殺害した説についても、あり得なくはないと踏んでいる。ただし、利権の問題ではなく、性欲の問題。その時分若かった川名が、自分の状況が不利になるとわかっていても殺人衝動を抑えきれなかった可能性の方が二条には考えるに安かった。憎しみでも謀略でもない好意による衝動である。結局真相は闇であり、ただ今の現実があるだけだ。

 そして、結局残された自分達は、割を食う。本部からは、汚い仕事、割に合わない仕事が回されてくることも日常茶飯事ある。それでもまだ、存命の前当主がまるで息子のように川名を囲うことにより、絶妙なバランスがとれているのだった。このバランスが崩れる前に、なるべく組織を大きく、強くして、忍達に食われないようにしておくのは、自由にふるまい続けるための最低限の条件。派閥を大きくするのが早い、つまり、別の小組織の囲い込み、加賀家傘下の別の組と同盟関係でも結んで、仲良く談合でもする。しかし、川名が調子のいい嘘の仲間意識を好むわけも無い。結局、以前の古巣の仲間、つまり三男の配下で懇意にしていた人間としか対等な同盟関係を結んでいない。目下、自分の子、直の傘下を伸ばすことに心血を注ぎ、その努力はある程度実を結んでいると言えた。組には自ら志願してやってくる人間や紹介で入ってくる人間も少なくないが、川名が目をつけ直接ヘッドハンティング、どこからか拾ってきた得体のしれぬ男達は、二条も含め大方は当たりなのである。二条からすれば、美里や三島などはどうでもいい存在ではあるが、組織全体として見れば当たりの人選だった。

 二条は誰かを川名に推したことは無かった。例外と言えるのは、今の間宮だけである。しかしこれは、本来は二条が自分のためにとっておいた虜囚。川名が人間を二条に報酬として与えることは珍しくはない。はなから構成員として働かせる気などさらさらなかったのを、後から川名が目をつけはじめて、二条が断れないのをいいことに正式に入れさせたのである。

 澤野は、組織直接的な殺人行為などには敢えて川名が関わらせなかったようだが、組織にとってあらゆる面でプラスに働いていたのだった。その澤野もとい霧野が、昨日の明朝から深夜にかけて構成員20数名の損失、負傷者を出し、目下逃走中である。二条は、霧野らしく、非常に面白い、捕まったらどうなると思ってるのだろう、と、どきどきして、事務所で行われた緊急会議の際も一人終始にこにことして愉しんでいたのだが、川名や忍の様子を見ていると、いい加減遊ばせすぎるのも良くないかもなとも、思うのだった。

 二条は、今までの情報や状況を総合して考え、霧野の協力者として間宮が関係しているのではないかと踏んで、泳がせていたのだった。泳がせていた理由は一つ、”彼ら”の罪が重くなれば重くなるほどに、彼らに対する責め側の自由度が、増えるからである。つまり、川名の許容範囲が広くなる可能性、大。
 再び、やはり、この手で好きに殺していいとなる可能性さえ、浮上するかもしれない。

 川名は、本来は黒木の方を仲間にしたかったのだろうが、そうはさせない。だから、余計に、どんどん壊したくなった……、自分の好きな通りに、二人だけの世界で調教を進めていった。自分を人と思わない、二条ただ一人にだけに心酔する完全な性奴隷になるまで堕としこんでしまえば、川名の猫のような気紛れの好奇、興味も薄れ忘れさられるだろうと踏んでいた。間宮は川名に心酔はしないように作ったのだ。しかし、実際は逆の結果になる。どうやら二条の見ていない間に、川名が接触し、二条以外の誰に対しても感情を抱かないように作ったことが裏目、反対に川名の気を余計に引いてしまった。倫理、常識、良心、長期記憶が欠落した化物。ブレーキが効かない情緒障害、二条以外に関する記憶のほとんどが長くもたない記憶障害、人としてのレベルは底、一般人として日常生活を営むにはもう終わりに近いというレベルに落としこんだが、調教に伴って持久力、身体能力は向上、潰したはずの本来の意識に付随していた能力の残りが生きて、気が付けば構成員として使っても一つ抜けている能力値を備えていたのだった。
 
 ……、だから、霧野も殺すのがNGならせめて同じように併せて子飼いにして支配するまでである。美里が二重スパイだどうのとほざいていたが、そもそもそのせいで、本来の、ありとあらゆる最悪な方法で殺してあげよう!という最高の計画もぶち壊されたわけだが、今の美里には発言権が無いに等しい状況である。

 川名は、自分の背後で二条が面倒くさがって全く別のことを考えていることを察した。大方、霧野か、間宮のことだろうなと考えていた。美里を連れてくると彼は気配を消すし、澤野を連れてくると好戦的になって面倒くさい。今の忍には、ひとつの興味もない。あるとすれば、過去の記憶、蔵の暗がりの中で起きた、汐の私物を横領し無断で家から消えたことに何癖つけて行われた非道に対する嫌悪の思い出くらいだが、大したことはない。何かしらの痛みの感覚を、受けたい、受けてみたい、と思ったが、残念ながら、そういう感情が欠落しているのだ。もしも、あの現場を汐が見たら、きっと、忍のことを何のためらいも無く殺したろうと思う。
 
 とにかく、あの時から今に至るまで、忍のこちらに対する憎しみの量の方が大きいことは、面白いことだった。こういう阿保には無関心、無視が一番効くのだ。無視すればするほど、勝手に被害妄想、憎しみを大きくしてくれる。それで、鈍くなり、周りが見えなくなる。向こうはこっちを虐めてるつもりかもしれないが、痛くも痒くもないのである。他の人間が見ていてどう思うか、全然見えていない。お前は気が付いていないかもしれないが、お前の傘下に居た人間の内、こちらにすり寄り始めた者もいるのだ。既に、お前に反発心が少しでもある人間は進んでこちらに流れてくるような仕組みができ始めている。対等な関係は不要。最初から下に置く。だから、別に、もっと、もっと、あの時みたく、苛めてくれて結構、自分の阿保さ、醜さ、無能を皆に露呈するだけなのだから。それに、今はもっと、別のことに興味がある。優先順位が低い。

「多少の内輪もめがあるくらいの方が、血気盛んになって士気も上がるというもの。平和ボケした人間が間引きできて良かったとさえ思える。そう、別段、大したことではない。寧ろ今こそ……とても、いい気分なんです、しばらく感じたことが無いくらい。これ位のことで統率は乱れません。では失礼。」

 忍は川名を見送りながら、汐に似てきている、いやそれ以上に厄介だ、と、頭が痛くなるのだった。汐の革新的な経営方針を最も引継いでいる上に、暴力性と猟奇性が色濃いのが、彼の作り上げている組織である。味方でいる内は心強くもあるが、そうでなくなったら、明らかな危険分子。それから、澪のことがある。彼も汐に似てきた。無論実母である渚に最も顔形の面影が見え、見るたびに兄として心痛むものがあるのだが、そこにある、別の血の香りが、忍に知らない嫌悪感をもよおさせるのである。川名が目の前に現れる時にもよく似た生理的な嫌悪感が。

「どうします?、そろそろ、本気で捕まえに行きますか。」

 屋敷を出るのもそぞろに、二条が川名に問いかける。川名が二条を振り返ると、屋敷の中ではついぞ見せなかったいつもの表情が見えた。20人程度の戦力が減ったことは確かに問題だが、そもそも、霧野に対して備えがなってなかったほうが悪いし、甘かったと言える。あの負けん気の強い男のこと、防戦一方で気分が悪いのは当たり前のこと。しかし、ますます良い、と、思われることがわかってない点は、愚か。それから、あくまでも最悪半殺しまでにとどめ、一人の死者も出していないところも霧野らしくもあり、甘い点である。霧野には人殺しは向かないし、できない、現時点では。川名は最初からそう踏んでいる。

 久瀬からの伝言もある。美里を解放しない限り更に犠牲者を増やすという伝言。しかし、これは脅しにさえならない。不意打ちで急襲したからこそ1日で20人そこらを一網打尽にできただけであり、今や霧野に少しでも関係した組員は完全に警戒状態、しばらくは家にも帰らないだろう。霧野も無理を承知で伝言を残してきている。その意味とは、マウントに他ならない。躾けるまでも無くどこまでも根っから犬じみた生物だ。構って欲しいらしい。

「そうだな、お前もそろそろ、動いていいぞ。お前や澤野に頼みごとをすると、何かと直ぐに達成してしまうからな。お前らを最初からいれるとゲームバランスが崩れて逆に面白くないんだ。」



 流石に疲れるが、気持ちがいい疲れだった。普段の、………、とは違う、気持ちのいい、疲れ。
 23人、程度の差はあれ、襲うことに成功した。人を、なめるからこういうことになるのだ。
 
 霧野は間宮のバイクの上で、早くシャワーでも浴び、家で横になることを考えながら、身を任せ揺られていた。しかし、ふと気が付けば、明らかに帰る方角と違う方へバイクが走っている。夜道だから見間違えたという話ではなく、街中をぐんぐんと走っていく。信号で止まった際に「どこ行く気だよ、ここで降りたっていいんだぜ!」と大声で呼びかけると「じゃあ、今すぐ降りろ。すぐ捕まるぞお前。」とフルフェイスの中から極めて冷めた返答。
 再びバイクは急進する。まさか、ここにきて裏切る気なのだろうか、こいつ。
 一抹の不安を抱くが、今はこの男に頼るほかない。

 バイクは、町はずれの公園の駐車場に停車される。夜の公園に街灯が点々と光っている。ノアの散歩、ジョギング、神崎との邂逅、二条と駐車場でアレコレに使用された件の公園。霧野の瞳は自然と停車されている車の中に見知った車が無いか確認していた。停車している車は四台程度、どれも一般乗用車、見知った車は無い。

 間宮はボストンバックを肩にかけ、公園の方へと進みかけ、呆然と突っ立っている霧野を振り返った。

「何ぼさっとしてんだ。疲れたのか?あれくらいのことで。そんなお前ではないはずだ。それともまだ、怒ってんのかよ、昼間のこと。」

 霧野は一瞬顔をひきつらせたが、すぐ、何も気にしていないという素振りで顔をそむけた。

 昼間のこと、それは昼15時、ささやかな休憩、朝から動き回っていた中での小休止である。空腹に腹を鳴らし始めた霧野を見かねた黒木が、霧野を喫茶店に誘ったのである。木を隠すなら森の中。そういうわけで、できるだけ混雑している人気店を二人で選んだ。若い女二人と意図せず向かい合わせの相席になった。

 黒木がさっさと一番安い日替わりランチセットを内心で決めたのとは反対に霧野は自分が払うでもない癖に、メニュー表を穴を空く程見つめていた。

 はやくしろよな……と頬杖をつきながら前を向くと、自然と女と目が合ったので、黒木は微笑みかけた。今日は刺青を殆ど隠しているから、髪色はあれだが、それなりに好印象を効すだろう。黒木のとろんとした垂れ目がちの瞳は人の警戒心を解くのに向いていた。適当に会話を交わしていく流れになるのだが、霧野は黙ったまま、ようやく顔を上げたと思ったら、こちらの確認もとらずにウェイターを呼びつけ勝手に注文を始めた。

 何て協調性が無いのだろう、これで一体今までどうやって生きて来れたんだろう。顔か?席に着いてから今の今まで一言もしゃべってない上、誰とも目を合わせようとしない癖して、たまに女の視線が、霧野の方に向くことがあるのだ。まあいい。550円も高い定食メニューを頼んでおり、一体自分が頼んだものと何が違うのかと黒木がよく見てみれば、デザートが付いて、その面積が大きいのである。なるほど、本命はこれの癖に、女と相席にされたから見栄張ってるわけだな。何から何まで最悪。こういう不良にはマナーを教えてやらないといけないよな。

 霧野は注文を終えても、やはり会話の輪に入ってこようだとか、打ち解けようだとか、何か話そうだとか、そういう雰囲気を出さず、さっきまでの暴力で激しく気が立っているのか、禁煙席で煙草でも吸いかねない程の険悪の雰囲気を醸し続けた。

 そこで黒木は、霧野ではなく、目の前の知らない女と話しながら、おもむろに霧野の尻を触り始めたのだった。まるで油断していた霧野の身体が勢いよく跳ね、膝が思い切りテーブルにあたり、4人のコップの中の水が、テーブルクロスの上に零れかけた。女達が怪訝な目を霧野の方へ向けたが、霧野が何事も無いふりを続けるので、不信感を残したままに、視線は逸れていく。

 最近の芸能ニュース、知らないが話を合わせる。同時に、指、手を、ゆっくりと霧野のズボンの中へ、下着の中へ、いれて、なお、愉しく三人で話し続けた。霧野はずっと俯いていたのだが、俯き続けるのも不自然でおかしいと思ったか、頬杖をついて外を見始めた。手が何度か、こちらの手首を掴もうと密かに背後であがき動いて空を切った。

 無駄。指先が割れ目に到達した、とんとんとんとん、と、一定のリズムで、指の腹で締まりすぼまった菊花を上から擦るようにして弾き続けると、だんだんと熱く、やわく、その花を開き、指の肉に濡れた肉が、ぬるぬると吸い付き始めた。横目で霧野の方を見ると、充血した瞳が、そっぽを向き、下唇を噛みしめ、黒木にだけわかる程度に、震え始めていた。黒木は再び女の方に身を乗り出すようにして愉し気に話しながら、片腕は霧野に回したまま、霧野の肉の隙間、柔らかく口を開き始めた噴火口の中へ奥へと、圧力をくわえていった。ぬるんっ、と入り込んだ人差し指、入口こそ硬く侵入者を拒むが、中に入ってしまえば、生肉布団がふわぁと膨らんで、ぬるぬると美味しそうに指をくわえて離さず、尻をビクビクと震わせ始める。夜に、この引き締まっている癖に柔軟で、滴るような肉が、目先で開いていく様子が、黒木の脳裏に浮かんだ。さらに、奥へ奥へ、滑り込ませ、きゅぅんと締まりかえして律義に返答してくる、溢れ出る淫蜜の中を指先で弄繰り回し、開いた拍子に中指も奥まで突っ込んだ。「ん゛……っ」と霧野が声を出しかけ、咳き込んでいる。黒木はただ真正面を見て、話しながら、霧野の中で、開いたり閉じたり押したりしこねくり回すのを続けた。すぐ横で霧野の下半身がお漏らし寸前の犬のようにぶるぶる震えている。

「な、お前もそう思うよな。」
「……ぁ、え?」

 間抜けな声を出して、霧野が振り向くが、すっかり紅潮したマヌケ面を直ぐにしかめ、「何がッ」と吠え、怒り始めた。

「おいおい、霧野君、同じテーブルに座ってるんだぜ。人の話くらい聞いてろよ馬鹿、最低限のマナーだろ。ところで今のお前の面、凄くウケたぞ。」と言って、指を思い切り中で、ぐい、と勢いよく折り曲げると、もう、顔に火が付いたようになって、口が開くが、軽く乱れた息が出てくるだけ、涎をぬぐうように口元を擦って俯いている。声は出せないだろう。今少しでも、何か口に出したら、全て喘ぎ声になってしまうから。耐えろ耐えろ、耐える程、お前を気持ちよさの臨界にまで近づけてやれるのだから。そうして、急速に尻の中の幾筋もの筋が、黒木の指の節を折るかという勢いで引き締待って震えた、中から全身を火照らせ、指には、彼の血の爆速の脈動がドクンドクンと伝わってくる。いいところを、ほんの軽く、爪先で、押してやる。彼はもう全身で震えだし、恨みがましい殺気を含んだ目で、見ず知らずの女が目の前に居るのも忘れたかのように、黒木を直で見始めた。

 唸り声が今にも聞こえてきそうな形相、それでいて、声は出さず、や、め、ろ、と唇だけをかすかに動かすのだった。霧野の周囲1m程だけが、まるで常夏のようである。黒木は冷めた笑みを浮かべて熱くなっている霧野を横目で見ていた。衆人環視の状況が普段以上に霧野を高めている。やっぱりド変態じゃないか。黒木は指を引き抜き、ほっと弛緩した霧野の硬くなった肉棒を服の上から思い切り鷲づかみ、乱暴にごしごしと、しごき始めた。ほら、みごとなほど、さらに、みるみるでかくなる。ここをどこだと思ってんだよこのド変態が。

 最後の気力を振り絞るように霧野が「ごめん、何の話だっけ?」と強い語気で必死に問い繕って無理に笑っていた。わあ、何て怖い顔だろうか。ほら見ろ、目の前の女性陣がびびって俺の方しか見なくなったじゃないか。なんて恥ずかしい奴なんだろうか。飯が来るまでそうやってずっと、遊んでいた。黒木は飯が来たと同時にトイレに立ち、溢れた蜜に塗れた手指を丁寧に洗った。ついてくるかな、と少しだけ期待したが、ついてはこない。

 考えてみれば、それはそうだ、あんな勃起したままじゃ、席から立ちたくても、立てないな。あはは。ちょうど女性二人の視線の真ん前に勃起した股間が現われたら、最悪、悲鳴があがりかねない。戻れば、テーブルの雰囲気は最悪である。黒木が戻ってきたことで女性2人はほっとしたような表情を見せたくらいだったのだ。

「昼間のこと?なんだっけ、それ、忘れたな。……、ところで、こんなとこで、俺と仲良く散歩でもしたいわけ。」

 霧野は、身体の火照るのを誤魔化すように、言い捨てた。が、しかし、今度は別の疼きが霧野を襲い始めた。

 霧野が、”散歩”と自分で口に出した拍子に、痺れるような疼きが全身を駆け巡って、頭の中に鮮やかな、雌犬調教の記憶が舞い現われ、その感覚が全身を襲ったのだった。間宮に気が付かれないように息をついて、気を整える。間宮は半身を向けて振り向いていたのを全身を霧野の方に向け笑っていた。間宮の笑顔に不自然さを覚える。周囲が暗いのも手伝って、一瞬目の前に立っているのが誰なのか判断が出来なくなってくる。

「そうだな、なるべく”仲良く”散歩しようぜ。お前には話しておきたいこともある。」
「嫌と言ったら。」
「お前をここに置いて俺一人帰るだけだ。なぁ、霧野、俺はお前のタクシーか何かか?たとえタクシーだとして、運賃が発生するだろう、常識的に考えて。それに見張りの援護のオマケつき、出血大サービスがすぎないか。俺の家を間借りしてるのと同じく、賃金、対価が発生して然りだろ。だから、つきあってくれ。お願いだ。」
「……。」
「何だよ、ただ俺と散歩するのが、そんなに気に入らないのか。安い対価だろ。普段より、ずっと。」

 霧野は何も言わず、不服の表情のまま、間宮の方へ歩を進めた。間宮はそれでいいよという風に、横に並んだ。しばらく二人並んで黙って公園を歩き続けていた。霧野は不思議な感じがしていた。思い返せば、今日一日朝から晩まで、昼間の一件を除けばだが、間宮は霧野の計画した通り、何も言わず、付き合ってくれたのである。その上、危ないところを頼んでも無い援護をしてくれて助かったのも一度や二度ではない。夕方に一度だけ、昼間のお返しのつもりで、援護して来た間宮の側頭部に戦闘に紛れて肘打ちを食らわせたのだが、怒りも挑発もせず、反対に妙に余裕ぶってにやにやとして喜んでいるように見えた。気持ちが悪く、それ以上何も言う気もする気も失せると言うものだ。

 今まで組織の中で立ち回る時は、立場上自然と美里に背中を預けることになるのがほとんどだったが、今日に限っては違う。初めてにしては、かなり上手く立ち回れた方だと言える。初めて美里と同じような仕事をした時は、まったく息が合わず、終わった後、この時は、霧野が車を運転し、助手席に美里が座っていたのだが、ただえさえイライラしているところに、横から理不尽にくどくどと帰りの車の中で、よくもまぁそんなに言葉が続くよなと感心してしまう位の時間、つまり、30分以上かけて、ねちねちと横から酷く言葉遣いの悪い、悪態を延々きかされた上、極めつけには、謝罪を要求されたのである。謝罪したかって?するわけがなかった。霧野は、美里のくどくどとした30分の悪態の始めの部分から一つ一つの矛盾点を拾い、当てつけるように丁寧な口調で揚げ足とり、やはり同じく30分程かけて、結論、謝罪するべきではお前の方ではないだろうか、と返したのだった。車内の雰囲気は、冷えに冷えた。葬式の霊柩車の中の方がまだマシかと思える程の最悪。それから3日ほど互いに口をきかなかった。

 それに比べ、今日の仕事、正確には仕事では無いのだが、想像を超える程非常にスムーズにことが進んだ。霧野は間宮に対して、自分から、なぜ、どうして、ここまで、と聞きたいと思いながら、聞くことが出来ないまま、ただ歩いて、ようやく何か、口に出そうと思った時、間宮がおもむろに脚を止めて「やっぱりつまらないか、俺と居るのは。」と笑顔で、問うてきたのだった。

 霧野も足を止めた。ああ、つまらないね、と普段なら気丈高に言うだろうに、言えないのだった。霧野が困惑した表情を隠せないでいると、間宮は「やっぱりそうか。」と表情を変えずに言う。いや、違う、と否定するには遅く、舌がもつれ言えず、視線を彷徨わせている。反対に間宮は真っすぐ霧野を見ていた。

「仕方ない。お前を素直にさせる手段はやはり一つしかないな。もしもお前が自分から俺に何か聞きだそうとしたり、何か話しだしたりするようなら、何もやらないつもりだったのに、これじゃ埒が明かないからな。」
「……。お前、俺に何をさせる気だ。嫌な予感しかしない。」
「今のお前には簡単なことだ、……つまり、人を、降りてもらうのさ。」
「人を……、何を言ってる、お前と一緒にするな。」
「おお、調子が出てきたな……まだそんなことを言って。しんどいくせして。そう気張るなよ。」

 間宮はボストンバックを地面に落とし、屈みこみ、中に何か入った黒いビニール袋を霧野の方に投げ渡した。

「そこの茂みの中で、着替えてこい、そうだな、60秒、1分以内だな。ああ、もちろん、これは要望じゃない、命令だ。そうでないと、コミュニケーション屑のお前は、できないんだからな、何1つ。今日の昼間のことでもわかっただろ。1秒でも遅れてみろ、わかるな、どうなるか。ちゃんと俺の思う通りの格好して出て来いよな。」

 間宮はそう言って自分の手首に巻いたデジタル腕時計をあからさまに見せ、「もう始まってるから。」と泥のように濁ったにやけた瞳と歪な笑みを口元に浮かべた。霧野は一瞬のためらいを見せたものの茂みの中に消え、着替えを終えて間宮の前に現れたのは55秒の時点であり、間宮は、握りしめた拳の甲を霧野の面前につきつけ、素直に時計を見せた。

「ギリセーフだな、流石霧野、やればできる。褒めてやるよ。」
「聞きたいことがある。」

 霧野は間宮の腕を掴み、急ぎ足で暗がりの方へ引きずっていった。 

 ビニール袋の中に、美里が残していった首輪がただ一つだけ、入っていたのだった。
 霧野は急ぎ脱いだ衣服を抱え、首輪一つして暗がりにほぼ全裸で、皆に飾られた体で立っていた。
 
「ほら見たことか。早速喋れるようになったな。俺の言うことは、あながち間違ってないだろ。こうすればお前は素直になれるんだよ。どうぞどうぞ、何っ!でもっ!!聞いてくれていいぜ!!!!」

 さっきまでのどこか冷めて達観したような表情とは違う、こちらを責め苛む時の表情で間宮は霧野に詰め寄った。

「ばっ、馬鹿!デカい声を出すな!……お前は今日朝から俺と一緒にいたはずだろ、これは、いつ、」

「昨日の夜、必要になるかもしれないと思って鞄の中にいれといたんだよ。でもォ、霧野さんってェ、本っ当、ド変態だよな~。俺は、別に、裸になれなんて、一言も言ってないのに、期待通りの恰好して出てきてくれんだから、ふふふ。まあ、こちらの意をしっかり汲み取っていて、その恰好じゃなかったら、もっと酷くさせる気だったからいいんだけど。流石、素晴らしい成長、愉しいな!それじゃ、そのまま続行しような、散歩を。ああ、でも流石にその恰好で俺の真横を歩くのは止めてくれよな、こっちまで恥ずかしいから。お前のような変態の関係者だと思われたくないんでな、最低三歩位はあけて後ろついてこいよ。もしくは俺の前を歩いていけ。話しかけたければ、どうぞ。聞いてやる。その恰好で逃げたきゃ逃げても良いし、通報されそうになったら俺はお前置いて普通に帰るからな。お前もそれで救われるわけだし?一石二鳥だろ?組長と美里に徹底的に苛められたんだろ、そんな感じの恰好で。好きなんだろ?それ。酷いことされて、捨てたっておかしくないのに、律義に部屋の隅にずっと置いておくんだもんな。」

「…………。」

 間宮は霧野の手から、元々身に着けていた衣服と靴を即座に奪い取り、ボストンバッグに押し込んでしまい、全く霧野は、首輪以外何一つ身に着けず、持ってもいない状態のまま放置されている。間宮は霧野を見ながら光のある、明るい方へと足音一つ立てずに後ずさっていくのだった。霧野は自分の脈拍が、間宮が後ずさる程に大きく早くなってくるのを感じた。

(やばすぎるだろ、何考えてんだコイツ、昼間のことも含め、頭がおかしいのか???さっき見せられた時計、まだ、23時前だったぞ、人が、でも奴の言う通り通報があれば救……、だ、駄目だ、何も考えられない……)

「して欲しいことがあったら自分の口で言えよな。可能な限りのことは手伝ってやるよ。どうした?いつまで突っ立ってる。置いていくぞ。一周だな、その恰好で一周したら、帰ろうなァ~。」
 
 間宮が妙に優しい声でそう話しかけてくる。霧野は路の暗がりの端の方を、一歩踏み出したが、それだけでもう無理かと思われた。全身が熱い。もしこれが、美里か川名であれば、せめて一緒に歩くのを愉しむとか、無理やり四つん這いにでもして、リードでも付け、引っ張って堂々と先行するくらいするのに、これはもう、違う。

 その上、間宮に指摘されるまでも無く、頭だけでなく下半身の方に怒涛のように血流が巡り始めてしまう。反射的に隠そうとすると「駄目駄目!!!そのまま普通に歩くんだよ!!」と公園中に響くのではないかというバカでかい声を間宮が出すのである。

「恥ずかしいんだったら、せめて勃起の方を抑えろよ、変態性欲の方をよ。マトモな人間のつもりなんだろォ~お前さァ~。だったら、そんな恰好で、こんな場所で勃起するわけ無いんだから!!普通!!あははは!!ほら!はやく、道の真ん中を歩くんだよ。お前がマトモな人間だって証拠を俺に見せてくれたなら、その時点で終わりにしてやってもいいんだよ、俺は優しいからな。できるもんなら、やってみな!」

 間宮はそう言って悠々と後ろ歩きしながらポケットに手を突っ込んで霧野を見ていた。その間にも勃起は全く収まらない。悔し紛れに霧野は間宮に噛みつくように言った。

「関係者だと思われたくないんじゃねぇのかよっ!てめぇっ!!」

「そりゃあそうだが、今はまだ人影が見えないからな。しかし、そんな恰好ですごまれてもな。ただただ面白いだけだ。人が来たら隠れるよ、”俺は”な。だが、お前は駄目。一周そのまま堂々と道の中心でも歩いていけ。ちょっとでも隠れようとしてみろ、首から『僕は変態です、どうぞご自由に犯してください。通報歓迎。』とでも書いた看板でも首からかけさせてやるからな。バッグの中には段ボールとマジックペンも用意してあるから、すぐ作れるんだよ。それか、もっと堂々と股開いてその恥棒を見せつけながら歩けるように、両足首を鉄パイプでくくってやろうか。あ……?おいおい、今の言葉を聞いてから、ますますでかく、真っ赤になってるけど、一体どうしたってんだよ?お前は、俺とは違う、普通の人間のつもりなんだよな??まるでそのままこの道のド真ん中で犯してくださいと言ってるとしか思えないくらい勃起してるように見えるけど。俺の気のせいか?お前にそんな願望があるならリスクを承知の上で俺がこの場で叶えてやってもいいよ。そんな強烈なマゾ願望叶えてくれる奴はめったにいないぞ。」

「うるさ、……、、、」

 霧野は、顔を伏せ、間宮を視界から消した。そして、一周すれば終わり、一周すれば終わりと引きつった笑いのまま歩を進めようとする。少し離れた場所に間宮の気配を感じる。今、顔を上げたらすがるように見てしまうに違いない。とにかく、歩を、何も考えず、歩を、歩をっ、たいして速度も上げていないのに、生身の全身が空をきるたび、息が上がるのである。一体何を、やってるのだろう、惨めが過ぎる。顔を上げると間宮の姿が無く、ぎょっとして、左右、背後を見ると、後ろ5メートルほど離れた隅の方から、暗がりの奥、闇に混じってついてきているのが、なんとか彼の髪色が街灯に反射するおかげで、わかるのだった。目が慣れてくると、闇の中から優し気な形をとりながら、その中でどろりとした濁った瞳が、こちらをじっと、いやらしい程に強く、眺め続けているのが、わかった。

「ぁぁ……、」

 間宮は霧野が脚を止めると、距離を保ったまま自分も足を止め、さらに暗い方へ身を引っ込めてから、何か言いたいことがあるならどうぞとでもいうように闇の中から、顔を傾けて見せるのだった。

「……、……。」

 前を向き、俯き加減で速足になって再び前進する。手汗が。人の気配、きゃ、という声まで聴いた気がする。「もう、よそうぜ、こんなこと、……」と囁いたところで聞こえず、再び後ろを振り返ると今度は完全にもうその姿が、どこにも跡形も無いのである。

 全身から発汗、肉の上を珠のように跳ね滴る汗。頭が真っ白になると同時に、全身に鳥肌が立つのに反対に、喉の奥が熱く、過呼吸のように息が上がって、鼓動が爆発しそうなほどになった。雄がはちきれんばかりに勃起し、反射的に隠そうとした右腕を左腕柄で抑えつけながら、俯いた。服は全部、奴が持っている、はは、はははは……公園だけに、かくれんぼのつもりか???最悪、最悪っ!!つまんねぇんだよ!!!!全てが!!馬鹿が!!死ね!!!!殺す、なにが!ヒトを降りることだ!!後で覚えてろよ!!……、……。

 しかし、「一周したら終わり」という決まり、約束がある。バイクで拾われてから、今まで、今日の行動の全てからしても、残念なことに、今のあの男は、一度結んだ約束はきっちりと守れる男でなのである。今日一日だけでも、それをしっかり証明した。一周、一周なのだ。どこかから、こちらをずっと見ているはずなのだ、と思うと、何故だろう、さらに息が上がってくる。羞恥に顔が熱くなり、涙が出そうな程、で、今一番よくないのは、今、間宮を見たら、この溜まっているものが、堪えきれず、滲み出てしまうだろうということ、それは、一番、許せない。

「くぅ……」

 もっと許せないのは、まだ、この状況に置いて、萎えないことである。どうして、と悔しく思う程、身体が重く、頭が軽く、ちかちかし、気持ちがよくなってきてしまうのである。はぁはぁ、と息が、あがっていく、四つん這いだったら、よかったのに、ばれないから、あ、視界の端に、人影をとらえた。少し後ろ、3メートル強というところに、彼が、歩いているのを見た。自然、目の奥が熱くなるのだった。が、この距離では向こうから顔までは見えないはず、不自然な安堵感が余計に気分を高揚させて、下半身をびんびん疼かせる。なんだこれは、おかしくなりそう。公園は、ようやく半周したところである。霧野は歩を一度止め、今度はしっかりふりかえった。辱めを指示してきた人間と、目が合うと同時に、視界がふわふわとゆがんでしまい、やばいと顔を伏せて、もう一度あげると、1メートルほどの近さまで、間宮が迫ってきて、にやにやといやな笑い方をして立っていたのだった。

「なぁ……、ちょうどさっき、同い年位のカップルに見られたな、気が付いたか?それで、よけいに興奮して、ハァハァしてたのか?」
「………、は?」
「俺が走って追っかけて行って、俺とそういうプレイの最中だから通報しないでくれ、と、金掴ませて、頭下げて、頼んでおいたぞ。ふふふ。黙っててくれるとさ。良かったな。」
「よ……」
 けいなおせわ、とは言えないのであった。いや通報されたら、されたで、助かるのだが、永遠に警察署内で笑いものにされるに違いない。だったら死んだほうがマシと思える程である。熱いのに、身体が震えている。
「よ?……よ。何だよ。」
「……、……。」
「あ??なんだァ?泣いてる~?くくく……あははは!!!!、おい霧野ォ、あとちょうど半分くらいあるんだぜ、どうすんのォ~?リタイアするゥ?」
「リタイア?」
「そうだ、俺に負けを認めて帰るんだ。」
「負けを、認める?」
「そう。お前が俺と同じく、人間以下の扱いで興奮してとまらないド級の変態マゾということを認めて、一緒に帰るってことだ。わかるか?帰ってから、どうなるかも、もちろん、わかるよな?俺は敗者に対して対等な扱いなど一切してやらない。でも、それはお前にとっても、好都合でしかないよな?気持ちいいんだから、お前は。気持ちいいってことを認めたことになるんだから。ほら、言ってるそばからまた、濡らしてるじゃないか。この距離から見ても、よくわかる……。」

 間宮はおもむろに霧野との距離を詰め、霧野の反り立った雄をビンタし、尻の肉を掴み押し広げた。空気が熱い部分にあたって、羞恥が増す中で、間宮は反対の腕で、霧野の頭を掴み、横で囁くのである。

「どうする?帰るか?帰るならその前に、そこの茂みで一発してこうぜ。だって、俺も今のお前の顔見てたら、勃ってきちゃったからな。」

 霧野は自分の太ももに熱く硬い巨塊が、食い込むように押し当てられるのを生の皮膚で感じた。霧野は反射的に間宮を突き放し、後ずさった。

「駄目だ、駄目っ!、半周!あと、半周すればっ、いいんだろ……っ」

 霧野は顔を伏せ、地面に向かって、叫ぶように言った。視界の中で間宮のブーツの底が、じり……じり……と地面を削っていた。

「ああ、そうだぜ。まだやるってなら、つきあうよ。……、なぁ、一人で歩かされて、寂しいのか?だが俺はお前のご主人様でも何でもないしィ、何も頼まれてないしなァ。」
「……、……。」
「ほらほら、どした?あと半周、やるんだろ。進まなきゃダメじゃないか。俺もそろそろ帰りたいよ、寒いし。」

(てめぇが言い出した癖に、何言ってんだ!この野郎!)

 霧野は顔を上げ間宮をじっと睨んだが、間宮は反対に嬉々として話し始めた。

「おい霧野、そうやって黙って睨みつけでもすれば、しびれを切らした俺が、お前に何か無理やりしてくれると思って期待してんだろ。きっと他の奴らならそうするかもな。これは想像だが、美里なんか典型的な我儘お嬢タイプだろ、お前と相性よく、お前がして欲しいこと、それ以上をしてくれるんじゃないか。だが、残念だったな。俺にはお前が望むことが手に取るようにわかる、ゆえに、何もしてやらない。今は、してやりたくない。何故か?結論、その方がお前が惨めで、俺が気持ちがいいからだ。Q.E.D、証明終。ふふふ、お前が自分で頼むまで、見ていてはやるが、それ以上何もしない。するわけがない。お前は自称普通の人間らしいし、こんなことで興奮しないらしいからな、俺に頼みたいことなんか、何一つ無いはずだよな。」

 霧野は間宮に背を向け、再び歩を進めようとするが、股関節の筋の辺りが不自然にガクガクと震えてくる。日中暴れた疲れ、そうだ、と言い聞かせてみるが、そうではない。意識が首輪の方に漂うと、もう駄目、自分を人と思えない、うまく動かないのだ、脚が。そうだ、こういう時こそ、美里のことでも、思い出したらいいのだ、と考えつくが、すぐ、何を考えているんだと掻き消す、二重思考の状態で、勃起が、ギンギンになってきて、止まらない。最初の半周の勢いは半減し、よたよたと羞恥で足が進まない。四つん這いにして無理やり引っ張ってくれる人間もいない。視線が、間宮のにやけた瞳と交差する、駄目、川名や美里ならまだしも、こんなド屑のド変態の阿保に、絶対に、引かれたくない、が、想像する、と、すぐに、一瞬で、この永遠に思われる半周が、終われるような気もするのだ。今、一時プライドを捨て、一緒に歩いてくれと頼んで、終わらせることもできるわけだ。が、こいつは自分で主人の役目を進んで買わない。だから、頼まないと、イケないこの、もどかしさ。お願い、く、狂いそう。

 四分の三ほどをようやく通過した時、再び間宮が側へと近づいてきてくれる気配があった。

「耐えられない……」
「あそう、別にいいけど、ようやくここまで来れたってのに、終わりにするか?ちょうど便所が見えるし、せっかくだから、あそこでしこたましてから帰ろうぜ、俺もいよいよ”耐えられない……”って感じになってきたからな。どう?似てただろ、今の。で、お前もだろ?ずっと後ろから見ていたが、股が濡れて街灯の下通るたびに、いやらしいほどてらてらにてかってたぞ。そのまま屈んだら、濡れた縦割れマンコが丸見えだろうなって感じだ、スーパー高気配、高配当リーチだな。」
「お前の言ってることが、半分も、理解できない、が、終わりにはしない、」
「はいはい、『まだしたい』んだな。お前は変態だからな。一周でも二周でもしたいんだろ。二周行くか?俺は付き合ってやっていいぜ、別に。時間はたっぷりあるからな。」
「この……っ、」
「ふふふ、俺に、どうして欲しいんだ?何も言わないなら二周目もしたいってことにするぞ。また、遠くから見ててやるから、お前の無様な様子を。」
「二周目はない、ただ……」
「ただ?」

 間宮は霧野の顔を覗き込んで、にやにやと笑って「続きは~?」とうながす。

「引っ張って、歩いてくれないか、残り、だけで、いいからっ、このままでっ、いいから、」

 間宮の目の前で霧野の視線がゆらぎ、ひきつって、一瞬泣き笑いのような表情を見せ、すぐにまた曇るのだった。

「つっかえつっかえながら、よく言えたな、素晴らしい。最低限すぎ、遅すぎるくらいだけど。な、俺の言った通り、お前はこうでもしないと俺とさえ、マトモにコミュニケーションがとれないスーパーコミュ障。俺よか余程タチが悪いよ。ほら、望み通りこうしてやるから悦びな。泣いていいよ。」

 間宮はおもむろに長い指を首輪のリングではなく、霧野の猛り狂った雄を貫いたピアスに引っ掛け、前に引っ張りながら堂々霧野を伴って歩き始めたのだった。

「あ……っ、、」

 ち、違う、そこじゃない、と霧野は頭の中で唱えるのだが、声に出ない。代わりにじわじわと噴き出た透明の粘り気のある蜜露が、間宮の指をてらてらと濡らし始める。間宮は気にする様子も無く引っ張りながらずんずんと、霧野の歩が遅くなりそうになるとさらに強く引いて、横、斜め前から霧野を先導するのだった。強引に引かれる度に、霧野の雄は大きく脈打ち、身体の力が抜けかけるのだが、そうすると上に引かれ、腰をだかれ、前へ前へと強引に進まされるのだ。視界の端に人が見えたような気もするが、二人で並んで歩いている以上、”そういうプレイ”だと認識されている。夜道で、恋人同士指を絡め手をつなぐデートではなく、指と雄を絡めて歩く邪道過ぎるデート。

「なんだ、早々に俺の指をこんなにベットベトにして……この指でチンポを擦られたくって、いや……、中へと、挿れられたくて、こんなにも蜜を噴き出してくれてるのかな?そう、焦るなよ……、あらら、また噴き出してきて……、もう、溢れて、全然止まらないなァ……。全身びしょびしょだぜ、しょうがない奴だ……。」
 
 間宮の指がするりとはなれ、背骨尾てい骨、裂け目の方へ流れるように動いた、霧野は半ば中腰になりかけ、歩を止めてしまう、と、そこに背後から思い切り指を突き入れられるのだった。

「!…………」
「ほらほら、頑張れ頑張れ。あのベンチのところまでだろ。」
 
 頑張れ頑張れのリズムで中で彼の節ばった指が上に突きあげるように動き、脚が震えた。尻を後ろからほじくられながら、抜いてやる、という気でとにかく進もうとするほど、指が器用に中のふくらみに引っかかるようになって擦られ、身体が跳ね、息が上がってしまい、つい身体が、間宮の方にもたれかかると丁寧に抱き起こされ、這うことも許されず、二足で、なんとか、なんとか、蟻の歩みのように、進んでいった。四足でなく、二足で歩かされているせいで、なれない、知らない羞恥が、身体を襲う。いつの間にか指が引き抜かれ、またペニスリングの方を引かれながら、もう、何も、なにひとつ、考えることができない、首輪一つの裸体を、内から熱くさせて、進む、進む、一歩ごとに意識がどこかに飛んでいきそうに、どくどくとする、身体の奥底から、何か、求めたくて、たまらない。

「ふふふ、ついに、何も言えなくなっちゃったね……。頭真っ白?気持ちいいのか?良かったな……、あれ……、おかしいな、本当は、俺も、もっと他に、お前に、言っておきたい、話したいことがあったはずなんだが、もう、どうでもよくなってきてしまった……人のこと、言えないよな……。」

 スタート地点が、目前に迫っていた。間宮は霧野を伴って道を逸れた。霧野が最初着替えのために入った茂み、その闇の奥へと二人分の影が交わるようにして紛れるのだった。
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