堕ちる犬

四ノ瀬 了

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どうだ、もっとたまらなくなったか?今お前は、何も考えられないな、そのまま何も考えずにいろ。

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 二条は黒い死体袋ひとつ肩に担ぎ左手に花束を携えて姫宮診療所を訪れた。密閉された死体袋はずっしりと重い。死体袋は処置室へと運ばれて、台の上へ横たえられた。横に花束が無造作に置かれた。二人は手術台の傍らに立ち煌々としたライトの下に重みをもって鎮座する黒い袋を見降ろしていた。

 それは、一つの大きな蛹のようにも見える。その中身が成熟し、羽化することは無い。誰かの手で意図的に開いてやらない限り中で腐り液状化していくだけ。薄手袋をはめた姫宮が、ジッパーをつまみ、もったいつけるようにっゆっくりと下ろす。裂け目の隙間から、安らかな顔をした青白い顔が浮かびあがった。羽化する前の蛹の背にメスを入れるようにじりじりとジッパーを下まで下ろしていく。

「おやおや、お前の持ってきたにしては、随分状態がいいじゃないか。」

 二条は、姫宮の顔が来た時よりも上気しているのを冷ややかに見降ろしながら「遊んでないし、興味ないからな。」と言った。

「で、お前今月誕生日だろ。」

「ああ、そういうこと……忘れてたよ。覚えててくれたなんてうれしいよ。感激、だな。」

 姫宮は二条の方に笑顔を向けた。二条はその作り笑顔に答えることはしなかった。

「世話になってるから、と、俺ではなく、あの人が言うから。俺だってお前の誕生日なんぞいちいち覚えてるかよ。興味ねぇよ。あの人はそういうところ豆だからな。タイミングよくちょうどいいのが入ったから持って来てやったまでだ。煮るなり焼くなり好きに使いなとのお達しだぜ。」

 姫宮は二条の冷ややかさには気が付いた様子も無く視線は既に目の前の蛹の中身に向かっていた。美しく盛り誇った花束は捨て置かれたままだ。

「ありがとうございますと伝えておいてくれ。うん、甘く臭う。多少部位の腐敗が進んでいるがこの位どうということはない。新鮮な方だ。でも処理を早くするに越したことは無い。早速今からヤろう。」

 姫宮は二条の前で手際よく死体を袋からずるりと引き出した。だらんと垂れた腕が台の下に垂れさがるのを、姫宮は丁寧に台の上へ置きなおした。部屋全体にまだやや湿り気のある生々しい死体の匂いが拡がっていって花の香りは甘やかな死臭に掻き消される。姫宮は二条の手前というのも気にせずさっそく処理を始めようとして、横にまだ突っ立ったまま死体を見降ろしている男の存在に再び気が付かされる。

「まずは内臓を抜くところからだな。しばらく時間がかかるけど、お前どうする、見てくか?」
「別にいいかな今は。書斎にでもいさせてもらうよ。」
「あ、そう。どうぞ、ご自由に。たまには奥入って見ていったっていいぜ。そうだ最近また新しいのが増えたんだ、是非観てってくれよ。結構いいんだヨ、これが。」

 二条は死体に夢中の姫宮を部屋に置いたまま診療所の中を歩いた。奥へ行くほどに薬品の匂いが濃くなった。書斎で、しばらく革張りのソファに身を沈めていた。正午過ぎの温かい時間、そのまま眠ってしまいそうだ。

 ここに来ると、時間の感覚が希薄になって、あまりよくないのはわかっている。二条は眠気に重くなりつつある身体を無理やり身体を起こして書斎を出、気晴らしに件の奥の部屋と進んだ。その部屋の中は空気が澄んでいて、外より寒くエアコンが設定されているコレクションルーム。
 人間だった物が、不完全な形もしくは完全な形で陳列されたガラスケースに収められ並んでいる。部屋はまだ半分ほどしか使われておらず十分空きがあり、空のガラスケースも目立った。ガラスケースの間を縫うように歩いていく間、そこに、二条の知った顔も二、三、とある。
 防腐処理を済まされ、標本にされた人体の剥製。奥に行くほど新しく、奥へ進む程に、姫宮のエンバーミング技術が向上していることがわかった。一番奥に居る者と目が合った。そこに鎮座された若い女の死体が、姫宮の言う新しいコレクションだろう、たしかにまるで生きているようにも見える裸体の女が、二度とまばたきをしない瞳で二条の方を見つめ立っていた。

 完全な死体に興味はない。かつて、初めて、ほとんど壊れ、人間かどうかも判別不能な状態の死体とも呼べない肉とその他の破片を、二条がゴミ袋にいれて持ってきた時の、姫宮の愕然とした顔を、今でも覚えている。

「こ……っ、これが、間宮君だって?嘘だろ、なんて、なんてもったいないことをしたんだよ!この馬鹿……!」

 その時、二条が感じたのは、高揚感と安堵だった。間宮の身体をこんな男に弄繰り回されて、お粗末な置物にされてはたまったものではない。その頃の姫宮の技量で剥製を作らせたところで、大したものはできなかったはずだ。

「もったいない?」
「そうだよ、俺だって目をつけたのを、それをっ、ぁぁ……」

 姫宮は二条の前であることに気を遣いもせず頭を抱えた。

「……へぇ。それじゃあ、まるで俺が間宮の死体をアンタの所に持ってくるのを予期してたようないいぶりだな。」

 姫宮は悪気も見せず悔しそうな顔をして「いずれそうなると思ってたさ!」と言ったきり、二条の表情を見据え、自分が言い過ぎたことに気が付いたか、下唇を噛んで口をつぐんだ。それから、二条から受け取ったゴミ袋を開き、中身を覗き込んで、眉をしかめた。

「まぁ、いいよ、これ以上腐らないようにして置いといてやるよ。しょうがない奴らだ。俺の予想を越えてくる。」

 彼はそう言って二条に背を向けて「一体どうやったらこんなことになるんだよ……、熊だってもっとましな食い残し方するぜ。」と呟きながら、間宮だった破片を持っていった。

「変態ネクロフィリアめ。」

 姫宮の背中に向かってつぶやき、二条はその日診療所を後にした。

「……。」

 人間の剥製に囲まれていても、何も感じなかった。気分が下がることも、上がることも無い。博物館に来ているのと変わらない。一般の感性からしたら逸脱しているだろう。しかし最初に見た時から、いや間宮と完全な意味で終わってから、一般の感性などどうでもよくなった。そもそも最初からそんな物、求めたところで存在せず、それでいちいち人並みに悩むことも止めたのだ。

「ある種の欠陥や欠如は、長所でもあるんだよ、二条君。」

 間宮との日々を川名に語っていた時、彼が言った言葉だ。

 二条は一つ大きな欠伸をして、姫宮のつまらないコレクション部屋から再び書斎に戻った。そして間宮の一部の収められてる棚の前にしばらく立っていた。

「よぉ、今回のは、なかなかしぶとく、出来が悪くなくていいよ。」
「……。」
 応えはない。二条は笑顔を絶やさないまま間宮に向かって語りかけた。
「怒ってるのか?悦んでるのか?最早今更、どっちでもいいが、俺だっていつまでもお前の支配の中にいるわけじゃないんだぜ。そこで、そうやって俺を支配した気になってるってなら、いい気なもんだぜ、壮一。」
「……。」
「あの世で高笑いかな。その耳につく高笑いを止せ。」

 二条は棚に背を向け、再びソファに身を埋めて、目を閉じた。うつらうつらしている内に半年ほど前のことをふと思い出した。気晴らしに久しぶりにSMバーを訪れた記憶だ。休日の真昼間から薄暗い穴蔵のような場所で行われるショーの時間。二条はカウンターに座って舞台を眺め、酒に口をつけた。美味しくない酒だ。

 所詮そんなものだ。偽りの娯楽なんか。壮一が出ていたショーはもっとアングラでコネクションが無ければそもそも入れないうえ、高額な入場料を支払わなければいけないこともあって、ここで行われているショーより余程過激で凄惨なものだったが、彼が一体どういう気持ちで舞台に立っていたのか、結局生前一度も聞く機会が無かった。ただ、プロレス研究会時代を通し、元来、人前で目立つことをするのが好きだったし、出し物の華になることによく向いているこということはわかっている。アクロバティックさにかけては、誰も彼には敵わない。だから案外、同じような気持ちで出ていたのかもしれなかった。
 
 二人の間でその頃の出来事は無かったことにされ、どちらも語ることが無かった。ただ時折、些細なことで喧嘩になると時折壮一が「またあのクソジジイのところに帰ってやったっていいんだぜ俺は!いつでもな!!」と乱暴に声を荒げることがあった。

「じゃ、いちいち口に出さず、黙って勝手に出てけばいいだろォ~?てめぇなんぞ居候の穀潰しなんだからよォ!ははは、そこまでして俺の気を引きたいか!借してる分のはした金はお前にやるからよ!とっとと出てけ!!このド屑のヤリマンが!!!」
「お前の気を引きたい~?!ハハァ?!俺に出ていかれて困るのは、お前の方だろうが!!!」
「困らないね!ちぃーっとも困らねぇよこっちはよ!お前なんぞいなくてもこちとら相手なんぞ五万といるんだよ!」
 一瞬傷ついた表情を見せた壮一だったが、目を見開いてつっかかってくる。
「ふーんそうかよォ~!それならお前の顔を新聞で見るのが愉しみで愉しみで仕方ないぜ俺は!!いつかお前は絶対に人を殺すからな!!お前のことを一番理解している俺が言うのだから間違いない!!俺の目に狂いがあったことは一度も無いのだから!!たとえセックスの延長の事故としても過失致死罪になるだろうな!それでお前なんか、人生おじゃんだよ!!あははははは!!!!」
「なんだとてめぇ!!もう一辺言ってみろ!!」
「いいぜ!何回でも言ってやるよ!!!人殺し!!!人殺し!!!」

 口論の後はおよそ掴みあいの喧嘩に発展し、部屋中の物が破壊を極め、後、どうしてか性交に発展するのである。
 
 そして、最後の脅し、その位でしか話題に上がらなかった。突っ込んで聞きたくも無かった。

「久しぶりに二条さんの緊縛を見たいですね。」

 ショーを見ながらかつての思い出に浸っていた二条の傍ら、カウンターの中から店のオーナーが言った。

「それに、縛られたがってる子も多いんですよ。」
「へぇ、そりゃあ光栄。でも、駄目だね。」

 二条は微笑を称えながらオーナーを上目遣った。

「俺に縛られたがる、ねぇ、そんな夢見がちな奴らに一体、どこまでの持久力があるのか疑問だ。一般人でまともに俺の要求するところまで耐えられた奴なんていないんだから、練習ならまだしも、もう練習なんか俺はしないでいいんだよ。こっちがやたらと細かく気を使って疲れて愉しくもなんともねぇんだ、まさに奉仕のSの極み。そこまでしてヤりてぇと思える奴をお前が用意できるのか?少なくとも今この場には居ないだろうな。」

 オーナーは二条に動じるでもなく考えるそぶりをして「じゃ、呼んでくださいよ。」と言った。

「なんだと?」

「どうせその”耐え得る”パートナーとはヤッてるんでしょう?だから満たされている。私は貴方の腕を久しぶりに見たいだけです。縛師名乗ってる奴なんか、腐るほどいますが、私は貴方の縄が今でも一番と思ってますよ。」

「‥…、パートナー、だって?」

 二条は残った酒を一気に飲み干した。それから豪快に高笑いして、二条の気迫に思わず身を引いたオーナーに再び目をやって小首をかしげた。

「はぁ、笑えるね!俺にそんな立派なもん居たことなぞ、これまでの人生で、一度たりとも無いね!!居たのは全部、奴隷だけさ。どいつもこいつも、自分の欲望だけはクソでかいんだからな!!どうかしてるぜ!あはは!……、いいよ……、今、俺は最高に気分が良いから一匹呼んでやるよ、どうせすぐ来る。だって俺の奴隷なんだからな。野郎だけどいいのか?ここはゲイバーじゃないだろ。」

「男でも女でもかまいやしませんよ。私が見たいのは貴方の縄なんですから。対象はなんだっていい。いや、愉しみです。」

「ああ、そう。じゃあ少し待ってろ。30分以内に来させるから。」

 間宮が到着したのは二条が呼び出して30分ジャストだった。現れた間宮の、にやついた、いかにも卑しい顔つきを見た瞬間に二条は、コイツ本当はもっと早くこれたのにわざと遅らせたな、と、直感し目を細めた。
 自分が強い責めを受けたいがためだけに、命令を破ることはできないが、許容される限り最も遅い時間を狙ってきたのに違いないのだ。そうでなければ、今のような、にやけ面をして目の前に立っていることなどできるはずが無くあからさまに焦った表情をするはずだ。

「二条さんたら!こんなところにプライベートで俺を呼び出してくれるとはね!嬉しいですよォ……俺はァ……。」
 
 間宮は感極まったような口調でそう言って、悦びを隠そうともしていない。二条はこれは本当だなと理解した。普段なら、ご希望通りに一発でも二発でも拳でも蹴りでもいれて卑しい願いをかなえてやるが、場所が場所だぜ間宮、わきまえろよ。それに…‥こっちだって頭に血が上って一二発どころじゃもう、止まらなくなっちまうんだからな!

 二条は黙って席を立ち、SMバーの奥の開けた場所、緊縛をするために設けられた吊床のある場所まで歩いていった。二条が歩くと辺りが自然と静まり返り一般客の視線が行き場を失って、何も知らず焦った様子で立ち上がり返りかけた者もいたくらいだった。二条は背後を振り向いて、間宮を手招いた。

「おい、いつまでも突っ立ってないで、早くこっちに来い。何のためにわざわざ呼んでやったと思ってんだ屑。」

 二条は店にあった縄をほぐしながら、準備を整えていった。この縄の触った感じ、手入れが甘いが、敢えてそうしているなら悪くない。二条が店の縄に手を付けたことで、客も彼らが自分たちの面前で緊縛をやること察して、好奇心と畏怖と囁き合いながら共に彼らを眺め始めた。二条は自分が見世物になっている状況、一般人の視線をウザく感じたが、しかし、それは間宮を高めるはずだろうと思った。異常者同士のパーティーや乱交、そして自分主催の会の場などであれば、視線など気にならないし、寧ろいいのだが、堅気の連中に一方的に見られているという状態は腹の虫が好かない。壮一の奴は、逆に気分が上がってたのだろうか、まあいい、はやく間宮のことに集中することだ。

 側まで寄ってきた間宮が着衣の上から誰が見てもわかる程大きく勃起させている。
 二条は嘲笑を浮かべ間宮のすぐそばに顔を寄せて囁いた。

「なんだてめぇは、もう勃起させてるじゃねぇか、みともねぇな、こんな人前で。」
「だって……ぇ、我慢できないよ……こんなの……、知らない人の前で……ぇ」
「気色悪い声を出すな!とっとと脱げ、ああ、念のため言っておくがここは”健全な”店だからな、全部脱ぐなよ。」
「あ、はぁ……、わかってます。」 

 間宮は下着姿を二条と客の前に晒し、その時点時既に全身鳥肌だって、息を荒げながら身体を汗で濡らしていた。二条は黙ったまま間宮の背後に立ち、腕を後ろで組ませて、するすると縄を通し始めた。ぁはぁ……はぁ……と二条にだけ聞こえる小さな声で、間宮が全身で喘ぎ始めて、すでに下着を小さく濡らしている。

 間宮の身体を縛り上げるのに、店中の縄が全てかき集められてギリギリ足りるかというところ、急遽オーナーや店の私物の縄もかきあつめられ、繋ぎ繋ぎ、身体の稼働部位を絡めとるように縛り上げていく。結び目を固く絞るようにしながら時々、膝を間宮の尻や背中に押し付けると「や、やめてぇ……っ」と縄目の快楽に入りかけている間宮が震えながら懇願するような声を絞り出しぼろぼろと涙を流し始めた。

「やめる?本当にもう終わりで良いのか?おい。」
「ぁ……いや……、恥ずかしいんです、」
「恥ずかしいだと?今更何言ってんだお前。」
「自分がっ、!、自分がァ……!不甲斐なくて、たまらないんですよ……っ、」

 間宮は振り絞るように喘ぎ喘ぎまるで溺れているようにそう言った。二条は聞き終えるやいなや勢いよく間宮の尻を打った。馬に鞭打つような肉の弾けんばかりの破裂音と、天上を突き抜ける程の間宮の高い嬌声が響き渡った。びくんびくんと縄に絡めとれらた肉が跳ね濡れた。

「……どうだ、もっとたまらなくなったか?……今お前は、何も考えられないな、そのまま何も考えずにいろ。」

 上半身を縛り上げ終え、床に寝かせながら踏んでやり、今度は下半身を縛り、右太ももから一気に上へ吊り上げる

「ん゛、ん……っ」

 二条にだけ聞こえる呻き声が耳を擽り、二条は腕に力を入れて縄を引き上げ、重い間宮の身体を下半身から空に持ちあげていった。蒸れた熱気の渦がもわもわと間宮の全身と二条のシャツのまくり上げられた腕を濡らした。ここまで三分半もかかっていない縄捌きであった。上半身も縛られ終えた縄に継縄をされ、持ち上げられ吊られて、間宮の身体は横になって空に浮き、折られた右足だけが上に、空いた左脚は地面にぎりぎりつくかつかないかで彷徨って、脚を開かされた状態で宙づりになっている。二条の目下に、はちきれんばかりになった間宮の欲望が下着から零れ落ちてもおかしく無い程にデカく、パンパンになり息づいて、普段なら突っ込まれて然りの恥部が、ぴったりした下着の上からマン筋のようになって、呼吸し求めるように開いたり閉じたりを繰り返している。

「おい間宮、そのマンコをひくつかせるのをよせよ、ここじゃ突っ込んでやれねぇんだからよ。」

 二条は縛られた間宮に体重をかけるようにして顔を寄せ、縄がぎしぎしなって、間宮の身体は縄目で身体の節々を痛めつけられる。二条はそれでも収まらない間宮の股間を下着の上から弄って、間宮が目を白黒させながらまた「やめてぇ゛!やめてよ……っ」と言いながらも、あからさまに誘う様な目で、二条を一心に濡れた横目で見据え、口元のほころびを隠そうとせず人前ということもはばからず痴呆のように口からとめどない量の涎をただらだらと垂らし床をびしゃびしゃに濡らしているの見た。二条は間宮から身体を離し、店の中で一番上等と思える鞭を拝借し、縄の間でみちみちとしなる太ももにまず一撃あびせ、声を上げる前にタイミングを狙って勢いよく恥部を狙って打った。

「ぁぁぁ゛……!!!!ぁぁっ、あああ………!!!!!」

 身体、脚、恥部、と反応を見ながら、打つ場所を変え、タイミングをずらす、そのたびに目の前の吊られた肉体が波のように脈打って縄を激しく軋ませ、縄の音は迫力をもって嬌声と共に天上まで響きわたる。それでも縄目が解けたり、ゆるんだり、危険な締まり方をすることは一切無く、間宮の身体を固めたままにして、火照った身体にさらにぎりぎりと刺激を与え続けるのだ。

(天にも昇る気分だろうな、俺は受けるのはこりごりだが。)

「きしょくわりい声出すなよな!お前今、いったいどこで、なにをされてんのかわかってんのか?あ?」
 二条は間宮の俯いた頭を掴み上げ客席の方へ向けた。
「ほら、見てみろ~、皆が、お前を気持ちの悪い生物として侮蔑してる目つきをしてるじゃねぇかよ。なっさけねぇ。」
「い、……」

 間宮が痙攣しはじめるので手を離し、軽くこずいただけで宙に浮いた身体がぐるぐると吊床の中心で回転する。
啼くのを止めるまで打ち、空を暴れまわっていた左脚を掴み上げこちらも編むように縛りあげていった。

「ぁぁ゛……!!!……サマ、カオルサマァ……ァ」と、人前であることも忘れてあられもない表情をした間宮が喘ぎ喘ぎ名前を呼んで涎を垂らして二条の姿を追っていた。
 
 完全にこの馬鹿は頭まで仕上がりつつあるが、縄の方も仕上がりつつある。二条は次に継ぐための縄を口に咥えながら、次に通す縄筋を考える前に手が身体が、勝手に動くのを感じるのだった。良い位置だな。腐る程やっていた緊縛術、やりたくないと思ったって身体の方が覚えている。目をつぶっていたってある程度なら縛ることは容易だ。

 ははは、緊縛ショーね、はぁ~、つっまんねぇ~、やっぱりショーなんかより実践ヤるのが段チで愉しいよな~。初めは怯え懐疑的であった二条のことを知らない客の目つきが、みるみる感嘆としたものになるほど、二条の心は冷めていった。

 しかし、目の前の熱い肉塊を見ていると、つまらないだけではなく、もっと責めてやりたくなる心はある。喘ぎ喘ぎ名前を呼び続ける口に縄を噛ませて通し黙らせ、うつ伏せに宙づりにさせる。間宮がくぐもった悲鳴を上気たかと思うと、ぼたぼたぼたっと蝋燭でも垂れたような重い音がして、パンツの中でおもらし射精したらしい。濃い汁が床に飛び散っており二条は誤魔化すように恥汁を靴底で踏み消し、自分の頭の中で何か発火する感じと共に絶えずどこか冷め気味だった瞳の中で瞳孔がみるみる大きく拡がる。客前であるということも一瞬忘れて腹に手加減無しに思いきり拳を与えた。お゛ぇ゛え゛ぅ゛!と蛙でも踏みつぶしたような音と共に、また雄汁を、さっきより一層無様にだくだくとほとばしらせ、もはや誤魔化しきれない精臭がむんむん鼻につきはじめ、客の中に、間宮というより二条のショーにしては苛烈としか思えない拳に動揺を隠せず顔を背けるものもいた。

「この野郎……っ、いい加減にしろよてめぇ!ここをどこだと思ってんだよ!!てめぇのド変態のせいで!俺まで一般人の皆様に変態と勘違いされるだろうが!!」

 縄を噛まされふぐふぐ唸りながら頷き涙を流している間宮を見ていると、少しだけ頭が冷めてきて、自分こそ場をわきまえていないでは無いかと、覚めた気分が戻ってくる。二条は髪をかき上げながら、店の責め具に手を伸ばした。臭いを誤魔化すには匂いだ。三本芯のある蝋燭を手に持って火をつけた。それを間宮の前でちらつかせてから、まず、首筋に垂らしていった。縄に絡めとられた身体が叫び声を上げながら跳ねたが、跳ねるたびにもう容赦せず、膝を腹につきいれ、今度は蝋燭を尾てい骨のあたりに垂らし、溶けた蝋が股間と太ももを蛇のようにつたいたれていき、床にまで堕ちた。間宮は宙づりの状態で痛みに暴れに暴れたが、それが余計にぎしぎしと縄を身体に食い込ませ、彼の頭の神経をどうにかさせるようで途中から唸りながらただ揺れるだけになった。
 
 真っ赤になった身体、手を這わせるだけで跳ね、喉底から声を出す下劣な生物。何て気色悪いんだ!二条は間宮の身体を支え体制を変えながら様々緊縛を続けた。そして、ようやくその身体を床におろした頃には、間宮はもう自力で立ち上がれない程に出来上がり、二条の足もとですがるように這っていた。沈黙。そして周囲から湧き上がりどんどんと大きくなる拍手に、二条は不愉快な気分になり目の前の奴隷を渾身の力で蹴とばした。それが、壁に打ちあったって転げるのを見届けた。場がシンと静まり返ると、二条の顔の上にまた笑顔が戻っていった。

 二条は元々座っていたバーカウンターのスツールに座り、そこから、まだバーの中心、ショーの行われた場所から全く動けないで倒れ、顔面の穴という穴から汁を出し伸びている間宮に向かって声を張り上げた。

「そこの散らかったの!お前片しておけよ。散々汚して!店に迷惑だろ!!」
「ぁ……ぁ……」
「聞こえてんのか~????!」
「ぁ、は……」

 二条が再び立ち上がりかけると間宮は無理やり震える身を起こす素振りを見せたので、二条は腰を下ろし、オーナーの方に身体を向けた。その顔から笑顔は消えていた。

「オーナー、アイツにやらせるからそのまま営業続けてくれよ。そこまでで終わりだから。」

 間宮の周囲には数え切れぬほどの解けた縄が拡がって、蝋の断片、それから若干の血痕、痴汁の痕が飛び散っていた。間宮の周囲を客席、ソファやカウンターが囲んで、あらゆる人間が静かに、そして興味深げに、間宮のことを見降ろしている。客らは二条の方に目を向けるのは、やはり気が引けた、おそろしいのだ。しかし、散々責め苛まれ恥辱を晒した受け手に目を向ける分には無分別には、まるで動物でも見るようにするのだった。間宮は真っ赤になった顔を伏せながら、力の入らない身体で床を這いづりまわった。オーナーは「わかりました、いや、凄いもの見させてもらいました。是非、また。」と言って満足げに間宮を見、二条を見た。

「ここではもうやらねぇ……今日は特別気分が良かったから気紛れにやったんだ。そんなに見たいならアンタが俺のところに来るんだな、どうしてもっていうなら今度招待してやるからよ。ドン引いても知らねぇし、何があっても、何をされても、俺は責任をとらねぇけどなぁ。」

 二条は煙草に火をつけて、天井を仰ぎ見た。腐ったような光が目を刺した。

「はい……、私が貴方に習いたいくらいですから。」
「ふ~ん、聞き飽きたな、そんな台詞は。」

 吐き出した煙が周囲に充満していく。

「はぁ~あ、つっまんねぇ、どいつもこいつも同じようなことしか言わねぇんだから。双方奴隷を見繕って縄筋で勝負しましょう位のこと言えねぇの?ちぇっ、最初から負けを認めて一体何が愉しいかね。今の仕事が首になるようなことがあったらそれでお前達みたいなカモからしこたまぼったくって貯金全額絞りつくしてやろうかなァ~?でも、今の仕事は楽しいから、やめるつもりなんか毛頭ねぇし、万が一、首になるようなことがあったら、首になる前に”文字通り”首になるだけだろうかな!あははは!……それもまた一興。ま、ジジイになって引退したら考えてやっても良いかな。」

 二条は足元から差し入れに持ってきた一升瓶を取り出し、カウンターの上に置いた。

「これ、皆で飲むでも、客にでも回してやってくれよ。」
「こんな高価なもの……ありがとうございます。」

 オーナーがこれでもかという程深く頭を下げる傍ら、二条は白けた顔をしながらしばらく煙草を吸っていたが、ふと、何の気も無しに間宮の方へ目をやった。すると、まるでこちらの気を読んだかのように、伏せられていた間宮の頭がその瞬間勢いよくもたげたのだった。薄暗い床の上で、充血し赤らんだ瞳が、蛇のように二条をじっとりと誘惑するように、見つめ返すのだった。その身体が、湿り気をおびて光り、彼が全身で呼吸する音が、二条の耳の近くを通り抜けて、くすぐった。二条の口元は、自然とほころんでいた。

「帰ってからが本番だな、間宮。」



「ちっ!今まで乗せた中で断トツ一番重いよ、アンタ!!車体がぐらついて危なくて仕方ない。痩せたら!!?」

 間宮は道中で急遽購入したヘルメットを霧野に投げつけるように渡し、すぐさままたバイクにまたがった。霧野は猫を懐にいれたままヘルメットをかぶり「いい加減どこに行く気か位教えてくれないか。」と言った。フルフェイスで表情が見えないままの間宮が振り返った。

「霧野さん、シークレットツアーって嫌いかい?」
「好きも嫌いも、行ったことない。」
「そうだろうな。旅行好きってタマじゃないもん。じゃあいいだろ、霧野さんの初めてを俺にくれよ。」
「いちいち気持ち悪い言い方をするな!」
「あはは、すーぐ怒んだから。ほら、早く乗んな。まだ完全に撒けたわけじゃない。」

 霧野が跨るとすぐさまバイクは急発進した。バイクは途中まで、迂回しながら来た道を戻る、つまり、霧野達の住処や事務所のある方角へ向かって行ったが、途中から霧野のほとんど知らない道を知らない方向へバイクは疾走していった。いつの間にかバイクは周囲に木々がうっそうと生い茂る道を驀進していた。

 山道の度重なるカーブを車体を斜めにさせながら登っていく。すれ違う車は、ほとんどなく、たまにあるとしても工事車両だとか、大型トラックだとかで、一般車両とは一切すれ違わない。地面と接地するのではないかと思う程傾くバイク、気を抜くと振り落とされそうになり、ひりひり、する。しかしできることは、目の前の男にしがみついていくことだけだ。運転できるなら変わりたいものだが、霧野は、暴走するバイクを取り締まったことはあっても、バイクに対する興味が無く、免許も心得も無かった。AT車ならまだしも、今間宮が操っているようなMT車では少し自信が無い。今自分のまたがっているバイクは、法定速度を優に超えて、まさに取り締まりの対象である。

 しかし、乗せられる形とはいえ、バイクで豪速で道を疾走するのにはある種の爽快感が伴い、法廷違反を犯すもの、暴走族のガキ共の気分も、多少わからないでもなかった。霧野の中に在ったもやもやとした不安や感覚が、バイクの豪速による爆音と疾走の快楽のおかがで、ほんのわずかにだが薄められていくのだった。バイクは車道から、舗装されていない山道へと乗り上げて同じ速度のまま突っ込んでいく。時々、木々や葉が身体を掠める。舗装もされていない獣道の上で車体は上下に激しくゆれるが、それでも速さは少したりとも緩められることは無く、寧ろ速くなっているようにも思える。まるで死にたがりの運転だった。

 バイクの速度が急に緩まり、森の中のほとんど道なき道を草木を切り分けるように進んでいった。そして、木々の向こうに廃屋同然に見える朽ち果てたような山小屋が見えてきた。走り続けてきたバイクがようやく停車する。辺りからは木と土の香り、そして、不思議と一切音が無い。鳥の声一つない空間だった。
 
 間宮はバイクを降りキーを抜くとふりかえることもせずさっさと小屋の方へ足を向けて行ってしまうので、霧野もそれに従った。小屋の中は外観とは異なり、整然と手入れされて、つい最近まで使っていたような形跡がある。霧野は懐に入れていた猫を床に離した。猫は部屋の中をうろついて回った。

 間宮はヘルメットを脱ぎ、ジャケットを椅子の上に投げ捨てるように置き、霧野を振り返った。
 それから勢い霧野と距離をつめ、眼前でにやにやと笑い始めた。

「疑問で一杯って顔だな。悪く無いぜ今のアンタの面はな。いつもそういう顔してれば。そうすれば多分みんなアンタにイライラしないだろうからな。俺が一つずつ無知なアンタの疑問を、解決していってやろう。ひとつ、ここはどこか。もう隠す必要も無いから言ってしまうが、ここは俺の療養地であり私有地、特別な時だけに使うんだ。ここらの土地一帯買ってあるから勝手に人が来ることも無い。たまーに猟期に間違って迷い込んだ猟師が来るくらいさ。今は猟期じゃないからまあ普通、誰も来ない。ふたつ、何故俺があの場にいたのか。それは単なる俺の興味からだよ。あのまま帰っても良かったんだが、降りてきたのがアイツらだっただろ。常々嫌いだったんだよ、アイツら、普段から俺を見下してかかるからな、ま、そこは以前のアンタと同じか。……くくく、信用してないって顔だな。どっちにとってくれてもいいさ別に。霧野さん程じゃないけど、俺も嘘をつくのは得意な方だからサ。さて、他に質問は。」

「美里は無事だったのか。」
「ああ、やっぱりそこを気にするか。」

 間宮は手で髪をかき上げるようにして掻いた。髪の根元が酷く白髪になっているのが目立った。

「どうだろ。わかんないね。」
「わからないって……お前が最後に見たんじゃないか!」
「乗せられないから置いていく、と、一応確認、話しかけてやっただけだ。その時、頷いたようにも見えたけど、俺の単なる見間違いかもな。もうほとんど反応無かったから。聞こえてたかどうかも怪しい。」

 間宮の顔から徐々に笑みが消えていき、いつになく真面目な顔つきになって腕を組んだ。

「ふん……、俺がああでも言わないとお前は、素直に俺と一緒に来なかっただろ。いくらお前でもあの状況で冷静な判断をするのは難しかったはずだ。考えてみろ、あのままあそこでアイツらに連れ戻されたお前らがどういう目に遭わされることになるのか。今ならわかるだろッ、そのくらいのことッ。」

「……。」

「おい霧野、馬鹿なこと考えるなよな。少し冷静なれ、ここで。ここは俺達以外、誰も知らない場所だ。組の連中も、誰もな。事務所からは1時間と少しくらいしか離れていないが、こんな山の奥の奥、いくら奴らだってすぐには見つけられっこない。ここは電波は入らず、もちろん携帯も通じない。陸の孤島だ。しかし、食糧の貯えもあるし、水やガスも通してあるから、そこは安心しろ。」

「……、お前、事故現場、交通事故の現場を見るのは、初めてか。」

「急に何を言いだすかと思えば。……。ああ、なるほど、理解した。おそらくお前の言いたいことは、こういうことだろう。車両事故が発生した場合、一般的に一番死亡率が高いのは助手席。本能的に運転手は自分の身を守るようなハンドルの切り方をするからだ。しかしこれはあくまで確率の問題でもある。だから、あまりに気にするな。」
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