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お前の為に部屋を用意したから、今日からお前はそこへ寝ると良い。
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川名が部屋を訪れるまでに霧野の身体の上で5本の蝋燭が燃え尽きた。
川名がもう1本くらい灯そうと言うので、6本目の明かりが灯されて2人は並んで霧野を眺めていた。
「大人しいものだ。お前、相当に責めたな。」
川名が言うと二条は「いや、可愛いもんですよ。」と二条自身が可愛らしい笑みを川名に向けた。霧野の股座から滴った蝋が、顔にまで垂れて、紅い涙が畳を穢して模様を作っていた。
「これならこの下で宴でも開いても良いかもしれない。」
6本目の明かりが消されると、薄暗い部屋に屈強な肉体の白い部分が余計に浮かび上がる。肉体は和室の中で吊られたまま赤蝋に塗れて小さく蠢いていた。小さく喘ぐように呼吸し、吊られたままになっている。
「払ってやろう。」
川名は霧野から数歩下がり、持ってきていた一本鞭を振った。鞭を身体に巻き付けるようにして当てる、所謂巻き鞭の要領で肉を打った。蛇のような紅い痕が霧野の皮膚の上にくっきりと巻き付くようにして幾筋もついた。良い音と啼きが2人の耳のからその奥までを震わせた。霧野の身体の周囲に、赤蝋が花びらのように散った。赤いものの中に白いものが混ざっている。
梁から降ろされた霧野の身体は、しばらく縛られた畳の上に置かれていた。濡れそぼって、しばらく二人の足元で畳の上にうんうん言いながら、のたうっていた。何か言っているが、言葉になっていない。川名は霧野の元に屈みこみ、その頭を抱いた。霧野の身体が一瞬跳ね、震え、大人しくなった。川名は彼の首に首輪を通した。
首が霧野にとって心地よく締まっただろうと思った。川名は霧野の目を覆っていた布を取り払って、頭を抱えるようにして覗き込んだ。充血した鋭い目の、瞳の奥が震え続け、とめどなく、しかし静かに、涙が流れ出ていった。
「気持ちよかったか?」
彼が何か口にする前に、首輪と首の隙間に軽く指を通して、彼の首を絞めた。
「良かったな。お前の為に部屋を用意したから、今日からお前はそこへ寝ると良い。」
二条に身体を抱えられて、霧野は家の外へ出された。庭の隅には黒く低い冷たい鉄の牢が一つ置かれ、中に黒い獣が一頭、身を丸くして蹲っていた。獣は主の気配を感じて身を起こし、そして、霧野の姿を素早く瞳に捕え、口を大きく裂けんばかりに開いて舌を出し嗤った。鋭い歯と煌々とした瞳が闇の中に浮かび上がっていた。
◆
黒木は自室で裸になりベッドの上で目を閉じていた。裸体の上を一匹の蠍、シンを這わせて、彼の歩く感覚を皮膚で感じていた。彼が這いあがってくる感覚が良かった。膨れ上がった尻尾が肉体を一刺しでもすれば、死ぬのかもしれなかった。彼が胸、肩に這い登り、腕に降りていく。黒木は目を開いた。腕を橋にして、シンを飼育箱の中にそっと戻した。
「俺にはまだ、やることがある。」
黒木が二条の助言を受け、暇を見つけ白井を探りわかったことは、白井が三笠組の血縁筋にあたり、白井自身関わりたくない、跡目の問題に関与したくないため、名も姿も変え、死んだことにして家を出て、あのようなヤクザ者とかけ離れた格好をして放蕩生活をしている、ということだった。しかし、白井にも何か思うことがあるのだろう、だから街からは出ていかないで、金もしこたまある癖に、コンビニなどで働いて一般人に化けて遊んでいる。今の白井の存在を知っているのは、白井の信頼した者達だけに限られる。彼らは白井を持ち上げたいのだろうが、三笠組の中での人事の問題や内紛の問題が大きくならない限り、白井が表には出ていく気はないだろう。
白井のことを、組のために売る、つまり情報提供しても良かった。何かしら利用価値はある情報だ。しかし、特にそんなことはしたくも無かった。出世したいなら売るべきだろうが、二条を支えていくこと以外に興味が無い。あの人は、寂しい人だから。出世欲の強い澤野ならば、簡単に切り、売るだろうと思う。
白井が、間宮のことを川名組の関係者と認識した上で絡んできたかと言えば、きっとそうではないはずだった。間宮は川名組の中で、交渉や対外的な場に出ていかない。基本的には顔を知られていない存在。三笠組がどこまで本気で川名組の実情を知っているかにもよるが、そもそも実家と距離を置きたがっている人間が絡んでくるとは考えにくい。全ては嫌な偶然だ。
川名組及び、会全体として三笠組とは拮抗した状態にある。黒木は組の政治について関与していないし、これからも関与する気は無かった。ただし、自分の命にかかわってくるとなると事情も少し変わる。知って居て黙っていたのと、知らないでつるんでいたのでは、話が違う。少なくとも黒木でいる間は、もう白井には会わないほうが良いだろう。理性はそう言っている。しかし、また会いたいと感情は思ってしまう。黒木はベッドの上で再び目を閉じた。いつだって物事を知りすぎると、ろくなことにならない。だからこそ、俺は一度、理性を手放した。そして、また理性の無い世界に還ることに決めているのだ。
◆
神崎は署からの帰りがけ、背後から車がのろのろと追ってくることに気がついて、無視していた。またか、と思った。川名の関係者だろう。家とは反対方向の人気のない路地まで歩いていった。車が横付けされて、窓が開いた。見たことがある、川名の組の者だった。
「お迎えに上がりました。」
「頼んでない。」
歩を緩めず前を向いたまま歩き続けるが同じ速さで車はついてくる。
「お会いになりたくない?”彼”のことに関係していても?」
神崎が脚を止めると、車が止まり、扉が音もなく開くのだった。
神崎は、庭に面した川名邸の和室で川名と向かい合っていた。川名の家に足を踏み入れるのは久しぶりのことだった。権力がある訳でも、事件に関係も無い一刑事が個人的黒い人間と交際していては、本来首が飛ぶ。
「来てくれて、嬉しいよ。」
神崎は川名の顔を見ていなくなかった。他に見たい顔があるので、そのことばかり考えていた。
「彼に会いたい?」
神崎は、ようやく川名の方に目をやった。彼の目元は感情が無く、ただ口元だけに嗜虐的な笑みが浮かんでいた。見ているだけで苛立ちが立ち昇った。
「会いたいって言ったって簡単に会わせてくれんのだろ。」
吠えるように言っている自分が厭になった。彼をまた楽しませてしまう。川名の瞳の奥がやはりすこし笑んだように見え、やっぱり来るんじゃなかった、神崎はもういっそ出ていこうと腰を上げかけた。
「条件をのめば、考えてやってもいいかな。」
川名が目を細めて上目遣いに神崎を見た。物欲しそうにねだる淫売みたいな顔をし腐って、神崎は拳を強く握り、あげかけた腰をおろし、座りなおす。居心地が悪い。
「どうせ、そういうことだと思った。何故だ?まだ俺がうなずくと思ってるのかよ、いい加減にしろよお前。」
どうしても語気が強くなってしまう。川名は楽しそうに、探るように神崎を見ている。
「さぁ……貴方がどれくらい彼のことを大切に思っているかは、私にはわかりかねますからね。人の心なんか、わからないものだ。全く、わからない……。だから、試し続けるしかないんですよね、いろいろなことを。」
川名は急に他人行儀になって、ふいに庭先を眺め始めた。神崎は川名の視線の先を追っていった。広く、よく手入れされた和調の庭。庭の奥、茂みの闇の中に何かある。目を凝らしてみると、辛うじて四角い箱のような物が見える。それは、黒い布に覆われて、庭の中に鎮座し闇に溶け込んでいた。
そういえば、ずっと以前訪れた時もそこに、川名の飼育してた先代の犬が棲んでいたのを見たことがあった。今は使われていない檻を、思い出そのままにとってあるのかもしれない。彼はいつも犬を飼っていた。前の物が死ぬのと入れ替わるように常に側に飼っていた。
最初、神崎から見て、川名に動物を愛するような心があるとは到底思えず、ただ彼自身の権力、財産の誇示、他者への威嚇のために飼育していると思っていたのだが、彼がドーベルマンやグレートデンなどの大型犬を、車に乗せて出かけるところなどを見かける内に、彼にも人間らしい部分が残されているのかもしれないと錯覚したものだ。
川名の言う条件とは、ずっと変わっていない。神崎が職を辞して川名の元に行くことだった。最初に会った時から暗に常に提示され続けている。拒絶すればするほどに彼は追ってくる。無視するのがいい、いずれ飽きるだろう、そうして、不本意ではあるが川名組や反社に関する事件から降ろしてもらった。それでも定期的に彼からのコールは続いた。神崎の刑事としての任務遂行能力や指導力は優れていたため、職やそれなりの地位を失うことは避けられたが、川名の粘着は仕事にも実生活にも影響を与え続けて、そして今回のことに至る。
反応すると彼は悦ぶ。川名に追われれば追われる程に、神崎は神崎で頑なになっていくのだった。妻が消え、あるいは、消された時、もう意地でも、どれだけ金を詰まれようが、何を犠牲にされようが、頷かないことに決めた。
「神崎さんって、意外と人の心が無いんだよね。俺は知ってるよ。」
川名が揶揄うように言った。神崎は反発したいのを黙ったまま庭の奥の闇の方を見ていた。川名はつづけた。
「貴方って、本当はとっても利己的で冷たい人なんだよ。自分を通して生きていくには、ある程度の冷徹さは必須としても、肝心なものが見えてないよ。せっかく優秀なのに、いや、だからこそなのか。俺が見ている限り、ずーっとそうだよアンタって。変わんないね。そこがまたいいんだけどサ。」
神崎が川名に向き直ると彼はくすくすと声を上げて笑った。
「そんな怖い顔するなよ……」
今度は顔まで伏せて、そして珍しく肩を震わせて笑い続けているのだった。
「結局自分が一番大事じゃないの。何をこだわってるんだか。俺だったら違うけどね。気が付いたら一番になってたのと、自分を大切にして一番になってるのとは訳が違うんだよ。俺は自分のことなんか、全然大事じゃないんだから、本当さ。」
「何が言いたい。」
「貴方には分らない。別に、誰にも分からなくたっていいんだ。……ああ……、もう、帰っていいよ。もう面白いものはいろいろ見れたから。また気が変わったらいつでも勝手に来たら。歓迎する。」
川名が言い終わると同時に部屋の障子が開いて、神崎を連れだすために男達が現われた。
◆
「霧野はもう、こっちには戻ってこないのか?」
久瀬が、事務所で仕事をしていた美里に声をかけた。こっちこそ知りてぇよ、と言う代わりに「知らない。」と手元の帳簿を見ながらそっけなく答えた。
美里が川名の家に霧野を届けてから既に10日が経っていた。川名自身は事務所に顔を出さない。一度だけ電話があった。それも、まったく意味不明な電話だった。
『好きな花はあるか?』
美里が逡巡の後、「椿。」と答えると『わかった。』と電話が切れた。
こちらから、霧野のことを聞くためだけに、川名に電話をすること、家を訪れることは躊躇われた。行くならば、せめて他に何か仕事の理由をつけて行った方がいい。
二条はあの後も川名の家と事務所の双方に出入りしているようだった。出入りの頻度から見て、2人で霧野に何かしているのに違いなかった。二条に霧野の様子を聞く、という手が残されてはいたが、あの男が素直に教えてくれるとも思えないし、しゃぶってくれたら教えてやるよと言われて素直にしゃぶってやったとして教えてくれず淫乱娼婦呼ばわりしてくる位のことは平気でする男なのだ。初めから無理な話だ。
川名が不在でも、仕事はあり、新規に次々回ってくるので、それらを一人で裁くことで気を紛らわしていた。今までも彼が彼の個人の仕事や事情で長く事務所をあけたり、屋敷にこもりきりになることはあった。不在でも問題ないようにしてから事務所を空けるので、非常時を除けば組としての経営が成り立たなくなることは無い。
久瀬が何か思案するような顔をして、いつまでもそばに突っ立っているので、美里は心底うざいなと思った。
「暇なのか?俺は忙しいんだ。」
「いや、別に。少し思い出したことがあったのさ。」
美里は無視しようかと思ったが、気を紛らわせるために少しくらい聞いてやっても良いかなという気になって、久瀬の方にようやく目を向けた。久瀬は何とも言えない苦々しい表情をして、美里を見降ろしていた。
「俺も組長の家の中で5日ほど通しで折檻を受けたことがあるから、そういう事情かと思ってな。」
初めて聞く話だった。美里は表情を出さないまま「お前が?」と呟いた。
「そうだよ。まあ、ヘマやった俺が悪いのだし、奴が受けてるのとは全く性質が違うけどな。ある程度覚悟して組長の家に行ったら、広い部屋にかなり上等なピアノが一つ用意されていた。あの人は自分でピアノなんか弾かないはずだから、わざわざ俺を苦しめるために、手早く手に入る中で一番良いのを、買ったのだろう。そうして、気が狂うかと思う程長い時間、まともに寝たり食ったりする時間もあまり与えられない中、彼の希望、指示する通りの曲を、彼が家に居ようが居まいが、誰かしらに見張られ、ひたすら弾き続けることを求められた。自分の意志で勝手に手を止めたり、聞くに堪えないような演奏をしたら、その時点時点で、残されている指の腱を一本ずつ切っていくと言われた。なあ、美里、想像できるか、真っ白い鍵盤が、だんだん紅く、黒く染まって、ぬるぬると滑るようになって黒鍵と白鍵の区別さえつかなくなる様子をよ。今思い出しても壮観だぜ。ふふふ……もう二度と弾きたくない、見たくもないと流石にその時は思ったね。ある意味俺が受けるのに一番良い折檻、いや、拷問なのかもしれないよな。そういうのを組長はただ試してみたかっただけかもしれない。その頃には、既に俺の指は一本少しおかしくされていたから、ところどころ思った通りに指が運ばないのが、何より、俺の心に、プライドに、堪えたのさ。それをわかってやらせたんだろうけど。結局最後の最後にどうにもどの指も、思うように動かなくなって、その場でもう一本軽く切られるだけで、ことは終わったが。一応神経はくっついたし、それだけで済んで良かったんだ。」
美里には何も返す言葉が思い浮かばず、そうか、とだけ静かに応えて、視線を落とした。
「だから、アイツも俺のように戻ってこれると良いけど。」
久瀬はそう言って、返答を待つようにしばらく美里を黙って見降ろしていたが、美里が何も言わないので「じゃ、俺も戻るよ。」と言って部屋を出ていった。何故か、待ってくれ、と言いたかけたが、何も言えない。呼び戻したところで、一体何を話せばいいのだろうか。
仕事終わりに、矢吹のところへ半ばレイプしに行った。彼は店の便所の中で声を堪えていたが、以前より声に苦痛に混じって官能の漏れ声が多くなっていた。どうにも腹が立ったので彼の顔面を洋式便器の中に叩きこんで、水を流し何度か溺れさせ、立ち上がらせ、続行した。
「そろそろ、戻らないと、オーナー、が、……っ」
水を滴らせ、苦痛に顔を歪ませ、目の下を紅く染めて喘ぐ矢吹の横顔には、なかなか見どころがあった。その水が、便所の汚水ということだけが残念だ。
「オーナーが何だって?」
「心配する、こっちに様子を見に来るかもしれない、」
美里は勃ったままの矢吹の雄を掴んで、背後からねじ込みながら、上下に擦り始めた。情けない声が上がった。
「自分を盛り上げるために見に来て欲しい癖して何言ってやがんだ。見せつけてやりたいんだろ変態野郎が。」
「……ぁっ、ぁ゛ぁ゛」
美里の手の中に、べっとりとした白濁液が放出されて、手の中に納まりきらない分が、便器の上にぼたぼたと垂れていった。壁に手をついてこちらに腰を突き出した矢吹の顔面に、彼の体液で穢れた手を押し付けた。便所の水と精液と彼の体液で嫌な臭いをたてていた。美里の手の中で、矢吹がくぐもった声を出し小さく頭を振っていた。上からもっと強く押さえつけた。
「舐めろよ。」
「ん゛っ…‥!?」
「勝手に俺の手の中にきたねぇゴミを出したんだから、それくらいして当たり前。それともどうする?俺がお前のこのゴミを、お前の穢い顔をタオルにして拭いてから、もう一回便所の水で流す方がいいのかな?でもでも、今度はさっきよりずぅーーーーーーっと、長ぁぁぁぁくやるからな。お前が便所の水で溺れ死ぬのを眺めてやってもいいよ。その後ついでに死姦もしといてやる。嬉しいか?お前は最近、少しずつ世に名前が出るようになったようだから、良いニュース種になるよ。『遺体の中には精液が残されており』ってな、あはは!そして一週間もすれば忘れられ、ただ汚辱だけが残るのだ。」
手の中で、ためらいがちに矢吹の舌が美里の掌の上をちろちろと這い始めた。
それから、美里は似鳥のところに立ち寄った。寄る辺が今は、彼のところくらいしかない。
遅く、美里が家に帰ると、家の前にフードを被った不審者が蹲って鼻歌を歌っていた。よく聴いてみれば、ベン・E・キングのスタンドバイミーだった。そいつは美里が拾って結局家に持ち帰ることになった子猫を胸に抱いていた。美里は猫に「ルカ」と名付けていた。男は、美里の気配に鼻歌を止め、ルカを抱いたまま立ち上がってフードを脱いだ。やはり、それは間宮だった。ルカは、美里に対して触ろうとすれば警戒して鳴いたり暴れたりしていた。家の中でも糞はそこらにするし食べ物も選り好みして吐くこともありすぐに弱っては治りを繰り返すのだった。帰ってくれば、部屋を荒らし放題していた。そんなルカが、間宮の腕の中では、やけに大人しくしているように見えた。
「君のようなのが、猫なんか飼い始めて。でも、飼い主としてどうかと思うぞ。まだ小さいのに、こんな時間まで放っておいて可哀そうじゃないか。しかも、窓が開けっぱなしになって、そこから出てきたコイツが道路にのこのこ出かけ、轢かれかけたところを俺が助けてやったんだぞ。こいつ、何て名前なんだ?」
「……そんな奴……死にたきゃ勝手に死にゃあいいんだよ……」
美里は間宮の質問に答えず悪態をつき、間宮の腕に大人しく収まっているルカを睨んだ。
「なんてこと言うんだ。」
間宮は腕の中でルカをぬいぐるみのように扱って、まったくりょうじくんはひどいやつだにゃぁ~、と、話しかけていた。
「で?用件は?何?セックス?さっきもうしてきたけど、別にできるよ。」
美里の口から出てくる声は異様に低かった。美里は間宮の横を素通りして家の鍵を探った。何故か鍵がなかなか見つからない。最近どうにも集中力が落ちて注意散漫ぎみだ。背後から影が覆いかぶさってきた。
「霧野さんのことが、気になって仕方ないのだろ。」
「……。」
「なぁ、美里君、川名屋敷の中を探検しに行かないか?俺があそこの裏口の鍵を開けてやる。」
美里はようやく間宮を振り返って見た。間宮の腕の中でルカが小さく啼いていた。
「そんなことして、もしバレたら、」
「鍵の開け閉めについてはバレることはない。俺の本業だから。よく、君は俺のことを泥棒呼ばわりしているじゃないか。忍び込んでバレるかどうかはお互いの器量次第だ。俺一人ならこういうことに慣れているから大丈夫だが、君のことは知らないし、もし君一人ヘマ踏んでも俺は助けない。捕まっても、俺のことは決して口にするな。元々一人で観に行くつもりだったのを善意で誘ってやってるんだ。行かないなら行かないで、俺一人で勝手に行く。」
「どうしてお前が危険を冒してまで霧野のことを気にするんだ。居なくなって清々してるんじゃないか。」
間宮の視線が右上の方を彷徨って、美里の方に戻ってきてワザとらしく笑った。
「好奇心。」
川名がもう1本くらい灯そうと言うので、6本目の明かりが灯されて2人は並んで霧野を眺めていた。
「大人しいものだ。お前、相当に責めたな。」
川名が言うと二条は「いや、可愛いもんですよ。」と二条自身が可愛らしい笑みを川名に向けた。霧野の股座から滴った蝋が、顔にまで垂れて、紅い涙が畳を穢して模様を作っていた。
「これならこの下で宴でも開いても良いかもしれない。」
6本目の明かりが消されると、薄暗い部屋に屈強な肉体の白い部分が余計に浮かび上がる。肉体は和室の中で吊られたまま赤蝋に塗れて小さく蠢いていた。小さく喘ぐように呼吸し、吊られたままになっている。
「払ってやろう。」
川名は霧野から数歩下がり、持ってきていた一本鞭を振った。鞭を身体に巻き付けるようにして当てる、所謂巻き鞭の要領で肉を打った。蛇のような紅い痕が霧野の皮膚の上にくっきりと巻き付くようにして幾筋もついた。良い音と啼きが2人の耳のからその奥までを震わせた。霧野の身体の周囲に、赤蝋が花びらのように散った。赤いものの中に白いものが混ざっている。
梁から降ろされた霧野の身体は、しばらく縛られた畳の上に置かれていた。濡れそぼって、しばらく二人の足元で畳の上にうんうん言いながら、のたうっていた。何か言っているが、言葉になっていない。川名は霧野の元に屈みこみ、その頭を抱いた。霧野の身体が一瞬跳ね、震え、大人しくなった。川名は彼の首に首輪を通した。
首が霧野にとって心地よく締まっただろうと思った。川名は霧野の目を覆っていた布を取り払って、頭を抱えるようにして覗き込んだ。充血した鋭い目の、瞳の奥が震え続け、とめどなく、しかし静かに、涙が流れ出ていった。
「気持ちよかったか?」
彼が何か口にする前に、首輪と首の隙間に軽く指を通して、彼の首を絞めた。
「良かったな。お前の為に部屋を用意したから、今日からお前はそこへ寝ると良い。」
二条に身体を抱えられて、霧野は家の外へ出された。庭の隅には黒く低い冷たい鉄の牢が一つ置かれ、中に黒い獣が一頭、身を丸くして蹲っていた。獣は主の気配を感じて身を起こし、そして、霧野の姿を素早く瞳に捕え、口を大きく裂けんばかりに開いて舌を出し嗤った。鋭い歯と煌々とした瞳が闇の中に浮かび上がっていた。
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黒木は自室で裸になりベッドの上で目を閉じていた。裸体の上を一匹の蠍、シンを這わせて、彼の歩く感覚を皮膚で感じていた。彼が這いあがってくる感覚が良かった。膨れ上がった尻尾が肉体を一刺しでもすれば、死ぬのかもしれなかった。彼が胸、肩に這い登り、腕に降りていく。黒木は目を開いた。腕を橋にして、シンを飼育箱の中にそっと戻した。
「俺にはまだ、やることがある。」
黒木が二条の助言を受け、暇を見つけ白井を探りわかったことは、白井が三笠組の血縁筋にあたり、白井自身関わりたくない、跡目の問題に関与したくないため、名も姿も変え、死んだことにして家を出て、あのようなヤクザ者とかけ離れた格好をして放蕩生活をしている、ということだった。しかし、白井にも何か思うことがあるのだろう、だから街からは出ていかないで、金もしこたまある癖に、コンビニなどで働いて一般人に化けて遊んでいる。今の白井の存在を知っているのは、白井の信頼した者達だけに限られる。彼らは白井を持ち上げたいのだろうが、三笠組の中での人事の問題や内紛の問題が大きくならない限り、白井が表には出ていく気はないだろう。
白井のことを、組のために売る、つまり情報提供しても良かった。何かしら利用価値はある情報だ。しかし、特にそんなことはしたくも無かった。出世したいなら売るべきだろうが、二条を支えていくこと以外に興味が無い。あの人は、寂しい人だから。出世欲の強い澤野ならば、簡単に切り、売るだろうと思う。
白井が、間宮のことを川名組の関係者と認識した上で絡んできたかと言えば、きっとそうではないはずだった。間宮は川名組の中で、交渉や対外的な場に出ていかない。基本的には顔を知られていない存在。三笠組がどこまで本気で川名組の実情を知っているかにもよるが、そもそも実家と距離を置きたがっている人間が絡んでくるとは考えにくい。全ては嫌な偶然だ。
川名組及び、会全体として三笠組とは拮抗した状態にある。黒木は組の政治について関与していないし、これからも関与する気は無かった。ただし、自分の命にかかわってくるとなると事情も少し変わる。知って居て黙っていたのと、知らないでつるんでいたのでは、話が違う。少なくとも黒木でいる間は、もう白井には会わないほうが良いだろう。理性はそう言っている。しかし、また会いたいと感情は思ってしまう。黒木はベッドの上で再び目を閉じた。いつだって物事を知りすぎると、ろくなことにならない。だからこそ、俺は一度、理性を手放した。そして、また理性の無い世界に還ることに決めているのだ。
◆
神崎は署からの帰りがけ、背後から車がのろのろと追ってくることに気がついて、無視していた。またか、と思った。川名の関係者だろう。家とは反対方向の人気のない路地まで歩いていった。車が横付けされて、窓が開いた。見たことがある、川名の組の者だった。
「お迎えに上がりました。」
「頼んでない。」
歩を緩めず前を向いたまま歩き続けるが同じ速さで車はついてくる。
「お会いになりたくない?”彼”のことに関係していても?」
神崎が脚を止めると、車が止まり、扉が音もなく開くのだった。
神崎は、庭に面した川名邸の和室で川名と向かい合っていた。川名の家に足を踏み入れるのは久しぶりのことだった。権力がある訳でも、事件に関係も無い一刑事が個人的黒い人間と交際していては、本来首が飛ぶ。
「来てくれて、嬉しいよ。」
神崎は川名の顔を見ていなくなかった。他に見たい顔があるので、そのことばかり考えていた。
「彼に会いたい?」
神崎は、ようやく川名の方に目をやった。彼の目元は感情が無く、ただ口元だけに嗜虐的な笑みが浮かんでいた。見ているだけで苛立ちが立ち昇った。
「会いたいって言ったって簡単に会わせてくれんのだろ。」
吠えるように言っている自分が厭になった。彼をまた楽しませてしまう。川名の瞳の奥がやはりすこし笑んだように見え、やっぱり来るんじゃなかった、神崎はもういっそ出ていこうと腰を上げかけた。
「条件をのめば、考えてやってもいいかな。」
川名が目を細めて上目遣いに神崎を見た。物欲しそうにねだる淫売みたいな顔をし腐って、神崎は拳を強く握り、あげかけた腰をおろし、座りなおす。居心地が悪い。
「どうせ、そういうことだと思った。何故だ?まだ俺がうなずくと思ってるのかよ、いい加減にしろよお前。」
どうしても語気が強くなってしまう。川名は楽しそうに、探るように神崎を見ている。
「さぁ……貴方がどれくらい彼のことを大切に思っているかは、私にはわかりかねますからね。人の心なんか、わからないものだ。全く、わからない……。だから、試し続けるしかないんですよね、いろいろなことを。」
川名は急に他人行儀になって、ふいに庭先を眺め始めた。神崎は川名の視線の先を追っていった。広く、よく手入れされた和調の庭。庭の奥、茂みの闇の中に何かある。目を凝らしてみると、辛うじて四角い箱のような物が見える。それは、黒い布に覆われて、庭の中に鎮座し闇に溶け込んでいた。
そういえば、ずっと以前訪れた時もそこに、川名の飼育してた先代の犬が棲んでいたのを見たことがあった。今は使われていない檻を、思い出そのままにとってあるのかもしれない。彼はいつも犬を飼っていた。前の物が死ぬのと入れ替わるように常に側に飼っていた。
最初、神崎から見て、川名に動物を愛するような心があるとは到底思えず、ただ彼自身の権力、財産の誇示、他者への威嚇のために飼育していると思っていたのだが、彼がドーベルマンやグレートデンなどの大型犬を、車に乗せて出かけるところなどを見かける内に、彼にも人間らしい部分が残されているのかもしれないと錯覚したものだ。
川名の言う条件とは、ずっと変わっていない。神崎が職を辞して川名の元に行くことだった。最初に会った時から暗に常に提示され続けている。拒絶すればするほどに彼は追ってくる。無視するのがいい、いずれ飽きるだろう、そうして、不本意ではあるが川名組や反社に関する事件から降ろしてもらった。それでも定期的に彼からのコールは続いた。神崎の刑事としての任務遂行能力や指導力は優れていたため、職やそれなりの地位を失うことは避けられたが、川名の粘着は仕事にも実生活にも影響を与え続けて、そして今回のことに至る。
反応すると彼は悦ぶ。川名に追われれば追われる程に、神崎は神崎で頑なになっていくのだった。妻が消え、あるいは、消された時、もう意地でも、どれだけ金を詰まれようが、何を犠牲にされようが、頷かないことに決めた。
「神崎さんって、意外と人の心が無いんだよね。俺は知ってるよ。」
川名が揶揄うように言った。神崎は反発したいのを黙ったまま庭の奥の闇の方を見ていた。川名はつづけた。
「貴方って、本当はとっても利己的で冷たい人なんだよ。自分を通して生きていくには、ある程度の冷徹さは必須としても、肝心なものが見えてないよ。せっかく優秀なのに、いや、だからこそなのか。俺が見ている限り、ずーっとそうだよアンタって。変わんないね。そこがまたいいんだけどサ。」
神崎が川名に向き直ると彼はくすくすと声を上げて笑った。
「そんな怖い顔するなよ……」
今度は顔まで伏せて、そして珍しく肩を震わせて笑い続けているのだった。
「結局自分が一番大事じゃないの。何をこだわってるんだか。俺だったら違うけどね。気が付いたら一番になってたのと、自分を大切にして一番になってるのとは訳が違うんだよ。俺は自分のことなんか、全然大事じゃないんだから、本当さ。」
「何が言いたい。」
「貴方には分らない。別に、誰にも分からなくたっていいんだ。……ああ……、もう、帰っていいよ。もう面白いものはいろいろ見れたから。また気が変わったらいつでも勝手に来たら。歓迎する。」
川名が言い終わると同時に部屋の障子が開いて、神崎を連れだすために男達が現われた。
◆
「霧野はもう、こっちには戻ってこないのか?」
久瀬が、事務所で仕事をしていた美里に声をかけた。こっちこそ知りてぇよ、と言う代わりに「知らない。」と手元の帳簿を見ながらそっけなく答えた。
美里が川名の家に霧野を届けてから既に10日が経っていた。川名自身は事務所に顔を出さない。一度だけ電話があった。それも、まったく意味不明な電話だった。
『好きな花はあるか?』
美里が逡巡の後、「椿。」と答えると『わかった。』と電話が切れた。
こちらから、霧野のことを聞くためだけに、川名に電話をすること、家を訪れることは躊躇われた。行くならば、せめて他に何か仕事の理由をつけて行った方がいい。
二条はあの後も川名の家と事務所の双方に出入りしているようだった。出入りの頻度から見て、2人で霧野に何かしているのに違いなかった。二条に霧野の様子を聞く、という手が残されてはいたが、あの男が素直に教えてくれるとも思えないし、しゃぶってくれたら教えてやるよと言われて素直にしゃぶってやったとして教えてくれず淫乱娼婦呼ばわりしてくる位のことは平気でする男なのだ。初めから無理な話だ。
川名が不在でも、仕事はあり、新規に次々回ってくるので、それらを一人で裁くことで気を紛らわしていた。今までも彼が彼の個人の仕事や事情で長く事務所をあけたり、屋敷にこもりきりになることはあった。不在でも問題ないようにしてから事務所を空けるので、非常時を除けば組としての経営が成り立たなくなることは無い。
久瀬が何か思案するような顔をして、いつまでもそばに突っ立っているので、美里は心底うざいなと思った。
「暇なのか?俺は忙しいんだ。」
「いや、別に。少し思い出したことがあったのさ。」
美里は無視しようかと思ったが、気を紛らわせるために少しくらい聞いてやっても良いかなという気になって、久瀬の方にようやく目を向けた。久瀬は何とも言えない苦々しい表情をして、美里を見降ろしていた。
「俺も組長の家の中で5日ほど通しで折檻を受けたことがあるから、そういう事情かと思ってな。」
初めて聞く話だった。美里は表情を出さないまま「お前が?」と呟いた。
「そうだよ。まあ、ヘマやった俺が悪いのだし、奴が受けてるのとは全く性質が違うけどな。ある程度覚悟して組長の家に行ったら、広い部屋にかなり上等なピアノが一つ用意されていた。あの人は自分でピアノなんか弾かないはずだから、わざわざ俺を苦しめるために、手早く手に入る中で一番良いのを、買ったのだろう。そうして、気が狂うかと思う程長い時間、まともに寝たり食ったりする時間もあまり与えられない中、彼の希望、指示する通りの曲を、彼が家に居ようが居まいが、誰かしらに見張られ、ひたすら弾き続けることを求められた。自分の意志で勝手に手を止めたり、聞くに堪えないような演奏をしたら、その時点時点で、残されている指の腱を一本ずつ切っていくと言われた。なあ、美里、想像できるか、真っ白い鍵盤が、だんだん紅く、黒く染まって、ぬるぬると滑るようになって黒鍵と白鍵の区別さえつかなくなる様子をよ。今思い出しても壮観だぜ。ふふふ……もう二度と弾きたくない、見たくもないと流石にその時は思ったね。ある意味俺が受けるのに一番良い折檻、いや、拷問なのかもしれないよな。そういうのを組長はただ試してみたかっただけかもしれない。その頃には、既に俺の指は一本少しおかしくされていたから、ところどころ思った通りに指が運ばないのが、何より、俺の心に、プライドに、堪えたのさ。それをわかってやらせたんだろうけど。結局最後の最後にどうにもどの指も、思うように動かなくなって、その場でもう一本軽く切られるだけで、ことは終わったが。一応神経はくっついたし、それだけで済んで良かったんだ。」
美里には何も返す言葉が思い浮かばず、そうか、とだけ静かに応えて、視線を落とした。
「だから、アイツも俺のように戻ってこれると良いけど。」
久瀬はそう言って、返答を待つようにしばらく美里を黙って見降ろしていたが、美里が何も言わないので「じゃ、俺も戻るよ。」と言って部屋を出ていった。何故か、待ってくれ、と言いたかけたが、何も言えない。呼び戻したところで、一体何を話せばいいのだろうか。
仕事終わりに、矢吹のところへ半ばレイプしに行った。彼は店の便所の中で声を堪えていたが、以前より声に苦痛に混じって官能の漏れ声が多くなっていた。どうにも腹が立ったので彼の顔面を洋式便器の中に叩きこんで、水を流し何度か溺れさせ、立ち上がらせ、続行した。
「そろそろ、戻らないと、オーナー、が、……っ」
水を滴らせ、苦痛に顔を歪ませ、目の下を紅く染めて喘ぐ矢吹の横顔には、なかなか見どころがあった。その水が、便所の汚水ということだけが残念だ。
「オーナーが何だって?」
「心配する、こっちに様子を見に来るかもしれない、」
美里は勃ったままの矢吹の雄を掴んで、背後からねじ込みながら、上下に擦り始めた。情けない声が上がった。
「自分を盛り上げるために見に来て欲しい癖して何言ってやがんだ。見せつけてやりたいんだろ変態野郎が。」
「……ぁっ、ぁ゛ぁ゛」
美里の手の中に、べっとりとした白濁液が放出されて、手の中に納まりきらない分が、便器の上にぼたぼたと垂れていった。壁に手をついてこちらに腰を突き出した矢吹の顔面に、彼の体液で穢れた手を押し付けた。便所の水と精液と彼の体液で嫌な臭いをたてていた。美里の手の中で、矢吹がくぐもった声を出し小さく頭を振っていた。上からもっと強く押さえつけた。
「舐めろよ。」
「ん゛っ…‥!?」
「勝手に俺の手の中にきたねぇゴミを出したんだから、それくらいして当たり前。それともどうする?俺がお前のこのゴミを、お前の穢い顔をタオルにして拭いてから、もう一回便所の水で流す方がいいのかな?でもでも、今度はさっきよりずぅーーーーーーっと、長ぁぁぁぁくやるからな。お前が便所の水で溺れ死ぬのを眺めてやってもいいよ。その後ついでに死姦もしといてやる。嬉しいか?お前は最近、少しずつ世に名前が出るようになったようだから、良いニュース種になるよ。『遺体の中には精液が残されており』ってな、あはは!そして一週間もすれば忘れられ、ただ汚辱だけが残るのだ。」
手の中で、ためらいがちに矢吹の舌が美里の掌の上をちろちろと這い始めた。
それから、美里は似鳥のところに立ち寄った。寄る辺が今は、彼のところくらいしかない。
遅く、美里が家に帰ると、家の前にフードを被った不審者が蹲って鼻歌を歌っていた。よく聴いてみれば、ベン・E・キングのスタンドバイミーだった。そいつは美里が拾って結局家に持ち帰ることになった子猫を胸に抱いていた。美里は猫に「ルカ」と名付けていた。男は、美里の気配に鼻歌を止め、ルカを抱いたまま立ち上がってフードを脱いだ。やはり、それは間宮だった。ルカは、美里に対して触ろうとすれば警戒して鳴いたり暴れたりしていた。家の中でも糞はそこらにするし食べ物も選り好みして吐くこともありすぐに弱っては治りを繰り返すのだった。帰ってくれば、部屋を荒らし放題していた。そんなルカが、間宮の腕の中では、やけに大人しくしているように見えた。
「君のようなのが、猫なんか飼い始めて。でも、飼い主としてどうかと思うぞ。まだ小さいのに、こんな時間まで放っておいて可哀そうじゃないか。しかも、窓が開けっぱなしになって、そこから出てきたコイツが道路にのこのこ出かけ、轢かれかけたところを俺が助けてやったんだぞ。こいつ、何て名前なんだ?」
「……そんな奴……死にたきゃ勝手に死にゃあいいんだよ……」
美里は間宮の質問に答えず悪態をつき、間宮の腕に大人しく収まっているルカを睨んだ。
「なんてこと言うんだ。」
間宮は腕の中でルカをぬいぐるみのように扱って、まったくりょうじくんはひどいやつだにゃぁ~、と、話しかけていた。
「で?用件は?何?セックス?さっきもうしてきたけど、別にできるよ。」
美里の口から出てくる声は異様に低かった。美里は間宮の横を素通りして家の鍵を探った。何故か鍵がなかなか見つからない。最近どうにも集中力が落ちて注意散漫ぎみだ。背後から影が覆いかぶさってきた。
「霧野さんのことが、気になって仕方ないのだろ。」
「……。」
「なぁ、美里君、川名屋敷の中を探検しに行かないか?俺があそこの裏口の鍵を開けてやる。」
美里はようやく間宮を振り返って見た。間宮の腕の中でルカが小さく啼いていた。
「そんなことして、もしバレたら、」
「鍵の開け閉めについてはバレることはない。俺の本業だから。よく、君は俺のことを泥棒呼ばわりしているじゃないか。忍び込んでバレるかどうかはお互いの器量次第だ。俺一人ならこういうことに慣れているから大丈夫だが、君のことは知らないし、もし君一人ヘマ踏んでも俺は助けない。捕まっても、俺のことは決して口にするな。元々一人で観に行くつもりだったのを善意で誘ってやってるんだ。行かないなら行かないで、俺一人で勝手に行く。」
「どうしてお前が危険を冒してまで霧野のことを気にするんだ。居なくなって清々してるんじゃないか。」
間宮の視線が右上の方を彷徨って、美里の方に戻ってきてワザとらしく笑った。
「好奇心。」
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