堕ちる犬

四ノ瀬 了

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おい肉!何のためにお前を呼んだと思ってる。

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川名から受け取った書類の束に目を通し終えた霧野は外の景色を眺めた。外の景色を眺める余裕がある自分に驚きながら、以前と何も変わらぬ街並みを眺めた。日中、何事も起きていない平和な、つまらない表通り。一本路地を進めば、また違った世界がそこにあった。車が信号で止まった。塵一つない、新車のような車内に音楽がかかっていた。以前川名の部屋で聴いたのと同じ受難曲ではないか。煙草と香水のまじりあった香りが、唯一この車が新車ではないことを知らせる。横断歩道を、ベビーカーを押す女や老人、子供が歩いているのを眺めた。信号が変わった。

「彼と、何を話した。」

また車が走り出す。霧野は川名の方を見た。彼は前を見ていた。普段と変わらない、見ようによっては人ではなく人形めいた印象のある彼の横顔。すると、瞳が、彼を生きている人間だと証明するように、霧野を流し見た。光が差し込んで、茶とも緑とも言えぬ不思議な色合いをしていた。霧野は今まで、がむしゃらに働いていた時、あまり、物に対して美しいだとか美しくないだとかを、うまく感じられたことが無かった。

「どうせ、俺についてろくでもないことを、言ってたんじゃないのか。あのじいさん。」
彼の言い方は非難するというより、身内に対する友愛的な言い方に近かった。
「あなたが描いたらしい絵を見せられましたよ。印象を聞かれ、それで、好きだと答えました。」

川名は霧野の言葉にすぐに返事をせず、黙っていた。車は街を抜けて、山道を駆け上がり始めていた。森が周囲に迫って街が見えなくなった。このまま山の中で殺害されるのではと一抹の不安を覚えたが、この紙束を渡しておいてそれはないだろう。もしくは今の答えの中に何か誤りがあったのか。

ご隠居と川名の関係性を考えるために、加賀家の家系図、甲武会の組織構成図を霧野は頭の中で思い浮かべていた。車は山の中腹にある展望スペースに入っていった。街並みを見てもそう予想したが、やはり今日は平日だ。他に車の一台もない。車から降りなくとも、木々の向こうに拡がる街並み、海が見下ろせた。穏やかな光が雲間から射していた。

「アレは、何が燃えていると思う。」
再び彼を見た。彼は、ハンドルに腕をかけて項垂れるようにしていた。顔が見えなくなった。
「人ですか。」

また、会話がとぎれた。まただ。いつもはテニスの球を打ち返すようにテンポの良い会話をする川名が、黙る時間が異様に長い。川名と話す時に思うことは、彼は数手先まで相手の言い分を先にわかっていて、まるで演劇、芝居のように、筋を書いた通りに話しているのではないかということだ。それがこの話に限っては、筋書きが無いのかもしれない。もし今の話題の中に彼の弱みがあるのなら、入り込んでいかなければいけなかった。それが責務なのだ。

「悪くない想像力だな。」

彼はそう言って、顔をあげたがそこには普段通りのどこかしけたような表情が戻り、窓を開けてもくもくと煙草を吸い始めた。悪くない想像力、つまりアレは本当に人を焼いた時の絵なのかもしれない。心象風景なのかもしれないし、彼のことだから、実際に焼いた可能性もある。では、それは一体誰なのだろうか。

川名の経歴をさかのぼった時、彼が裏社会の人間として生まれるのと時期を近くしてこの世から去った加賀家の人間がいる。当時の警察側の記録は、その人物の死を自殺として片付けているが、謎の残る事件のようであった。お家騒動や極道稼業の中でのひずみで、いくらでも彼を殺す動機のあった人間は居たようである。当時の当主、死者の実父であり、現隠居の徹まで疑いの目が向いたくらいだ。

そして、この事件によって初めて、今の、甲武会の中の人間としての、川名の名前が登場するのだった。何の実績もない若年の男が、この事件から少しの間を開けて、加賀徹、現在のご隠居から一つの組を持たされるに至る。もし当時、霧野が事件に噛んでいたならば、やはりもう一度この謎の男を徹底的に調べて上げるはずなのだが、再捜査の記録は残っていない。加賀徹が何らかの危機を感じて、若く出どころも怪しい一人の男に、実子を殺害させ、見返りとして地位を与えたと考えるのは、筋違いだろうか。彼の証拠の残されない犯罪の最初の1ページ目は、もしかすると、ここにあるのではないだろうか。

「あなたがご自分で焼いた人間の絵なのでは。」

外の景色を見ていた川名の瞼が軽く伏せられて、煙草が灰皿の中に消えた。彼は指同士を組んだ手元を見ながら、霧野の言った言葉を味わうように小さく繰り返し、小さく微笑んだ。
「”あなたがご自分で焼いた人間の絵なのでは”、か。」
「……、」
霧野は、気が付くと我が身を、軽く川名の方に身を乗り出すようにしていた。
「どうです、良いところを、突いたのではないですか。」
ようやく、あなたの、気持ちのいいところを、突いたのではないですか。

川名の視線が、自身の指から身を乗り出した霧野の首元辺りに這って行った。

「これだから、」

ざらざらした声質だった。普段と違い異常に聴きとりづらく、しかもその先を言わずに、彼は「後ろにある鞄をとってくれないか」と誤魔化した。霧野は身を引いて、「これだから、何ですか。」とはっきりと彼に宣告するように聞いた。川名の霧野の首のあたりを彷徨っていた視線が、霧野の目まで這い上がってきて、悪戯っぽく微笑んだ。

「いいから、鞄をとってくれよ。何を言おうとしたか、すっかり忘れてしまった。気になるというならまた、お前の陳腐な想像力で、俺の言葉の続きを補填してみるんだな。それで、思い出すかもしれないから。」

すっかり普段通りの声。今度は霧野が誤魔化すように後部座席に身を乗り出す番になった。ずっと粘ついた視線がついてきていた。鞄を渡すと、彼は鞄の方に視線をやった。

「で、報告書の中身は覚えたのかな。」

霧野が覚えた証拠となる様な事柄を二三話すと、「うん、うん。後はその通りやるだけだな。」と言って鞄から、箱をとりだした。ネクタイの入った箱だった。彼は何も言わずネクタイを取り出し、手の中で弄ぶようにして伸ばして、霧野の方をじっと見た。霧野がさっきのように軽く身を乗り出すと、彼が首輪をつけるのと同じような手つきで、霧野の首元にネクタイを通すのだった。自分でできるのに、何故かそう身体が動くようにできていた。きゅ、と首元が軽く締まって、結び目の隙間に指が入り込んで、緩められた。ぁ、と空気が漏れて川名の顔を擽ったようだった。彼は、一瞬だけ手を止めたが何も言わず、身をひいて腕を組み、霧野を眺めた。

「思った通り、良い感じだなぁ。奇麗だよ。」

鞄からもう一つ小さな箱が出てきて、中に、銀色の小さな蝶の象られたネクタイピンが光っていた。

「これもお前にやろう。」

彼は箱を差し出す。今度は自分でとろうとせず、霧野にとらせようと箱を差し向ける。霧野が蝶を摘まみだすと目の前で箱が閉まった。光にかざしてよく見れば、小さな機械の端が見えた。盗聴器だろう。霧野は自らの指で、小さな蝶をネクタイにとまらせた。



神崎から受け取った諸々を確認しながら、美里はなるほど間宮も可哀想な人間で、少しくらい許してやっても良いかなと言う気持ちになりかけて、ほくそ笑んでいた。ちら、と神崎の方を見る。煙草の煙を吐きながら、どこでもないところを見つめていたが、美里の視線に気が付いて「なんだ?」と虚ろな目を投げかけてくる。彼の女も、美里が女の目の前で、神崎に口をつけたことで、霧野のように彼の元から去ったようだった。不思議な優越感と支配感、美里が止む終えず男をたぶらかし、自分にしか関心を向けられぬようにする時に感じる唯一のメリットはそれであった。大概の男の身体に興味はなかった。神崎を同じように奴隷にしてやったらどんなにいいかと思わないでもなかった。

「俺に居なくなられたら、困りますか。」
「そりゃあ困るな。お前も困るだろう。」
「なに、別に俺はアンタがいなくなったって困らない。つきまとってるのはアンタの方ですよ。」
美里は軽くすごんだつもりであったが、神崎は逆に虚ろな瞳のまま笑って天を仰いだ。
「あはは、一体何言いだすかと思えば、馬鹿だなぁ、お前も。」

挑発だ、と思い、美里は咄嗟に何か言い返すのを自制し、白々しい表情のまま彼を眺めていた。神崎はつづけた。

「いいかい。俺はお前に堂々とカタギに戻る道を世話をしてやれるんだよ。川名が許そうが許すまいが関係ない。お前の気持ち次第だ。お前はそんな道は求めていないと俺に再三言うが、本当にそうなのか?貴重な一生を、あんな異常者の下で費やす気なのか?大体、奴はお前を大事と言葉では装いながら、お前が探し求めていたらしい情報も知っている癖に、ろくにお前に与えず、子飼いにして嫌な仕事を押し付けるだけだろう。尽くす価値があるのかね。」

目の前の神崎が霧野の姿と重なり始める。

「……、なにもしらないくせに」
「何もわかっていないのはお前の方だぞ。お前だけがいつも何もわかっていないんだ。考えたことがあるか。もし霧野がなにもバレず任務を全うしていた先のことを。」
「……。」

理解はしていても、考えないままでいたことだった。もし、そうであったら、霧野はきっと自分の道を振り返らず行くだろう。ここであったことの一つも未練なく忘れて、いくだろうと思った。彼はそういう潔い人間だから。

「どうして霧野が、ターゲットでもないお前のこと、お前の問題を調べて、それでお前に伝えずにいたと思う。確かに、今回のように何かあった時の切り札に使うという手もある。それで、お前が動いてくれるだろうと奴なりに読んだのだ。しかし、本当にそのためだけか?」

霧野の集めた父親についての記載は、簡素な事実の羅列ながらもよく調べられていた。そこには、何の感情や意見もなかった。もし本人がこの記録を直接美里に渡すことがあったなら、彼は何と言っただろう。

「霧野はお前の方が自分よりカタギに向いていると冗談めかしてよく言ってたよ。それで、コレは俺の想像でしかないが、霧野は自分が去ることになったら、これをお前に渡して、その反応を、それから行動を、見ようとしていたんじゃないかな。それでお前を引き抜くかどうかの最後の判断材料にするんだ。」
「趣味が悪くないか。それに、どうせ俺は、きっと殺すよ。」
「そういう人間だからな、奴は。俺はお前がどういう人間かまだよく知らない。でも霧野が自分の使者に使って良いと考えたお前のことを、父殺しにさせたくないと思う。」



「海堂、お前のバイク貸してくれよ。」

海堂がスタジオを開ける直前になって身支度を整えた間宮が、にこにこしながらスタジオに顔を出した。

「お前、免許は。」
「そんなこと気にする男じゃないだろ。僅かに、乗った記憶があるんだ。だから大丈夫だろう。身体の記憶と言うものは、想像の記憶より確実だ。実際に動かせるなら、乗ったことがある証明になる。」
「何か、思い出したのか。」

間宮は何も答えず、「カギ。」と言って海堂の方に手を差し出した。海堂は壁に架けてあった鍵をとって、間宮に渡した。これくらいのことで、彼の正常を保つ手伝いになるのなら、と思いながら同時に、思い出してはいけないことを思い出させてしまうのでは、と、不安になった。

「さんきゅう。少ししたら返すから。どうせお前には、遠くに行く予定もないだろう。お前はここで一生、平和に暮らしていれば良い。」

彼は正気に近い微笑みでそう言ってスタジオを後にした。少しして、バイクのエンジン音と共に、窓の向こうにフルフェイスのヘルメットをかぶりバイクに跨った彼の姿が見えた。確かに彼の言う通り、自然な形で動かせてはおり、彼はこちらに軽く手をあげて、路地の向こうに消えていった。海堂は彼の姿が見えなくなるまで窓際に立ち尽くしていた。彼の頭が完全にどうにかなる前のことを、断片的にしか知らない。彼を元に戻したいと思うが、同時にそれが不可能なことだとも理解している。何故なら、全てを思い出せば彼は間違いなく発狂して、また0になり、同じことを繰り返すように思えるからだ。
間宮の正気に近い理性的な横顔を海堂は好んだ。偶にしかみられぬからかもしれない。

やっぱり乗れた。と間宮はバイクに跨り、街を流していた。不思議な解放感が身体の中に満ち溢れ鼻歌をうたった。海堂の家で休む間に、霧野の言っていたヘリオガバルズの音源をほんの少し、冒頭の10秒20秒だけを聴いてみたが、確かに何か記憶を擽るものではあった。しかし、ずっと聴いていると頭の奥が揺れ、妙な臭いがし、気分が悪くなり、思い出してはいけないことを思い出しそうになった。危ない、と思って止めた。信号が赤になり、止まる。

そもそも、どうしてバイクに乗れるのかと考えると、自分の意思で免許をとったとは、到底思えなかった。誰かに言われてとったに違いない。二条に言われたのかとも思うが、それならばもっと記憶に残っているし、記憶を隠ぺいする必要もないのだ。

『新譜、良かったよな。』
誰も乗せていないはずの背後から声が湧いて出て、間宮の身体を背後から強く抱いた。
『おい、青だぞ。ぼーっとしているなよ。』
急ぎ、また発進した。身体に何か嫌なものがまとわりついている。家につき、サソリに餌をやることに決めた。

間宮は、三島との仕事で獲得して冷凍保存してあった人間の指を二本解凍した。ノアにやるには少なすぎて可哀そうだった。サソリは、靴箱の最下段で飼っていた。籠を取り出し、作業台の上に置いた。中でカサカサと小さく音を立てている。蓋を開くと、どっしりとして太い、男根のような黄色いしっぽが持ち上がり、間宮の方に向かってゆらゆらと揺れた。じっと身を籠の底に伏せ、男根のような尾だけを高々と掲げた。その尾には猛毒が蓄えられていた。

イエローファットテールスコーピオンという種類で、以前は十数匹いたのだが、拷問に使用する内に死んでゆき、今はこの一匹しか残っていない。よほどの理由がない限り、このまま愛玩用として生かしておくつもりだ。指を二本、巣箱の中に落とした。飢えていたのか、間宮の見ている前でのそのそと指の方へ近寄っていく”シン”。シンは、間宮がこのサソリを飼育すると決めた時につけた名前であった。

一度、鞄にいれていた拷問用の同じ種類のサソリの一匹が、事務所の中を逃走するという事件が起きた時、その時も追々こっぴどく二条から扱かれる羽目になったのだが、なんとか罠にかけ捕まえた。生のサソリを見たことがないという組員も多く、籠に入れて少しの間事務所に置いておくことになった。仕事から帰ってきて、そのままサソリを眺めながら、会話しているらしい澤野と美里を見かけ、間宮は廊下の影から様子をうかがっていた。

「こんな気持ちのわりぃ物が家に居たらとても寝れねぇよな。」

美里はサソリを見下ろして、触りたくもないという風に、腕を後ろに組んで揺らしていた。

「そうか?意外と面白い生物かと思うが。」

反対に澤野は籠を覗き込むようにしてじっと見ていたかと思うと、いきなり籠の蓋を開けようとするので咄嗟に美里が腕を掴んで止め「馬鹿じゃねぇのか!何をやってんだ。」とキレていた。

「なんだ?怖いのか?」

澤野が軽くおどけた調子で腕を優しく上げて、籠から手を遠ざけると、美里の手が離れていった。美里は澤野にのるでもなく憤るでもなく、冷めた目をして澤野を見ていた。

「子どものようなマネをするな。どうかしてるぞ。」

籠の中でサソリが警戒するように尻尾を揺らして二人を見据えていた。

「……よく見えないから、ふたを開けてもっと近くでしっかり見てみたい、と思っただけだ。悪かったよ。」
「相変わらず理解できない思想だな。そんなに好きなら、引き取って飼育でもしてみるがいい。まあ、もしそんなことになったら俺はお前の家には金輪際行かないことにする。」
「ペットか。かまってやれる時間がないから難しいな。でも、もし飼うならそうだなぁ、”サソキング”とでも名付けて可愛がってみるところだ。」
「ん、何」

美里は、澤野の言っていることを聞き返そうとして止めたようだった。珍しく間宮は美里の気持ちに同調して、ダサすぎる名前だと言いたくなったし、そのサソリの性別は雌であるとも言いたかった。

今、目の前で切断された人の指にまとわりつき食事の準備を整えるシンは雄である。

「……人を、人を食っているぞ!!」

間宮はそう呟きほくそ笑んだ。中国語で薫はシュン、香はシャン、と発音するが、そこからとってきたシンと言う名前であった。間宮はシンを見ながら、囚われてむしゃむしゃと身体の端から捕食される己の姿を連想して、その内に身体が熱くなるのを感じた。

「ああ……っ!」

サソリと肉片を眺めながら、動画を撮り、これでまた一扱きしようかと言うところで、スマホにメッセージが届いた。二条から、ショートムービーが一本届いており、早々と再生すると、ジョボジョボジョボ……と卑猥な音がして、画面の中で霧野がどこかの屋敷の庭で靴下を咥えながら、股を開いて放尿させられている様子が映っていた。
「あらら、霧野さん……」
羨ましかった。間宮は、二条に代わりに今しがた撮影したシンの様子を送り、反応を待った。
『つまらないものを送ってくるな。今すぐ来い。』

彼の元へ駆け参上した。
「おはようございます。」
マンションのロビーに、彼一人、ソファに腰掛けていた。彼は眠たげな眼を、息を切らして目の前にたつ間宮に向けた。

「ああ、来たか。」

それから視線を、下、床の方にやって押し黙った。ひざまずけ舐めしゃぶれというのか、しかしこんなところで、いや、むしろ、こんなところだからこそ。間宮はマンションの監視カメラに一瞬目をやったが、二条の足元にひざまずき、男根の聳えるあたりに目をやった。彼の身体に手を伸ばそうというところで、ぐいと、二条の大きな手が、間宮の顔を掴んで、珍しい物を見るようにしげしげと眺めた。

「おやおや……酷い怪我をしたのか。俺が付けたのとは違うようだな。」

二条に首元の痣や顔の切り傷を見破られ、咄嗟に「ええ、暴漢に襲われ」と呟いてから、しまったな、と思った。

「暴漢に襲われる?何故?お前の直近の仕事でお前が苦戦を強いられるような戦闘が発生するものはないはずだ。もし雑魚にそのような傷を負わされたとなれば、話にならない。それに暴漢と言う言い方がおかしいぞ。お前は人から恨まれる身でもあるから、襲われることが今までも度々起きたな。で、その度、機会さえあれば俺に、打ち倒したことを自慢げに自ら報告してきたろう。そいつがどこの誰で、どういう人間かまでも付加情報として添えた。それを、今回に限って、取り繕ったように”暴漢”とは。お前、俺に何か隠していないか?」

二条の笑いを含んだ、しかし威圧的な低声が間宮の上にのしかかり、顔を掴む手が一段と強く間宮の顔を掴んでから、乱暴につき離した。

「町で、喧嘩になりました。俺がうっかり自転車でぶつかってしまい。」
「へぇ~、それで、一般人如きに絡まれ、まさか負けたのか?」
「いえ、負けてなど、」
「身体を全て見せてみろ。ここで、今すぐに。」

拒否権も、言い訳する余裕もなかった。マンションロビーの冷たい大理石の上で、全てを取り払い、身を晒した。刺青で一目見ただけではわかりにくいが、その中で、二条に殴打された痣もまだ残るが、それを上書くように、おそらく美里の使いによって派遣されたであろう屈強な男達につけられた傷の方が数が多い。

「どれ、良く見せてみろ。」

二条の手が肩をさするようにしながら、打撲痕になったところを思い切り掴み上げ、間宮は悲鳴をこらえながら俯いて耐えひとり汗で濡れ震えた。そうして、二条の言う通りの姿勢をとって身体を見せながら、小さく嬲られ続け、股座が、恐怖と興奮とのはざまで、委縮と勃起とを繰り返す。マンションの自動ドアが開く気配、遠くに人が通る気配がし、はぁはぁと息が上がり続けた。このまま息を荒げ続けたら、周囲から空気がなくなってしまうのではという程強く。

彼に無防備に下半身を向けた姿勢をとったと同時、一頭の巨大な獣が重くのしかかり、あ、と思う間に、一気に体を貫かれた。うが!と、堪えたていた悲鳴が束になって巨大な喘ぎとなり出かかっていくのを、耐え、つるつるとした大理石の上を爪が無意味に引っ掻いた。

身体が浮く。挿入はそのまま、身体を背後から抱かれ、そのまま立ち上がらされ、背後から突きいれられたまま、無理に前方に、いちにいちにと、歩かされた。ぎこちなく、まるで運動会の二人三脚、寄席の二人場折、背後から操られている操り人形のようである。歩くたびに、間宮の獣がボロンボロンと揺れ、ずん、ずん、と身体が裂かれて、秘所を穿ち、燃え上がらせる。ちょっとの刺激でもう、きついのに、歩行に合わせて、ずっと、突かれる。あ゛っ……おうう……と小さな声が喉から溢れ、たどり着いた先の壁に手をつくと、返事の代わりに、どう!どう!と、身体を突き破る様な激しい勢いの突きが、下から上に向かって一ニと往復でキマリ、さらに声が出ていく。身体の中にぐつぐつと泡立つ灼熱のマグマの道ができたようになって。肉の、ぱんぱんと弾ける音と主に、道がどうと左右に大きく拡張されては、ばちゅ!とぶるぶる締まりたて、かきまわされる度、マグマが煮えたぎり、もうもうと湯気を立て、頭の奥まですっかり蒸され焼かれて、白くなった。あううう……あうう……と間宮が半ば白目をむくようにして、痴呆のように涙を流して喘いでいる内に、ちん、と可愛いチャイムがなって、エレベーターが到着した。

ふたり、転げるようにエレベーターの中にそのまま突入する。エレベーターは全面ガラス張りになっており、間宮が一瞬正気に戻り、わ!と、声を強く出し、下界を見下ろすと、人が、いくらかいるのが見えた。ガラスにカエルのように張りかされ、大きなペニスも、むぎゅ、と冷たいガラスと身体の間に挟まれて標本のように囚われた。”これが、この街で一番大きな男根の標本です。”と世界に主張するかのようだ。それでいて、後ろから巨大な男にひたすら尻穴を突かれて喘いでいる。その状況を、世界に中継されている。ひ、ひ、ひとが、ひとが、ぁ、と空しく声に出してみる。サラリーマン風のふたりが、ぎょっとした顔でこちらを眺め、主婦と女子高生が携帯を向けようとしていた。頭を背後から強く掴まれ、ガラスに横っ面を押し付けられた。すぐ横でふんふんと獣の息遣いが聞こえて、全身に鳥肌が立った。

「へぇ~~~!、しゃべるオナホなんかあるんだ~~。おい肉!何のためにお前を呼んだと思ってる。」

ああ!そうして、エレベーターは動き始める。何のため!そう!貴方があの動画を送りつけてきたということは、考えたくなかったが、飢えたあなたのために、今、霧野の代わりを果たしているのだ!そう思うと、悔しくてたまらない。劣情にしかし股間が、眼の代わりに、露を垂らして泣いた。

遠く地上世界から視界が離れれていくのに合わせるように背後から、また、貪る様な激しい突きが下から上に突き抜けはじめ、その度、間宮の脳内は激しく極彩色に明滅し、視線が行き場を失って、あらぬ方向に乱れて、知能が小児程度に低下していって、獣じみた声でおうおうと低く唸り啼いた。熱く吐いた息によって、目の前でガラスが曇り、結露して濡れ、雫となった。狭いエレベータの中が蒸し風呂のようにずおお……と熱くなり、部屋全体ががたんがたんと、突きによって揺れるような錯覚を覚えて、それによって、間宮の視界では今世界全体が、二条の一振り二振りによって、ガクンガクンと大きく揺れ、脳を揺らした。身体全体が、精神が、天に昇っていく感覚。すっかりと飢えた獣の前に身を差し出し、むしゃむしゃと食われていく。

間宮は自分の孔という孔から沸騰した湯のように液体が噴きこぼれ出るのを感じた。ぬるぬるとして、熱のうつってあつくなったガラスとペニスの間できゅきゅうと音が立った。
「ぉっ!ひ……ぃぃ」
ペニスが熱くなったガラスに擦りあてられて痺れる快感が走る。背後から、一体どうやったらそのような動きになるのかという程悪魔のように激しく、肉棒はでたりはいったりし、間宮は自分が魂などない、所詮、一個の肉でしかないことを一糸まとわぬ身をもって自覚しながら、彼の穿ちを受けとめ、彼を射精に導くため肉としての務めを必死に頑張った。彼の部屋に着くまでに一発はそうしてやらなければ、いけない、と、それが最低限の、私の勤め、私の生きる意味、と、強く思い身を引き締めると、さらに甘美な暴力が身に打ち迫る。むしゃむしゃと咀嚼の音が聞こえる。ああ、霧野さん、あなたの代わりに俺がこの悪神に、悦んで身をささげるのですよ。

「あ゛ああ゛……っ、おああああ……っ」

ずぷずぷと肉の渓谷を一個の鋭い鬼の巨大な爪が遊ぶようにいつまでも永遠と思える時間弄りつき続け、その度、激しい貪り食う音と共に深い渓谷の奥から、びゅびゅうと飛沫が飛んで、ガラスと床とを穢しに穢し臭いたたせ、また、貪り食う。

間宮の真っ赤なグロテスクな渓谷の筋肉の痙攣するように引き締まるのを無理に鬼の爪が抜けていって、一層強い力で嬲り殺すように、突き進み、欲情して真っ赤に腫れた裂け目が、さらに赤く痙攣して、その周囲の筋肉全て、尻に限らず、脚、つま先、腰、背中、肩、首、顔面にまで、痙攣が電動し、一個の肉の電動機械式オナホールのようである。

間宮はガラスに写った鬼と、自身とが最早認識できなくなる。泣き笑いのような表情を浮かべるこの肉人形は一体誰なのか。ああ、しかし、これが誰なのか、認識するともっとキク。キク!俺が俺じゃなくなっていく、たまらない。たまらなく気持ちいい。がとう、ございま、ありがとうございます、ぅぅぅと呪文のように口から何かでていき、ちん、と、またエレベーターが可愛く啼いたと同時に肉穴の中に、濁流のようなどろどろの精が噴出され、間宮は全身が崩れ落ちるようになって手をガラスについていたが、すぐ、ずるずると、無力な肉体を獣に咥えられ、引っ張られ、囚われた小動物のようにして、小さなエレベーター世界からマンションの、鬼の巣の入口まで引きずり出されていった。
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