堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前の脳がもっと俺に尽くしやすくなるよう、軽く訓練してやる。

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霧野は自ら首輪を嵌めて打ちひしがれていた。首輪の中心から垂れ下がりきらきら輝くリングにフックがひっかけられ、革製のリードの先が視界の端に消えていく。尻を足蹴にされて、叩かれ、前につんのめると首が良く締まるのだった。

首が締まらないように身体を踏ん張ると、大きな犬が糞でもするように、地についた両膝の間が開き、腰が落ちて尻を突きだし背が弓なりになり、だらしがない。一発ごとに、口が何かを求めるように開きはするが、もうやめてくれ、とは言えず、ああ、ああ、と声が出て、耐えるのだった。

打擲が止んだ。背後で、川名が縁側に座った気配がした。身体から力が抜けた。そのまま地面に倒れ込みたくなるところで、つつ、と冷たい棒の先端が、陰茎の裏とをなぞったかと思うと、ピッ!と的確に痛い位置を打って身体が跳ねた。

「くひ……っ」
「休んでいないでこっちを向かないか。さっきの続きは。」

川名の方に向き直り身を起こした。視界がふらふらと定まらぬまま、彼の影を追って、目の前で組まれた脚を見た。肉体をさっきのように彼の前に開きながら、川名の言葉を思い出そうとするのだが、代わりにじんじんと尻が痛み熱を帯びて感じ入ってしまうのだった。ぼんやりとした影の中で、瞳がこちらを見ている気がする。彼らを幽閉された地下室で見るのと、外で見るのとでは趣が違った。地下室の湿った匂いが鼻腔に思い出される。

「ああ、酷い顔だ。できないのなら、もう一度、今度はもっと」
「待って……、っ」

霧野は、目を細めて、まぶし気に川名を見上げた。川名の目は伏せられ手元を見て、黒いハンカチでケインを拭きとっていた。手首にリードの先、輪っかになった持ち手がかけられて、手に黒い薄手の革手袋を嵌めていた。霧野はその革がパンパンと肉を打つ音を思い出して、そうだ、何故勃起しているのかを言うのだった、と思い至った。霧野はまた川名の影越しに、涼しい顔をして笑んでいる二条を見て、川名に視線を戻した。

「……、見ての通り、アンタの、背後に居る男にこんな施しを」

霧野の口調はどこか挑戦的だった。川名の手が止まり、伏し目がちだった瞳が霧野を見降ろし捕らえ目が合った。瞳の奥はケインの手入れをしている時とは違い明らかに嗜虐的な装いを帯びていた。

「こんな?おいおい……」

川名の口元に嘲笑の気配が立ち登る。

「こんなとはなんだ?具体的に言えと言っただろう。見ての通り、だって?俺には普段の、いつも通りの”正しいお前の姿”しか見えないけれど、一体何が見ての通りなのか。さっきまでのは仮装だろう。お前のお得意芸のな。」

仮装、正しい姿、霧野の中で様々な己の姿が浮かんでは消えていった。

「正しいお前の姿の説明をしろよ。お前は今、何を装飾させられている。もう間違えるなよ。三度目だぞ。」
反抗したい気持ちを、ケインによる痛みと羞恥が押さえつけた。
「……。……ピアスを錘でひっぱられ、腰縄で棒を、尻に……くいこまされて、」

言いながらも、霧野はみるみる自分が川名の手中に嵌り込んでいく感覚に陥って口ごもった。川名は座ったまま身を軽く乗り出してハンカチをしまうと、ケインの先端を、頭が下に向きかけた霧野の顎の下にあて、上げさせた。

「どこのピアス?」

囁く川名の息が、霧野の頬を撫でた。冷たく感じるのは、霧野自身の熱のせいだった。あはぁ、と口から息が漏れた。

「尻に、何だ?そこまで俺が聞いてやらんと言えないのかお前は。」

輪郭を調教棒がコツコツと軽く叩くと頭骨を揺らされるせいなのか、余計に頭の中に声が反響する。

「早く、気取らなくていいから、頭の中にあるお前の言葉をそのまま言え、犬。」

「……ちくびと、ペニスの先端のっ……ピアス、と、尻に、鉄の棒を、おくまで……いれられ……」

霧野の喉は奥の方からひくひくと痙攣して、言葉が魚の小骨のようにひっかかった。肉の通路が、奥に何かがひっかかたように動いていた。ケインの先端が顎の下から首筋に下がり、ひくつく喉ぼとけの辺りを優しく上下になぞり始めた。

「へぇ。お前は、ペニスも触っていないし女を触ったわけでもなく、陰部のお飾りをいじくられ、肛門に鉄棒突っ込まれて、発情していたというわけか。ん。雌犬。」
「う……」

霧野の視線がやましげにそれかけると、すぐさまケインの先端が顎の下に戻った。反射的に霧野の視線はケイン、調教棒にそって川名の元に戻るのだった。眩し気に細められた目が敵意を備えて川名を見た。

「なんだ?お前は今自分の、その口で言ったのだからな。」
「……」
「どれ、この角度では見えないからもう一度、尻をこちらに向けて、よく見せてみろ。お前の雌犬警官マンコ、マゾ性欲の源を。」

霧野は、またかよ、と言う言葉を飲み込み四つん這いで川名に背を向けた。と、同時に左ふくらはぎをとられて下半身が犬が排泄でもするように浮かび上がった。

「わっ!」

四つん這いのまま、脚が大きく上に上がって、川名の膝の上までひっぱりあげられた。

「うう……っ」

反対の脚も同じように、川名の膝上に引っ張り上げられ、どっしりとのっかった。とっさに地面に肘をついてバランスをとる。川名の膝の上で下半身を丸出しに、脚をまるで平泳ぎのようにように開かされているのだった。
下半身が上、上半身が下。不安定な上に誰がどう見ても恥ずかしい姿勢。体勢的にも精神的にも頭に血が上って、こめかみが脈打った。もぞもぞとせめて少しでも、と、身を整えようとすると尻に平手が飛びかった。

「きゃひ……ぃ!」

予期せず情けない声が出ていき、さらなる羞恥に悶えた。背後で軽く鼻で笑われた気配があった。

「ふぐぐ……」

身体を脱力させつつ、肘でささえながら、開脚した半身を川名の膝上にどっしりとのせて大きく開き、散々苛め抜かれて紅く濡れ腫れ熱くなり棒を咥え込んで膨れた恥部を晒した。

そこを空気がなでると、恥ずかしさが更に沸き上がる。霧野の身体が震えるのは単にバランスをとらざるえず辛い姿勢でいるからというだけではなかった。食いしばった歯がカチカチと音を立てた。

「ぁ……ぐっ、ぅ……」

他に何をされたわけでもないのに、きゅんっきゅんっと鉄棒の食い込んだ恥部が引き締まり震えて、舐めるように鉄棒に絡みついて音を立てていた。何もされてないのに、と思うと、余計に霧野の身体は、己の淫乱さに恥じ入って、勝手に欲情の炎を高める。

川名が何も言わない。しかし、確実に恥部を彼の前に晒していることがわかる。霧野の低い低い視界には土と影しかないが、頭の中で川名の目が開いて見ていた。もぞ、とまた、身体が勝手に動くと、平手され、きゅ!きゅ!と膣痙攣のように棒を奥まで深く咥え込んだ後孔が、川名の目の前で蠢いて濡れ、腫れて太陽光に晒されるのだった。霧野の震えが大きくなり、川名の足の間で、後孔の昂りと一緒に、同じく上半身より上で晒されて、ぶら下がって揺れる淫棒がむくむくと大きくなる。霧野の喉の奥がぐるぐるとなり、耐え切れなくなった声が漏れていった。

「ん゛……っ!、んんん……」
「何もしていないのに。今度やはり同じような姿勢で、外に吊っておいてやろうか。そうしたらお前は勝手に一日中発情して、辺り一面を精液で汚すんじゃないのか。」

無理な姿勢で余計に肉に喰い込んだ縄を、ケインが軽くなぞるように撫で、それから首輪が背後から軽く引かれた。
「ふぉ……」
それだけでまた、霧野の肉体派、肉の奥底のマゾな性の疼きを沸き立たせて喉の奥をくぅくぅと仔犬のように鳴らした。首輪は首元を擽った。くすぐられる度に少しずつ知性が失われていくような感覚を覚えた。
「うう……うう……」
うつ伏せに大股開きにされた身体の下で、三つの錘が揺れ、三つの突起は大きく膨れた。
霧野は思わず、何故そうしようと思ったか、自分の身体の方を覗きこんだ。川名の膝の間で、一番大きな己の邪淫がぶらさがって濡れていた。
「あ……」
邪淫は、身を震わせたかと思うとそのまま一段と大きくなったかと思うと、びゅ、と生暖かい液を地面に、川名の靴の間の地面に吐き出し、一段と獣臭い濃い匂いを放った。青くさい獣臭と土埃の臭いとが充満して人間性が失われていく。一緒に理性が地面に吐き捨てられたかのようで、ぽたぽたと垂れる残滓を見ながら、霧野はしばらく放心していた。あまりに惨めで涙さえ出ない。
「い……」
体重が二倍になったように身体が重く、重い体重をどっしりと餅のように川名の上に載せたままにしていた。また、軽く縄を擦られる。

「なんだ?おい……臭いぞ。まさか今勝手に射精したか。まったく……。」
返事の代わりに、霧野のアナルが締り、身体がぶるぶる震えていた。
「ああ……仕方ない奴だな。二条、これを解いてやれよ。これのせいで発情が止まらず、まともな会話さえできないらしい。」

背後の気配が二つに増えて、縄の戒めが外されていく。縄が皮膚に擦れるだけでやましい痒みが、大量の蟻の這ったように広がった。悶えると未だ外されぬ錘がまた揺れて、淫肉をいじめる。縄の感覚がなくなり、ただ、尻の中につきたった硬い物だけを感じていた。肉門を穿つ拷問棒は、縄の支えを失って不安定に、肉の支えだけで、霧野の身体に突き刺さったままになっている。勝手に落としてはいけない、身体に力が入る。力を入れると、筋肉で周囲を硬くした淫肉に、鉄棒が擦れて、中を擦り虐めるのだった。
「ぐぅ……」
それで、いつ抜かれるかと二人を待ち構えるが、意地の悪いことに、わかっていて二人ともすぐに抜こうとしないのである。抜いてくれ、と懇願することも、恥を晒したばかりの霧野にはできないのだった。

「く……」
「先にこっちをとろうか。」

二条がすぐ横にかがみ、霧野の左乳首を乱暴に根元から摘まんだ。
「ぁあ!!」
痛く、覗き込むように身体を見ると、サクランボでももぐように二条の大きな手には外された小さな錘があった。
「っあ……はぁ……っ、はぁ……」
もう一方の乳首に彼の手が伸び、咄嗟に目をきつく閉じて身構えるが、痛みが来ない。薄眼を開けると、二条の指の先端がくすぐるように、淡い色をした乳首を挟みこんで、軽く弾いているのだった。

「ぉっ……んん……」

先ほど乱暴にされて痛む左乳首が疼き、みるみると弄ばれる左乳首と同じサイズに大きくなった。自らの乳首を弄ばれ、恥ずかしさ、憤りを覚えながら、「やめ゛……」と言った瞬間、錘が思い切り引っ張られ、あまりの痛さに悶絶、川名の膝の上に居ることも忘れ、脚をばたつかせた。抜け出つつあった鉄棒が、背後で川名の手で、思い切り穴の縁まで引き抜かれたかれ、中を、強く突いた。

「おご!!…」
おなじことが繰り返され、鉄棒が激しく霧野の肉体を何度も貫いた。すっかり鉄棒の形に馴染んでいた熱い肉の裂け目は、難なく責め苦を受け入れ、むしろ喜んでいるようにさえ見えた。
「あう゛う…っ!!う…っ!ぐぎ……」
真っすぐに同じ個所を永遠と突かれるよう。肉棒をいれられるより、ある意味残酷であった。それで、感じ入るところもあり、体勢が体勢で、上半身と下半身が逆のため、己がまるで、このように突かれるために存在する肉塊のように感じられた。

霧野のつま先が丸まって、身体が跳ねた。その身体の動きを諫めるように、鉄の棒がぐぽぐぽと中を攪拌し激しく出入りする傍ら、川名の空いている方の手が、熱を帯び紅くなった尻肉をぐいと鷲掴み、陰部を押し開き道を開いて、さらに、穿ちやすくする。熱くなった後孔からは生臭い匂いと腸液があふれ出て、尻を濡らし、川名の革手袋も濡れた。ずぶ、ずぶ、と、通りよく真っすぐ奥まで銀にぎらぎら輝く鉄棒がやわらかな肉の間を出入りする。機械に犯されているようだ。

「おお゛っ……!んんんん…」

力が抜けていき、霧野の下半身が死んだように川名の上にしな垂れると突きはとまり、肛門から阿保のように棒を突き立たせながら、残ったただ一つの錘がぷらぷらとだらしなく揺れていた。

「は、はへ……ぇ」

最後の一つの錘が二条の指の間でいじられ、引っ張られ、弄ばれていた。また同じ醜態を晒すわけにはいかず、黙って耐える。耐えている内に、川名の革手袋が、すっかり熱くなった霧野のつきたての餅のような尻を犬の身体でも撫でるように触っているのに気が付いた。むずがゆく耐えがたく、息を漏らして、姿勢を維持することに専念しようとしても、川名の手つき、それから、視線が気になって、息が上がってまた勝手にひくひくと痙攣する。

「んっ!?」

亀頭に鋭い痛みを感じ、彷徨っていた視線が、自身の膨らんだ亀頭にいく。二条の指の間に挟まれて小さな錘がゆっくりとひっぱられつつあり、亀頭だけでなく陰茎全体が下へとゆっくりとひっぱられつつあった。

「く……ぅぅ」

痛いが、家畜のように紐で引かれる淫棒に導かれるまま、川名の膝の上から勝手に降りることは許されない。さっき、軽く膝の上でばたついただけで、あの尻への激しい仕打ちなのだ。勝手におちでもしたら、想像の域を超えた過酷な懲罰を受けるのは確実であった。必死に彼の上に身体を載せながら、二条の指と自分のペニスとで綱引きする形になり、じわじわと内腿、尻、背中に、汗が浮き始めた。

「……、……。」

目をきつく閉じて耐える。もっとつらいことはたくさんあっただろう。
錘は細い革紐で取り付けられ、優しく丁寧に紐解くか、紐解きながら無理やり強く引っ張ればとれるのだろうが、じわじわと引っ張られるとなかなか取れない。ペニスの先端がライターで焙られているかのように熱くもどかしく、痛く、霧野はさっきの所作から学習して、やめろの代わりに「はやくぅ……」と懇願するように鳴いていた。

二条の指が止まり、温かい手が離れたかと思うと、カチ、と嫌な音がした。薄目を開くと、夏ナスのようにつやつやと膨れて赤くぶら下がったペニスの下で炎が揺れていた。目を疑う間もなく、本当にライター、さっき霧野自身も借りたジッポライターから炎が出ていた。

出た炎の熱がペニスの先端の鉄に熱伝導して、亀頭の先端を爪を立てられつねらているような、強烈な痛みが訪れて悶える。冷や汗が混じり、震えが大きくなり、少しでも動けば、けん制のように尻を鷲づかまれ、軽く鉄棒に触れられる。少し触れられるだけで、音叉のように感覚が肉体を貫く。自分の身体を覗き込むうち、淫棒からは、悶絶の涎が地面に垂れ、焙られたことにより革紐が少しずつ溶け、細くなっていった。なるほど、そのまま、焼け落ちるのを待てばいいというのか。じりじりと淫部を焼かれているのに、逃げられず、自らただ膝の上に乗っている。

カチ、と静かにライターの蓋がしまり、えっ、と思う間もなく、二条の手が素早く錘を鷲掴み思い切り引っ張った。
声が上がり、身体がずり落ちそうになるのを川名の手が棒を掴み、腰を引き寄せるように掴んだ。
細くなった革紐が極限までのび、なんとか、ぶつり、と切れ、むしり取られていった。声もあげられない激痛。川名の上で軽く跳ねかけ、身体を震わせながら意地で耐えた。真っ赤に腫れたペニスが霧野の代わりに泣いていた。

「ほら、外してやる。」

休む間もなく、また、背後で尻が押し広げられたかと思うと、くぽくぽと妙に優しくいじくられて、ゆっくりと、ひっぱられていく。あまりにもゆっくりと出ていくから、すっかり今までの責めで筋肉が弛緩し、肉襞も吸い付く余裕を与えられ、穴はじくじくと膿んだ傷口、割れたザクロの実のように熟しきって、出ていく屈辱の棒の感触を味わってしまう。あ、あ、あ、と高い声が漏れで、霧野は舌の先端を軽く噛んだ。透明な粘液が、軽く噛まれた舌の先端から糸を引いて垂れ、先端が珠になり、失われた錘がまた一つ口からぶら下がったようであった。長い間肉の中に埋められていた銀色の棒はつやつやと濡れながら、身体の中から肉をめくり上げるようにして現れた。

「んおっ、ほ……ぉ」

きゅぽぉ…と音を立てて抜けても、淫門は奥の方から湯気たつようにほくほくとしたまま一向に締まり切らず、中をうごめかせながら、川名の動く気配に合わせて、激しく締まったり弛緩したりを繰り返し、そこだけが一つの生き物のようになっていた。双丘の間で、下に二つの膨らみと淫棒とをぷくぷくと膨らませ、急に寂しくなった雄膣をピンク色に濡らす。何もしていないのに、大きく川名の目の前で開かされた脚の筋が、雄膣の痙攣に合わせて、弦でもはじくように痙攣していた。勃起も止まらない。

「おい、お前の欲情の原因を外してやったぞ。それなのに、なんだ?これは。」

川名の手、指が双丘に食い込んで、淫門を押し開く。熱い粘液の塊が上から落ち、霧野の敏感な箇所に着地した。声を上げる間もなく、親指が押し込まれてはぐりぐりと入口をいじくられ、身体ががくがくと、指が土を掘るようにひっかいた。抵抗するように、きゅううと、肉が締る。指が抜けて、ケインの先が、ふくらみとまだ勃起の収まらず硬いままの欲望をつつつと撫で、軽く、コツコツと叩いた。地面すれすれのにある頭の方から、牛の鳴くような太い獣の啼き声が出て、膝の上で太陽に照らされた淫門がきゅきゅぅんと恥ずかしげもなく締った。

「お前はまた俺に嘘をついたな。下がれ。図体だけは一人前にデカい。」

パン!と尻を一発とびきり強く叩かれて、とろんとしていた霧野の頭に多少の喝が入った。それでも、のろのろとした調子で川名の足元に降りていった。身体が重く、呼吸するたびに全身が泡立つ。川名の方へ頭を向けると目の前に革靴の底が見え、頭を踏みしだかれて、そのまま地面に縫い留められた。
「お前の粗相の痕だ。実に汚らしいな。」
「……!」
視線の先が湿って、白い蛆のような塊が少しだけ残っていた。己の出した物の残滓だ。
「なぜこうされているか、大馬鹿者のお前でも流石にわかるな。」
「………、」
頭の上の重さが大きくなり、代わりに首輪が上にひかれて喉が締る。締まった喉を必死に開いた。
「わかるよな。」
「……、言っていることとやってることが、ちがうから、」
「そうだな、お前はさっき俺に、二条に施された装飾のせいで発情がとまらんといったな。で、実際はどうだ。外してやったってなにもかわらん、寧ろ余計に興奮しくさってとまらないじゃないか。何故、どうしてお前はそうなんだ?俺を揶揄ってたのしいか。」
「…もうしわけ、ございません……」

謝罪しながらも、下半身の疼きが止まらず。頭を踏まれながらもぞもぞとしていると、上、川名の横の方から、くくく、と二条がこらえきれずに笑っている声が聞こえて、くそ、と余計に身体が熱くなり、正気が少しずつ戻ってくるのだった。

「いつまでも下半身で物を考えて、はしたない。お前の脳がもっと俺に尽くしやすくなるよう、軽く訓練してやる。お前はもう公僕でも何でもない、死ぬか、さもなければ、犬になるしかないのだから。」

頭の上から靴がどき、「靴を脱がして、靴下を替えてくれ。気持ちが悪い。」と川名が言う。

何とも簡単なご命令、と、自虐的ににやつきながら霧野は川名の靴を脱がした。微かに線香のような匂いが漂う。脱がしながら、全裸で人の靴を脱がしている己のみじめさに気が付き、また無性に腹が立ち始めた。己の変態具合を誤魔化すようにへんたいどもが、と川名と二条に敵意を覚えながら、では、自分は、と思うと、気が付けば最早何も言えない身体になっていた。冷静になればなるの程に、先ほどまでの奇怪な仕打ちに頭が歯がゆく、痛くなり、誰があの中で一番か、と考えると。

「……。」

作業に集中した。それ一番良かった。皮をむくように濃紺の靴下を脱がす。脈拍が伝わって来た。普段人目に触れない薄く青白い皮膚と骨ばった指がすぐ目の前に晒された。薄い皮膚の下の血管を見ると、彼にも血は通っているのだと思う。右側の靴下が湿っていて、その軽い青臭さに霧野は己の汁の匂いを感じて恥じた。目の前に新品の靴下を差し出され、代わりに脱がした靴下を渡した。革靴を丁寧に履かせ直すと、リードが外された。

「ほら、ハル。とってこい。」

え?と思うと、ボールのように丸められた靴下、布の塊が庭の隅の方に飛んでいった。霧野が戸惑うと、はやくいけ、と言うように尻を蹴られ、靴下が飛んでいったほうに指がさされた。

「はやく。」

川名の手がケインに伸びかけるのを見て、急ぎ、惨めに犬のように這った。ただし動きだろう。地面の上に転がった不自然な塊、客観的に見た己を想像し、くわえるのに躊躇するが、わがままも言ってられない。一生こうしているわけにもいかない。口に、川名の脱ぎ己の濡らした靴下をくわえて戻ってくる。ふんふん、と、息をする度、二人の臭いが脳に充満し、四つん這いになって歩きながら、霧野は自分の視界がまた歪み、視線が自然上に向いていくのを感じた。見上げた先にいる川名の嗜虐と優しさのいりまじったような視線が、脳に響く。はやく、とってくれ、はやく、はやく、と呼吸する。川名はしばらくその目で霧野を眺めてから、「よし、えらい」と柄でもない言葉を吐きながら靴下を受け取って、「ほら、行け。とってこい。」とまた、今度は反対方向に投げた。ぽふん、ぽふん、と臭いの染み付いた布のボールが庭の低木のすぐ近くに転がった。

またボールの方へ這って行き口に咥えて戻る。さっきより、ぬちょぬちょと唾液に濡れたボールだ。持って帰ると、また同じことが三度ほど繰り返された。恥ずかしくはあるが、さっきまでの責め苦とは段違いで、緩やかな空気さえ流れた。そうしているうちに、霧野の淫棒の調子も、軽い膨らみはありつつも収まっていく。

また靴下を渡し、口を離そうとすると、「待て。そのまま咥えてろ、先を噛んでるんだ。遊んでやる。」と言われる。川名が霧野の咥えたままの靴下を拡げ、川名の手と霧野の口の間に布の橋が架かった。ぐい、とひっぱられ、軽い引っ張りっこになる。引っ張られ、緩められ。
「ぐ……」
以前、たまに川名が部屋で同じようにノアと遊んでやっていたのを思い出した。そうだ、よし、えらい、などという言葉も、人間に対しては決して使わない、しかし、ノアに対してならば想像できる。すると、本当に犬になった気分になるのだった。パッ、と、手を離され、背後によろめくと、首根を背後からつかまれ、顔を覗き込まれた。口から、だらんと、川名の靴下が垂れていた。

「よしよし、おちついたな。良い調子だ。そこで、そのまま降伏の姿勢をとってみろ。」

川名は霧野の渡そうとした靴下を受け取らず、そう言って腕を組んで霧野を見降ろした。降伏の姿勢、久瀬の前でやったようにだろうか。地面にたて膝をついて、頭の後ろで腕を組んだ。

「お前は脚を開かせると発情することがわかったからな。今日のお前についての学びだ。これならできるだろ。」
「?……」
「排泄は?したかったんだろ。」

川名の靴が下腹部の辺りをぐりぐりと押し始め、尿意が思い出したようにやってきた。
「う、っ……」
「どうした、早く出さないか。今更我慢することないだろ。散々お前はもっと恥ずかしいことをしただろうが。」
「うう……っ」
川名の革靴の先端が、下腹部をこずき下がり、熱い液体が、霧野の股の間からようやく流れ始めた。じょろじょろと尿が排尿されるたび、何故か人間らしい感情が戻ってくる。やめてほしかった。
「ふ……っ、ぐ……」
川名の横に二条が立って霧野に向けてスマートフォンを向けていた。やめろ、撮るんじゃない。と言いたくても、靴下をおとせず、言えず、代わりに息を荒げた。息を荒げると余計に二条が愉しげな顔をして画面を見る。

そうして、霧野が排泄を終えるかどうかというところで、廊下の向こうから着物を着た人影が現われた。

「ああ、ご隠居様。」

川名は慌てる様子も無く、普段より幾分明るい調子でそう言って、立ち上がり、まるで霧野などいないように振舞って頭を下げた。二条もスマートフォンをしまい、数歩下がって頭を下げていた。ご隠居様と言われた老人は川名を見て微笑み、霧野を、独特の光の灯った流し目で見降ろした。霧野だけが動くことができず、彼ら三人の下でひとり男物の蒸れた唾液塗れの靴下をくわえ、恥部と蒸れた脇とを晒したまま、一段下で固まっていた。

「つい長居をしてしまい、申し訳ございません。」

霧野は、川名の表情が、事務所に居る時とも家に霧野を招いた時ともまた違う、少しだけ無邪気な雰囲気を醸し出しているのに気が付いた。

「また面白いことをしとるな、義孝。」
「ああ、ソレのことですか。気になるならお貸ししますよ。見ての通り、何だって耐えますし、何にだってなれますからね。そう、何にだって。」

ソレ、川名は霧野の方など見ずに言い放ち、思い出したようにつづけた。

「すみません、粗相させたばかりで、実に臭うでしょう。まあ最近では始終獣臭くて堪りませんが。」
「いや別にいい。それより、忍に見つかったら、また嫌な顔をされるぞ。」
「それだけで済むなら良いですがね。私の弱みなら何だって欲しいでしょう。彼は。……。」

忍。霧野はご隠居と呼ばれた男が、上部組織甲武会の前組長であることを悟り、マヌケな姿勢をとりながら背中に汗をかいた。存在は知っていた。甲武会の現在の頭は加賀忍その人で、先ほどまでの会の最も上座に居た人物でもある。その父親だ。名目上引退し、隠居の身とはいえ、その影響力は未だに大きいと聞く。今まで遠くに加賀忍を見ることが限界だったのに、ここに来て目前に大物がくるとは。霧野が調査の中で川名の経歴を辿った時、この人物に辿り着く。甲武会の内で、明確な区切りは無いが薄っすらと派閥ができていた。現組長の忍派と元組長の隠居派である。

川名がそして川名に属する者たちが、会の中で中位に属しながら、かなりの自由を利かせられるのは、川名の実力もあるが、彼のおかげも大きいのだろう。いくら実力があろうと志の近い誰かに認められ求められなくては、前にそして上に進めないのはどこでも同じだ。

霧野が捜査官の理性を取り戻しながら思考を巡らせていると、辺りが静かになっていた。ふと我に返り、上を見上げると、三人の視線にさらされていた。川名が嗜虐的な視線を向けてくる。

「おい、いつまでもアホ面さげて、無礼な格好をしているなよな。せっかくのことだ、初めてのご挨拶にお前のよくしあがった女陰でも見せて差し上げて、楽しませると良い。それくらいしか今のお前には見せ場がないからな。そうだろう。ほら、そこへ這え。お前の小便した上に手をついて這うんだ。お前の粗相をした痕が見苦しいからな。」

彼らの前で、再び下半身を晒すように、四つん這いにさせられ、縁側に座った彼に脚で靴底で尻を踏まれ、陰部を押し開かれた。川名はそのまま、霧野、もちろん澤野を紹介するでもなく、横に座った隠居と世間話を始めた。彼は陰部を開くのに飽くと、そのまま霧野のほんのりと赤い裸体に脚を載せ、足置きのように使うのだった。

「組長、ご歓談のところすみません。そろそろ次の用件が迫っていますが。」

二条が奥から言った。川名と二条が外に出る準備をし始めると隠居が霧野を見て「彼を5分ほど借りていいかね」と意外なことを言うのだった。川名は珍しく少し反応に遅れて「かまいません、このまま行かせますか。服は着させますか。」と淡々と虚空に向かって言った。

そうして霧野は元の人間、川名の配下の一員の姿に戻り、隠居の背後をついて歩いていた。明るい廊下を、老体といえど身のこなしはしっかりとして、若い頃は血気盛んであったであろう気配が残る身体を見降ろしながらついていく。どういう風の吹きまわしだろうか、5分、と考えて、口の中に涎がたまって頭を振る。まだ、頭が戻ってきていない。それから、まだ足を踏み入れたことのない屋敷の様子を目に焼き付けておこうとよく観察した。

廊下に、和調の屋敷には少し浮く大きな油彩画が一つかかっていた。

それは、遠目に見ればぼんやりとした紅葉の山のような美しい色彩の塊なのだが、近くで見れば激しく燃え盛る炎の絵であった。炎は赤から紫、青から黄色から、様々な色がうわ塗られ、蠢いているように見えた。臓器にも似ていた。何が燃えているのか釈然としないが、黒い塊がぼんやりと炎の中に浮き上がっている。焼かれている塊は街のようにも、建物のようにも、それから、人のようにも見えた。すさまじいエネルギーだ。暴力的でありながら、何故か美しく感じる。隠居は絵の前で足を止めて「気になるかね、この絵が」と問うた。

「あ、ええ……」

霧野は言われてから、あまり絵などに興味のない自分が、この絵には注目したことに我ながら意外に思った。隠居は霧野を振り返り、それから絵を見た。

「せっかくだから、これを君に見せておきたかった。多くは本人の意思で焼いてしまったが、これは飾らせてもらっている。……これは、義孝の絵だよ。ずいぶんと昔のものだ。」
「……」

川名の描いた絵。そう言われると、美しいというより恐怖が先行する。美しさと恐怖とは近寄りがたいという意味で似ている。一体何を考えて、どうしてこれを描いたのか考えると怖かったが、それ以上に興味も湧くものだった。川名の素性は以前から霧野の好奇心をくすぐっていた。支配者の素養の一つは、心を開きすぎないことにある。霧野は川名に自分が大分近づいたと感じていたが、それでも二条や美里に比べれば、まだ心を開かない。恐れ多いものもほどその深淵を覗き込みたくなる。尻尾を出さない川名の、ちょっとした秘密や所業をなんとか暴き出した時、それを横流しせず、自分一人の内にとどめて愛で、永遠可愛がりたいような気さえ起きた。

この宝を、価値のわからぬ者たちに、報告と言う簡素な文字列にかえて送れば、ゴミと化すのだから。彼の、証拠の存在しない非道残虐の悪事の数々の記録を夜通しで追いかけた。

川名が自分の開いた会議の場で退屈そうにしている。当たり前だ。なんて事務的でつまらない話ばかりだろう。彼ならこういうものを悦ぶと霧野には手に取るようにわかって、末端から声を上げる。彼が、遠くからこちらを見据える。もっともっと懐に入り込めるような近いところへ進むのだ。謎は謎が深いほど美味しい。

霧野は再び絵をよく観察した。これは、大きな情報の一つだ。あの、世のこと全てに飽いた様な彼が若い頃に熱意を込めたような絵など。彼の奇妙な収集癖を思い出す。たまに手遊びに描いて見せる、そして霧野自身の身体にも小さく彫り込まれた精巧な線画とは全く趣が異なる。

「君は随分と彼に可愛がられているらしいが、一体彼に何をしたのかな。……まあ、言えぬだろうな。」

口の中が渇いていった。隠居の声は廊下を舐めるように静かに響いていた。霧野は彼が全てわかった上で敢えて今のような言い回しをしているのではないかと感じた。川名が何の説明もせず、あられもない霧野の姿をみせたというのに動揺もしない。すべて本人から聴いているのではないか。彼は霧野の畏怖の視線を感じたか、霧野を見た。川名の描いた絵を鑑賞するのと同じ瞳だった。

「どうだ、この絵が好きかね。」

霧野は回答に迷ったが、つくろって出る台詞も思いつかなかった。それに正解のある問でもない。こういう時は素直に答えるのがいい。

いざという時、ここぞという嘘を本当と信じさせるには、普段は本音で過ごすのがいい。9割の本音と1割の嘘、この配分が最も重要だ。無駄な嘘は、ついてはいけない。矛盾するようだが、重要な時に嘘をつきたければ、どこまでも正直に生きることだ。

「好きか嫌いかで言えば、好きに入るかと。私はこういったものに疎い、しかし、良いと直感的に思った。ということは多分好きなのでしょう。でも、飾っておきたくありません。私もこの絵の描き手なら、きっとこの絵を焼きたいと思うと思います。目の前に立つたびに、何か吸われて持っていかれそうですからね。」
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