堕ちる犬

四ノ瀬 了

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サンドバッグにしてやっても悦ぶからな。

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「別に、誰か適当に誘っていったていい、俺は今夜は用があるけど、お前がどうしても助けがいるというなら行って、それなりに対処してやる。最初から付き添いはごめんだな。悪いけど。」

夜分、美里が霧野の元に向かう前、日中の出来事だった。

三島の目の前で、美里はデスクに座って気だるげに帳簿を眺めてはメモをとっていた。手書きのメモは美里にしか解読不能な歪な字で乱雑に記載されていき、とても第三者に読めたものではなかった。辛うじて澤野が解読方法を編み出して悦んでいたくらいで、他の誰にも彼の字は読めないくらいに酷かった。

「用?見舞いにでも行くんですか?」

三島は、霧野が診療所にいるらしいこと、病院送りにされるほど飲まされたらしいことを、二条を介して知っていた。詳細は知らないが、霧野のことだから無茶を言うかやるかして飲まされたのではないかと三島には想像がついた。本当に、病院にいる理由が、急性アルコール中毒だけであるならいいが、と心配になる。一度、姫宮にピアスに目を付けられ、信じられないような場所にボディピアスを開けてみないかと誘われたのだった。特別に無料でやるからと言って勧めてくるのが余計に怖いのだった。

目の前で、帳簿が乱暴に閉じられた。
自分から三島を呼びつけておいて、今の今まで、一切視線さえ合わせようとしなかった美里が、ゆっくりと視線を上げ、暗い瞳をあからさまに不快というふうに細めて三島を睨んだ。まずいなと思ったが、遅かった。

「なんだぁ?てめぇは、いつから俺にカマをかけられるようになったんだよ!俺とお前はそんな仲だったか?最近忙しくて記憶が曖昧だからよぉ。もしかしたら俺が知らねぇ内に俺はお前と友達にでもなっていたのかもしれないな?ええ?そうなのか?教えてくれ。頼むよ。いつ、どこで、俺とお前は友達になったんだよ?」

美里の口が今にもこちらに噛みつきそうに引きつって動いていた。口元がひきつっているせいで見ようによっては笑っているようにも見えるがそこに楽しさは全く無い。

「あ、すみませんっ、申し訳ないです、そんなつもりでは、」

情けがない。三島は自分を呪いながらひたすら頭を下げた。少しの沈黙の後、冷めた声が聞こえてくる。

「ふーん、じゃあ、どういう、つもりだ?説明してみろ。」

床から視線があげられなかった。

「それは」

視線が集まってくるのを感じる。人の醜態を見て愉しむために蟲の様に集まってきたのだ。言葉につまる。喉がつっかえて声が出ない。霧野のことを注目が集まった状態で言える訳もなく。心臓が掴まれたようになってくる。美里は追い打ちをかけるようにつづけた。

「言えねぇのか?ふーん。あ、そ、もういいよお前、お前が俺に、そんな風に、なめくさった態度をとるってことは、相っ当っに、これからする仕事に自信があるってことだよな?!期待絶大だな。超絶に楽しみだぜ。」

ほんの一瞬だが美里の声色が楽しげに上擦っていた。

「すみませんっ、すみません、」

三島は、美里がさらに三島を追い詰める言葉を吐くのを聞きながら、澤野がいたらもう少し取り持ってくれただろうか、と思った。

頭を下げながらも、ちらと空いた席を見た。「どうした?」と表情を微妙に作ったように和らげる彼の姿が浮かぶ。そういう顔をしよう、と意図的にやっている不器用な人間なのだ。今思えば、そういう偽善者のような所も良かったのだ。珍しく人の話をまともに聞いてくれる人間だった。目の前で急に怒りたてる男と比べてもよくわかる。地雷を踏みぬいたこちら側に非もあるだろうが。

いや、今思えば下の人間の話も真摯に聞いていたのは、情報を満遍なく集めるための演技だったのか?と思うが、三島から特に霧野の為になるような情報を与えた記憶はなく、持ってさえいない。つまり彼にとっては無価値な人間であったはず。

胸が切ない気持ちになると同時に、彼の醜態、媚態、身体を思い出すと、違った意味の切なさに今度は心が踊り奇妙な昂揚を覚えた。夢で見るほどに。蘇らせてはいけないと思うのに蘇る記憶。ふ、と声が出た。

しかし、罪悪感からまた切ない気持ちに戻るのだった。

「おい、お前……」
冷めた声に、三島は素早く視線を澤野の席から床に戻した。背中に汗が滲む。
「さっきからどこを見ている?俺の話を聞いてたか?」
なぜわかる?三島は分裂する気持ちを押さえつけながら、とにかく、ひたすら頭を下げた。

事務所を後にした。美里に対して腹が立つかと言えば、全く立たないわけでわはなかったが、それ以上に自分に腹が立つし、立場の違い、彼の仕事ぶりを見ていれば何も言えなかった。あの難しい川名の身の回りの半ば秘書的な役回りをしながら、単独か澤野とヤマを分け合って忙しくしていた。

美里から頼まれた仕事。組で面倒を見ている繁華街のビルの1つ、月岡ビルで、複数店舗から最近輩が出入りして困ると苦情が出ている。これを対処して欲しいという仕事だ。所謂、半グレギャング達と言えるらしく、それゆえ、美里も半グレ出身者の三島にあえて声をかけたらしかった。

単独でこなすには、三島には経験も力量が足りないと思われたが、それゆえ美里は最悪ヘルプとして頼ってくれていいと言ってくれたのだった。とはいえ、あのような怒らせ方をした後で呼ぶわけにもいかなくなった。

夜も更けて深夜、三島は1人で街を歩き始めた。ポケットに手を突っ込んで中でコインを弄ぶ。表だったら上手くいく、裏だったら下手をする、と心の中で唱えてコインを高く投げ、手の甲で捉えた。

開くとコインは裏である。三島は苦虫を噛み潰したような顔でコインを眺め、再びポケットに入れた。

「ちぇ、めんどくせぇことになった。ま、俺が悪いんだけどさ。」

何も出来ませんでした!と報告しようものなら、もう簡単に彼から直接仕事を貰えることも無いだろう。彼から直で仕事を貰えるということは組としてのひとつの信用の証でもあるのだ。

今更だが、彼の前で気安く澤野、霧野の話を出さない方がいいのかもしれなかった。何が、彼の琴線に触れるか分からないと常々思っていたが、この件だけははっきりわかった。第一、毎日どうでもいい人間の世話を進んでしたり様子を見に行ったりするのだろうか。人間が日々壊れていくのを見守るのが愉しいからいくのか。それもひとつの愛情と言えるのだろうか。

「·····。」

ネオン街を澤野と歩いた記憶が蘇ると、また心が痛む。

「ねぇねぇ、澤野さん!次すれ違うのが男か女かで賭けませんか?」 

澤野は面倒くさげに横目で三島を見下ろし、路地の向こう側を見た。少し酔っており、目の下が赤くなっていた。手に半分ほど空けたワイン瓶が握られたままになっていた。店でキープでもしておけばいいのに、持って帰ると言って瓶を抱いてきかなかった。酔っている上、一度言い出すと聞かない性分が余計に強固になった。彼の場合、一度自分がこだわり始めたことについて、他人が言えば言う程、余程納得する理由が無ければ固辞する。下の人間からは何言えなかった。実害があるわけでもないから、良いのだが。

「い、や、だ、よぉ。でも、……まぁ、賭けはしないが、次すれ違うのはニューハーフだろ。十中八九。」
「どうして」
「どうしても。」
実際三島が男か女かをあげる前に路地の向こう側から明らかなニューハーフと思われる人間のが現れて彼らとすれ違ったのだった。

「何故……」
「超能力。」
「は?」

心底つまらなかった。高揚していた気分が著しく冷める。冗談が得意でもないくせに、たまに口を開いたかと思えば、どうして人をいらいらさせる冗談を言えるのだろうか。ここだけは才能がない。逆に才能?酔っているからということにしようと三島は溜飲を下げた。澤野が、三島の内心のいら立ちなど無視するように赤らんだ顔を綻ばせながら言った。

「冷めるかもしれないが、本当のことを言おうか?さっき、ハイヒールの音がしたんだ。だから「女」と答えれば早いが、ここらのテナントエリアはそういう店が多いだろ。だから結局確率は半々、じゃ、決め手は何か?」 

三島が黙っていると澤野は急にじっとりとした蛇のような瞳になって三島を見下ろして微笑んだ。なにかゾッとするものがあった。

「決め手はお前だよ。お前が急になんの脈略もなく、敢えて今、ここで、俺に賭けを挑んだこと。賭けをする場面なら幾らでもあったのに。今ここでする意味、そして、俺が女と答えようが男と答えようがお前が勝つ方法。何故か知らないが、次来るのが男とも女とも言える生物だとお前こそ先に読んでいたんだろう。……人を負かしたい気持ちが先行しすぎてわかり易すぎて駄目だ。お前らしくないぜ。お前、そんなに俺を負かしたくてたまらなかったのか。」
 
冷めていた気分が急激に上がっていき、いつまでもこの街を歩いていたい気分になった。
彼が、知性の欠片も感じられぬ獣に、成り果てていくのかと思うと、……。

「……。」

負かしたい?彼を?

ビルに着いた。
足を洗ったとはいえ、敵対していたチームの人間の顔くらい覚えている。なめられたものだった。

ビルの中のクラブ「輪廻」に、偵察と休息も兼ねて足を踏み入れた。経営者と一応の面識もあり、事前に連絡もいれていた。話を聞いている内に件の輩がやってきた。10人ほどいる。彼らはカウンターに三島のいるのにも気が付かず、最初は大人しくやっていたが段々と奥のテーブルで騒ぎ始めた。
 
「·····運がいいのか、悪いのか。はぁ……。」

三島はふらふらと頭を掻きながら彼らの方へ向かった。向かいながら、カジノなどで澤野が人を出禁にしていた時の仕事ぶりを思い出していた。

仕事は先ず、できる人間の真似をすることから始まる。三島が彼らに割って入るようにして近づいていくと、騒ぎが大きくなり掴みかかる勢いで身を乗り出してくる輩もいたが、雑魚は無視。三島はひとりの男の前に出た。

「櫻田、俺だよ、久しぶりだな。」

集団の中心で1人静かに酒を仰いでいた黒髪の男が三島を見上げた。三島はとは別チームのリーダー格の櫻田という男。面倒の種になるので、美里には黙っていたが、面識があるどころか、敵対したことも利害一致で協力したこともあった。旧知の中だ。美里達から見れば小物同士の小競り合いにしか見えないのだろうが。

「なんだ、三島か。随分めかしこんで。」

櫻田が話し始めると周りは急に静かになった。櫻田は見定めるように三島を頭からつま先まで眺めた。

「なるほど。風のうわさでヤクザ者になったと聞いてたが本当だったとは。お前が。何故。似合わねぇよ。」
「お前らとの安い遊びは止めたんだ。俺にはもっともっと大きい金が必要なんだよ。目的もなくつるんで、何が愉しいんだよ。」

櫻田は「安いお遊びねぇ」と小さく笑った。

「お前らがここに居ることで不快になってる人間がいるんだ。出てってもらおうか。」
「お前一人でどうにかできるのか?お前の昔の仲間はもういないんだぜ。お前は自分の下の人間を見捨て、デカい人間に尻尾を振って金儲けだろ。汚い野郎だな。」 
「まあ、そう言うだろうと思った。間違っちゃないしな。昔みたく賭けをしないか?それならお前も文句ないだろ。お前が負けたら素直に出てってくれ。そして二度とこの店に来ないでくれ。」

三島と櫻田、それから櫻田に付き添って3人の男がガラス張りのエリアに移動していた。まだ賑やかな繁華街に人が行き交うのが見える。

三島は手元に100万円の現ナマを用意していた。三島が負けたら無条件で櫻田に渡すこと、三島が勝ったら櫻田側で1人頭5万ずつ支払って、この店から消えることを要求した。櫻田側の方が条件はいいのだ。この状況を美里に見られたら何を言われるかわからなかったが、何としても乗せたかったし、賭けを言い出した方は譲歩すべきだ。彼らは三島の提案を快諾し、賭けの内容も話し合って決めた。

窓から外を見降ろして、野球帽を被った人間が20分のうちに5人以上現れるか。シンプルな賭け事。通るに三島は賭け、通らないに櫻田が賭けた。双方話し合いの末決めた賭けの題目だったが、三島には勝算があった。

1つはピザ。この辺りは宅配ピザの注文率が非常に高い。カジノで提供する軽食を考える際に澤野の指示でクソどうでもいいピザ情報を三島が細かく調査したのだった。当時の人気のラインナップまで覚えている。ここに来る間にも1台バイクがやってきて店から見える位置で宅配していた。彼らの多くが帽子をかぶっている。もう1つは野球。今日は地域の贔屓の野球チームの試合があり勝利したはず。勝利祝いとしてそのまま飲み明かす人間も多い。

三島の予想通り、15分時点で既に4人、野球帽を被った人間が現れた。櫻田側、櫻田のとりまきはあからさまに苛立ちと不信の表情を路上と三島の顔の上を行き来させていたが、櫻田だけはなんの感慨もなく下を見下ろしていた。

「あっ……」

その時、三島の視界の中、路地の隅から、見慣れた男が這い出てきたのが見えた。三島が携帯を取り出すと櫻田が「おい」と声をかけた。三島は弁解するように昔の調子で「うっせぇなぁ~。そっちが10人なんだから1人くらい仲間呼んだっていいだろうが。いちいちびびんじゃねぇよ。」と男を親指で指さし言った。

電話をかけると、路上の男はまるで針で地面に留められたかのように立ち止まり、勢いよく黒ジャージのポケットをまさぐりひっくり返した。携帯に映し出された名前を見て、あからさまに落胆し、電話に出た。遠目から見てこれほどはっきりわかるのだから、近くにいた人間は驚いただろう。彼をさけて道を通り始めた。

「お疲れ様です、今大丈夫でしょうか?」
『どうしたの……』
元気の無い声だった。
「今、間宮さんが見える位置にいるんですが、良ければ一緒に飲みません?」

間宮は足を止め、何か天を仰いで考えるような素振りを見せた。距離、ガラスの構造上あちらからはこちらは見えないはずだ。間宮の動きの不可解さ、喋り方に背後で櫻田のとりまきが笑っており、とてもヤクザには見えないなどと言いたい放題言われていた。腹が立たないわけではなかったが、黙っていた。

遠くて表情まで見えないが、間宮は何故か三島のいるビルの方向に頭を傾けて始めているように見え、背筋に来る気持ちの悪い物を感じた。

「月岡ビルの輪廻にいます。」
『向かおう。よくそこから見えたねぇ。凄いじゃん。』

ちょうどその時、間宮の後ろから、野球帽の女が通り過ぎていき、三島の勝ちが確定する。
「もう一勝負しないか?」
見計らったように言ったのは櫻田だった。三島が跳ね除けようとすると「200万。さらにお前の倍出そう。お前はそのまま100万をかけ続けろ。」と言う。
「……。何で、勝負するの?」
「シンプルにポーカーはどうだよ?俺もお前も得意だろ。」

三島の中の理性は止めろというのに、欲望がやれと言っている。プライベートならやる、しかしこれは仕事。答えに詰まってしまう。相手をここから立ち退かせるのが仕事、それはもう終ったのだ。やる必要のない勝負だ。

「どうする?」
「三島君、君は随分とお友達が多いんだねぇ。んふふ、緊張しちゃうなぁ。」

間宮が何時からそこにいたのか、闇の中に佇んで三島達の方を見下ろしていた。遠目で見た時はわからないが、服を着て着痩せしているとはいえ体躯の大きさはかなり目立つ、というのに、声をかけられるまで誰も彼の存在を認識できなかったのである。彼は大きなリュックサックを下ろしながら、三島のすぐ横に立ってガラスに手と腕をついて路地を見降ろし始めた。

「うーん、いい景色だな。普段こんな店こないからな。新鮮だ。」

彼の服装は確かに店の中で浮いてはいたが、三島もそれは同じ。注目を集めつつあった。

「誰だか知らねぇが邪魔をするなよな。」

間宮の顔は前を向いたまま、瞳だけがゆっくりと櫻田の方を向いた。嫌な瞳だった。点数主義の教師が出来の悪い生徒を見るような、非常に高圧的で、呆れたような瞳だった。また窓の外に向き直った。間宮が口の中で何か言っていたが三島にはよく聞き取れなかった。

櫻田の周りに人が増えていた。三島は間宮に簡単に状況を説明した。三島は状況を説明しながら、間宮に止めて欲しいと思っていた。間宮に強くやめろと言われれば、引き下がろう。間宮はまるで関心が無いように外の景色を眺めていたが、途中から目を輝かせて、窓から手を離し、三島の方を振り向いた。

「なるほど、君はギャンブル中毒の馬鹿だからな。好きにすればいいんじゃない?自信はあるのか?」
三島は、えっ、と思ったが口に出せるわけもなく、「自信はあります。」というしかなかった。
「ふーむ、絶対だな?」
三島を見下げる間宮の瞳、その中で白目がぎらぎらと生命力を持って輝いていた。
「……信じてください。」
「なるほど、じゃ、あ、……」

瞳が桜田の方を向き、口元と一緒に、にや、と微笑んだ。

「もう一つ賭ける物を追加しようか。」
「なんだと?」

間宮の目つきが一段と仄暗くなったが、やはり微笑んだままだ。三島は、こういう時は二条と同じなのだなと思った。笑みという表情は元々威嚇の表情だったという話をどこかで聞いたことがある。

「身体の一部を俺にくれ。I  want  you 」

間宮は櫻田を指さして舌なめずりをしたので三島以外の全員が耳を疑った。

「は?」
「ちぇ、君達は、理解も遅い上に、さっきから随分口の利き方がなってないねぇ。せっかくだから指も賭けようってことだ。」

間宮は自身の手を拡げて見せた。長い指が蜘蛛の脚のように動いていた。

「君のでもいいし、君の仲間の出もいいし、全部で100本もあるんだからさ、おしかないだろ?足も入れたら200だよっ。いいだろ?こっちも賭けるからさぁ。結構いい指してると思うんだ俺の。」
「何の意味が」

櫻田が若干の動揺を見せると、間宮は邪悪な笑い方して「意味だって?ねぇよ、そんなもん!、強いて言えば俺が面白いだけだ!大体、お前らのようなド阿呆が意味なんか考える必要はないんだよ。」と言い捨てた。

三島は冷静を装いながら、間宮を横目で見あげた。間宮は優し気に三島を見下げた。

「安心しろ。こっちから賭けるのは俺の指だけだ。お前のはいい。俺が勝手に言ってるだけだからな。」
「いや、そういう問題じゃ、だって、っ」

その時三島の横っ面に感じたことのないほどの打撃があたり、身体ごと吹っ飛ばされて、ちょうど近くにあったソファに身体が倒れ込むように着地した。彼に思い切り顔面を平手打ちされたのだ。

「人前で女々しいそぶりを出すな。みともない。」

三島はさらに動揺し、隠そうとするのだが、身体が震えてしまい、立ちあがるのに時間がかかる。
三島を冷徹に見下げていた間宮だが、少しの間を開けて、にやにや笑ったかと思うと、三島の意気消沈した顔を見ながら今度は声をあげて笑い始めた。こんなの、美里よりもさらに感情の起爆の元が読めないではないか。しかし、こんな風に楽しげにしている姿はまず事務所では見ない。

無関係な他の客たちもこちらを振り向き、異様な雰囲気と集団に目を背け、帰る客も出始めた。彼は、三島の肩の辺りを掴んで何度か強く叩きながら体を起こさせた。彼はにこにこしていた。

「三島君、君は馬鹿だなぁ。まさに、そういう問題なんだよ、これは。部外者になめられるような真似をするな。」

櫻田の側の誰かが、退散しないか?と小さな声を出した。

間宮は三島から手を離した。それからどこへ行くかと思えばバーカウンターからバケツに入った氷の塊とアイスピックを拝借してきて、バケツをテーブルに置き、アイスピックを長い指でクルクルと器用に弄び始めた。それから男たちの間を歩きまわり始める。

「…櫻、櫻井……?なんでもいいけど。まさか、降りないよねぇ。チンピラ風情が、俺達のような人間相手に舐めた口聞いた上賭け事までふっかけておいて、急に降りますとは言わない、まさか、言えないよねぇ~??普通、そんなことぉ~。」

退散しようという声が聞こえた辺りのテーブルに間宮は、アイスピックを突き立てた。持ち手がブルブルと震えた。来て早々、空気を破壊しかしていない異常者一人の登場により、場の空気が急速に冷え始めていた。

間宮は三島の元に戻り、抱くようして三島を引き寄せて、彼らに背を向けて、三島の耳元に口をつけた。

「絶対勝てよ。俺はお前をとても信用しているんだ。」
「そんな、」

「急に怖気づくなよな!プレッシャーを感じているのは向こうの方なんだから!お前はいつも通りやりゃいいんだよ。指が飛ぶくらいなんだ!!もっと凄いの何回か見てんだろ。あ!!、そうだよ、霧野さんが男共にレイプされまくって死にかけてる姿でも思い出してみろっ!、……。くっ‥‥、…あはははっ!!だめだっ!笑えてきた!!!あいつ!!‥‥…ああ!!っ」

間宮は顔を抑えて体全体を悶えさせながら、ひとしきり声を上げて面白そうに笑っていた。この世にそれ以上面白いことなどないかというくらいに。

「ああ……あれ、何、の話だっけ……ああ、そうだ、……お前のやり方は初動から最悪だぜ、今から脅すつもりなら最低限これくらいしないと駄目だ。わかったか?お前みたいなのが無計画に一人で乗り込むなんて度胸は良しとしても無茶苦茶なんだぜ。雑だよ。誰から頼まれた仕事だ?」
「……美里さんですが」
「ああ~、なるほどぉ‥‥。」

間宮は三島から離れいやらしい笑みを浮かべた。

「ふふふ、わかるか?アイツのことだから、お前が失敗して帰ってくるところをいびり愉しむつもりで、繰り出させたに違いないのだ。意味なんかないんだ。奴はそういう屑なのさ。ああ……可哀そうな三島君……。相変わらず奴は性根腐ったオカマ野郎だな。顔くらいしか取り柄がねぇくせにえばりくさって腹が立つな!早く消えてほしい。そう思わない?」
「いや……、……。まあ、少しは……、」

三島が、美里の仕打ちを思い浮かべながら、間宮の前であるということも手伝って、思わず軽く同調すると間宮は心から嬉しそうににこにこと笑って三島の腰を抱いて「そうだろう……」と静かに歓びに震えた声で言うのだった。

三島を抱く腕が強い。苦しいのだが、苦しいと言えない。しかし、何故か彼から若干澤野に似た柔らかな香りがするのだった。彼はたまに濃い血と膿のような匂いを纏わせているが、今は不思議と中和されている。

「でも、もし、」
「自信があると言ったのは君なんだぜ。君は何も考えず普段通り愉しめばいいのだ。指賭けてる分こっちは浮いた金を拾わせてもらうけど。君がしたいのは金稼ぎじゃなく、ギャンブルなんだろう?俺は無条件で金が欲しい。ほら、WinWinじゃない?」

三島は間宮が本気でそう言っているのか、冗談として三島を和ませようとしてい言っているのか考えた。あるいは両方なのかもしれない。

間宮は再び三島から静かに離れ、突き立てたアイスピックを回収し、ソファに腰かけ伸びをした。誰もが彼を見ていた。

「何?プレイするのは俺じゃなく、三島なんだから、俺の方じろじろ見ないでね。本当さっきから失礼じゃない?君達。ねぇ、わかってるのか?君達は何の理由もなく指を引っこ抜かれても文句を言えない行いをしてるんだ。コイツが帰れと言って帰らないということは、組そのものに喧嘩を売っているのと同じだ。それを、わざわざギャンブルにしてやろうっていうんだから、随分優しいと思わない俺ら。それとも、止めるかい?いいぜ別に。」

間宮はリュックを漁り、コンビニのビニール袋をテーブルの上に投げ置き、その上に鋭利な良く使い込まれた赤い持ち手のペンチを置いた。闇の中で鮮やかな赤をしていた。

「止めるんだったら全員、指を一本ずつこの中に入れてからお帰り。後で数えて足りなかったら倍徴収するからな。……お?逃げようというのか?別に勝手に帰ったっていいが、後で逃げ回った分、利子付きで徴収させてもらおうかな。20本でも足りなくなったら、股間の物でもいただこう。全員顔は覚えたからな。」



当然三島が勝った。勝たないわけがない。躊躇う人間共の代わりに、間宮は自らの手で人の指を摘んでまわった。肉片を氷と一緒に袋にいれリュックの中にしまった。誰もいなくなった席で、三島が病み上がりのような青い顔で「どうするんです、それ……」と言った。

間宮は答える代わりにホットミルクをごくごく飲んだ。結局賭け自体も無理やり通算5回ほどやらせたから浮いた金がある。三島の目の前でグラスに入った氷がカランと音を立てた。間宮が三島が頑張っている最中に、横でアイスピックで懇切丁寧に作り上げた美しい球体、アイスボールが輝いていた。

「良かったね。これで仕事の完了報告ができるじゃないか。面倒なことになるから、俺の話は出さなくていいよ。店の人間にも言っておいたから。ま、後でバレたらバレただが、君に実害はないようにするからさ。」

間宮は三島と適当に会話をしていた。また、珍しく人と会話している自分がいる。三島が熱いギャンブルの後のせいなのか、頭がボーっとしているので、適当な会話をしても成り立ったし、大方ひと眠りすれば何を話していたかも互いに忘れるはずだ。三島と話していると何か思い出せそうなのだが、思い出せない。三島はギャンブル熱ぼけした頭で美里は今頃澤野の元に居るだろうなと言った。

「……。へぇ、そうなんだ……。」

なにかわからないが、こみ上げるものがあって、二条に今すぐ、電話しようと思った。

彼は15コール程して電話に出たのだった。出るはずがないと思っていたのに。しかし、深夜というのに電話の向こう側がやけに騒がしかった。嬌声、呻き声、喘ぎ声、何か息づく雰囲気。

『なんだ?』
「……。……。」
『お前も来たければ来ればいいじゃねぇか。』

電話は切れた。間宮は頭の中がよく分からない感情で塗りつぶされていく感覚を度々覚えていたがまたそれがまた、キそうだった。頭の中にサソリのような多足の虫が棲んでいてそれが暴れるみたいだった。三島が何か言うのも聞かず、フラフラと立ち上がり、彼の住む高層マンションに吸い寄せられて行った。

タワーマンションは闇の中に剃りたって巨根のように堂々とし、今日も輝いている。

部屋の中では酒池肉林が行われていた。煩く、人がひしめいて、肝心の彼の姿が見えなかった。

「お前も来たのか!」

二条ではないよくわからない物に呼ばれた。よくわらないまま、ことが、世界が、回っていく。身体がバラバラになる!気がつくと、裸に剥かれ、縛り上げられ、口を塞がれて、部屋の隅に転がされていた。

部屋の中心、間宮の目の前で二条が知らない連中と愉しそうにFuckしまくっていた。彼が動くと、誰もが悦ぶ。彼は、そいつらの、肉体の、どの部分が、どのように、いいか、と、細かく高説を垂れながらFuckしていた。何一つ、間宮は、自分自身には当てはまらないと思った。途中までよかったが、気がつくと、顔面がぼろぼろに濡れて、声をあげて泣いていた。

「こいつ、泣きながら勃起してるぜ。」

「そいつはそういう奴なんだ。誰か使いたかったら勝手に使ってやれよ。サンドバッグにしてやっても悦ぶからな。」

彼は間宮の方を見もせずに言った。ここに来てから一言の会話もせず、触れられもせず、それどころか、一度たりとも、見てさえもらえない。というのに、巨大な欲棒もさらに青筋浮き立て大きくなり、匂いたち濡れむせび泣き始めた。どうして勃起してしまうのだ。苦々しく思って、もがくと縄が音を立てて間宮を戒めて、痛めつけて、余計に惨めな気持ちにさせた。ああ、惨めな気持ちになると、誰でもいいから、めちゃくちゃにして欲しいと思う、そうするとまた勃起したくないのに勃起、悲しい虚しい感情が高まる程、肉体は非情にも高まった。

さめざめと泣き続けると、涙腺が温まり、頭の奥の方も癒されるように温まっていく。どくんどくんと音がする。聴きたくないのに、自分の中から出る音は聴かないことができない。しかし、ここでは、どれだけ泣き叫んだっていいのだ。悲しいと言うのに、悲しみが、欲情の原因の一つになって、心をいじめながら身体を高めていく。本当なら、悲しいことではなく愉しいことと一緒に高まりたい、なのになぜ?どうして?

惨めな思いを感じて目を開くと、彼は、今度は他の人間達とFuckでは無く、会話を愉しんでいた。
見てよ!俺を見て!そう思えば思うほど、遠くなる。誰かに身体を差し出されても、見て貰えるとくらいにしか思えない。知らない人間に抱かれながら彼のことだけ考える。考える程に彼のではない偽の肉棒が、心に痛いはずなのに、身体に、とても、気持ちいい。もっと痛いほど!いい!身体の奥から震えが沸き上がり、震えが指の先まで広がって、リズミカルに高まっていく。手のひらと手の平の間でパンパンとハンバーグでもこねるかのように、肉の激しくぶつかる音、身体が上下に揺れ、全身がじっと濡れて、汗の飛沫が飛び交う。汗がフローリングの床に擦れてきゅうきゅうとせわしなく音を立てた。出口を失った熱い呼吸がふぐふぐと塞がれた漏れ出てヨダレが垂れる。

「い゛、っぐ…… !ぅぅ………い…っ、、んぐぅ゛」

凄まじい臭いと共に果てた。ああ!違うのです違うのです!そう思って二条を見ると彼はようやく間宮を一瞬だけちらと見て「そら見た事か、誰でもいいんだよソイツは。」と無表情に言ってキッチンの方へ姿を消した。

頭の中で大きな物が爆発した。身体を激しくもがかせると、より強い物理的な打撃を受け、その上で、中から体を抉られるとぐるりと目が裏返り、もう、何もかも、どうでもよくなった。自分のことが嫌いだ。壊して欲しい。めちゃくちゃに。なぜ気持ちよくなってしまうのだ。死にたい。嗚呼。

気がつくと、家に帰って呆然と鏡の前に佇んでいた。顔色が悪すぎる。自分で自分の顔に触れた。この身体がもっと別のものならば。

冷凍庫にリュックサックから取り出した、指入り袋をほうりこみ、シャワーを浴び一眠り、二眠りと、いびきをかきながら惰眠を貪った。よくわからないが疲れていた。

ほぼ一日中寝、夜になってまた間宮はのそのそのと寝床を這いだした。着信は0だった。

腹が減る。
コンビニに行くとまた白井がいた。

「この前のエロ本のお代、私が立て替えておきましたから。」
「……は?」
「金が足りないって後ろから言っても無視して行っちゃうんですからね。」
「今出すから……」
「もういいです今更」
「……」

白井は間宮の名前を知りたがった。頭がぼんやりしていること、それから、エロ本のお金の件もあり、白井に強く出られないのだった。

「じゃあ……アンタが適当に俺に名前を付けたら。コンビニなんか裏で異常な客のことをあだ名で呼びあったりしてるって聞いたことがあるぜ。それでいいや。」

白井は怪しむような目で間宮を見上げていたが、「まあ、訳アリっぽいしミステリアスで逆にイイね。わかったよ。」と笑った。笑うと一重が狐の様に吊り上がった。
「じゃあ、黒澄さんね、私が白井だから。」
「……良いよ別に、なんだって。」
「黒澄さん、今週末は暇?」
「わからない。俺は忙しいんだ。なぜそんなことを聞く。」

また逃げるようにしてコンビニを後にした。調子が狂う。最近のコンビニは簡単に高たんぱくの食物が手に入る。口に無作為にいれながらクロスバイクを走らせた。ひとこぎ、ふたこぎ、身体を動かすと死んでいた意識が蘇えってくる。身体に黒い血が巡る。

このまま、二条のマンションを訪れて仕事の報告兼、寵愛を受けにいっても良いが、やるべきことが残っている。頭の中に天国と地獄のような不思議な景色が浮かび上がったが、夢だ夢だと言い聞かても、身体には克明に精の記憶が刻まれていた。汗をかくたびに、昨日のことを思い出して、胸がしめつけられ、また強くペダルを漕いだ。

夜も更け始めていた。事務所の駐車場にはまだ車が幾台か止まっていた。お目当ての車が無いが、だからといって本人がいないとは限らない。
というか、簡単に使えないようにしたのだった。

事務所の中を徘徊する。彼はまだデスクで気だるげに仕事をしていた。彼は薄手のオーバーサイズの紫色のシャツを着て、彼が手を動かす度にヒラヒラとシャツの袖が目障りに、誘うように動いていた。時たま電話をしては誰かに対して怒っていた。若干だが、顔色がよくなく睡眠不足を彷彿とさせた。間宮は、自分が三島、そして二条の元にいる間、彼がどこにいて何をしていたのか次々想像し、不愉快な気分になった。全部ぶっ壊してやる。

彼が席を立つのを待とう。時折、視線を感じて振り返ると、人違いだったという風に目を逸らされた。

何周目かの徘徊で、彼が席を立ち、トイレに向かうのが見えた。間を開けて、彼の元を訪れた。彼は無防備にこちらに背を向けて手を洗っていた。彼が通った後には何か甘い残り香がある。

「結論は?」 

美里は蛇口を締めて、手を拭きながら鏡を越しに間宮を見た。動揺した雰囲気は無く普段通り、無感動に人を見ていた。
「……」
人というよりも、壁に止まっている虫でも眺めているような眼だった。その表情!それも嫌なのだった。
「……どうするんだ?お前が答えないなら」
「黙っててくれないか。」
彼ははっきり言って、今度は珍しく意志のある気丈な眼差しで間宮を見ていた。
「何」
「あのことは、彼には、黙っておいてくれ。二度も言わせるな。」

彼はハンカチを丁寧な仕草で畳んでポケットにしまい、ため息をつきながら間宮の方を向き直った。間宮は動揺しまいと思いながら、代わりに美里に一歩二歩とちかづいた。本当に、神崎を売らない方を選ぶとは。

「お前、自分が何を言ってるのか、理解してるのか?一体、何がお前をそうさせる。」

美里は軽く首を傾げ、まじまじと間宮の首から下を見て、胡散臭そうに間宮を見上げた。

「何でお前がそれを着てんだよ……」

「あ?……」
間宮は着ていたジャージに触れた。
「ああ、これね。サイズ感的にちょうどいいから。別に今後使う予定も無いだろうし、もらったんだよ。だって今の霧野さんの標準装備は全裸じゃん。人権なんて無いんだから。」

間宮は言いながら、もしかして、先ほどから人の視線を感じたのはこのジャージのせいでなのかと思った。霧野の部屋から拝借した彼の私物なのだった。あまりジャージ姿でうろついているところなど見たことが無かったが、美里が直ぐに気が付いた辺り、意外と愛用していた品だったのかもしれない。

道理で彼の匂いも濃いわけだ。

「もらったって、お前っ、」
「上と下どっちがイイ?」

美里は一瞬虚を突かれた表情をしたが、流石にすぐに意味を理解したらしく押し黙り始めた。無だった表情に流石に翳りが出てくる。彼が小さな声で「キチガイが……」と言ったのを間宮は聞かなかったことにした。

「別にいいんだぜ、無理しなくても。今から答えを変えたって別に、」
「上」

彼は間宮を押しのけるようにして個室トイレの一つに自ら入っていった。鏡の中に間宮一人だけ取り残された。
「……」
間宮は少し遅れて、彼の後を追い後ろ手に鍵を閉めた。狭い空間の中、美里が洋式便器に腰掛けて、床をぼんやりと眺めていた。

「随分手際がいいな。既に他の誰かとここでヤッた実績がおありですか?」
「お前とは喋りたくないよ。」
「しゃべりたくない?ダメだろ?、お前は俺の言うことを聞くんじゃないのか。」
「聞くよ。聞くけど、楽しく会話しようと思ったってお前とは不可能というだけだ。」
「あ、そう」

間宮は手早く下半身を露出し、美里の反応を待った。彼は緩慢な仕草で顔を上げ、間宮の一物を不快な眼差しで見始めた。白目の部分がギラギラと輝いて間宮の物を睨めつけ、顔に少しずつかげりのかわりに赤味が出始める。口が薄く開いて温かい息が化け物の赤い先端をくすぐり始めた。間宮の化物が成長するにつれて、美里の視線が時折、空を揺れるようになった。

間宮は美里の頭をつかみ、自身の肉棒の方一気に引き寄せたかと思うと、徐に顔を上にあげさせた。彼は、反抗的でも恥ずかしさに歪むでもなく、また「無」の瞳をして間宮を眺めていた。そこに誰もいないかのように。

「その目で俺を見るな。」
こちらが優位というのに、人を飲み込みそうな瞳を美里は無遠慮にじっとりと向けてくる。
若干、微笑んだようにさえ見えた。
「……はぁ?普通にしてるだけだけど。お前が興奮しすぎなんじゃねぇの?きっしょ。」
「立て。……、尻をこっちに向けろよ。」
「あ?話が、」

肉を打つ音が鳴り響く。左右から2発彼の顔を平手打ち、彼の一瞬の動揺のうちに、胸ぐらを掴みあげて、立ち上がらせた。双方の身体が、個室の壁にぶつかって大きな音を立てた。まだ事務所に人が残っていることは間宮も美里も承知していた。

「話だって?お前の希望を一応聞いてみただけだ。誰がその通りにすると言ったんだ。」

突き飛ばし、マウントを取るように美里の首根を背後から抑え、のしかかるようにすると自然、美里は洋式便器の向こう側の壁に手を着き下半身を突き出すような形になった。軽い抵抗をみせようとする腰を掴み、手を廻した。美里は一瞬間宮の方を振り返ろうとして、俯いた。

「準備をしていない。」
「関係ないよ、そんなの。ベルトを外せよ。」
「……」

目の前に色彩豊かな花の柄の入ったピンク色のボクサーパンツが現れた。間宮は指を下着と尻の隙間に入れてパンツを引き伸ばした。尻の形が浮き出た。指を外すとぱつんっと音が鳴る。

「ふーん、可愛いパンツ履いてんじゃんよ。」
間宮の長い指が、美里に尻を左右から掴み上げ、引き延ばした。
少し薄いが、弾力のある味わい深そうな良い肉だった。
「……いよ、」
「なに?」
「いちいちきもいよお前……」

一気に下着をずり降し、下半身を露出させた。小ぶりなよく引き締まった白い尻だ。肉をつかみ押し広げると、その中心で排泄器官ということを忘れる位小さな可愛らしい蕾のような裂け目が抵抗するようにブルブルと引き締まっていた。指で押し広げても、隠れるように締まろうとし、太ももの内側まで緊張に強ばっていた。その下で雄が、間宮のまさぐるのに合わせてぷるぷると揺れた。履いていたもの全てを取り払わせる。美里が、間宮がコンプレックスを感じる顔や瞳を見せず、下半身、尻だけをこちらに突き出している姿を見ているだけでも、間宮の雄はすっかり元気になっていった。他はともかくとして、尻の形だけを見れば白く柔らかく可愛い物だった。大ぶりのふわふわとした素材のシャツのせいで余計に男の身体特有の武骨さも言い具合に隠れていて代用品としては十分に思われた。裂け目、確かに最近激しく使ったような形跡は感じられず、今の健全な状態で間宮の化物など無理にいれたら、上の口と同じように裂けることは、まず間違いなかった。もっと酷いことになるかもしれない。彼自身わかっているだろう。

「じゃ、いっきまーす」
「ま、待て」
 
初めて少し動揺した声。

「なに?」
「このままじゃ汚いから。」

彼はせめてウォシュレットを使いたいと言い始めた。無視してぶち込んでやろうかと思ったが、彼の要望を叶えることにした。美里の目は出ていけよと言っていたが、腕を組み、扉にもたれかかる間宮の目の前で便座に座り込んだ。ウォシュレットで洗浄しついでに温め、筋肉の緊張を解していた。ジュル、ジュル、と間抜けな音が響いていた。彼が俯いているせいで良く表情がわからない。無理やりあげさせても良いが、そうしたらまたあの目をするのだろう。

「……。」

何故だ?どうして?どうしてそっちを選ぶ。美里を見下げながら、優位に立ったつもりでも、間宮の中でじりじりと苛立ちが沸き起こった。間宮の仄暗い瞳の奥がより闇深くなっていくのだった。
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